第8話 幸運化け物。
ファーガスさんが噴水広場に戻ってきて、何やら騒いでいる様子を見た私は、屋根からなんとか降りて駆け寄った。
「あれ!? アメジストなんでそこに!? 今まで噴水広場に隠れていたのか!?」
「えっ?」
ファーガスさんに驚かれるから、キョトンとしてしまう。
「ちゃんと逃げてましたけど」
「なぁにぃ!? 速いな! 見付からなかったぜ!」
「鬼ごっこなのに、追いかけっこなしですかい。しっかりしてくださいよ、ギルマス。まぁでも一時間逃げ切ったんですから、合格ですね」
ファーガスさんに呆れた目を向けるルーリオさんは、代わりに合格を言い渡す。
「おいおい待て。何回加速の魔法を使ったんだ?」
「……数えられないくらいです」
数えようとしたけれど、諦めた。覚えていない。
「数えきれないほどだと? ちょっと魔力量を鑑定させてくれ」
「!」
納得いかないという表情をしたファーガスさんが手を伸ばそうとした。
何個もペスフィオーの果実を食べた私の魔力量は、多分平均より多いはず。測られてはいけない。そう思った私は、すぐさまグリアさんの陰に隠れた。
「嫌です! 拒否します!」
「なっ! なんでだ!? ちょっとだけだぞ!」
「嫌! エッチ!!」
「エッチ!?」
なんとしても断りたくて、私はついそんな声を上げてしまう。
ショックを受けたようなファーガスさん。
グリアさんがギッと睨み付けて、私を庇う形を取った。
「「ぶふふっ!!」」
アンツィオさんとルーリオさんも、吹いて笑い出す。
「レディーを断りもなく勝手に測るなんて、サイテーです! ギルマス!」
「ち、ちがっ、オレは……ただ……! っ……すまない」
グリアさんに責められたファーガスさんはしおれたように俯き、謝罪を口にした。
あ、なんか、申し訳ない。
「確かに女の子のことを勝手に鑑定するのは、痴漢と同じですもんね。ぶふ、ぶくくっ」
ルーリオさんが、笑い続ける。
「今のは、ギルマスが悪いわね。あはははっ!」
アンツィオさんも、笑い声を上げた。
「魔力量を測るのは、また今度にしてください……」
もう少し、もう少しだけ、ペスフィオーを食べたことを話せるくらい信用出来たならば……。
事情があると察してくれたから、グリアさん達は追及しないでくれた。
「じゃあ、次のステップに行こうか。ルーリオの言う通り、オレから逃げ切ったからな。戦うために、先ずは武器を選ばないとな。何がいいだろうか? 何がいい? アメジスト」
ついに戦い方を教えてくれるのか。
武器を持っているのは、ルーリオさんだけだ。腰に剣がある。
それを見つめていれば、注目が集まった。
「なんでぇい? 剣にしたいのかい?」
「ええっと」
「なら、子ども用の剣にしたらどうでぇ」
「子ども用があるんですか?」
「あるぞ。よし、じゃあ武器屋で買うか」
ファーガスさんも答えると、武器屋に移動しようと歩き出す。
「幸運にもペスフィオーの種を六つも拾えたんだ、オレ達より裕福だろう? 余裕で買えるはずだ」
からかうようにファーガスさんは、覗き込んだ。
実はドラゴンの楽園に、まだ種がいくつかあるなんて言えない。
ペスフィオーの果実そのものも、その気になれば食べれるとも言えなかった。
こんなにも、親切にしてもらっているのに、秘密ばかりで悪い気がする。
曖昧に笑って、私は俯いて歩いた。
「ガランじい、ちょっといいか?」
武器屋らしき店に入るなり、ファーガスさんが呼んだ。
ガランじいと呼ばれて反応したのは、右に眼帯をつけて左にゴーグルらしきものをつけた髭面の老人。でも剥き出しになった二の腕は、筋肉でモリモリだ。
「なんだ? 子ども連れで」
ゴーグルの中の瞳は、水色。ギョロッと、私を見てきたものだから、グリアさんの陰に隠れてしまう。
「怖くないぜ、アメジスト。ガランじいは、ドワーフと人間のハーフでな。あ、ドワーフってのは、手先の器用な種族だ。知ってるか?」
ドワーフか。
鍛冶や宝石などの加工が得意で背の低い小人のような種族だったはず。
まだ会ったことないし、前世の知識で知っている。
「はい。会うのは、初めてですけれど……」
「挨拶して」
グリアさんに背中を押されてしまったから、おずおずとお辞儀をして小さく「アメジストです」と名乗った。
「ガランだ」
ぶっきらぼうにガランさんは、そう答える。
「この女の子に剣を持たせたいんだ。あるか?」
「……冒険者にはまだ早いだろうが。それともギルマス直々に面倒見るほど、そんなに見込みがあるのか?」
「まぁそんなところだ」
ファーガスさんが誤魔化す。
こんな子どもに、大金を借りたとは言えないよね。
「子ども用の剣なら、そこだ。好きに選べ」
部屋の隅っこを指差した。剣が立てかけてある。
短いものから、長いものまで、順番に並べてあった。
子ども用の剣と大人用の剣、それに槍まで。
