第6章 kakusei

「組織と言っても、反社や妖しげな宗教団体じゃないからね」

 凜はそう答えると、再び車を走らせた。

「公安とか、自衛隊の別班とか、そう言った感じの組織ですか? 」

「望結ちゃん、ドラマ見過ぎだよ! あ、ごめんなさい! 名前で呼んじゃった」

 凜がぺろっと舌を出した。

「あ、いいです。望結って呼んでくださって大丈夫です」

「じゃあ、私の事は凜でいいから」

 凜が嬉しそうに笑った。

「名は言えないけど、まあ、国を陰ながら支えている組織である事は確か。拳銃や武器何かの所持も認められているしね。表向きは大学の事務員だけど」

 凜の言葉に、望結は彼女が拳銃で妖化した清美達を撃ったのを思い出した。

「あの時、凜さんの仲間の人もいたんですか? 」

「私一人。加勢が来たのは、暴徒を鎮圧した後だった」

「たった一人で・・・制圧したんですか? 」

「ええ。ごめんなさい、皆、望結ちゃんの同級生や先輩だものね。残念だけど、封を食べて凶変した彼らを解放するには、命を絶つしかないの」

 凜は申し訳なさそうに悲し気な表情を浮かべた。

「そんな・・・仕方が無かったのは、私も分かります」

 望結は答えた。自分は殺されそうになったのを助けてもらったのだ。

 彼女を責める事は出来ない。

「加勢と処理班が来て、後は対応してくれた。私は後始末を彼らに任せ、望結ちゃんに付き添って病院に向かったの」 

「そうだったんですね」

「表向きは事故と言う事にしたのは、凶変した彼らも封に狂わされた被害者だから、誰もが傷付かないようにする為の配慮と考えて欲しい」

 凜は抑揚の無い声で淡々と語った。

 彼女の言葉は、ある意味的を得ていた。彼らに殺された学生やその家族にとっては許しがたい所業だろう。ただ、殺戮を行った彼らも、決して本人の意思で犯したものではないとしたら、それも結果的には本人も死に至っているとしたら、第三者的に見て凜の考え方は公正であるとなるのかもしれなかった。

 望結は背筋に悪寒が走るのを覚えた。尿道が痺れ、僅かに溢れ出た尿が下着を濡らす。

 歯の根が合わなくなるのを、彼女は必死で耐えた。

 自分だって鬼となって人を殺め、結果的に凜に粛清されていたかもしれないのだ。

 今、生きてここにいる事すら、彼女には奇跡のように思えた。

「凜さんは、封が、研究室に持ち込まれたのを、どうやって知ったのですか? 」

 望結は動揺を押し殺しながら、言葉を綴った。

「偶然よ。これは本当。元々私達特命を受けた捜査官は、各地域の地方自治体や大学に滞在して超常的な情報を搔き集めているんだけど、今回の事件は想定外だった。たまたま学生課にきた子から、霜月先生が妙なものが入ったビニール袋を提げてたって話を聞いたのよ」 

