第3章 zangeki

「どうしたの? 慌てて」

 血相変えて研究室から飛び出した望結を、通りかかった白衣姿の女子学生が呼び止めた。

 隣の研究室の古村志保と浜谷雫だ。

「望結ちんの研究室から良い匂いするんだけど、焼き肉パーティーでもやってるの? 」

 志保が訝し気に望結に問い掛けた。。

「救急車呼んでっ! 清美がっ! みんながあっ! 」

 半狂乱になって泣き叫ぶ望結を、二人はきょとんとした表情で見つめる。

「清美が、どうかしたの? 」

 雫が当惑した表情を浮かべる。

「望結の隣にいるけど」

 志保は首を傾げ乍ら、望結の右隣を指差した。

「え? 」

 望結は眉を寄せながら彼女の指さす方に目線を向けた。

 清美だ。自身がもどした吐瀉物で白衣は汚れているものの、何事も無かったような表情で、望結の横に立っていた。

「清美、大丈夫なの? 」

 望結は恐る恐る清美に声を掛けた。

 清美は答えなかった。

 ただ無言のまま、ゆっくりと口角を上げた。

 笑っている。

 静かに、笑っている。

 瞳孔の開いた瞳で、真っ直ぐ志保を見つめながら、嬉しそうに笑っている。

 不自然な笑みだった。

 口元は緩んでいるにもかかわらず、眼は射貫く様な輝きを湛え、志保を捉えていた。

「どうしたの、清美――? 」

 志保は困惑した表情で、右手で彼女の肩をやさしく叩いた。

 刹那、清美の手が、志保の手を捉えて捻り上げる。

 ごきっ、と言う不快な粉砕音が響く。

「ぎゃああああっ! 」

 志保は絶叫を上げると床に転倒してのたうち回った。

 白衣が、真っ赤な鮮血に染め上げられていく。

 清美の手に、何やら細長いものが握られてる。

 志保の右腕だった。

 彼女の肩と接合していた部分は、無理矢理引きちぎったせいか、不規則なうじゃけた断面を見せていた。

 清美は床で泣き叫ぶ志保目掛けて彼女の右腕を投げつけた。右腕は志保の喉に食い込み、彼女の首を後方に一八〇度折り曲げると止まった。

 その傍らで、呆然と立ち竦む雫。

 声にならない叫びが、半開きの彼女の口から迸る。

 清美の手が、真っ直ぐ雫の首を捉えた

 無防備な彼女の首に、清美の指が執拗に絡みつく。

 清美は片手で雫の首を締め上げながら、そのまま宙づりにした。

「や、やめ・・・ぐふっ」

 雫の喉から迸る苦悶の声は、すぐに溢れ出る鮮血に掻き消された。

 雫の身体が小刻みに震える。苦しさの余りに漏らした尿が、デニムパンツの生地から溢れ出し、床面に恥辱の水溜まりを描く。

 彼女は力無く項垂れる。と、頭部がごろりと落下し、望結の足元に転がった。。

 清美が、彼女の首を握りつぶして切断したのだ。

 望結は、愕然としたまま、その一部始終を凝視していた。

 何も考えられなかった。

 さっきまで会話していた友人二人が、今や躯となって足元に転がっている。

 それも、親友の清美の手によって。

 余りにも不条理な、そして想像を絶する出来事に、望結の思考は完璧に麻痺していた。

 清美が、ゆっくり振り返る。

 獲物を追う様な彼女の眼が中空を彷徨い、止まった。

(私も殺されるのだ)

