第6話 冒険者。
ドゥーマさんは捕まえた悪者を牢屋に入れると行ってしまったが、悪い人達じゃないと言われたから、そのまま冒険者のファーガスさん達についていく。
大金の入った袋は一度、アイテムボックスにしまった。
案内されたのは、食堂らしき店。店内で食事をしていた人達をファーガスさんが「悪い! 皆出てってくれ!」と声をかけるだけで、人払いが済んだ。
先に空いたテーブルについていた私の前に、ハンバーグがはみ出たハンバーガーが置かれた。肉の香ばしい匂い。美味しそう。
顔を上げて置いてくれた人を確認すれば、豊満な体型の女の人がにっこりと笑いかけてきた。エプロンをしている格好からして、この店の店員さんだろう。
お腹空いた。というか、久々の料理だ。
お金はある。いただくことにした。
「ありがとうございます、いただきます」
添えてある濡れたおしぼりで手を拭ってから、私は大きなハンバーガーを持って、かぶり付く。肉汁が溢れる。味付けのあるハンバーグと、とろけたチーズやケチャップの味がした。サクサクとするのは、レタスだろう。あ、トマトもあるみたい。適度な弾力のあるパンも、一緒に咀嚼をした。
「んー!」
美味しさのあまり、足をぶらぶらと揺らしながら、唸る。
「美味しいかい? ジュースでも持ってこようか?」
「あ、はい! お願いします!」
にこにこの女性店員は、キッチンの方へと戻っていった。
えへへ。こんな美味しいものが食べれるなんて嬉しい。
二口目を食べると、向かいに頬杖をついたファーガスさんと目が合った。
「あっ! どうぞ、話をしてください」
「いやいや、先に食事をしてくれ」
ファーガスさんも、にこにこである。
一度手を止めたけれど、確かに冷めないうちに食べた方がいいだろう。
お言葉に甘えて、食べ続けさせてもらった。
「アメジストちゃんだっけ?」
黒髪ポニーテールのお姉さんが、後ろから私を呼んだ。
いつの間に、持ってきたのだろうか。ブラシを手にしている。
「ちょっとさっきので汚れちゃったみたいだし、とかしてもいい?」
「ど、どうぞ」
笑顔で言われては、断れない。
食べながらでいいなら、どうぞ。
「私の名前はグリア。素敵な髪色ね」
「ありがとうございます、グリアさん」
私の髪を手に取り、ブラシでといでくれた。
その感触に、静止してしまう。
そうだ。私は。
こうして、もらうことが、初めてだ。
実の母親にしてもらったことが、記憶にない。
褒められたことだってないのだ。
ポロッと、涙が零れ落ちた。
「っ!」
ポロリ、とまた落ちてしまうから、俯く。
泣いていることに気付かれてしまっただろう。
でも止められない。涙が、溢れてしまう。
大泣きしたあの日のように、声を出さないように堪えた。
グリアさんは、そっと頭を撫でながら、ブラシでとかし続けてくれる。
「あり? なんだよ、どうかしたんですかい?」
そこに響いたのは、若い男の人の声。
「……」
つい顔を上げれば、青色の髪をした若い男の人が入ってきた。少年と呼んでもいいくらいの若さだ。
その少年は、私と目を合わせる。涙を流す私と見て、驚いたように藍色の瞳を見開いた。
少しの間、凝視した少年が口を開く。
「……子どもいじめて、泣かしているんですか?」
「いじめてないわよ!」
グリアさんがすぐさま否定をした。
「わ、私が勝手に泣いているだけですっ」
「……そうかい」
ゴシゴシと自分の頭をかいて、少年はそっぽを向く。
「すみません、なんか……泣けるくらい嬉しくて、ありがとうございます」
振り返って、グリアさんにお礼を伝える。
「……そう。嬉しくて泣いたの……そっか」
優しく微笑んでくれたグリアさんは、目元を拭ってくれた。
ジュースが運ばれる。ゴクリと飲み、私は手を合わせて「ごちそうさまでした」とお辞儀をした。
「じゃあ……例の仕事の話を聞かせてもらっていいでしょうか?」
少年が来てしまったけれど、話してもらえるだろうか。
「モンスタースタンピードはわかるか?」
「……いえ」
少年も冒険者らしい。話は切り出された。
モンスタースタンピード。ちょっとわからない。
なんとなく、魔物の集団暴走的なことだとは思うけど、どうだろう。
「おいおい、子どもにそんな物騒な話をしていいんですかい? ギルマス」
少年が口を挟もうとすれば、大男がホールドして口を閉じさせた。
「モンスタースタンピードは、魔物達の大量発生とその魔物達の集団暴走のことだ」
あ、合ってた。
「ではこの街に……その危機が迫っているのですね」
「ああ、なるべく大勢の冒険者に声をかけて、備えてもらっているところだ。不定期に起こることだが、今回は……まずい。規模が大きくなりそうなんだ。これを聞いたら、君も不安になっているだろうが、どうか力を貸してほしい。この通りだ!」
ガッとテーブルに打ち付けるほど、頭を下げたファーガスさん。
「冒険者は……魔物を退治する職業の人達で間違いないのでしょうか?」
「それだけじゃないがな。危険な森まで薬草を採る仕事から、魔物の退治まで請け負う職業だ。魔物は基本人間に危害を加えるようなものだけ。親に、聞いて……」
親から聞いていないのか。その言葉は出なかった。
ファーガスさんの視線は、私の後ろに向けられている。見てみれば、グリアさん達が必死に首を振ったり、口に指を当てていた。親と不仲だったことは、悟られたようだ。
