第7話 鬼ごっこ。




「あ、いっけない……みんなのお土産忘れた……」


 お土産を忘れたことに気付いたのは、ドラゴンの楽園が目に入った時だ。

 食べ物なら喜ぶと思うけど、金貨や服は喜ばれないだろう。


「ただいまー、うわわっ!」


 降り立つと、途端に幼いドラゴン達にたかられた。

 おかえり、と言っているのかな。

 それとも、遊べ、かな。


「ん?」


 しょうがないから遊んであげようと思えば、一匹だけ距離を置いている幼いドラゴンを見付ける。

 この楽園のドラゴンは、白の鱗を持っているけれど、その一匹は青っぽい。幼いドラゴンの中ではリーダー的存在みたいで、いつも中心にいる気がする。何かを決めるのも、この子らしい。

 そんな青っぽい幼いドラゴンは、前足……じゃなくて、腕を組んで、そっぽを向いている。その姿はまるで、ふてくされているように見えた。

 さっきから青色に縁取られた目を、開いたり閉じたりして、ちらちらと私に向けている。


「何? どうしたの? なんなの?」


 その態度の意味を問うために、近付く。

 幼いドラゴンは、私より小さめである。なので、見下ろす形になった。

 青っぽい幼いドラゴンは、またさらにプイッと顔を背ける。

 なので、私は両手でその顔を包み、真っ直ぐ向き合わせた。

 途端にギョッとしたように目を見開いた青っぽい幼いドラゴン。

 硬直したあとは、嫌がるように私の手を振り払い、翼を羽ばたかせて離れていった。

 ポカーン、と見上げた私は、大人ドラゴン達が「キュキュキュ」と笑っている声を耳にする。

 なんなんだ?

 疑問に思っていた私に、他の幼いドラゴン達が突撃してきたものだから、倒れ込む。すぐに起き上がって、走り回った。幼いドラゴン達も、四本足で駆けて追いかける。陽が暮れるまで、そうやって遊び回った。

 陽が昇るまでお母さんの元でぐっすり眠った私は、アイテムボックスから裾が白い花柄のレースをあしらったワンピースを取り出して、それに着替える。


「今日も街までお願い!」


 コクン、と頷くお母さんに跨って、また飛び立つ。

 昨日と同じ草原で降ろしてもらった私は「帰る時はまた呼ぶね!」と手を振り、門のところまで行く。ちゃんと並んで検問を受けようとしたら、ドゥーマさんが「わざわざ並ばなくていい」と通してくれた。

 子どもだから、だろうか。まさかの顔パス!