グリアさんが移動するから、私はついていって、子ども用の剣を前にした。五本、並んである。私の腕の長さくらいはある剣は、ドワーフが作っただけあって細部まで凝っているようだ。手で持つ部分である柄と鞘に、模様が彫られている。金色のひし形。それと、これは薔薇模様。シンプルな十字の飾りがついた鞘。そして、三日月が描かれた黒い鞘の剣。真っ赤な石がついた鍔の目立つ剣。どれも綺麗だ。
「これなんてどう?」
グリアさんは、薔薇模様の剣を手にした。
ちょっと派手かな。
「外形だけじゃなく、剣身も見て選べよ」
ガランさんが言う。
剣身。刃の部分か。
金のひし形の模様が描かれた剣を手にして、抜いてみた。
銀の刃が、なめらかな光を放つ。
ドラゴンの楽園に落ちていたナイフと同じだ。あれも切れ味がよかったけれど、これはとてつもなく鋭利に磨かれているみたい。
「わぁ……」
「切れ味は抜群よん。ガランじいの腕は保証出来る」
アンツィオさんの声で、ガランさんを振り返る。
カウンターの向こうでふんぞり返っているガランさんは、頬杖をついたままだ。
ギルマスが信用しているのだから、疑いはしないけれども。
子ども用なら、しばらくの間は、相棒になるべき武器だ。
いつも所持したいようなデザインにしよう。そうすれば、十字の飾りが付いたシンプルな剣にしようかな。
私は、それを手に取って、抜いた。十字のラインの入った銀の刃。
「金は誰が払う? お前さんか? ファーガス」
「いや、この子自身」
「なんだと?」
おかしそうにファーガスさんは答える。
「はい。おいくらでしょうか?」
「それは金貨二枚」
「わかりました」
やっぱり腕のいい鍛治職人が作るものだからだろうか。金貨二枚とは、結構なお値段。私はアイテムボックスから、金貨二枚を取り出そうと手を入れる。探っていたら、何か物体に触れた。確認するために、取り出して見れば、ダイヤモンドみたいな角だ。これじゃない。すぐにポイッと放ったけれど。
「い、今のはまさか!? みっ見せろ!!」
ガランさんが声を上げたものだから、ビクッと震え上がってしまう。
言われた通り、放った角を拾って差し出す。
「これは……やはり! ミネラコルノの角!! これをどこで手に入れた!?」
み、ミネラコルノ……?
ガランさんは、ゴーグルを外して、凝視した。
「おいおい、それって幻の魔獣、ミネラコルノのことかよ? ペスフィオーの種の次に希少なものじゃねーか」
ファーガスさんを見上げ、私は目を点にしてしまう。
ま、幻の、魔獣だって? あの種の次に希少?
「どこでそんな代物を手に入れたんだ? アメジスト」
どこって……ドラゴンの楽園にいたら、お母さんが狩ってきてくれて、美味しく食べさせてもらったのだけれど。
私は真顔に戻り、脳をフル回転射せた。そんなこと、きっと言っちゃだめだ。幻の魔獣を美味しくいただいて、売れそうだから角を取ったなんて、絶対にだめ。
「……ひ、拾いました」
でもどう頑張っても、拾ったと言うしかなかった。
「嘘付くな!」
ガランさんに怒鳴られてしまう。
身を縮めた。
「ミネラコルノの生息地は、ヴァルーン森の奥の奥と言われている! そこからノコノコ出てきて、お前が拾ったというのか!?」
「ううっ」
「ちょ! ガランじい! 泣かさないの!!」
ガランさん、怖い。
泣きそうになる私の背を、グリアさんは撫でた。
「本当です、たまたま……手に入れたんです……」
お肉が欲しいと言ったら、たまたま、お母さんがその幻の魔獣を仕留めて、手に入れたのだ。
涙を零さないようにグッと堪えて、私は弱々しく言った。
「幸運尽くしだなぁ……アメジスト」
まいった、と言わんばかりに、ファーガスさんは自分の頭の後ろをかく。
「……全く、これは、求めても、手に入るような代物じゃないぞ」
「アメジストは幸運なんだ、ペスフィオーの種も、六つも拾ったって言うしな!」
「はぁ!? ペスフィオーの種を六つもか!? ……化け物か」
酷い言われようである。化け物とは……。
「ぶふっ! 幸運化け物……」
吹いてルーリオさんが呟く。
幸運化け物って何。
「もういい! 寄越せ!」
「えっ?」
「拾ったんだろう? ミネラコルノの角! 二本!」
「……はい」
怖いから逆らうことなく、私はアイテムボックスから、もう一本の角を取り出して渡した。
「これで武器を作る。ほら、出てけ! わしは作業場にこもる!!」
「え、えっと、剣のお金がまだ」
「そんなのはいい! ベルトだ、持っていけ! 明日また来いよ!!」
放り出されるように、私達は店から閉め出される。
店は作業中の看板が置かれた。
……よくわからないけれど、剣を手に入れた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます