第84話 ゲームがしたい美少女は、僕に機嫌をとらせたい




 昼休み、昼食後。

 彩香さんが言った。


「柚、ゲームしよ」

「……もうこの時点で雲行き怪しいんだけど」

「失礼な、ちゃんとしたゲームだから。ね? やろ?」

「……どういうゲームか説明されてから決める」

「え~……そんなの柚有利じゃん。柚が得意なゲームだけ柚は乗ればいいんだから」

「分かったよ。でもせめてタイトルだけ」

「ん~……まんまなんだけどなぁ~……」


 今日の彩香さんはおっとり明るい系でしょう。穏やかな陽光のようでいて、どこかときめきを与えてくれる一日となりそうです。

 洗濯物は――


 脳内彩香さん天気予報ラジオを切り、はぁ、とため息を吐いて顔を上げる。と、結構近くに彩香さんの顔があってドキッとした。

 少し体を仰け反らせると、彩香さんは首を傾げる。


「えっとね、アイシテルゲーム」

「はっ!?」

「だから、あいしてるよって互いに言って恥ずかしがった方の負け。ってゲーム」

「——それは、知ってる。何せ僕はネット民だから。てかやったことあるから」


 その瞬間、嵐が始まった。

 彩香さんの目からハイライトが消え、その背後には蒼龍が身をうねらせて空間を切り裂き宙を昇る。

 切っていたはずのラジオはノイズ混じりの声で警告を出すように叫ぶ。


 突然の嵐に注意してください! 避難勧告が出されていま――


 そしてラジオはプツンと切れる。頼みの綱を失った僕は、銃を突きつけられた人質みたいに両手を挙げて椅子ごと後じさりする。


「あ、あの……中学生の頃、ネットで、やりました。そしたらどっちもネカマした男同士で、って、感じです」

「――……ふぅん、あっそ」


 数秒の沈黙の後、嵐は去った。ほっと一息つくと、彩香さんは僕にピシッと指を向けて言う。


「こんどからそういうのやっちゃダメ」

「は、はい」

「ん、じゃあやろっか」


 おい、やっていいのかやっちゃいけないのかどっちなんだよ。

 ――とは聞かない。僕がこのゲームをしていいのは彩香さん相手だけ、ということだ。


 ココロの中でそう呟くと、彩香さんは満足げに頷いて、椅子ごと僕に向き直り、姿勢を正した。

 それにつられて僕も姿勢を正す。


 てかさ、こんなの絶対僕の負けに決まってるじゃん。


 そんな僕のココロのつぶやきを聞いたのか否か、彩香さんは片目をつむって言った。


「さて、柚。言って?」

「えっ、僕が先なの!?」

「そ、柚が先攻。言い出しっぺは私だから先攻、譲ってあげる」

「ちょっ、じゃあ僕は後攻の方が――」

「いくじなし。わかった、いいよ、私が先に言ってあげる」

「う、うん……」


 結果的に彩香さんが先攻となった。なんだかこれは彩香さんの策略の内な気がする。かといって僕が先行になるのはダメだと思うし……。

 ループに陥りかけた思考を切り、意識を彩香さんに向ける。

 彩香さんは僕を見て、口を開いた。


「柚、好き」

「っ――」


 一気に紅潮する頬、バクバクと早鐘を打つ心臓。恥ずかしさに彩香さんを見ていられず、顔を俯かせる。


「柚、ごめん。間違えた」

「んぇ?」

「これアイシテルゲームだった。好き、じゃだめだね。もっかいやるね?」

「なっ――は、謀ったな彩香さん!」

「さぁ、なんのこと?」


 彩香さんは悪びれた様子もなく首をすくめるぐらいに頭を下げて謝り、もう一度、僕を見据えて言う。

 まっすぐに見つめられると、その綺麗な瞳から目が離せなくなってしまう。


「柚、あいしてる」

「っ――……わ、分かった! 照れた! めちゃめちゃ今照れた! チョー恥ずかしい! 僕の負け! 彩香さんの勝ち!」

「……柚」

「な、なに?」

「柚が私のこと恥ずかしがらせたら、引き分けだから。柚がいま照れようが照れまいが、柚は結局言うことになるんだよ?」

「う、うぐっ――」


 きっとココロは読んでいない。だけど彩香さんは、僕のとっさの策略を完璧に言い当て、阻止した。

 彩香さんはお前のターンだ、と言わんばかりに僕を指さす。そしてその手で頬杖をつき、僕を見た。


 硬直に数秒、ため息を数回、僕は口を開ける。


「あ、彩香さん――……その……あいして、ます」

「……そ」


 彩香さんは無表情の仮面を被って、素っ気なく言う。

 だけど頬は赤くなっていて、ちょっとニヤついていた。

 それに気付くと、そんな僕のココロを読んだのか彩香さんがぷいっと顔を逸らす。それでも耳は赤いままだし、唇の端はヒクヒクと震えている。


 その反応を見て、言葉が勝手に口からあふれてきた。


「あのさ、これ……このまま、ホントの告白になったりしない?」

「はっ……?」

「いやっ、なんでもないっ、今の嘘! ちょっとした冗談!」

「――……つまんな」


 その言葉は、僕の冗談に対しての感想だろう。

 傷つくが、その反面で安心する。

 良かった、中途半端な告白しないで済んだ。と。


 告白で関係が終わるにしろ発展にしろ、こんなに長い時間一緒に過ごしていたというのに、テキトウな告白でこの関係を変えてしまうのはよろしくない。


 それが僕のちっぽけなプライドだった。


「そんなのどーでもいいのに」

「え?」

「あの面倒くさがりな柚はどこ行ったの? それでもいいのに」

「何の話? あと、不精な僕の方が——好き、だったりするの?」

「別にそういうわけじゃない。——嘘、好き」

「っ——」


 彩香さんは不機嫌さを装ってそう言って、僕に向き直り、僕の両手を両手で取る。少し持ち上げて、振りながら言う。


「柚、愛してる」

「はぇっ!?」

「ほら、柚も」


 え、これ告白なの? もしかして彩香さん僕に告白してるの?

 案外、僕が思っていたよりも僕は落ち着いて状況を整理していた。僕は今、唐突に告白されている、と。


 冷静に考えればどっからどう見たって違う。

 これはアイシテルゲームの続きと考える他には筋が通るわけがない。しかも高校生の告白で『愛してる』とかちょっとハイレベルすぎる。

 どんだけ仲が深いんだか。どんだけ普段からイチャコラしてるんだか。


 なのに先ほどのゲームのせいで冷静さを欠いた思考は、彩香さんの言葉を告白と受け取ってしまった。

 そして告白されたなら、告白し返さねばと思ってしまった。


「――あの、その。彩香さん」

「なに?」

「ずっ、ずっと前から――ホント、その、気付いてるかもだけど、その、す、す――……すき、です……」

「っ――ゆ、柚っ、それルール違反……」

「え?」

「あ、アイシテルゲームなのにそんなに言うのダメ……。絶対照れるに決まってるからっ……」


 手をバタバタと振って、無表情の仮面が剥がれ落ちた真っ赤な顔で彩香さんは言う。そこでハタと、二つのことに気付く。


 無表情の仮面が剥がれるとこんな顔するんだ、可愛い。と。

 彩香さんの今の『愛してる』はアイシテルゲームでの意味だったのだ、と。


 今この瞬間の思考を読まれたら、僕の気持ちが全部彩香さんにバレてしまう。それはイヤだ。ココロを読まれないようにしないと。


 そう思った僕は、とっさに彩香さんの指の隙間に指を絡めて緩く握る。彩香さんをもっとデレさせて超能力を使う暇なんてなくさせようと考えたのだ。


「彩香さん、愛してる」

「っ――……ぅ……ぅん……。わ、私も、好き」

「そっか。良かった。照れてるね、彩香さん」


 勝利の行方なんてそっちのけ。

 僕はとにかく彩香さんにココロを読まれないように必死で、彩香さんはデレデレに顔を真っ赤にしてて、昼休みが終わるまでずっとそうしていた。


 僕が何かを言うと、彩香さんはずっと『好き』と返していた。



 *



「――とまぁ、柚。結局アレは何だったの?」

「あのさぁ! 思い出させて恥ずかしがらせないで! あれは本当に、僕も、とち狂ってたから!」

「でも気になるし。なにあれ告白のつもり?」

「違うよ! うっ」


 下校中。野外なので音量は気にせず僕は大声で否定する。

 そしたら彩香さんは僕を軽く睨んだ。心臓が痛くなって、空いている方の手で押さえる。


 うるさいなら耳塞いだらいいじゃん、と僕はココロの中で抗議すると、彩香さんは呆れた視線を僕に向ける。


「柚。私、手、塞がってるんだから耳塞げないんだけど」

「それは――……手、ほどけば?」

「いじわるぅ……」


 彩香さんが恨めしげに僕を見る。それに肩をすくめると、彩香さんは繋いだ手の向きを変え、僕の指の間に指を絡め、手を強く握った。


 僕らは今、指と指とを絡め合わせる恋人つなぎをしている。

 恋人つなぎはその特質上、強く握ると指の骨が左右から圧迫され、とてつもない痛みを伴う。

 その結果、僕の指の骨は悲鳴をあげる。


「いででででででっ! ごめんって!」

「はぁ、柚が意地悪なのが悪いんだから……」

「ごめん……」

「許さない。私今猛烈に不機嫌」


 僕はこの彩香さんの言葉の意味を、経験則で知っている。

 私を甘やかして私の機嫌をとれ、という意味だ。

 中途半端に絡んだままの指をしっかりと迎え入れ、ちゃんと恋人繋ぎする。


 すると彩香さんは不機嫌そうな顔を一瞬だけ嬉しそうな顔に変えた。だがまだ足りないようだ。


「彩香さん、何してくれたら機嫌直る?」

「ほっぺにちゅー」

「はっ?」

「――は、柚にはどうせできないだろうから、手、ずっとにぎにぎして。それで許してあげる」

「……もちろんだけど痛くない程度に、だよね?」

「睨むよ?」

「はいっ、すいませんっ」


 謝って、僕は彩香さんの手を柔らかく握る。

 手の甲まで指を伸ばして包むように握れば、彩香さんは僕に身を寄せてふんわり笑った。


「柚は気が利くね。やって欲しいことすぐ分かってくれる」

「……そりゃどうも」

「ん。いいこ」


 彩香さんは僕に肩で体当たりしてそのまま密着する。

 ドキッとする僕を無視して彩香さんは言った。


「気が利くのに、鈍感なんだよなぁ。柚って」

「どういう意味?」

「なんでもない。あ、柚」

「なに?」

「今度は好きですゲームしない?」

「するもんか!」


 僕は怒鳴って、少しだけ歩調を速める。

 同時に風が吹いて、彩香さんの呟きはかすかなものになって、聞こえなくなる。


「好きだよ、柚」







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