第4話 人間の街。
ぴこぴこと動く左手首の翼を隠そうと、お古のワンピースの裾をナイフで切り裂き、その布を巻き付ける。人間が翼を生やすのは、普通ではないだろう。どう考えても。
天使のドラゴンことお母さんは、何故か心配そうに見つめてきた。
なんでだろう……?
疑問に思いつつ、残りのワンピースを風呂敷がわりにしてまとめた私を、お母さんはまた乗せて飛んでくれた。
今度は、怖がらずに景色を眺める。
しっかりと足と腕でしがみ付きつつも、顔を上げた。
ぐんぐんと駆け抜けるように過ぎる森は、違っているように見える。
少しして、木々がひしめく森の中に、開けた地面や草原を見るようになった。
空は青く、薄い雲が浮いている。
とても美しい光景だ。空も大地も果てしなく続いていくような広い世界。
お母さんの頭に生えた艶めく羽根が、鼻をくすぐる。目を細めて眺めていれば、そのうち街が見えてきた。
明るい琥珀のような煌びやかな街だ。
その中には、灰色の立派な城が、飛び抜けるように建っていた。
私が住んでいた街には、城なんてなかったから、ここは初めてくる街に違いない。
その街の近くに、お母さんは降下して地面に着地した。
こんな美しいドラゴンと一緒に街には入れないだろう。
いやそもそも、街に入れるのだろうか。心配になってきた。
「ん?」
「キュー」
「んん?」
お母さんから降りた私は、荷物を抱えた手を掴まれる。そのまま、両手で握り締められた。
ポムポム。
かぎ爪で傷付けないように、軽く叩いてくるのは、左の手首だ。
手首の翼が、どうかしたのだろう。
そもそも、これはなんだろうか。
もしや念じると、お母さんが来てくれたりするのかもしれない。
私の居場所を把握するような印なのかも。
余裕があったら、書物か何かで、この翼の意味を調べよう。
「大丈夫。陽が暮れる前には、戻ってくるね。お母さん」
ちょっとまだ呼ぶ時に戸惑いと緊張を覚えるけれど、私はまたあとでと手を振り、一人で街に向かった。
街は高い塀に囲まれていて、どうやって中に入るのかと歩いていたら、人の列を見付ける。
当たり前だけれど、人間がいる!
この数日、会ったのはドラゴンだけだったから。
どうやら検問をしているようだ。身分証か何かを提示しなくてはいけないってなったらどうしよう。持ってない。そもそもこんな子どもが、外からやってきて受け入れてもらえるだろうか。
今になってす、こぶる不安になってきた。
心細いけれど、なんとか一人で並び始める。
もし身分証が必要なら、他の街に連れて行ってもらおう。
そわそわと挙動不審にならないように、荷物をギュッと抱き締めて自分の番を待った。
しばらくして、私の番になる。
検問をしていたのは、当然大人である。鋼の鎧を着ている彼らは、子どもの私にはとても大きく見え、そして怖かった。
あれだ。無表情の警察官と対面した感じの威圧。
「……一人か? お嬢ちゃん」
連れがいないかを問うのは、右目の下に傷がある大人。低い声にびくりとしないように、ちゃんと一人ですと答えた。
「親は?」
「……い、いません……」
俯いてしまう。
「……そうか。名前は?」
「あ、アメジスト」
名乗るとカキカキと音が耳に届く。顔を上げれば、木の板を持って何かを書き込んでいる様子。木の板はバインダーだろうか。紙に名前を書き留めているのかも。
もう一人の大人が、荷物を見せてというから、私は中身が見えるようにめくった。
「街に入る理由は?」
「これを売りに来ました」
「……」
続いての質問に答えると、眉間にシワが寄ったから、緊張が走る。
これ、盗んだものだと、思われたらどうしよう。
問い続けた大人が身を屈めて、荷物を覗き込んだ。
「……なら、自分が同行する」
「あ、はい。先輩、よろしくお願いします」
同行だって? え、疑われている? 疑われているのか?
