第5話 初めての買い物。
「あらあら、いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、老女だ。
小柄でシワだらけの顔で微笑む彼女は、眼鏡をクイッと上げた。
「綺麗な女の子ですね。どうぞ、奥へ」
「あ、ありがとうございます……はい」
褒めてくれた彼女についていくと、ブラウンのついたての向こうまで案内してくれる。
そこで採寸して、それからサイズが合う服を次から次へと見せてくれた。その間、彼女がマダムシャーリーだということを教えてもらい、それとなく話題を振ってくれて話をしてもらう。私のことは、アメジストちゃんと呼んでくれて、優しい人だ。
今の流行りは、白い花柄だそうで、私に似合うワンピースやブラウス、そしてスカートの試着を勧めてくれた。
手首の布を指摘してきたけれど、これは外せないとだけ答える。
「それで、どれにする?」
「えっと……全部でいいでしょうか?」
「えっ? 全部買えるの? アメジストちゃん」
「はい。幸運にもペスフィオーの種を拾えたので、お金はあるんです」
「あら、よかったわね」
ペスフィオーの種は、相当ラッキーアイテムらしい。
納得したマダムシャーリーは、店員達とともに服の枚数と値段を数え始めた。
「確か、ペスフィオーの種の相場は、金貨五十枚だったわね」
「はい……。あの、ペスフィオーの果実の場合、相場はいくらになりますか?」
「え? ペスフィオーの果実?」
単純に疑問を抱いた私に、マダムシャーリーを筆頭に、店員達に笑われてしまう。
変なことを尋ねてしまっただろうか。
「もしも見付かったら、そうね……いくらくらいになるかしら。買い手によると思うわ。だって、食べるだけでその人の魔力を増やせるような特別な果実だもの」
「えっ」
食べるだけで、魔力が増える果実だって?
瞠目している私を置いて、マダムシャーリー達は話を続けた。
「冒険者だって魔導師だって、大金をはたいて買いたくなるでしょう?」
「そもそも、人間が目にしたことあるのかしら? ペスフィオーの果実」
「ほら、エルフの戦士様は口にしたことがあるらしいわ。そう聞いたことがある」
「種だって、ドラゴンが落としたり、フンの中から見付けたりするんでしょう?」
どうしよう。この数日、私はとんでもないものを主食にしていたらしい。
もう食べるのはやめよう……。なんか、魔力が増幅しすぎて破裂しちゃうかも。そんな想像をしてしまった。
お母さんは、なんてものを食べさせるのだろうか。
絶対に食べたなんて、迂闊に口にしないようにしないといけないな。
「下着も合わせて全部で二十三着、合計金貨一枚と三十フィーレ」
「フィーレ……」
あの粒のような石の価値だろう。
とりあえず、アイテムボックスを開いて、中に手を突っ込み、巾着袋を探した。金貨しかないから、金貨二枚を取ろうと思えば。
「三十フィーレはおまけにしておきましょう。金貨一枚でいいわ」
「え? いいんですか?」
「ええ、こんなに買ってくれたのだもの。いいわ」
「ありがとうございます!」
金貨を一枚取って、手渡した。
いい子いい子、と頭を撫でられる。
初めての買い物、成功!
「じゃあ、服も全部、中に入れちゃうわね」
「はいっ!」
畳んだ全ての服を、私のアイテムボックスに入れてくれた。
残ったのは、最後に試着したワンピース。
肩出し部分が白い花柄のレースのワンピースだ。
「ありがとうございました」
「また新しい服が欲しくなったら、この店に来てね。アメジストちゃん」
「はいっ!」
丁寧にお辞儀をして、私は店をあとにした。
「あれ……? ドゥーマさん?」
店に出れば、鋼の鎧姿のドゥーマさんが見当たらない。
試着を繰り返しながらお喋りをしていたし、結構な時間が経ってしまっただろう。仕事に戻ったのだろうか。
帰る前に会えるといいな。お礼をしっかり伝えたい。
お母さんの元に戻ることも考えたけれど、せっかくならもっと買い物をしたいと思った。調味料とか、食べ物も、買っておきたい。
市場に戻ろう。来た道を引き返す。
せっかくなのだ。お土産に楽園のドラゴン達が味わえる食べ物を買いたい。何がいいだろう。店を見て回っていけば、見付かるかな。
てくてくと歩いていくと、複数の足音が迫っていると気付き、振り返った。
ギョッとしてしまう。明らかに私を狙っている悪そうな男の人達がしたのだ。
逃げようとした私の腕を掴み、路地の中に押された。
倒れることは阻止したけど、目の前にはニヤついた悪そうな大人が四人いる。
「間違いねぇ、さっきペスフィオーの種を売ったガキだ」
「ああ、この髪色で間違いない」
「おら、さっさとさっきの金貨を全部出しな」
一人がナイフをチラつかせて、要求してきた。
市場で売った時から目を付けられていたのか。狙いは有り金だ。
どうしよう。どう考えても私が勝てるわけない。
魔力は通常の子どもよりあるはずだけど、アイテムボックス以外の魔法は知らない。身を守る術がないのだ。
アイテムボックスはその人の魔力が鍵になって開くけれど、こうして脅迫されては、開けて渡すしかない。
いっそ、アイテムボックスの中に逃げ込みたい。可能だろうか。もしも、二度と出れなくなっては困る。お母さんが待っているのだ。
「早くしろ! ガキ! 痛い目に遭いたいのか!?」
「まずはその綺麗な髪を切っちゃうぞ!?」
怒鳴られて、ビクッと震え上がる。
無事にお母さんのところに戻るためには、有り金を渡すしかないだろう。
脳内では、こんなやつら倒してやるーっ!! と勝つ想像を浮かべるけれど、現実問題無理難題。
傷付けられる前に、私は指で宙を切って、アイテムボックスを開いた。
「大人しく従えばいいんだよ」
ニヤついた悪い顔を蹴り上げたい。
どう考えても、足は届かないから無理な話。
せめて、ドゥーマさんがついていればな……。
一袋、取り出した。
一番小柄な男の人が、受け取ろうと手を伸ばす。
ネズミみたいな出っ歯をへし折ってしまいたい。
なんでこんなことばかり浮かぶのだろう。
「おい! そこで何してるんだ!?」
後ろの方から声が飛んできて、振り返る。
路地に入って近付いてくる一行がいた。
先頭に立つのは、赤毛が逆立つように立った髪型の男の人。鋭い目付き。
山分けされちゃう!?
さっきまで親切な大人といたのに、急に大人全員が敵に思えてきた私は、悪者が増えたと思ってしまった。
「チィッ! 冒険者か!!」
「引っ込んでろ!!」
「おいガキ!! 早く全部出せ!!」
「あっ!」
出っ歯の男の人に、袋を奪われ、次の袋を要求される。
もしかして、アイテムボックスを開いた本人以外は、手を入れられないのだろうか。
「“ーー加速ーー”!」
フッと風が横切ったかと思えば、目の前に赤毛の人が現れた。
そして、袋を奪い、出っ歯をへし折る勢いで、掌を突き付ける。小柄なその出っ歯な男の人は、吹っ飛び、地面に倒れた。
コロッと落ちたのは、歯のようだ。本当にへし折った。
「野郎!」
「フンッ!!」
ナイフを持った男の人が刺そうと腕を伸ばしたが、赤毛の人はそれを一歩動くだけで避けると、顔を蹴り上げたのだ。大きくのけ反った男の人は、そのまま倒れた。
私の想像を実現してくれた……!
