第11話 実戦デビュー。
楽園のドラゴン達に助けて欲しいことを精一杯伝えたところ、何故か幼いドラゴン達も張り切り出した。
あの青っぽい幼いドラゴンも、何故が鼻息を荒くしている。
「え? もしかして。子どもドラゴン達も行くの?」
指差して、お母さんを見上げた。肯定の頷きをされる。
確かに、ドラゴンみんなで行こうとは言ったけれども。
「流石に危ないよ……」
まだ親に餌をもらっている幼いドラゴン達を戦場に連れて行くのは、危険すぎる。
「ウウウー!」
「わ?」
また青っぽい幼いドラゴンが、私の剣の鞘に噛み付いて引っ張った。
何を主張したいのか、私にはわからない。
予想しなくてはいけない私は、鞘をくわえて振り回すドラゴンに、揺さぶられながら考え込んだ。
……うん! わからない!
また大人達は「キュキュキュ」と笑っている。私と青っぽいドラゴンのやり取り、そんなにおかしいのだろうか。
そろそろ目が回りそうなので、剣をブンッと振って放してもらった。
「キュウ!!」
「うわ!?」
いきなり怒った様子で、青っぽいドラゴンが飛びかかる。
私より小さめなサイズでも、翼や尻尾を合わせれば私より重たいわけで、簡単に押し倒された。草が生えている地面と言えど、大してクッションの代わりにならないから、結構背中が痛い。
「痛いよー……何を怒っているの?」
「フン! フン!」
私の上で、鼻から息を吹き出す青っぽい幼いドラゴン。
さっぱりわからない。
「キュウ」
そんなドラゴンをお母さんが、ひょいっと持ち上げて退かした。
さぁ行こうと言わんばかりに、地面に伏せて首を差し出す。
私は、それに跨って乗った。
すぐに浮遊感に襲われる。天使のような翼が羽ばたいて、飛び上がったのだ。
周りを見れば、幼いドラゴン達も楽園を飛び出して、森に向かって落下していた。でも羽ばたいたから、ヒュッと上昇していく。大きさに関わらず、無数のドラゴン達が飛び立つ光景も、また美しかった。
「え……うわっ」
思わず、口をあんぐりと開けてしまったのは、真上を飛ぶ巨大なドラゴンの存在を見付けたからだ。
いつも崖の上にいた一番巨大なドラゴン。
飛んでいる姿は、前世で低空飛行している飛行機並みに大きく、息を呑み込んだ。このドラゴンに押し潰されては、ペチャンコになってしまうだろう。
空は陽が傾いてきたから、真っ赤に染まり始めていた。
地上の森は、黒ずんだような色になって、夕陽色に染まることを拒んでいるように見える。
それに比べて、白っぽいドラゴンの群れは、赤みを帯びて輝いているようだ。
気持ちがいいと空気を吸い込み、美しいドラゴン達を眺めた。
見惚れている場合ではない。
レレスの西の森に到着した頃だろうか。
正確な位置を知らない私でも、ヴァルーンの森を通り過ぎたことはわかった。ヴァルーンの森は一段くらい背の高い森だから、森が低く感じる。レレスの西の森に違いない。
見れば、森の中のところどころに、光の球が浮いている。
空を飛んでいる私の耳でかろうじて、戦いらしき騒音が聞こえた。
明かりを照らして、戦っているのだろう。
ファーガスさんに来るな、と何度も言われたのに、結局来てしまった。
ドラゴン達を引き連れてしまった私は、これからどうしようと今更考えてしまう。
そもそも、私が参加していいのだろうか。きっと危険だ。
命を落としかねない。
しかし、それはファーガスさん達も同じ。
私は身の危険を感じたら、加速の魔法を使いまくって離脱すればいい。
多分、幼いドラゴン達もそうするだろう。
あ、そうか。幼いドラゴン達の狩りの練習のつもりで、連れてきたのかもしれない。
「お母さん、少し低く飛んで」
どこかに着地をして、暴れる魔物を退治する場所を、見付けよう。
あ、でも、私は明かりを灯す魔法が使えない。どこかの明かりの下で戦わせてもらわなくては。
お母さんが低く飛んでくれたおかげで、光の球を間近で見た。
地上の周辺を照らせるほどの眩しさ。でも木々が、邪魔しているから、ところどころで明かりを灯しているのだろう。
猛獣のような声や人々の声が、耳に届く。
戦っている。血の匂いまで、鼻につく。
思えば、私はちゃんと剣を振って切ったことがない。
戦えるだろうか。不安というより、緊張が走った。
けれども。
たまたま目に留まった知っている顔を見て、私は迷うことなく飛び降りた。
青色の髪をしたルーリオさんが、追い込まれていたのだ。
息を切らしたように、飛びかかる魔物を叩き切っては、よろけて木の幹に身体をぶつけるように凭れた。その姿を目にして、彼には援護が必要だと、直感して降りたのだ。