 望結の意識を底知れぬ戦慄が束縛し、全身の筋肉を石化していた。

 彼女の下腹部に生暖かい感覚が広がり、白いパンティ―を薄黄色に染めると、ミニスカートから覗く太腿の間から線状に滴り落ちる。

 不意に、どん、と研究室の壁を何者かが叩いた。

 清美は眉を顰めると、訝し気に壁を凝視した。

 刹那、凄まじい轟音と共に壁が吹き飛ぶ。

 清美の瞳孔が大きく広がる。

 が、逃げおおせる間もなく、彼女は壁の御下敷きになり、舞い上がる粉塵の中に消えた。

「助かった・・・」

 望結は安堵の吐息をついた。

 が、それはつかの間の幻影でしかなかった。

 彼女の前に、無数の人影があった。

 倉野に瀬田、菅原・・・那由もいる。その他の学生達も、虚ろな表情を浮かべながら、倒壊した壁の前に並んでいた。

 違和感に満ちた、異様な光景だった。

 さっきまで研究室で苦悶に伏していた学生達が、まるで何事も無かったかのように、涼しげな表情で佇んでいたのだ。

 騒ぎを聞きつけ、他の研究室から学生達が押し寄せてくる。

「何があった? 」

「爆発? 」

 集まった学生達は口々にそう言いながら、興味本位にスマホを取り出して動画を取り始めた。

 不意に、倉野が動いた。

 超人的な高速ステップで、スマホを構える男子学生との間合いを一気に詰める。

「えっ? 」

 急速に接近する被写体に、彼は驚きの声を上げた。

 それが最後の一声と成ろうとは、当の本人は毛の先程も思いはしなかっただろう。

 彼は震えていた。

 恐怖からではない。

 ぶち切られた末梢神経が、筋肉への指令が出せずに迷走しているのだ。

 倉野の右腕が、肘まで彼の鳩尾に埋まっていた。更に拳は背中を貫通し、手に三十センチ程の配管のようなものを握りしめている。

 男子学生の脊髄だった。

 倉野はにやりと笑うと、貫通したままの右手を薙いだ。

 粘着質な不協和を撒き散らしながら、男子学生の躯がブーメランの様に飛ぶと、立ち竦む他の学生を巻き込んで窓を突き破り、階下に落下した。

 夥しい悲鳴が響き渡り、学生達は我先にと逃げ出した。

 慌てて逃げそうとする女子学生の頭上を、黒い影が過ぎる。

 瀬田だった。

 彼は、彼女の頭の上に爪先から降り立つと、一気に荷重した。

 彼女の身体が四方に潰れる。

 地面に降り立った瀬田の靴裏で、彼女の頭は西瓜の様に弾けた。

 その横で、へなへなと座り込む花柄のワンピース姿の女子学生。

 膝を立てたまま無造作に開いた太腿の奥から、白いパンティーが覗いている。その生地は漏らした尿でぴったりと下腹部に貼り付き、食い込んだクロッチの部分が淫谷のシルエットをはっきりと浮かび上がらせていた。

 彼女の前に、那由がモンローウォークで近付いて来る。

「お願い・・・助けて」

 彼女は恐る恐る那由に命乞いを試みた。

 那由は優し気な笑みを満面に湛えながら、首を横に振った。

 女子学生の顔が畏怖に引き攣る。

 と同時に、彼女の陰門が緩み、パンティーの中に夥しい汚物を吐き出した。

 那由は、穢らわしいものを見るかのような蔑んだ眼で女子学生を見下ろすと、

左脚で彼女を蹴り上げた。

 那由の爪先は女子学生の両脚の間をすり抜け、パンティーのクロッチの部分に食い込と、其のまま真っ直ぐ肉を抉り、胴体を真っ二つに両断した。

 皮一枚でつながった頭部が、崩れる様に分断された胴体の間に転がり落ちると、自身から漏れ出した汚物と鮮血の海に顔を埋めた。

 他の同室の学生達も、次々に逃げ惑う見物人達に襲いかかる。

 耳を劈く甲高い悲鳴と、肉が避ける水気を帯びた粘着質な破砕音が、おぞましくも惨たらしい不協和音を奏で、非現実的な時の狭間に狂気を刻みつけて行く。

 望結は立ち竦んだまま、次々に殺戮を繰り返す同じ研究室の先輩と同級生達を怯え切った眼で凝視し続けていた。

(逃げないと・・・) 

 彼女はそう自分に言い聞かせながらも、恐怖に凍てついた体はそれを拒否していた。

 体の震えが止まらなかった。

 歯ががちがちと音を立て、絶望の旋律を奏で続けていた。

 不意に、崩れた壁の一部が捲れ上がった。

 清美だった。

 衣服はぼろぼろに裂け、顔は埃で黒く汚れているものの、流血はしていない。

 清美は壁の残骸をめきめきとへし折ると、体をゆっくりと起こした。

 瞳孔の開ききった彼女の眼が、望結の姿を捉えた。

 清美は口角を吊り上げると、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 刹那、再び清美は壁の残骸の下に沈んだ。

 壁の残骸の上に、長身の男子学生が乗っていた。

「す、菅野・・・」

 彼は、自分を守ってくれたのか。

 そう安堵した瞬間、望結はそれが誤りであった。

 菅野の眼はじっと望結を捉えていた。

 口元に冷笑ともとれる仄かな笑みを湛え乍ら、望結に襲いかかる。が、その体は大きく宙を舞い、研究室の中に吹っ飛んだ。

 菅野が踏みしめていた壁の瓦礫が、粉々に砕け散っていた。

 舞い散る粉塵の中に、ゆっくりと立ち上がる清美の姿があった。

 清美は、憤怒の形相で研究室を睨みつけた。

 同時に、研究室の中から粉塵を纏った菅野が清美に飛び掛かる。

 清美は大きく中空に跳躍すると、天井を蹴って反転し、超速で菅野に飛び掛かる。

 二人は互いに拳の応酬を繰り返し、相手の服を引き裂いた。

(今なら、逃げられる)

