第12話 美麗の妖精。






 それから、街に行かなくなった。


 だって、どうして白いドラゴン達とともに来たのか。ちゃんと答えることは出来ないからだ。


 子どもなのに、戦いのあと、治癒魔法が使えたほどの魔力を持っていることも。伝説級のドラゴンらしいお母さんに乗って去ったことも。


 話したら、どうなってしまうのだろうか。


 それに、この左手首の翼のことだってそうだ。




「……」




 草の上に寝転んだ私は、習慣になって手首に巻いた布に触れた。


 天使のような翼。今のところわかっているのは、お母さんを呼べるということくらいだ。繋がっている、らしい。




「調べる暇、なかったんだよなぁ……」




 このドラゴンの楽園だとか、天使のような翼を持つドラゴンのことだとか、手首に生えてしまった翼のことだとか。色々、調べるべきだったけれど、鍛えてもらっていた。


 付け焼き刃だったかもしれないけれど、モンスタースタンピードではなんとか活かせただろう。


 少なくとも、私はルーリオさんを助けられた。と言い聞かせている。


 私がドラゴン達と行ったことは無駄ではないと信じたい。


 多分、ドラゴンの乱入には驚いた人もいるだろう。そのせいで、怪我を負った人もいるかもしれない。もしかして、グリアさんはドラゴンに気を取られていて、ファーガスさんに庇われたのかも。それって、私のせいじゃないか。




「あ〜っ!」




 悶々と考えてしまう。私の行動はよかったのか、悪かったのか。


 答えがわからないから、堂々巡りである。




「うわお!?」




 起き上がってみれば、衝撃を受けて、ひっくり返ることとなる。




「キュキュキュ!」




 笑う幼いドラゴン達が、のしかかってきた。


 なんだか初めての狩りをしてから、一回り大きくなった気がする。大人に一歩、近付いたからだろうか。


 大きくなったということは、重くなったということで、のしかかられると非常に苦しい。




「やめてよ〜!」




 でもこれは多分、落ち込んでいる私の気を紛らわせようとしてくれているのだと思う。気遣ってくれている、はずだ。


 親と狩りに出掛けると、私にお裾分けをくれる。


 私も朝にお母さんと一緒に魔獣を狩るから、いらないんだけれどね。


 特に引き千切った血肉は、もらっても困るものだ。


 私が使える魔法は、アイテムボックスと加速と治癒のみ。火をつける魔法も、教わるべきだった。


 火はいつも、一番巨大なドラゴンの吹く火をもらって、焚き火をして肉を焼かせてもらっている。


 肉だけではなく、果物をくれるドラゴンもいた。


 あの青っぽい幼いドラゴンである。


 そっぽを向きつつ、差し出す姿は、まさにぶっきらぼう。


 なんなんだろう。よくわからない。




「きゃー! やめてー!」




 一つに束ねた髪を甘噛みする幼いドラゴンがいるものだから、悲鳴を上げて逃げ惑う。


 幼いドラゴン達は、楽しそうに追いかけてきてはのしかかる。


 私もおかしくて笑いつつ、悲鳴を上げながら、楽園中を逃げた。




「きゃーあっ!」




 パタパタと腕を振り回していれば、それはいきなり現れたのだ。


 楽園のドラゴン達は、完全に不意を突かれた。


 そして、私もだ。


 現れたのは、見知らぬ男性だ。真っ青なコートを羽織った、白金の長い髪を三つ編みに束ねた人だ。


 ひょいっと、私の身体が持ち上がる。彼が担いだからだ。




「えっ!?」


「キュウ!?」




 驚いた幼いドラゴン達を置き去りにして、見知らぬ男性は私を担いだまま軽やかに崖を飛び跳ねて登った。


 続いて、ヴァルーンの森に落下をする。担がれたまま浮遊感を味わう羽目になった私は、本物の悲鳴を上げることになった。




「うひゃあああっ!!」




 ガサガサッと木々の間に落ちると、そのまま男性は森の中を駆ける。


 サッ、サッ。早々と駆ける男性は、担がれたまま。


 え? ええ?