冷や汗が止まらない私を手招いて、傷のある大人は、後輩にバインダーを預けて街の中に入った。慌ててつつも、転ばないように、ついていく。
このまま牢屋に案内されたら、どうしよう……。
「自分は、ドゥーマ。この先に買い手がいるであろう市場がある」
「あ、ありがとうございます!」
「……」
「……」
無口な人なのか。会話は終わった。
私からするべきだろうか。この頃、ほぼ独り言しかしてないから、他人との接し方がわからない。元々、社交的ではないし……。
話題と言えば、ドラゴン達のことしか浮かばないし、話題としては嘘だと思われるレベルの話。ドラゴンの楽園で住んでます、なんて頭の具合を心配されてしまう。
かと言って、最近親に捨てられちゃいまして〜、なんて重い。重すぎる話題だ。
明るい琥珀色ような建物が並ぶ道を進む。道は、灰色の煉瓦が敷きめられていて、転んだら痛そうとか思った。
鎧をまとった大人についていく、幼い子どもは珍妙に見えそうだけれど、特段注目されているようには感じない。私としては人が多いことの方が珍しく思えた。だってドラゴンの楽園にいたんだもの。
しかし、人の多さなど、序の口だった。
賑やかさを耳にしたかと思えば、市場に到着。ごった返すと表現した方がしっくりするほど、人が大勢行き交っていた。目を輝かせてしまう。果物や薬草、それに肉を陳列している。物色しているお客さんがいたり、声を張り上げてそのお客さんの気を引たり物の安さを伝える店員がいた。そんな人々は、それぞれ違う色とりどりの服を着ている。
活気だ。それが、ここにはある。
「はぐれないように」
「あ、はいっ」
ドゥーマさんが注意を促すから、私は引き続き、彼についていった。
いくら活気ある人々でごった返してても、鋼の鎧を着たドゥーマさんを見失うのは難しい。ドゥーマさんも、子どもの歩幅を気遣ってくれているようで、歩みは遅めだ。
「……おい、買い取りを頼みたい」
足を止めたドゥーマさんが、店を構える一人の老人に話しかけた。
「何かね?」
「アメジスト」
そう呼ばれるのは、初めてだからドキドキする。
私は持っていた荷物を、老人に差し出した。
「あの、えっと、これ……買い取り出来ますか?」
「ん? んん!? もしや、これはっ……!!」
老人がいち早く手にしたのは、ダイヤモンドのような角ではなく、金の皿でもない。
お母さんに押し付けられてしまった果物の種だ。
黒曜石のように煌く種が六つ。
「ペスフィオーの種!?」
「ペスフィオーだって!?」
「ペスフィオー!?」
老人がギョッとした表情をする。目が飛び出るほどの驚きよう。
声を聞き付けて、左右隣の店の店員が、覗きにきた。それだけには留まらず、お客さん達も注目し始める。
「ま、まさか!? こんなに!? 究極の魔力増幅薬の源の種! お嬢さん、どうしたんだ!?」
「えっと……」
究極の魔力増幅薬。何それ。とんでもなさそう。
ペスフィオーという名らしき果物なら、私が美味しく食べましたが。
それは多分、言わない方がいいのだろう。
めちゃくちゃ見られている。
「……拾いました……」
そう言う他ないと思った。
「なんて幸運なんだ!! お嬢さん! ペスフィオーの種を六つも拾えるとは!! 売ってくれるんだな!?」
ペスフィオーって、どんなに貴重な果物なんだろうか。
すごい形相で問い詰めてくる老人に、とりあえず頷こうとするが。
「いや! わたしに売ってくれ!! 高値で買う!」
「おれにくれ!!」
「いいや、僕に!!」
「一つでもいいからオレに! 有り金、全部で買う!」
ペスフィオーの種の話を聞き付けて、もっと人が集まってきて、こぞって買い求めてきた。
えっ。ええっ。ええ?