 望結は生唾を嚥下した。

 今の二人は、互いに攻撃し合う事に気を取られ、望結の存在を認識していない。

 望結は二人の動向を警戒し乍ら、すっくりと間合いを広げ、思い切って駆け出した。

 膝が崩れそうになるの必死で耐えながら、望結は廊下を走った。

 彼女の逃走に気付いた菅野と清美は、殴り合いを中断すると望結の後を追った。

 望結の前に、逃げ惑う他の姿は無かった。

 但し、反対方向では、今だ悲鳴が聞こえ続けている。

 大部分の殺戮者はそちらに流れたらしい。

 追手が分断されたとはいえ、望結の背後からは菅野と清美が確実に距離を詰めてきている。

 突然、正面に一人の女性が現れた。

 漆黒のパンツスーツに白いブラウス。短く切りそろえたショートヘアーの黒髪が艶やかな光沢を放ち、白い肌をより際立たせている。

 見知らぬ顔だった。学校関係者だとしても、別の学部の助手だろうか。

 大人の装いの風貌から、間違いなく彼女より年上なのは明確だった。

 ただし、其の全身から立ち昇る独特の気配には、只ならぬものがあった。

 眼鼻立ちの整った稀に見る美貌とは対照的に、切り裂くような眼光を湛えた眼差しは、研ぎ澄まされた刃の様な殺気を孕み、近寄るだけで気を削がれるような威圧を醸しているのだ。

(終わった・・・)

 望結の顔に薄ら笑いが浮かぶ。

 笑うしかなかった。

 耐え難い恐怖に、彼女の精神は極限の壁を越えていた。

 絶望と絶念が、逃亡する気力を強奪し、全身の筋肉から緊張を解いた。

 尿道口が緩み、膀胱に残っていた尿が無意識のうちに溢れ出る。

 それだけではなかった。同時に、制御を失った陰門から褐色の汚物が押し出され、彼女の白いパンティーを更に穢していった。

「早くこっちにっ! 」

 目前の女性が望結に向かって叫んだ。

「えっ? 」

 望結は戸惑った。

 だがもはや、彼女に選択の余地が無かった。

 彼女は味方なのか――分からない。でも、どちらにせよ死ぬ運命に変わりはないのだ。

 友人に殺されるか、見知らぬ麗人に殺されるか。

(それなら、一か八かだ)

 望結は最後の力を振り絞り、目の前の女性の指示に従った。彼女の脇を通過したところで、脚を取られ、床に転がり込む。

 その女性は望結には脇目も触れず、迫り来る二名の殺戮者を凝視する。

 彼女の右手が、ジャケットの内側に滑り込む。

 再びその手がジャケットから抜き取られた時、そこには黒光する狂気が握りしめられていた。

 銃だ。

 彼女は素早く銃口を殺戮者に向けた。

 銃声がたて続けに響く。

 彼女の放った弾丸は、菅野と清美それぞれの額と左胸を撃ち抜いていた。

 二人の額が朱に滲み、特に胸からはどす黒い血液が勢いよく溢れ出る。

 神業的な腕前だ。瞬時にして二人の急所を完璧に捉えていた。

 普通の人間ならば、即死に至らしめる銃創だった。

 だが。

 菅野と清美は、立ち止まらなかった。

 一瞬怯み、歩みも速度は落ちたものの、よろよろと新たに現れたターゲットに近付いて来る。

 だが、彼女は慌てる素振りを一切見せずに、銃を懐に納めると、右手を軽く振った。

 同時に、彼女の右手から黒い影が伸び、一メートル程の棒状に伸長した。

 警棒だ。

 ただ、銃よりも明らかに殺傷能力は低く、攻撃の物性スキルから言うとランクダウンは否めない。

 菅野と清美は笑みを浮かべた。目前のターゲットがとった思わぬ愚行を嘲笑っているかのようだった。

 瞬間、女性は一気に二人との間合いを詰める。

 思いもよらぬ彼女の行動に、二人は戸惑いを見せた。

 その隙を、彼女は逃さなかった。

 警棒が静かに空を裂く。

 同時に、二人の両肘から先が消えた。

 驚愕に顔を歪める二人。

 その表情を留めたまま、二人の頭は首からずり落ち、床面に転がり落ちる。

 二人は跪き、床に伏した。が、胴とは反対方向に二人の両足は横倒しになる。

 二人の膝には、綺麗に断たれた切創が口を開けていた。

 信じられない光景だった。

 刃の無い警棒で、大人二人の身体を瞬時にしてバラバラに切断したのだ。

 彼女は右手を軽く一振りし、警棒を縮めると、望結のそばへ駆け寄った。

「怪我は? もう大丈夫よ」

 彼女は優しく語り掛けると、望結を優しく抱きしめた。

(たすかったんだ・・・今度こそ、本当に)

 彼女の腕の中で、安堵の温もりを感じながら、望結は次第に意識が遠のいて行くのを感じていた。

 


 

 

 

 

 

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