 ルンルンした足取りで、待ち合わせ場所である食堂に足を運ぶ。

 まだ早朝だからなのか、ガランとしていたけれど、ファーガスさん達がいた。


「おはようございます!」

「おっ! 早いな! おはよう、アメジスト!」

「アメジストちゃん、おはよう!」


 入っていいみたいだから、テーブルについたファーガスさん達の元に駆け寄る。


「朝飯は食べたか?」

「まだです、待たせたらいけないと思って」

「ちゃんと飯を食べなきゃダメだぞ! 力が出ないからな!」


 ファーガスさんがそういうので、またここで食事をさせてもらった。

 卵焼きを挟んだサンドイッチ。卵料理を食べるのはいつぶりだろうか。

 舌鼓していれば、配膳してくれた豊満な体型の女性店員がこの食堂の女亭主だと紹介された。すごい。名前をリンリンさん。


「アメジストちゃん、他に服は持ってないの? ズボンとか」

「あ、昨日たくさん買いましたが、ズボンは持ってませんね」

「じゃあ先ずは動きやすいズボンを買いましょう。昨日はどこで買ったの?」

「マダムシャーリーのところです」

「いいじゃない、そこに行きましょう」


 はい、とグリアさんに頷く私に、ファーガスさんは続けてこの場にいる人の紹介をした。

 緑色の長い髪を束ねたのは、アリーさん。昨日、名前を聞いた。

 派手な黄色の髪を立てた大男の人は、アンツィオさん。ウィンクをされた。強面なのに、お茶目だ。

 最後に、あの少年。じっと藍色の瞳で見てくる彼の名は、ルーリオさん。


「よしじゃあ、三十分後に噴水広場で集合だ」

「了解、ギルマス」


 返事をしたグリアさんと手を繋いで、マダムシャーリーの店に行く。

 まだ開店時間ではなかったけれど、中にマダムシャーリーがいると、ノックをしてグリアさんが入った。「お邪魔します」と私も続く。


「あらあら、アメジストちゃん。もう来てくれたの?」

「おはようございます。今日は、ズボンを買いに来ました」


 名前を覚えててくれたマダムシャーリーに、えへーと笑いかける。


「あらあら、あなたはグリアちゃん? 久しぶりねー」

「子どもの頃はお世話になりました、マダムシャーリー」


 グリアさんもお世話になった子ども専用の衣類店なのか。

 じゃあドゥーマさんもそうなのかな。だからここを選んでくれたのかも。

 早速、私に合うズボンを持ってきてくれたので、ブラウンのついたての後ろで履いた。ワンピースは着たまま、下に履く。今更だけれど、靴も買わないといけないな。サイズは合っているけれど、ボロボロだもの。

 なんて思っていたら、心を読んだかのように、スッとチョコレートブラウンのブーツが差し出された。マダムシャーリーだ。


「昨日思ったの。ブーツも必要だって。どうかしら?」

「はい!」


 なんて親切なんだろう! 感動して、私は受け取ったブーツをすぐに履かせてもらった。うん、ぴったりだ。その場にぴょんぴょんと飛び跳ねる私に、グリアさんは「急ごう」と声をかける。

 そうだ。待たせてはいけない。

 今履いているズボンとブーツをもらうことにして、金貨を一つ手渡した。

 おつりを出そうとするマダムシャーリーに、開店前に入ったお詫びと、また来てズボンを買わせてもらうためのお金だから、おつりは要らないと伝える。なら用意して待ってる、とマダムシャーリーは言ってくれた。

 私とグリアさんは、足早に店をあとにさせてもらう。

 噴水広場、と言うから、噴水のある広場を想像していたけれど、これがまた立派な噴水広場だった。グランドと呼べそうなほど広いそこには、子ども達がボール遊びをしたり、屋台が置いてあったり。

 ファーガスさん達が待っていたのは、獅子の彫刻が真ん中に置かれて、背中から水が吹き出している。変わってて、大きな噴水だ。睨み付けるような表情の獅子は、強そうだ。


「あれ、アンツィオとルーリオも来たの? 私とギルマスだけでいいのに」


 グリアさんは、アンツィオさんとルーリオさんに、何をしに来たと言わんばかりの疑問を投げた。


「いいじゃないですかい、どうせ例の仕事まで温存しろって言われているんですから」


 噴水の縁に気怠そうに腰掛けたルーリオさんはそう答える。

 モンスタースタンピードまで、温存か。


「暇なのよねぇ。ギルマスがどうアメジストちゃんを育てるか、見てみたいし」


 アンツィオさん、オネエ系だ!


「あ、そうだ。アメジストちゃん。髪ゴムあげるから、束ねておきましょう」

「ありがとうございます、グリアさん」


 後ろに回ったグリアさんが、髪の毛を集めて束ねてくれる。同じポニーテールにしてくれるようだ。また泣きそうなくらい嬉しい。こうしてもらうのは、ある意味幸せだと思う。胸がポカポカする。

 ニコニコしていたら、じっとルーリオさんに見られた。いやルーリオさんだけではなく、アンツィオさんもファーガスさんも見守るように見ている。は、恥ずかしいなぁ。


「準備は出来たか? アメジスト」

「えっと……はい! 何をするんですか?」


 長い髪を束ねたし、ズボンと新しいブーツを履いたし、動きやすい格好になれた。準備は出来たと思う。


「なら、あの端から、あの端まで、全力で走れ!」


 広場の隅から、反対側の隅まで、一直線に走る。


「わかりました」


 とりあえず、走ってみることにして、テクテクと早歩きで隅っこまで行く。

 ボール遊びしている子ども達が、私に注目をした。あ、恥ずかしい。同年代はちょっと……。見ないでほしい。

 軽く屈伸をしてから、手を上げる。いつでもいいという合図で、ファーガスさんも手を上げた。

 全力。この数日、幼いドラゴンと駆け回ったから、足の筋力はある方だと思う。これで何が知りたいのかはわからないけれど、とりあえず全力で駆けた。煉瓦の道を蹴るように、走り切る。そのまま、ダダダッとファーガスさんの前に戻った。


「どうでしたか?」

「うむ! 遅い! それでは魔物に捕まって食べられてしまうぞ!」

「えっ」

「冒険者になりたい子どもは大抵、下積みのように魔物の死骸から魔物の売れる部位を取ったり、付近の森や草原で薬草摘みをするんだ」


 ファーガスさんは私の前でしゃがみ、視線を合わせる。


「冒険者にならなくても、そうして小遣い稼ぎは可能なんだ」


 なるほど、と一つ頷く。


「でも、危険を冒すことには違いない。だから、逃げ足の速さは必要なんだ。危険から逃れるための速さを先ず手に入れなくてはいけない」

「えっと……冒険者の冒険って、危険を冒すって意味ですよね? 逃げるんですか?」

「おっ! よく知っているな。そうだ、冒険は危険を冒すって意味だ」


 ゴシゴシと頭を撫でられた。


「でもな、無謀な冒険は、だめなんだ。命を粗末にしちゃいけない。命なくしちゃ、何もかも意味がないだろう? だから、命が危ない時は逃げる。それが冒険者の鉄則だ。オレ達冒険者は、冒険をする。だが、命を大事にする。よく覚えておけ」


 ニッと、ファーガスさんはそう語る。


「昨日、オレは魔法を使ったんだが、覚えているか? ほら、チンピラにカツアゲされていた時だ」

「加速、って言ってましたね」

「おお! よく聞いているなぁ!」


 まだゴシゴシと頭を撫でられた。


「その言葉のままだ。速さを加えてくれる魔法だ。アイテムボックスと同じくらい、子どもが最初に覚えやすい魔法だぞ。便利で戦いでも重宝する魔法だから、覚えるべきだ。アイテムボックスを出す時は、指先に魔力を集中させるだろう? その集中を、今度は喉にするんだ。そして加速と唱えるだけで、二倍は早く動けるようになる」


 そんなに簡単に魔法が使えるのか!

 私は目を輝かせつつ、理解したことを示すために、コクコクと頷いた。


「もう一回、加速の魔法を使って、走ってみろ」

「はい!」


 もう一度走るために、ダーッとスタートのところに立つ。

 またもや子ども達に注目されたけれど、私は気に留めない。

 深呼吸をして、喉に集中する。


「“ーー加速ーー”!」


 唱えた瞬間にダッシュ。風に押されるようにグングンと駆け抜けた。

 さっきより短い時間で、広場の端まで到着する。

 パッと振り返って、出来たと片腕を振り回して噴水前まで戻った。


「よしよし、速くなったぞ! じゃあ次は」


 またもやゴシゴシと頭を撫でられる。

 ファーガスさんは、にっこりと笑みを深めて告げた。


「オレと鬼ごっこだ」

「えっ!」


 なんか、怖い。

 ゴゴゴッという効果音が、聞こえてしまいそうである。


「大丈夫、オレは加速の魔法を使わない。そうだな、今から一時間、逃げ切ったら、次のステップに入る。一時間、逃げ切ろよ?」


 やっぱり、怖い。

 いくら二倍の速さになったからと言っても、大人の速さには負けて追い付かれてしまうのではないだろうか。


「三十秒数えてやる、いーち」

「!!」


 ファーガスさんが数え始めるから、私はすぐさま駆け出した。

 幼いドラゴン達との鬼ごっこは、かなり可愛い!

 じゃれているだけだもん!

 ファーガスさんの方が、捕まったら食べられそう!

 まさに鬼だ!! 赤鬼!!

 一時間も逃げ惑うなんて、出来るだろうか。

 あ。そうか。加速の魔法を使い続ければ、なんとかなるだろう。


「“ーー加速ーー”! “ーー加速ーー”! “ーー加速ーー”!」


 どんどん加速をしていき、だんだんお母さんのように飛べる気がしてきた。

 人でごった返す市場は避けて、路地を適当に進んでいった私は、屋根の上に登ればいいのではないかと思い付く。

 加速の魔法で、加速したままの身体で、路地の壁を駆けて、屋根の上に飛んだ。成功!

 二階建ての建物はあまりなく、一階建ての家が並ぶから、その屋根を進んでいた。子どもの体重なら、屋根に穴は空かないだろう。

 暫く噴水から離れようと屋根から屋根を飛び移っていた。もちろん、加速したままだ。

 ふと、足を止めて、城を見上げた。

 灰色よりも白寄りの城は、塔が四つあり、真ん中にどっしり構えた建物がある。やっぱり王様とか、いるのかな。

 なんて疑問に思いつつ、私は鬼ごっこに専念しようとまた駆け出した。

 けれども、ファーガスさんらしき追手は来ない。

 それでも、屋根を駆けながら進んだ。やがて、私は街を一周してしまう。噴水広場が見えてきた。私はファーガスさんを捜したけれど、彼の姿がない。

 後ろか!?

 そう振り返ってみても、いない。


「……」


 じっと待っていたけれど、結局、ファーガスさんに追われることなく、一時間は経ったのだ。



 

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