 凜は穏やかな口調で望結の問い掛けに答えた。

「あんまり詳しくは説明出来無いけど――」

 凜は不安げな眼差しで彼女を見つめる望結に、そう前置きをすると、言葉を選びながら語り始めた。

 彼女の役割は、超常的事案の情報収集と、同件による民衆のモブ化を鎮静する事らしい。表立った犯罪とは別の不条理な案件を受けえ持つのが、彼女達の任務との事だった。

 日本の国家がそんな組織を設立していたとは驚きだったが、彼女の立ち振る舞いを目の当たりにしているだけに説得力はあった。

「望結ちゃんの話じゃあ、やっぱり霜月先生が封を学校に持ち込んだんだよね? 」

「はい」

「先生も食べたの? 」

「はい。最初に手を付けたのは先生でした」

「そう・・・」

 凜は眉間に皺を寄せると、不意に押し黙った。

「どうかしたんですか? 」

 望結は不安げに凜に問い掛けた。

「霜月先生、凶変者の中にいなかったのよ。奴らに殺された人の中にもね」

 凜が苦虫を噛みつぶしたような困惑の表情を浮かべた。

「そうだ、先生は前の日にも食べたって言っていました」

「えっ! 因みに望結ちゃん達が封を食べた時、まだ残ってた? 」

「残ってた――てより、再生していました。今も、信じられないんですけど・・・。ほんのひと切れ分しか残っていなかったのが、見る見るうちに再生していきました」

「じゃあ、先生は逃げたんだ。封を持って」

「え、逃げるって・・・あ、あの騒ぎの時、姿が見えなかった・・・まさかっ! 」

 望結は驚きの表情で凜を見た。

「窓から飛び降りたとしか考えられない」

「でも、四階からですよ! 」

 望結は眼を見開いた。

 在り得ない話だ。ただ、あの騒ぎの中、霜月の姿は全く見かけていなかったのも確か。

「それが出来るの。封を食べたものなら」

 凜が、静かに語った。

「え、それって――」

 望結は言葉を呑み込んだ。

「そう、望結ちゃんもよ」

 凜は望結が躊躇った言葉を紡いだ。

「嘘――信じられない」

「嘘じゃないよ。まだ今は覚醒していないだけ」

 望結は凜の言葉を噛みしめた。自分に、そんな超人的な力が宿っているなんて実感がないのだ。

「霜月先生も、それに気付いていたのでしょうか」

 望結は、震える声で言葉を綴った。

「多分ね。気付いてたと思う。ひょっとしたら、自分が手に入れたものが封かもしれないってこともね」

「まさか・・・」

「あの先生、変な趣味があったでしょ。海岸を散策して、漂流物を物色する。本人はオウムガイの殻を探してるって言ってるけど」

「ええ、知ってます。台風の後なんかは見た事の無い水棲生物が打ち上げられることもあるから面白いって」

「UMAにも造詣が深いしね。糸魚川市までツチノコ探索に行く位だから」

望結も霜月から聞いた事があった。そこでは毎年ツチノコ探索イベントがあって、以前はことあるごとに参加していたらしい。最近は忙しくて行けないとぼやいていたのを覚えている。

「因みに、ツチノコの姿ってのが、中国の古書に載っている封にそっくりなの。ひょっとしら、霜月先生は、ツチノコと言うよりも、最初から封を探してた可能性がある」

「まじですか・・・でも、そんな貴重なものを手に入れたのに、何故私達に食べさせようとしたのでしょうか」

「実験したのよ。封を食べた人間が、どうなるのか」

「実験? でも自分で先に食べた時は何ともなかったって」

「本当は、食べていなかったのかもしれない。みんなが躊躇わない様にそう言った可能性もある。それか、自分が食べて特に問題が無かったから、学生にも食べさせたのかもだけど」

 霜月は、封が再生する事を知っていた。少なくとも、切り刻んだことは確かだ。

 だが、食べたかどうかまでは、本人の証言しかない。

「昔、徳川家康が住んでいた城に封が現れたって話、知ってる? 」

「え、いえ・・・」

 突然の凜の問い掛けに、望結は困惑した。

「実際には封とは違う風貌で、肉の塊みたいな奴だったけど、家康は家来に命じて城から追い出したの。その後、それを聞いた学者が其れは封と言う神薬で、食べれば怪力を得たり武芸が上達すると話して、城外に追いやった事を悔やんだとか。一応、武芸の上達はそんなものに頼るのではなく、努力しなければならないという家康の教訓を伝える逸話って事になってるけどね」

「知らなかった。私、歴史が苦手で」

「まあ、教科書には載ってないからね」

 凜が苦笑を浮かべた。

「でも、これって私、思ったんだけど」

「はい? 」

「家康は、封を食べればどうなるか知ってたのかもしれない。効力よりも、危険な副作用をね。家康自身も漢方薬を調合して服用してた位だから、神薬の知識もあったのだと思う」

「そう、なんですね」

「霜月先生も、ひょっとしたら封の副作用を知っていたのかもしれない。それで、確かめようとしたんじゃないかな」

「封の、副作用を? 」

「と言うより、本物の封なのかどうかを、ね」

 凜の言葉に、望結は押し黙った。

 彼女には霜月が意図してやったという事が信じられなかったのだ。

 ちょっと変わってはいるが、学生思いの霜月が、そんな非道な実験をするのだろうか。

 あの時、霜月自身も、それも最初に肉を口に運んでいた。

 もし、危険を孕んでいるの知っており、それを確かめる為なら、わざわざ自分から食べたりしないだろうし、最初から原形が分からないように加工して持参するのではないか。

 望結の思考には、彼を擁護する論述のみが自然と書き綴られていた。

「望結ちゃんのアパート、この辺りだよね? 」

 凜がナビを見ながら望結に尋ねた。

「そうです。もう少し先の――そこです」

「了解」

 凜は車をアパートの駐車場に入れた。

 淡いブルーの外壁が真新しい、二階建てのアパートだ。

「望結ちゃんの部屋はどこなの? 」

「二階の、一番奥です」

 望結はそう言いながら、緑色のカーテンが掛かっている部屋を指差した。

 刹那、妙な違和感が彼女を襲った。

 何者かが、自分を見ている。それも、自分の部屋から。

 (嫌な予感がする)

 今までになく研ぎ澄まされた意識が、彼女に警告を告げる。

「望結ちゃん、部屋までついて行ってあげようか」

 望結の怪訝な表情に何かを察したのか、凜がそう声を掛けた。

「お願いします」

 望結は凜の好意を受け入れ、彼女に会釈で返した。

 


 


 







 

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