第10話 王のいない王国。




 先ずは片手で剣を持ち、振り回すことに慣れなくてはいけない。

 でも、それは結構早く慣れることが出来た。

 剣の重さに頼って振るえばいいと感覚的に覚えたのだ。

 そしてもう片方で、短剣を握った。

 右手に剣。左手に短剣。

 短剣を支えに剣を構えたりして、ファーガスさんに挑んだ。

 もちろん、今回も反撃しない約束。加速の魔法を使って、攻撃を繰り出した。余裕があれば、空いている足で蹴りを入れてみたけれど、やっぱり簡単に防がれる。


「ふへー……流石に明日は筋肉痛かもしれません」


 昼休憩では、リンリンさんの食堂でランチ。冒険者だろう人達で溢れ返り、少々煩いくらいに賑わっている。

 片手で扱うのは、やっぱり相当の筋力が必要で、明日には筋肉が痛みそうだ。


「お疲れ。アメジストちゃん」

「アンツィオさんも、指導してくださり、ありがとうございます」


 いい子、と頭を撫でたアンツィオさん。


「今日は大して教えてないし、いいのよ。それに、大事な大仕事の前にこうした穏やかな時間が過ごせて嬉しいの。最後かもしれないしね」

「えっ?」


 ボソッと最後に呟いたアンツィオさんは「お代わりもらってくる」と、空になったコップを運んでキッチンにもらいに行った。

 私がキョトンとしながら、目で追いかけていれば、向かいのファーガスさんと目が合う。ファーガスさんは苦笑を漏らす。


「最後って……」

「いや、ほら、今回に限った話じゃないが……前に言ったように危険を冒す職業だ。何があってもおかしくない……モンスタースタンピードの上に、いつもより規模が大きい……戻れないことも覚悟しないとな」

「……」


 煩いくらいの賑わいが遠退くように、ファーガスさんの声だけを聞いた。


「あっ! 大丈夫だぞ! ちゃんと帰ってくるつもりだし、借りたものはちゃんと返す!! 万が一の時は、必ずギルドが返すから! 契約書にはちゃんとギルド代表として名前を書いただろう? オレがいなくなっても……なんて縁起が悪いが、ちゃんと返すから」


 そんな心配はしていないが、ファーガスさんは笑い退ける。


「……あの、モンスタースタンピードって……どこで対処するつもりですか?」

「まさか来るつもりか!?」

「いいえ! 単純にどこかと思って……」

「んー……まぁ、貸してくれたからな、特別に教えてやるよ。先ずはこの国の位置はわかるか?」

「……い、いいえ」


 だよな、と五歳児に笑いかけるファーガスさんは、アイテムボックスから地図を出すと教え始めてくれた。食事をすませたので、お皿は退かす。


「ここがオレ達のいる王国……つっても、“王のいない王国”だ。そう呼ばれている。昔はな、悪い王族が支配してて、いい国じゃなかったんだ。だから王族を倒してな、王はいない国になったんだよ」