「えっと、この街の住人ではないのか? 見たことないもんな。どちらにせよ、近辺の街も被害を被ると思う。だから、自分の身を守るためだと思って、貸してくれないか? もちろん、魔法契約書にサインして、返すと約束する!」
必死に頼み込むファーガスさん。
そう言われても、この街でも、近辺の街でもないのだ。私が暮らしている場所はドラゴンの楽園。飛べない魔物が侵入出来るような場所ではないため、比較安全地帯だ。
私は守ってもらうために、お金を貸すという理由はない。
かと言って、貸さないという選択はなかった。
大金をポンと出せるのは、私ぐらいだろう。
幸運にも大金になる種を手に入れた私が、救いの手を差し伸べてもいい。
むしろ、返さなくてもいいけれど、それは気前が良すぎるか。
ここまで頼み込んでくるし、いい人達そうだし、頷こう。でも、その前に。
「条件をいくつかつけてもらってもいいですか?」
「条件? なんだ? なんでも聞くぞ!」
迂闊になんでもは使ってはいけないと思う。
「冒険者になれるように、鍛えてほしいんです。いいでしょうか?」
「そんなことでいいのか? アメジスト……歳、いくつだ?」
「五歳です」
「そうか、冒険者の資格を得るには最低でも十歳じゃないとなれないんだ。それから、規定の魔力の量がないとだめだぞ。それに試験があってな」
「いや、ギルマス。冒険者になれるように、鍛えてほしいって言ってるんだから、先ずは鍛えてあげればいいでしょう」
少年が、また口を開いた。
ギルマスことファーガスさんの言うには、十歳から冒険者になれるらしいけれど、規定が色々あるみたいだ。
無理に冒険者にならせろとは言っていない。
「はい。さっきみたいに絡まれたら、自分で対処出来るよう強くなりたいです」
「まぁ、自己防衛は必要だな。よし、その条件飲もう!」
あっさりと引き受けてくれた。
「他には?」
「あ……ないです。考えていませんでした」
てへっと笑ってしまう。
いくつか条件を、なんて言ってしまったが、他につけたい条件はなかった。
「それだけで大金を貸してくれるなら、お安いご用だ。なら、アリー。魔法契約書を作ってくれ」
「はい、ただ今」
丸眼鏡をかけた緑色の長い髪を束ねた男性が、テーブルのそばにつく。
「魔法契約書は、書かれた約束を死んでも守るという強いものです。互いの同意が得られれば、破棄も可能。あ、なかったことにするってことですよ」
破棄の意味を簡単に説明をすると、アリーと呼ばれた男性は、一枚の紙をアイテムボックスから取り出した。そして、羽ペンで書き記す。
ギルド代表であるファーガスさんの名前と、私の名前を書いて、金貨五十枚を貸すことや条件のことを記した。
「署名をお願いします」
ペンを渡されたので、指を差す部分に自分の名前を書く。
ちゃんと本が読める程度に字を覚えててよかった。
アリーさんのようには綺麗な文字は書けなかったけれど、署名完了。
続いて、ファーガスさんも署名をした。
私のアイテムボックスから、一番奥の袋を取り出す。
「これ、金貨五十枚あると思います」
「確認させてもらう」
テーブルに置いた袋に、ファーガスさんがスッと手を翳した。
「どうやって確認しているんですか?」
「魔法だ。初歩的な鑑定の魔法だぞ。これを使えば、袋の中身は何かわかるし、植物の毒のありかなしもわかるんだ」
「鑑定魔法ですか……」
「極めると、細部までわかるらしい」
「なるほど」
それでドゥーマさんは、金貨の枚数を数えられたのか。
光った魔法契約書が、差し出される。見れば、二枚あった。私とファーガスさんの前。コピーしたのかな。
ファーガスさんが、アイテムボックスに契約書をしまった。
私も丸めて、しまう。
「金貨五十枚、確かに受け取った! ありがとう! 工面出来たら、必ず返す!」
「はい」
「では早速! 冒険者になるために鍛えてやろう!」
「あ、ごめんなさい。明日からでお願い出来ますか?」
やる気を出してくれたのは嬉しいけれど、そろそろお母さんのところに帰らなくてはいけない。
ガクリと力を抜くファーガスさんだったけれど、快く頷いてくれた。
「じゃあまた明日だな! ここに来るがいい、鍛えてやるからな」
「はい!」
ちょうどよくドゥーマさんが来たから、私は門まで送ってもらう。
話を聞けば、私みたいに物を売りに来る子どもが被害に遭わないようにするのも、仕事のうちだそうだ。
また明日もこの街に来ると伝えてから、私はお母さんの元まで駆けた。
降ろしてもらった草原に到着。
でもオリーブグリーンが艶めく白い天使のようなドラゴンの姿はない。
「お母さんー?」
呼びかけても、いなかった。
なんとなく、私は手首の翼を見る。とはいえ、布を巻いていたから見えないけれど。
手首の翼は、お母さんと繋がっていると思う。
お母さん、迎えに来てー。
なんて、念じてみた。覚えたての魔力を使って。
「……すて、られて、ないよね……」
蹲って、ポツリと漏らす。
「……」
恐怖に襲われてしまうけれど、地面にあるドラゴンらしき影が伸びた。
パッと目を輝かせて、振り向く。
天使のような翼を広げた美しいドラゴンがいた。
「お母さん! お待たせ!」
私は力一杯に抱き付く。もふもふ。
お母さんも抱きしめ返してくれた。
たくさん話すことがある。
また乗せてもらった私は、青空を飛ぶお母さんにしがみ付きながら、ずっと話していた。
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