 もしかして、これは誘拐? 私は拉致られている!?


 なんでドラゴンの楽園から、わざわざ子どもを拉致するの!?




「ちょ、はな、離して!!」


「しっ!」




 暴れようとしたら、男性の手に口を塞がれてしまった。


 大きすぎる木々の中の一本の穴の中に、男性は身を隠す。私を抱えて。




「キュー!」




 私を探すお母さんの声が、上から聞こえた。でも返事は出来ない。


 こうなれば、念じて知らせるしかない、と思った。




「大丈夫か? 少女よ」




 そっと男性に問われ、キョトンとしてしまう。


 拉致っておいて、大丈夫かと問うか? 普通。




「こんなところまで、どうやって……? 白きドラゴンが、人の子を食べるとは初耳だ」


「えっ?」




 やっと口から手を離してもらえた私は、素っ頓狂な声を出してしまう。




「……わっ。もしかして、エルフ?」




 正面から見ると、男性の耳が横に尖っていると目についた。


 とんがり耳と言えば、妖精のエルフ。


 美しい顔立ちをしている。アーモンド型の瞳は、藍色。よくよく見ると、金箔が散りばめられたような金色があった。


 白金の髪は、頭を包むように短い髪がストレートに伸び、そして後ろでは三つ編みがある。




「ん? 怪我はないようだな……悲鳴を上げていたのに」


「……え? まさか、ドラゴン達に食べられると思って、私を……助けてくれたの?」




 見下ろした私に怪我がないことを確認した彼の拉致の理由に、目を丸めてしまう。




「違うのか?」




 彼も、驚いた表情をした。




「じゃれてただけ……あなた、誰? なんでこんなところに」




 あんなところでドラゴンとじゃれていた私に尋ねられたくないだろうけれど、私からすれば怪しさ満点の妖精さん。返答次第では、私は腰に携えた剣を抜くべきなのかもしれない。




「……オレはラクシアス。訳あって、ペスフィオーの果実を探しにきた」




 やっぱり、剣を抜くべきか。


 ペスフィオーの果実ははっきり見たわけじゃないけれど、恐らく滝の上。一番巨大なドラゴンのいる滝の上の向こうだと思う。怒られそうだから、行ったことはない。万が一、怒られたら、怖いもん……。


 お母さんが取りに行く姿を、見ていたから、そこだと思う。


 どこであれ、ドラゴンの楽園を捜索しなくてはいけない。


 人間である私が言うのもなんだけれど、人が彷徨いていい場所ではないだろう。




「……用途を、お聞きしてもいいでしょうか?」




 自分で食べるなら、自力で取ればいい。


 でも高く売ってお金を手にしたいというなら、それはよくないと思う。なんとなく、とてつもなく高価なものが、たくさん出回るのは……。


 しかし、私もお金に困ったら、売り払おうってつもりだった。自分を棚に上げて、この人を許さないのは、どうかと思う。


 私はどうしようか……。




「……見ての通り、オレは妖精のエルフ族だ」




 私を解放してくれたラクシアスという名のエルフは、ペスフィオーの果実の使い道について話し始めた。


 私はそっと自然な動作で、腰に携えた剣の柄の上に手を置く。




「人間とは違い、我々妖精は魔力を使い果たすと死んでしまう……知っているだろうか?」


「えっ? ……そう、なんですか……」




 そう言えば、ルーリオさんが似たようなことを言っていた気がする。


 ーー人間は妖精と違って魔力を空っぽにしても死にはしない、と。


 妖精という種族は、そういう生き物なのだろう。


 逆に人間は、魔力をゼロになるほど使っても大丈夫。




「妖精だけではない、魔力を源にしている生き物は他にもいるんだが……それは置いといて、オレがペスフィオーの果実を手に入れたい理由を話そう」


「自分の魔力量を増やすためですか?」


「いや、違う。オレはその昔に……一度食べているんだ」




 ペスフィオーの果実を食べたことがある。


 そんな事実を聞かされて、私は心底驚いた。


 果実を食べた仲間が、ここにいた……!


 あれ、そう言えば、エルフの戦士が食べたことがあるって、話に聞いたことがある。




「もしかして……エルフの戦士、様ですか? 噂でペスフィオーの果実を食べたエルフがいると聞いたことが」


「ああ、それがオレだ」




 マダムシャーリーのところのお姉さん方が、とてもえらい人だという風に話していた。様付けしていたもの。


 もしや、この人、とてもえらい人なのでは……。




「エルフの国が、この森を抜けたところにあることを知っているだろうか? ラッテアという名だ。その最果てにある街で、奇病が流行っていてな……魔力がなくなるという妖精には致命的な奇病で、子ども達が今も苦しんでいる」


「魔力がなくなる……! それは本当に致命的ですね……。ペスフィオーの果実で、治るのですか?」




 魔力がなくなる奇病なんて、本当に致命的な奇病。


 それも子ども達が苦しんでいるなんて。気の毒だ。




「その奇病は、風邪のように熱が出て、そしてじわじわと魔力をすり減らす。そして最後はなくなるんだ。熱が出てから七日で終わる。だから、ペスフィオーの果実で魔力を増幅させて、その七日を凌ごうと思ったんだ。幸い、オレは、ペスフィオーの果実をこの辺で拾った過去があったから、探しに来た」


「七日……なるほど」




 私は自分の顎を摘んで、考え込んだ。


 だからって、入手困難な果実を、一人で探しにきたなんて無茶な人。いや妖精か。でも子ども達の命が、かかっているのだ。


 じっと見たけれど、彼が嘘を言っているようにも思えないと、判断した。


 ドラゴンに食べられると思い、助けに入ったくらいだ。信用してもいいだろう。




「……条件付きで、手伝います。いいですか?」


「条件とは?」


「私が白いドラゴン達といることについての詮索と他言はしない、という条件です」


「……」




 二つの条件を突き付けて、私は反応を窺う。




「……ドラゴンの住処にいる謎の美しい少女、か。その条件を呑もう。君を拉致したことで、ドラゴン達は警戒している。君の手伝いが必要だ」




 ラクシアスさん、いやラクシアス様は、片膝をつくと頭を下げた。


 美しい少女とは、私のことか。


 美しい妖精に言われても、お世辞ですら思えない。




「どうか、頼む」




 美麗というのだろう。その姿勢が、かっこいい。


 傅いている、からだろうか。




「あ、そんな、頭を下げろとは言ってませんよ……」




 結構えらい人、いや妖精にそこまでされて、たじたじになりつつ。




「大丈夫です! ペスフィオーの果実、もらってきます! 最低いくつもらっておくべきですか?」




 果実はいくつ必要だろうか。


 ちゃんと必要な分だけあるといいけれど……。




「そうだな、一人一切れあれば、十分のはずだ。果実一つで四切れ、子どもは今のところ十二人……だから三つ、最低三つあれば救えるはずだ」


「わかりました。最低三つ……あれば念のために四つですね」




 キョロキョロと探しながら、私は引き受けることにした。




「ではここにいてください。持ってきます」


「わかった」




 すんなりと頷くラクシアス様を見てから、私は離れる。


 邪魔にならないよう、剣を後ろに回して、駆けた。




「“ーー加速ーー”!」




 絶壁まで辿り着いたあと、私はラクシアス様がついてきていないことを確認して、左手首に手を添える。念じて、お母さんを呼んだ。


 すぐにお母さんが、天使のような翼を羽ばたかせて、舞い降りた。




「キュウ!」




 なんですぐに呼ばないのだ。心配した。


 そう言っているようなお母さんは鳴く。




「ごめんなさい。上に連れてって」


「キュー」




 仕方なさそうに、お母さんは乗せてくれて、上に運んでくれた。


 他のドラゴン達も探し回ってくれていたみたいで、次々と楽園に戻ってくる。そんな楽園を見上げた。


 一番大きなドラゴンが、見下ろすように滝の上にいる。


 あそこに行って、怒られないといいけど……。



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