「“ーー加速ーー”!」
落下に加速をくわえて、ルーリオさんの目の前に立ちはだかる熊のように大きな魔物の首を撥ねた。重たい手応え。正直、吐き気を覚えるが、そんな暇はない。私は両足で着地をして、踏み止まった。
教わったばかりの二刀流の構えをして、魔物を見据える。
「!!? ーーおまっ……アメジスト!?」
息を詰まらせながら、私の名を呼ぶルーリオさん。
そんなルーリオさんを追い込んだのは、熊にも似た魔物。目が黒い。鋭利な牙を剥き出しにして、私達に吠えた。
足元には、兎に似た魔物もいる。こちらも黒い瞳。小熊くらいのサイズの身体付きだけれど、耳は兎のように長い。
「大丈夫ですか!? ルーリオさん!」
「はぁ!? なんでここにっ!」
「そんなことより、この魔物を仕留めましょう! “ーー加速ーー”!」
質問をされる前に私は遮って、短剣で支えるように構えた剣を前に突き出した。そして加速の魔法とともに飛び出す。
「“ーー加速ーー”!」
もう一度唱え、さらに加速した速度で、自分の二倍はある熊型の魔物と距離を詰めた。
「“ーー加速ーー”!」
三度目の加速で、剣を突くように頭を貫く。
また一匹、仕留めた。これはルーリオさんに教わったもの。
すると、二匹の兎耳の魔物が飛びかかってくる。
私は加速のまま、頭を貫いた剣の柄を逆手に持つようにしてから、逆立ちするように身体を浮かせ、両足で二匹の魔物に蹴りを喰らわせた。
この動きは、アンツィオさんに教わったものだ。
蹴りを入れた反動で宙で一回転した私は、剣を引き抜いて、着地をした。次の襲撃に備えて、構える。一匹の兎耳の魔物が飛びかかってきたから、短剣で喉を突き刺し、それから剣を横に振って、頭を撥ねた。
「フー」
これだけでも、息が上がってしまう。
長引くと、キツい。
なら、さっさとこの場にいる魔物を狩ってしまおう。
教わったばかりの構えや技を繰り出して、魔物を仕留めていく。
いつの間にかルーリオさんも、攻撃を再開して、一緒に狩った。
あと二匹、ってところで、森の奥から六匹の魔物が出てきたから、急いで仕留めていく。
でもやっぱり、子どもの身体ではキツかった。
力を加速で補っても、体力が圧倒的に足りない。
ゼェゼェ、と息を切らせていれば、兎耳の魔物が襲いかかった。
飛びかかる勢いを利用して、そのまま突き刺してしまおうと構えれば、簡単に自ら刺さる。踏み留まる力がなく、後ろに後退すれば、ドッと背中が木にぶつかった。その木を振り返った私に、声をぶつけられる。
「よそ見するな!! 敵を見てろ!!」
いつものだらけた口調ではなく、鋭い声でルーリオさんは叱った。
そうは言われても。疲れてしまい、集中力も乏しい。
呼吸をするので精一杯な私に、また兎耳の魔物が二匹、飛びかかってきた。
今こそ加速を酷使して、逃げ回らなければいけないのに、乱れた呼吸が唱えることを困難にする。
「アメジスト!!」
ルーリオさんは、手が離せない。こっちを助ける暇はなかった。
でも、私は無事だった。
飛びかかろうとした魔物二匹は、上空から来た二匹のドラゴンが掴み、そして地面に叩きつけたのだ。
一匹は、天使のような翼のドラゴン。お母さん。
もう一匹は、青っぽい幼いドラゴンだ。
お母さんはすぐさま、私を後ろ足で鷲掴みにすると、木の枝の上に移動させた。ありがとう、を込めて、頷く。
いいのよ、とにこりと笑みを返した気がするお母さんは、再び魔物を襲いに行った。
枝の上で、息を整える私は、下の状況を確認する。
ドラゴンの登場に驚いたルーリオさんが、押され気味になったが、剣を突き刺しては両断して仕留めた。
残りの魔物に、青っぽい幼いドラゴンも、お母さんも、噛み付いて引き千切る。
改めて見ると、血の海だ。
こんなところで深呼吸なんて出来ない、というのはわがまま過ぎるか。
私が望んで来たのだ。血の香りは無視して、息を整えることに集中した。
「……っ! どういうことだよ!? アメジスト!!」
敵の姿がなくなると、剣を構えつつも、ルーリオさんが私を見上げて問い詰めてくる。
「どうやってきた!? なんで来た!? なんで、ドラゴンがいるんだよ!?」
まだ息が上がっているルーリオさんは、一気に質問を投げ付けた。
けれども、私とルーリオさんの視線はすぐに真上に向く。
夕陽を見てからずいぶん経つと思うのに、空が赤く光った。
それは夕陽ではないとすぐにわかったのだ。何故なら、メラメラと波打つように揺れたそれは、すぐに消えたから。
絶対、ドラゴンのファイアブレス。あの楽園で一番巨大なドラゴンがまた火を吹いたのだろうか。
「おいおい……嘘だろぉ……」