どうすればいいんだ。
ここは先着順に、一人一つ、売るべきだろうか。
でも周りに人々が集まりすぎて、先着順がわからない。
「子どもに、そう詰め寄るな」
人混みに埋もれそうになった私を助けてくれたのは、ドゥーマさんだった。
「アメジスト、自分が決めてもいいだろうか?」
「あ、はいっ!」
「先ずは、アンタだ。一つ、買い取るので精一杯だろう」
「あ、ああっ……!」
最初に話しかけた老人に、種を一つ買い取りをするように言う。
大金のようで、どっしりとした巾着袋みたいなものを置いた。
確か、この世界では、硬貨が基本のお金だったはず。買い物についていった時に、ちょっとだけ見たことがある。金貨、銀貨、銅貨。それから、粒のような石を使っていた。
「金貨、五十枚……ちょうどだ」
「へ? あ、はい……ありがとうございます」
その巾着袋に手を翳したあと、私に持たせるドゥーマさん。
「残るは、五つだ」
その調子で、ドゥーマさんは売る相手を選び、お金に変えてくれた。
不思議なことに、手を翳すだけで、ドゥーマさんは中身を確認できるようだ。魔法か、何かだろうか。
それにしても、どうしよう。こんなにも、重たいものを持っていては、身動きが取れない。
「どうした?」
六つ目の袋を差し出すドゥーマさんは、疑問そうに私を見た。
どうしたって……もう持てません。
「あっ……えっと……」
「……そうか。アイテムボックスが使えないのか?」
「……なんですか? それは」
「見たこともないのか」
いや、まぁ、予想がつくけれども。
首を傾げる私の前に跪くと、ドゥーマさんはピッと宙を指で切った。
ポッと一筋が、群青色に光る。その色は濃くなり、開かれた。
「アイテムボックスと念じながら、魔力を指先に集中して宙を切れば、自分専用の空間が作れる。魔法で作るカバンみたいなものだ。やってみろ」
「……出来るでしょうか?」
「子どもの小さな魔力でも使えるはずだ」
言われた通りに、魔力とやらを指に集中させて、宙を切る。
アイテムボックス。
そう念じた私の指先で、群青色の空間が開く。
「ほらな。魔力は人それぞれ違う。言い換えれば、鍵だな。盗まれる心配はない。これはアメジスト専用の空間だ」
そう言って、私のアイテムボックスの中に、六つ目の袋を入れた。
手が塞がってしまった私のために、一つ一つ放ってくれる。
魔法が使えた私は、小躍りしたい気持ちになっていた。それをグッと堪えて、コクンと頷く。
「残りの物も売るか? 必要ないと思うが」
「……そうですね」
ペスフィオーの種が売れてしまったと知ると、人混みは解散した。
まだ私が抱えている売り物をどうするか。お金は足りているのだけれど。むしろ大金すぎて、多分当分は困らないはずだ。
「これもアイテムボックスにしまっておきます」
私は抱えた物を入れられるように、大きく開いた空間に入れた。
ここまで世話をしてくれたドゥーマさんに、お礼をするべきだろうか。
わざわざここまで来て、対応をしてくれたのだ。もしや、謝礼が目的だったのかも。
「お礼は……」
いくら渡すべきだろうか。
一度しまった巾着袋を取り出そうとした。
「ああ、お礼は要らない」
「えっ?」
「それより、次はどうするつもりだ?」
「あ、服を買おうと思いまして」
私は自分の服装を見下ろす。引きずるほど長い裾のワンピース。
お金も余裕にあるし、アイテムボックスの魔法を覚えたし、たくさん買おうと思う。
「そうか。なら、この先だ」
またしても案内してくれるようで、先を歩き出した。
どうしてここまで親切にしてくれるのだろうか。
不思議に思いつつ、私はついていくことにした。
「子どもの服なら、ここで買えるだろう」
「あ、ありがとうございます、ドゥーマさん」
足を止めたドゥーマさんの前にあるのは、一軒屋。子ども専用の衣類店らしい。
ドゥーマさんは動かないから、中までついて来ないようだ。女の子だから、遠慮したのかも。どこまで親切なんだろう。ここは無理矢理でも、謝礼を渡すべきではないか。
どうやら買い物が済むまで待つみたいだから、早く済ませようと、ドゥーマさんにペコリと頭を下げてから中に入った。
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