第3話 楽園生活。
それから、数日が経つ。正直、日にちは数えていない。
私はドラゴンの楽園で、ドラゴン達に世話を焼かれながら、過ごしていた。
水を飲もうと滝の下にある清らかな池に行けば、さっさと身体を洗えと言わんばかりに尻尾で押されて、池に飛び込んだ。仕方なく、服を全部脱いで身体を洗った。髪の汚れも洗い流して、上から注がれる滝の水を飲んだ。
服が濡れてしまった私は、素っ裸。
ドラゴンしかないとは言え、注目されているので恥ずかしい。
素っ裸で出るわけもいかず、池に留まり続けた私に、あの天使のドラゴンが乾いた服を差し出してくれた。それは古くて大人用のワンピースだったけれど、ないよりはマシということでそれを着させてもらう。
新しい服を揃えるまでは、お古のワンピースも使うつもりで、池で洗った。特に果汁を拭いた裾部分を。
天使のドラゴンは、また果物を持ってきてくれた。
数日、それを食べ続けていたけれど、やがて飽きてきてしまう。
ドラゴン達は、何を食べているのだろう。
追いかけっこをして遊ぶ幼いドラゴン達は、親ドラゴンに口移しで肉らしきものを食べさせてもらっていたけど、なんの肉だろうか。
私もお肉が食べたい。しかし、生で食べれないだろう。
前世の知識で火を起こして、焼いて食べるか。でも肝心の肉をどう手に入れよう。
すっかり崖を登り下りすることに慣れた私は、よじ登って周囲を見回した。
……当然の如く、森である。
最初に捨てられた森よりも、生い茂っていて背の高そうな木々の森。
さらに人気がないところに来てしまった感じがする。
まぁ、このままドラゴンと育つのもいいだろう。
いや、でも、野性的にドラゴンのように育っても、きっと衣類は欠かせないだろうから、やっぱりいつかは手に入れに行かなくちゃ。
幸いなことに、どこからか拾ってきたらしい光り物が、巣の中やその辺に落ちている。宝石の原石から、ナイフまで。別に宝物のよう大事にしているわけでもなく、その辺に転がしているだけのもの。これらを売らせてもらえれば、お金が手に入るだろう。それから、服を買う。
ナイフを片手に持った私は、今最も欲している肉を取りに行こうとした。
先ずは森に降りよう。滑り下りればいけると思った私のワンピースの襟を噛み、ポイッと戻して、天使のドラゴンが阻止した。
一通り、楽園のドラゴン達と顔見知りになったけれど、この天使のような翼を持つドラゴンは、彼女だけなのだ。ん? 彼かな? 性別わかりません。
「私! お肉食べたいの! 森に行く!」
お腹が空いたと身振りで伝え、そして森を指差す。
指を差した森を見下ろした天使のドラゴンは、わかった! と言いたげな顔を向けてきて、そのまま下降して行ってしまう。
わかったの!?
なんとなくだけれど、あのドラゴンがだめだと言ったので、私は大人しく森を見つめた。一応あのドラゴンが私の保護者的な存在になっているから、従っておきたい。この楽園に連れてきてくれたのは、あのドラゴンだもの。逆らうことはしたくない。
戻ってきたら、お肉が食べたいということを、是が非でも伝えよう。
「わっ!?」
森から視線を外した僅かな隙に、接近してきた天使のドラゴンに気付かず、驚いてひっくり返ってしまった。
そのドラゴンがくわえていたのは、動かない生き物。多分息はないと思う。たらりと、血が垂れている。
ちょっと気持ち悪くなり、目を背けてしまう。
というか、ちゃんと伝わったのか。
お肉を求めるということは、生き物を殺すことになる。
生きるためには、必要だ。弱肉強食。
目を戻せば、ドスンと息のない生き物を地面に落とすように置いた。
「あ、ありがとう」
私はお礼を伝えてから、ナイフを握り締めて、近付く。
鹿に似ているけれど、角がダイヤモンドのように輝いている。この角、売れそう。
丸々と太ったお腹は、まるで牛だ。牛肉に近いかな。
とりあえず、食べれるように小さく切っておこう。
切れ味のいいナイフは、サクッと肉の中に入った。血の香りのせいか、吐きそうである。でもグッと堪えて、刃を進めた。
血の海となった私のそばには、いつの間にか幼いドラゴン達が集まっている。匂いにつられたのだろうか。食べたそうに目を輝かせている。
待って。これは私のだからね?