すっかり夜色に染まった空を見上げて、凝視したルーリオさんが見たのは、もちろんドラゴン。次々と降下していく、無数の白っぽいドラゴン達だ。
「どうして、ルーリオさんは一人で戦ってたんですか?」
言葉を失っている最中のルーリオさんに問う。
ジロリと藍色の瞳で睨まれてしまうが、答えてくれた。
「戦っている最中に、はぐれたんでぇい。……」
じっと地面にいる青ドラゴンと睨み合うように、ルーリオさんは黙り込んだ。
「ちょっと降りてこい、アメジスト」
「あ、はい」
ちょいちょいっと手招きしてきたから、私は木の上から降りることにした。枝にぶら下がるようにしてから、手を離して着地して近付く。
途端に、ガシッと頭を鷲掴みにされてしまう。
ミシミシと音を立てるほど握り締められてしまい、私は慌てふためいた。
「なんでオレの質問には答えないんだぁ? ええ?」
にこっと笑顔だけど、めっちゃ怒っているルーリオさん。
「なんでここに来た? んん?」
「えっとぉ……」
心配して来たなんて答えたら、頭を潰されてしまうのではないだろうか。
五歳児が何言ってやがる、なんて怒られてしまう気がする。
ルーリオさん、こわっ。
「ちっ! こんなことしている場合じゃねぇな。ギルマスと合流するぜ」
「えっ、ファーガスさんには見つかりたくな……」
「何を今更。はぐれていた方があぶねー。合流するぞ」
「ぎゃあー」
私は連行されてしまった。
今回のモンスタースタンピードは、国中の冒険者の協力があっても、丸一日はかかると推定されていたらしい。しかし、状況が変わった。
ドラゴンの乱入により、形勢は良い方に向かっていると、ルーリオさんは話す。
よかった、と私は顔を綻ばせた。
けれども、そんなに上手くはいかなかったのだ。
普段より規模の大きなモンスタースタンピード。
ドラゴンが加勢したから冒険者達が怪我をしないで済む、なんて都合のいいことにはならなかった。
魔物の中を突き進んで、やっとの思いで合流を果たしたファーガスさんは、酷い怪我を負ってしまっていたのだ。
肩から胸まで切り裂かれたような傷で出血をして、虫の息だった。
「私を庇って……!」
涙を浮かべたグリアさんに支えられているファーガスさんは、力なく笑う。
「ははっ……アメジストの幻覚まで見えて、オレもそろそろヤバイな……」
その場にいた冒険者達が、私の存在に驚いている。でも負傷したファーガスさんは、周囲の反応を伺う余裕はない。
「……怪我を治す、魔法はないのですか?」
あれば、もう使ってあげているはず。
「加速魔法と違って、魔力が膨大に必要なんだ。人間は妖精と違って魔力を空っぽにしても死にはしないが……戦いで使い過ぎた。治癒魔法を使うほどの魔力は、誰も残っていない……」
ルーリオさんが、答えてくれた。
魔力量の問題なら、私が解決出来る。はずだ。
体力は足りなくても、魔力は有り余っているはずだもの。
「私がやってみます。呪文を教えてください」
「……」
真っ先に子どもの魔力量では無理と言われると思った。
でもルーリオさんは、教えてくれる。
「癒しを与える。先ずは、傷口の浄化をするんだ。さもないと傷が塞がっても、バイ菌で死に至ることもある。浄化の魔法はそのまま、浄化。加速魔法と同じで、喉に集中をするんでぃ。オレが浄化する。治癒魔法はアメジストがかけてみろ」
しゃがんだルーリオさんが、私の代わりに浄化魔法をかけた。
「“ーー浄化ーー”」
白い光がポーッと灯る。浄化が終わったらしく、ルーリオさんが翳した手を下げた。
続いて、私も両手を翳して、深呼吸をする。
「“ーー癒しを与えるーー”」
喉に集中をしつつ、唱えた。
陽射しのような温かさを掌に感じる。
光がチカチカと瞬く。それは仄かな橙色と桃色と黄色だ。
何故かリーンリーンと微かに音も聴こえてくる。鈴の音のよう。
苦痛に歪んだファーガスさんの顔が、徐々に和らいでいく。
「う、うう……」
ファーガスさんが動いた。逆の手を伸ばし、肩の破けたところに触れた。
どうやら治癒は終わったようだ。私が手を下ろすと、魔法の光も止まった。
「……アメジスト」
起き上がったファーガスさんを始め、驚いた様子のグリアさん達。
私がいること。そして膨大な魔力が必要な治癒魔法を使ったことに。
バサッと上から舞い降りる翼の音が聞こえてきた。
きっとお母さんだと思ったから、特に振り返らない。
ただ、降り立ったお母さんの上に跨って。
「さようなら」
そう別れを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます