第9話 末恐ろしい。
渡されたベルトは、グリアさんにつけてもらう。
ワンピースの上に調節してつけたあと、剣をホルダーに通して完了。
カチンカチン、と抜き差ししつつファーガスさん達に歩いてついていったら、四角い広場に到着した。素振りや手合わせをしている大人達がいる。彼らも冒険者だろうか。
アンツィオさんは、ここを訓練場と呼んだ。
ここなら、好きに武器を振るってもいいらしい。
「よし、先ずは慣れろだ。剣の重さや長さにな」
「えっと、素振りをすればいいんでしょうか?」
「ああ、振っておけ」
ファーガスさんの指示に従い、私は腰に携えた剣を抜いた。
片手ではまだ重く感じるため、両手で持つ。
軽く上げて、振り下ろした。重さでよろけてしまわないように、グッと踏み止まる。
右の方に上げて、左下に振り下ろす。
左の方に上げて、右下に振り下ろす。
「こんな感じで、いいんでしょうか?」
構え方も素振りも、なんとなくだ。
「そうそう、その調子。悪くはないぞ。何か悪かったら、指摘しようと思っていたんだが」
「そうね、足の移動も悪くない。筋がいいわ」
「流石、幸運化け物、あいてっ」
褒めてくれたファーガスさんとグリアさんに続いて、ルーリオさんが化け物呼ばわりすると、アンツィオさんの平手がルーリオさんの頭に当てられた。
「そのまま、続けてくれ」
頷いた私は、再び剣を振り下ろす。
「思い出すな、初めて剣を持った時のことを」
「オレぁ、腕ばかりに集中してて、バランス崩してコケけた思い出があります」
初心を思い出したらしいファーガスさんとルーリオさん。
グリアさんとアンツィオさんは、にこにこと私を眺めている。
しばらくして。
「よし! 手合わせしよう!」
ファーガスさんが言い出す。
「手合わせ、ですか?」
「つっても、オレは反撃しない。アメジストが攻撃すればいい」
私が条件にしたけれども、やっぱりギルマス直々にお相手してもらうって贅沢ではないか。今更ながら、恐れ多いと思えてきた。
でもファーガスさんはやる気満々のようで、アイテムボックスを開くと、そこから剣を取り出す。鞘のない剣は、銀色に光る剣身が太めだ。
ぶつけ合ったら、私の剣が折れないだろうか……。
「……あの、魔法使っていいですか? さっきの加速の魔法」
私は挙手をして問う。
「もちろんだ。来い、アメジスト」
「……はい」
両手で剣の柄を握り締め、私は構えた。
攻撃してこいと言われても、どこを攻撃すればいいのだろうか。
どんな攻撃も防がれてしまうなら、ど真ん中を切るつもりで行こう。
加速で飛び込み、剣を上から振り下ろす。
これで行こうと、決めた私は行動した。
「“ーー加速ーー”! “ーー加速ーー”! “ーー加速ーー”!」
「!!?」
走りながら加速魔法を三回唱え、飛び込む。
ガッキン!!
想像通りに受け止められた剣。だけれど、想像以上の痺れが走る。加速で飛び込み、全体重をかけて振り下ろした一撃を、容易く止めたファーガスさんの剣。丈夫だ。
押し返されて、私はなんとか後ろに着地した。
「タンマ!!!」
二度目の攻撃をしようと身を屈めたところで、ファーガスさんが声を上げる。
「?」
私はキョトンとしつつ、動きを止めた。
「なんで三重魔法を使った!? 教えてねぇぞ!!」
「えっ……えっと……ごめんなさい?」
謝るべきだろうか。イマイチわからないまま、私は自信なく謝罪をする。
「びっくりしたー! オレじゃなきゃ死んでたかもしれないぞ!?」
ええっ。怖いこと言わないでほしい。
離れて傍観していたグリアさん達も、近付いて会話に参加した。
「まさか、さっきの鬼ごっこも三重魔法を使ったのか!? だから見付からないわけだ! 末恐ろしい! 末恐ろしいって、このこと言うんだよな!?」
「まさに、末恐ろしいだわ……」
「ルーリオ、あなたが最初に三重魔法使えたのはいつ?」
「オレぁ、十二の頃だったと思います」
確かに使ったことを覚えている。さっきのように三回重ねるように唱える魔法を、三重魔法と呼ぶようだ。
「私、使えば使うほど速くなると思って……」
いけない使用方法だったのか、としょんぼり俯きつつ見上げた。
「いや、悪くはないんだが……三重魔法なんて普通の子どもには魔力を消耗しすぎるはずなんだ。なんだが……」
ファーガスさんが疑うようにしかめっ面をして私を見下ろす。
「……本当に鑑定しちゃだめか?」
「嫌です、ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいが……」
ガクリと肩を竦めるファーガスさん。
私の魔力量は、絶対に調べさせたくない。
「アメジスト」
「はい」
歩み寄ってしゃがんだルーリオさんに、耳を貸せと言われたので、耳を近付けた。
ごにょごにょ。
「はい、では再開してください」
「? 何を吹き込んだ? ルーリオ」
「見ればわかりまさぁ」
ルーリオさんが離れれば、グリアさんもアンツィオさんも数歩ほど離れた。
ファーガスさんは、私の攻撃を受け取るために構える。
「また三重魔法を使っても?」
「いいぜ」
念のために、確認した。
よし、なら、やろう。ルーリオさんに言われた通り。
低く身構え、剣を突き出した。
「“ーー加速ーー”! “ーー加速ーー”! “ーー加速ーー”!」
ビュッと風のように、距離を詰める。
突き出した剣を、ファーガスさんの中央である腹部に真っ直ぐに向かわせた。その剣を横から、ファーガスさんが剣を叩き付ける。
すごい衝撃に、剣を離してしまいそうになった。
「おお、今のもビックリしたぞ」
ファーガスさんは、余裕そうに笑っている。
「今のは、ちょっとまだ構えが甘かったな」
「そうでぃ、ここに力を入れて、動きはこうでぇ」
再び近付いたルーリオさんのご指導の元、私はまた突くように攻撃をした。
「さっきよりいいぞ!」と褒めるファーガスさんは、やはり軽々といなす。
ルーリオさんが色々違う構え方や攻撃の仕方を教えてくれたので、そのまま実行してみた。
「んもう! ワタシも吹き込みたい!!」
アンツィオさんが痺れを切らしたように声を上げる。
続いては、剣が取られた場合または剣が使えなくなった場合のための、簡単な体術をアンツィオさんに教わった。
最初はファーガスさんに剣を置いてもらい、パンチやキックを繰り出す。そんな攻撃は全然脅威にならないようで、受け止められてしまう。それでも、筋がいいと褒められた。
「おもしろーい! どんどん吸収しちゃうのは、子どもだからかしら。それとも天才だったりして!」
「いや、幸運化け物だから、あいてっ」
また化け物呼ばわりするルーリオさんの頭に、アンツィオさんの大きな掌が当てられる。
なんでも、私に教えるのは、スムーズに吸収しすぎて面白いかららしい。
言われた通り動けることが、そんなに面白いのだろうか。
当たり前に思えて、私は首を傾げた。
「あっ!!」
陽が傾いている。そう気付いて、声を上げてしまう。
「もう帰らなきゃ!」
「あ。昼飯抜いてしまったな。リンリンの食堂で食べてから帰らないか?」
「いえ、大丈夫です! 今日もありがとうございました! また明日もお願いします!!」
「おう」
「またね、アメジストちゃん」
「バイバイー」
「また明日ぁ」
私は急いでお母さんと待ち合わせをしている草原に戻った。
誰もいないことを確認して、一息つく。
腰に携えた剣を見たら、驚くだろうか。
そう思いながら、左手首に右手を当てて魔力を込めた。
そうすれば、現れる天使のようなドラゴン。
「見てみて! かっこいい?」
くるっと回って、今の格好を見せた。
ワンピースとズボンを合わせたブーツ姿。そして、子ども用のシンプルなデザインの剣を携えたポニーテールの私。
「キュウン」
褒めてくれているみたいに、お母さんは頭を撫でてくれた。
えへへっと私はすりすりと頬擦りをしてから、上に跨った。
ふわふわな羽毛ごと両腕で抱き締めて、楽園へと帰る。
またもや幼いドラゴン達の襲撃に遭い、そして疲れ切ったからそのまま眠った。
翌朝は、水浴びをしてから、髪を念入りに乾かしてポニーテールにする。長い髪だけあって、一人で束ねるのは難しかった。
またワンピースを着て、新しいブーツを履く。
今日もマダムシャーリーのところで、ズボンをもらおう。前払いはしたもの。
腰にベルトを巻いて、剣を持とうとした。その剣の鞘を噛み、引き留めたのは青っぽい幼いドラゴン。
「ウーウー!」
「え? 何?」
「ウー!」
「……? 返して」
「ウー!!」
剣を引くも、青っぽいドラゴンは踏ん張る。
またもや、周りの大人ドラゴンはクスクスと笑うように「キュキュキュ」と鳴いた。
「もう急いでいるの!」
思いっきり引けば、剣を取り返せたから、お母さんに跨って街に向かう。
顔パスで街に入ったら、リンリンさんの食堂に顔を出して、しっかりファーガスさん達に挨拶。それから、マダムシャーリーのもとでズボンを購入。一枚、履かせてもらった。
外で待ってくれたファーガスさん達とともに、ガランさんの店に行く。
来いと言われたからだ。
「きっと、昨日のやつは短剣に仕上げていはずだ」
そうファーガスさんが予想を立てた。
ミネラコルノの角で、短剣を作る。ダイヤモンドみたいな剣身になるのだろうか。
想像していたら、ファーガスさんとグリアさんとルーリオさんの三人で、二刀流の戦い方や短剣の扱いを、私にどう仕込もうかと話をした。
店の作業中の看板はなく、ファーガスさんはドアを開けて中に入る。
「おーい、ガランじい、出来たか?」
「誰に言ってんだ。あったりめーだろ」
返事はカウンターの向こうから、聞こえてきた。
ガランさんは、目の前にそれを置く。
ダイヤモンドの煌めきを放つ剣身の短剣が一本。とても細身だけれど、鋭利に磨がれたものだ。
「あれ? 一本? 角は二本だったよな?」
「もう一本は、あそこだ」
クイッと親指を立てて、ガランさんは背後の壁を見せた。
確かにもう一本の短剣は、壁に飾られている。
「展示品だ。オレの最高傑作だからな」
「おいおい、そりゃ勝手すぎるぜ? ガランじい。アメジストに断りを入れないと」
「バッキャーロー! こんな品を一日で二本も作ったんだぞ!! その分の労働力と剣のお代だ!!」
「ちょっとガランじい! それじゃあ、ぼったくりじゃない! 幻の魔獣の角を丸ごと一本もらうなんて!」
ガランさんに噛み付くように言ったのは、グリアさんだ。
ガミガミと口論したから、私は慌てて言う。
「あの! 私は別にいいですよ!」
「だめよ!」
グリアさんは反対した。
「いえ、幻の魔獣の角ですし、それを武器にする能力も結構な価値があるはずですから」
むしろ、成功させたことに称賛を送りたいくらいだ。
きっとかなりの価値があるのだろう。ガランさんの腕は。
「お? 話がわかるじゃねぇか、まだまだちっこい子どもだと思ったが、中々頭のいい娘じゃないか」
「これからは、タダで利用させてもらえますよね?」
「……ちっ、それで手を打ってやる」
にっこり、と私が言えば、しぶしぶとガランさんは承諾してくれた。
やった。これで武器に困らない。凄腕鍛冶屋を永久利用出来る。
バンザーイ、していたら、ファーガスさん達がドン引きをしていることに気付く。
「末恐ろしい子」
誰かが、そう呟いた。
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