第85話 相性抜群な美少女は、僕のジャージで帰りたい




「柚、いいこと教えてあげよっか」

「なに?」

「私と柚の名前占いの相性、最高だって」

「へぇ、そう」


 できる限り平静を装う朝。

 彩香さんは僕に診断結果のかかれたスマホの画面を僕に突きつけ、にししと笑う。

 それを僕は見ないようにして単語帳に意識を集めようとする。


 たかが占いだ。

 占いは未来を言い当てるものではない。数ある未来から起こりうるであろう出来事を推測するもの。それが当たるのは確率的問題であり、また占いは超次元的能力として認識されているため、占いの成功は人々に大きな印象を残し、その背後にある『試行回数』の四文字に意識を向けさせない。

 だから超次元的能力の存在を人々は信じ、夢見るのである。


 くだらない。この世の中に物理法則に反する事なんて存在し得ないというのに。けっ……。


 彩香さんはちょんちょんと僕の頭をつつき、二本指を立てる。


「えと~……柚、二つ、言いたいことがある」

「なに?」


 彩香さんは立てる指を一本にして片目を瞑った。


「一つ目、目の前に私を置いて物理法則だの確率論だの言う?」

「――オッケー、前言撤回しよう。超次元的能力はこの世の中に存在する」

「手の平返しが早いね。柚、素手でトンネル掘れるんじゃない?」

「うへっ……」


 かなりキツめの皮肉にうなだれると、彩香さんは更にもう一本、中指を立てる。

 そして意地悪な笑みを浮かべた。


「柚、口の端、ニヤニヤしてるよ」

「え?」

「なに? 占い結果聞いて嬉しくなったの?」

「いやっ、別にそうじゃないけど……というかニヤニヤなんてしてないっ!」

「へぇ、そっか。私は嬉しかったんだけどなぁ~」

「ふぇっ?」


 彩香さんは言いつつ、器用にスマホを鞄に投げ入れて、僕の机に両肘で頬杖をついて窓の外に意識を向ける。もうそろそろ紅葉が始まって、窓の外の木が赤や黄色に染まっている時期だった。