いやでも、まだ食べれそうにない。
先に火を起こしておくべきだった。
ーーズドン。
真後ろに、何かとんでもなく重たいものが降り立つ音がした。
いや、まさかね。なんて、おそるおそると確認してみたら、予想は的中した。
この楽園で一番巨大なドラゴンだ。一番高い崖の上からあまり移動しなかった巨大ドラゴンが、何をしに来たのだろうか。
あっ、横取り!?
身構えた私の頭上を、ドラゴンの息吹が通り過ぎた。
ファイヤブレス。火の息吹。それが頭に浮かんだ。
熱風が止めば、私が切りさばいていた鹿のようで牛のような生き物は丸々焼かれてしまっていた。あ、でもいい香りがする。
もう一度サクッとナイフを通して見れば、ちょっと硬さを感じたけれど、切れた。焼けた肉。
ぱぁっと笑顔になる私は、巨大ドラゴンを振り返った。
しかし、もうそっぽを向いて、風を起こして元の崖の上に戻ってしまう。
「ありがとうー!!」
腕を振って、お礼を伝えると、少し青い目を見開いた。
私はナイフで切り取った焼けた肉にかぶり付く。ちょっと焼きすぎなところもあるけれど、肉汁が溢れる美味しい肉だ。先に切り取った生肉は、そっと幼いドラゴンにあげた。親ドラゴン達には、内緒だよ?
もぐもぐと噛み締めて、堪能した。
でも、流石に全部を食べ切れない。そうだ。干し肉にしてしまえばいいのではないだろうか。干し肉って、ただ干せば出来るのかな。
とりあえず、食べやすいように切り取っていたら、またワンピースの襟を噛まれた。天使のドラゴンだ。そのまま、池に落とされた。血塗れだったからだろう。でも落とさなくてもいいじゃないか。
それでもしっかりと血を洗い流した私は、また古びた大人のワンピースを着て、崖をよじ登る。干し肉作りをしようとしたのに、食べかけの肉は、天使のドラゴンが美味しく食べてしまったようで、ほぼ骨のみになっていた。
……また今度、チャレンジしよう。
ダイヤモンドのような角をなんとか抜き取って、その日を終えることにした。
眠る時は、天使のドラゴンの丸まった中。
すっかり安心して、眠りにつく。
起きれば、キュウキュウと鳴く幼いドラゴン達に寄ってたかられる。それに押し潰されてしまわないように、池まで降りていき、顔を洗う。そんな私のボサボサになった髪を、天使のドラゴンがそっと顔を押し付けて撫でてくれた。
今日は売るためのものを選別しようとガラクタを漁る。
遊ぼうと言わんばかりに幼いドラゴンが上に乗ってきたから、その都度下ろした。そのうち、今日は遊んでくれないとわかったのか、幼ドラゴン達だけでじゃれて遊び始める。
くすんだ色のお皿を見付けた。洗えば、綺麗な金色になるかもしれない。一体どこから拾ってきたのだろうか。疑問に思う。とりあえず、売れると思い宝石らしき原石と並べていれば、カランと音が鳴った。見れば、そのお皿に、あの果物の種が置かれている。誰かと思えば、天使のドラゴン。
「えっと、何?」
なんのために置いたのだろうか。
黒曜石のように綺麗だったから、捨てずにいた種だけども。
これが、どうしたのだろう。
促すように、微笑む。
「お母さん、これは流石に売れな……あっ」
つい言葉にしたものに、ギョッとしてしまう。
それから、かぁああっと赤面をした。
あれだ。これは。先生を間違ってお母さんとつい呼んじゃうやつだ!
あわあわと慌てふためく。真っ赤な私に対して、きょとんとした表情をした天使のドラゴンは、やがてにっこりとした。ぐるるっと喉を鳴らして、すりすりと顔を擦り付けてくる。別にいいのか。
はたまたそのつもりで、いてくれているのだろう。
私をこの楽園に連れてきてくれたのも、食事を運んでくれるのも、私を子どものように世話をしてくれているのだろうか。
母親のように、接してくれているのだろう。
捨てられてしまった私のためなのか。彼女がそうしたいだけなのか。
わからないけれど、捨てられたばかりの私の胸の中で、ズキッと痛みがしたあと、じんわりと熱が広がっていくのを感じた。ポカポカな胸を押さえつつ、私は頬擦りを返した。
もふもふで、とても気持ちがよかった。
私のーーーーお母さん。
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