「えっ? じゃあ、あのお城は……誰も住んでいないのですか?」

「王族はいない。ただ、民から信頼の厚い三つの貴族が管理している。あそこは身寄りのない子ども達や、もしものための避難所として使われているんだ」


 私の無知っぷりに、ファーガスさんはまたもや苦笑をしつつ、続けてくれた。

 王のいない王国か。まさにそうだ。

 道理で資金に困っているわけか。

 お城をそういう風に使っているのは、いいけれど。問題は他国の侵略が心配だ。それを五歳の子どもが尋ねてもいいのだろうか。


「あ、他国に侵略される心配はない。何故なら、悪い王族を倒すことを手伝ってくれた隣国が取り囲んでいるからな」


 ススッとファーガスさんの人差し指が、地図をなぞった。

 そこはレレスと書かれた地。どうやら、現在地である国のようだ。

 その周りに、注目をする。


「ここがエルフ族の王国、ここが獣人族の王国、そして海の中に人魚族の王国。それらの王国が守ってくれているんだ」


 右にエルフの王国、左が獣人の王国、上が海の中の人魚の王国か。

 逆三角形みたいな形のレレスは小さいけれど、エルフの王国と人魚の海は大きいみたいだ。

 目を輝かせて見つめていれば、エルフ族の王国とレレスの間に、森の名前が書かれていることに気付く。

 ヴァルーンの森。ガランさんが言っていたミネラコルノの生息地の森か。


「そうそう、ここがヴァルーンの森。それから、魔物が生息する森や草原が周囲にあってだな……今回のモンスタースタンピードは、ヴァルーン森の手前、レレスの西の森だ」

「西……」

「……おい、頼むから、来るのはやめろよ? アメジスト」


 じっと西の森と書かれた文字を見ていれば、ファーガスさんが心配したような視線を向けてきた。


「はい」


 そう笑って見せる。


「そうだ、アメジストも、終わるまで城に滞在しておけよ。どの街より安全だぞ。どこに住んでいるかは知らねーけど……」


 ファーガスさんは、あの王族のいない城にいるように提案しつつ、私が帰っている場所を聞き出そうとした。

 その質問は、避けねば。

 私が毎日帰っているドラゴンの楽園は、恐らくヴァルーンの森より奥。

 地図には山しか描いていないが、きっとそこだろう。

 言えない。ドラゴンに跨って、毎日飛んで来ているとは言えない。

 こんなによくしてもらっているのに、罪悪感だ。


「ほら、お代わりよ。お待たせ」


 アンツィオさんが戻ってきた。

 サッと、ファーガスさんは地図を丸めて、アイテムボックスに放る。


「オレは見たんだって!」


 そこで高々に聞こえてきた男の人の声。


「私も遠目に見た!」


 女の人も声を上げた。

 なんの話だろうか。キョロキョロしていたけれど、賑やかすぎて、何を話しているかは聞き取れなかった。


「白いドラゴンが出没しているって話か」


 ギクリとしてしまい、私はもらった飲み物を吹き出しそうになる。


「し、白いドラゴン?」

「白いドラゴンは、神聖な生き物として扱われるんだ。オレも何回か遠目で見たことあるくらいだが……まぁ間近で見れるなんて、それこそ幸運化け物じゃないとな!」


 あ、はい。幸運化け物ですけど。

 間近で見たどころではないですけど。

 なんて言えない。


「目撃されているのは、なんでも四つの翼を持っているように見えたらしいぜ。それが正しいければ……多分、伝説級のドラゴン……」


 伝説級のドラゴン……!?


「大変です! ギルマス!」


 そこに駆け込んできたのは、アリーさんだ。


「モンスタースタンピードです。レレスの西の森の付近では、既に待機していた冒険者達が戦いを始めています」

「……予想より早く来たか」


 アリーさんの報告を聞いて、その場の賑やかさは嘘のように消えてなくなった。


「……」


 ギルドマスターであるファーガスさんに注目が集まる。

 重たい沈黙のあと、ファーガスさんは立ち上がった。


「よし。いっちょ、みんなのために、冒険するぞ! お前ら!!」

「「「おう!!!」」」


 そう声をかけるなり、その場の冒険者達は猛々しく返事をする。


「そういうわけだ、アメジスト。気を付けて帰れよ?」

「あ、はい……皆さんも、お気を付けて」

「おう!」


 頭を撫でるファーガスさんは、食堂をあとにする冒険者達に続いた。


「じゃあね、終わったらまた会いましょう」


 グリアさんも頭を撫でて、行ってしまう。


「じゃあ……」


 ルーリオさんも私の頭を撫でようとしたけれど、その手は私の頭を素通りした。


「……また遊ぼうぜい」


 そう言って、かしかしと自分の頭を掻いて行ってしまう。

 剣術を吹き込むことを、遊びだと思っていたのか。


「またね、アメジストちゃん」


 今度は優しく撫で付けてきたのは、アンツィオさんの大きな手。

 残されたのは、私だけ。

 私も飲み物を飲み干して、リンリンさんに「ごちそうさま」とお代を払って、外に出る。

 ぞろぞろと出発していく冒険者達を見送った。

 お母さんの目撃情報があるみたいだし、今日は早めに帰ろう。

 ……お母さん、伝説級のドラゴンかもしれないのだけれど。

 もしや、私ってば、本当に……幸運化け物?




 誰にも見られないように注意を払って、無事に、ドラゴンの楽園に帰った。西の森を通るから、私は高く飛んで欲しいとお母さんに頼んでおいたので、多分冒険者達に見られてはいないだろう。


「ヴァルーンの森……」


 鬱蒼とした森を見下ろして、その名を呟く。

 後ろでは、幼いドラゴン達が元気にじゃれている。

 見えないけれど、さらに向こうにある森で、魔物達が現れては冒険者達が戦っているのだろう。


「眠れるわけないよねー……」


 今も戦っていると思うと、今夜は眠れそうにない。

 頬杖をついて、むっすりと唇を尖らせる。


「キュウ?」


 横からお母さんが、私の顔を覗き込んだ。


「モンスタースタンピードっていう魔物達の暴走が始まるんだって」

「ンウ」

「知ってるの?」


 コクン、とお母さんは頷いた。


「……そうか」


 嵐の前の静けさってやつだろうか。

 森は、普通に見えた。それとも、遠すぎるだけなのか。


「……ねぇ、お母さん」


 私は問うてみた。


「……ここのドラゴンみんなで……狩りでもしない?」


 ニッと笑みを向ける。

 同じくお母さんは、ニッと笑った気がした。



 

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