 彩香さんの言葉にドキドキした僕は、手に持っている単語帳の存在なんてもう忘れていた。動けずに彩香さんを見ていると、ふとこちらを見た彩香さんと目が合う。


「なに? 何見てんの?」

「あ、いや……えと、その……嬉しかったんだ……」

「何が?」

「占い結果のことだよっ! 言わなくても分かるでしょっ……」

「あぁね。うん、嬉しいに決まってるじゃん。柚と相性バッチリ。超次元的能力にまで、私たちの関係は約束されたわけだよ?」

「――それ告白のつもり? なに? 僕と付き合いたいの?」

「さぁ、どうでしょう?」


 いつもこうだ。僕が踏み込んで聞くと、彩香さんは両目を瞑って肩をすくめて、お決まりの言葉を言う。

 そうなるとその話題は自然消滅して、彩香さんが次に呟く言葉で話は別の線路へと乗り移る。彩香さんが線路のポインターを勝手に操作するせいだ。


「紅葉が綺麗だねぇ~」

「まぁ、そうだね」


 僕も彩香さんに習って窓の外に目を向ける。街路樹にぶらさがる紅葉が絨毯のように同じ色で固まって風に揺れている。

 穏やかな秋だ。


 ふと思う。

 ここで『彩香さんの方が綺麗だよ』なんて言ってみたらどうなるんだろう。『は彩香さんの勝ちだけどね』なんてキザな文言で攻めたらどうなるんだろう。

 僕は時々、こうやってどうせ出来もしない妄想をする。

 胸の中に溜まるモヤモヤを吐き出してみたくなる。


「でも、紅葉より柚のココロの方が綺麗」

「ちょっ! 今ココロ読んだな!?」

「ん、読んだ。柚が言ってくれないなら私が言ってあげようって思ったの」

「そんな気遣い必要ない!」

「じゃあ柚は言ってくれるの?」

「――それは、ムリ」

「じゃあ仕方ないじゃん」


 彩香さんはつまらなさそうにそう言って、再び紅葉に目を戻す。でも、からかわれた直後に彩香さんを攻めるなんてできるわけがないのだ。

 もし攻めて、倍返しされたには、僕の顔は明け方の太陽よりも真っ赤になるだろう。


「10点。それ漢字一緒だから。ギャグでもなんでもない」

「ちぇっ、どうせ100点満点でしょ」

「ん、そう。よく分かってるじゃん柚」

「そりゃ、ね。長いこと一緒にいるわけだし」


 そう言うと、彩香さんがぼそりと返す。

 僕はラノベの鈍感主人公じゃない。難聴でもない。だからある程度は聞き取れたし、それで十分聞き取れなかったところもある程度は補えた。


「じゃあ私の気持ちだって分かってるでしょ」

「――え? 気持ち?」

「べっつにぃ~? なんでもないけどぉ?」

「……そっか」


 聞かなかったことにしよう。からかい癖のある彩香さんだ。どうせ今も僕をからかおうとしただけだろう。

 そう考えることにする。


 だから私はダメなのかな、と彩香さんが呟いた。



 *



「雨か……」

「雨だねぇ……」


 突然の雨。天気予報では今日の降水確率は10%といわれていたので、当然傘なんて持ってきていない。

 僕の折りたたみ傘は壊れていて、彩香さんのは家に置いてきてしまったらしい。

 事務室で借りようにも既に在庫切れ、と悲しい現状。

 忘れ物の傘は夏休みの間に全て廃棄されてしまった上、その残りももうない。


 絶体絶命とはこのことである。

 少し待てば……と仄かに抱いた期待は、バケツをひっくり返したみたいな大雨で完全に流される。

 曰く、台風が来ているらしい。そんなニュースなかったぞ! と理不尽だが気象庁に文句を言ってみる。


 と、気象庁が怒ったのか大風をよこしてきやがった。

 突然に横殴りになった雨は、地面に溜まった雨水をも持ち上げ、僕らに吹き付ける。


「きゃぁっ」


 ちょうどその水たまりの風下にいた彩香さんはその雨水を体全身で受け止めた。

 びっちょり、と彩香さんの上半身にまで効果音がつくほどで、ワイシャツが透けて下着の形が浮き上がる。


 ちなみに僕はノーダメージ。彩香さんが壁になってくれたおかげだ。


「あぁもうっ! っ――うぅ、寒い……」


 むしゃくしゃしたであろう彩香さんはその場で地団駄を踏むが、その怒りの表現も吹いた風のせいで中断させられる。

 その顔は結構不機嫌だった。


 僕は冷えた彩香さんの手を取って校舎内に戻り、ベンチに腰掛けさせる。


「うぅ……寒い……」


 僕は寒そうな彩香さんの手を擦って暖めながら、何か策はと考えた。


「無駄な質問だけどもちろん暖房系超能力は……」

「ない。亜希奈なら火の玉とか出せるけど」

「うわぁ、聞きたくなかった。ねぇ、ワイシャツのままだと冷えるし着替えたら? ジャージとか」

「ん、そうする――。あ、今日体育あったか」

「へ?」

「なんでもない。柚、貸して?」

「え、僕が貸すの? 彩香さん持ってないの?」

「いいから、貸して」

「まぁ、分かったけど……」


 言いつつ彩香さんにジャージを渡す。

 持ってないのか? いや、今日体育で彩香さん着てた気がするけどな? てかそれジャージじゃないの?

 彩香さんの体操着入れから覗くジャージっぽい黒色に首を傾げると、彩香さんはメッと僕に指を向けて体操着入れの袋の口を強く閉じた。


 私のおかげで柚は濡れてないんだから黙って、と理不尽な文句と共にだ。


 そして僕を連れて校舎の奥、人気のない廊下の隅へ。


「見張ってて」

「まぁ、何をさせられるかは分かってたけど……。覗くかもよ? 彩香さんの着替え」

「何? 見たいの?」

「そりゃ、見ていいなら」

「じゃあ見れば? 下着しか見えない訳だし」

「――本気で、見るよ?」

「どうぞ、お好きに」


 彩香さんは言い、ビショビショのワイシャツのボタンをぷつんぷつんと外す。同じくビショビショのシャツはその下の青い下着を透かしている。


 あまりに唐突な動きで反応できない、という言い訳を誰にでもなくココロの中にして、僕は彩香さんの着替えを見る。

 かといって直視する勇気はなく、見張りをするふりをして、横目でチラチラと。


 彩香さんはこちらをちらりと見て、少し躊躇した後、ワイシャツに加え、その下のシャツすらも脱ぐ。

 その顔は少しだけ赤い、が、楽しそうでもあった。


「へんたい。見過ぎ。お金とるよ?」

「うっ——だ、だって……」

「いいこと教えげあげよっか。下着、上下セットなの」

「はぇ!?」


 僕の声と同時に白いお腹と青い下着が露わになる。派手ではないが、大人っぽい装飾で、見た瞬間に僕の顔が真っ赤になる。

 あの下には彩香さんの胸がある。去年までの断崖絶壁とは違い、ちゃんと丘がある。


 下着が上下セットだって言っていた。きっとあの下のパンツの色は青色で——

 彩香さんはそんな僕に流し目を向けて肩をすくめた。


「感想は?」

「え?」

「人の着替えまじまじと見といて感想もなし?」

「あ——えと……き、綺麗です……」

「そ……。今度、柚の着替えも見せてもらうから。んっと」


 なんだか不穏なことを言われたが、聞こえなかったことにしよう。僕の貞操が危ない。

 貞操が今現在で危ういのはどっちだ、とツッコむ輩は退場してもらおう。


 彩香さんは感想を聞いておきながら興味なさそうな返事をしてジャージをかぶり、首元のチャックをあげる。

 そうしてジャージに鼻を寄せてすんすん、満足げな顔をした。

 そこでふっと我に返って、安心する。


「よかった、臭ってないか」

「んん、匂ってなかったら怒ってた。匂ってるから満足してる。すぅぅぅ……はぁぁぁ……。落ち着く、好き」

「っ……わかんないけど問題ないならいいや。さ、帰ろ?」

「——どうやって?」

「あ……」


 その彩香さんの一言で僕は悟った。これ、雨の中走らなきゃいけないパターンだ、と。

 彩香さんは僕のジャージに顔を埋めながら、走ろっか、と呟いた。ジャージから覗く彼女の顔は、真っ赤だった。

 着替えを見られたからか、とココロで納得すると、違う、と訂正される。


「じゃあなに?」

「——匂い、好き。さ、帰るよ、柚。手、繋いで」


 結局、僕らは仲良く濡れながら、小走りで雨の中を駆け抜けた。当然、手を繋いで互いの熱を分け合いながら。








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