「まだやるか?」
「ひ、ひぃい!」
残る二人は、赤毛の人に恐れをなして、走って逃げる。
入れ違いのように駆け付けたのは、鋼の鎧と顔に傷のあるーーーーーー。
「「ドゥーマ」さん!」
その名前を呼んだのは、私だけではない。
えっ、と赤毛の人と顔を合わせた。
「アメジスト! ここにいたのか……すまない、老人が眼鏡を落としたと一人で困っていたから、探すことを手伝っていた」
「えっ?」
「なんだ、ドゥーマの知り合いか? ほら、お嬢ちゃんのだろう」
ドゥーマさんが謝ってくれる。
ドゥーマさんに続き、赤毛の人はにっかりと笑いかけると袋を返してくれた。
どうやら、ドゥーマさんは、こういうことになると見越して同行してくれたみたいだ。親切だ……。
「あ、ありがとうございます……」
とりあえず、取り返してくれた赤毛の人にお礼を言う。
「なぁに、通りかかっただけだ! それにしても重いな、銅貨五十枚以上はあるみたいだ!」
この人もいい人のようだ。そうホッとした。
ドゥーマさんは、私の怪我の有無を確認すると、訂正する。
「銅貨ではなく、金貨ですよ。ファーガスさん」
「何ぃ!!?」
ファーガスさんと呼ばれた赤毛の人だけではなく、連れの人達もざわついた。
その様子に、ドゥーマさんは首を傾げる。
「こんな子どもが金貨五十枚……!? ペスフィオーの種でも拾ったのか!?」
「そのようです。六つも拾ったそうですよ」
「六つだって!!?」
ファーガスさんが仰天している間に、気絶してしまった悪者をドゥーマさんは、アイテムボックスから出した縄で縛り始める。
すると、ファーガスさんが私の手を掴んできた。
「頼む!! その金貨、貸してくれ!! 必ず返す!!」
鋭い目付きで、詰め寄られて、私は思わず身を引く。
やっぱりちょっと怖い顔している、この人。
「頼む!!」
「ギルマス、ちゃんと説明しないと!」
連れの女の人が、そう言いながら隣に立った。
長い黒髪のポニーテールで、胸がどーんと膨らんでいる。短パンとロングブーツと、ジャケットを合わせたクールな格好。そして顔立ちは整っている。
「ギルマス……」
ギルドマスター?
その単語が浮かんだ。
そう言えば、この人達は冒険者と呼ばれていた。
魔物を討伐する職業で合っているだろうか。
「あ、オレはギルドマスターを務めるファーガス・エグザだ! そうだな、説明をするとな、人助けのために必要なんだ!!」
「……」
子ども相手だからだろう。簡潔すぎる説明をされた。
冒険者。人助け。お金。
それだけのヒントではわからない。
「もっと説明をしてください、ファーガスさん」
「そうか?」
縛り終えたドゥーマさんが、説明を増やすように言ってくれた。
でもファーガスさんはそれだけで十分だと思っているようだ。
人助けのためならお金を出せって、大金なだけあって横暴である。
「人助けって具体的にどういうことですか?」
私からも、説明を求めた。
「……」
躊躇する素振りを見せる。
「実は……資金が不足しているんだ。特殊で大きな仕事が迫っていて、参加する冒険者達の報酬が、あと金貨五十枚足りなくてな……。工面するには時間がかかり過ぎる……こんな頼みを子どもにしてしまって情けないが、どうか頼む! 幸運にもペスフィオーの種を六つも手に入れた君に頼みたいんだ! それとも全額使う予定があるのか……?」
特殊で大きな仕事、の部分は少し声を潜めた。
言いふらしてはいけないことのようだ。内容がとても気になる。
「えっと……」
私は持っている袋を一度見てから、ファーガスさんを見上げた。
「貸しますので、その仕事の内容を教えてください」
嘘をついているようには思えないけれど、念のための確認と好奇心で聞き出すことにする。
全部使うつもりもないし、一袋貸すだけなら、いいけれども。
「……よし、わかった!」
私を見つめたあと、意を決したように頷いた。
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