第79話 ビリビリされる美少女は、僕に頭痛を癒されたい
「うぎょふっ! ひょっ!」
「ぷっ…………なんて声出すの……ぷふふふっ……」
昼休み、昼食後。
彩香さんが後ろでなんかやってるな~と思いつつ、僕は小説を読んでいた。そうしたら突然、うなじにビリビリビリっと。
いや、こんな表現じゃダメだ。もっと酷かった。
ギリギリギリッ! と、うなじに電気の衝撃が、プラズマが、ライトニングが走ったのだった。
振り返ると、彩香さんは吹き出しながら僕に銀色のペンを見せる。今の衝撃を受けなかったら、普通のボールペンだとみんなは思うだろう。
だが、僕はそいつの正体を知っている。
通称、ビリビリペン。何度かやると、恐怖で数日の間はボールペンのおしりを押せなくなる。
備考1:うなじにやると効果的。
備考2:彩香さんは僕のうなじにやった。
「何してくれてんのさ!」
「ん~? 家にあったから、遊びたくて」
「何で家にあるんだよっ!」
「昔、対亜希奈の護身用道具として買ったの。亜希奈ってばビリビリには弱いからね」
逆にビリビリに強い人なんているのか? とココロの中でツッコむと、彩香さんはさぁ、と肩をすくめた。
彩香さんの家にはどんな戦いが日々繰り広げられていたのだろうか。興味はあるものの、僕みたいなミジンコが入ったら一瞬で塵に変えられそうなのが怖い。
僕は彩香さんの家の権力闘争構図に首を傾げ、何故か得意げに笑う彩香さんを見て、はぁ、とため息をつきながら本をパタンと閉じた。
こりゃだめだ。お仕置きだ。
ゆっくりと振り返り――暫時の躊躇のあと、素早く彩香さんの手首を掴みながら立ち上がる。
「きゃっ、ちょ、柚っ!?」
「あ~や~か~さ~ん!」
「なにっ? ちょっ、柚っ、いきなりどうしたのっ?」
「べっつにぃ~? 彩香さんが調子に乗ってるからぁ~?」
間延びした、尻上がりな声で答え、彩香さんを押して教室の隅の壁に押し付ける。
このまま壁ドンしてボイチェンして耳元で囁くのも面白そうだけど、そうするとクラスの視線が怖いし、オチの付け方に
「いいよ。それでも」
——もし、そこで彩香さんが目をとろんってさせてデレデレの甘々モードに入ってくれたら嬉しいのだけれど……。
まさか、僕はそんなことのために自分の意識を犠牲にするほど馬鹿ではない。気絶して倒れた時に頭を打ったらどうするんだ。下手したら死ぬぞ。
——そこは彩香さんが助けてくれそうだけど。
「うん、助けてあげるから。もし柚がカッコ良かったら私、とろけちゃうかも」
彩香さんの発言は全てスルーする。
反応すれば彩香さんの手のひらで踊るだけになりそうだし、そもそもココロを読まれているという現状を認めることそのものが恥ずかしいので嫌だ。
閑話休題。さて、ここからどうやって話を進めようか。
少し思案し、彩香さんの手からビリビリペンを奪った。
「あっ」
彩香さんは短く声をあげて、目で僕に抗議する。だがそんなものは御構い無しだ。
「彩香さん、超能力使うのナシね? じゃ、仕返し」
「あぎゅっ……」
言って、僕は彩香さんの腕にビリビリペンを突き立てた。
彩香さんはビクッと体を跳ねさせて、しかめっ面をする。
可愛らしい悲鳴を聞かれたのが不満のタネらしい。だが僕も悲鳴を聞かれたのでこれでおあいこである。
いや、僕の方が得したのかな? 彩香さんの可愛い声が聞けたし。そのおかげで耳が浄化されたし。
「柚のばかっ」
「何が?」
「そのっ……あんまり、可愛いとか、簡単に、言うな……」
「うん、分かった。彩香さん可愛いね」
彩香さんは赤い顔をうつむかせて、怒ったような声を出す。
それにニコッとわらって返してやると、彩香さんは顔をさらに赤くして、僕をぎゅっと睨みつけた。
「柚なんてあんまり好きじゃないっ」
心臓がぎゅっと痛んで彩香さんの手首を放して蹲ると、彩香さんはそんな僕を足蹴にしてぷんすか怒りながら席に戻る。
いや、正確にはひざ蹴りだ。側頭部に直撃した。
下手したら死ぬぞ。このやろう。
——あと少しでパンツ見えそうだった。惜しい!
僕はココロの中で悪態をつきつつ、残念がりつつ、立ち上がる。ずかっと席に座った彩香さんは本を読み始めたので、僕も向かいに座ってそれに習った。
柄でもないことやり過ぎちゃったな、と自分の行動を思い出して、顔を本で隠しながら恥じる。
すると彩香さんが口を開いた。
「柚、手、出して」
「ヤダ。またビリビリするんでしょ?」
「しないから。あと、別に何かするわけじゃないから本読んだままでいいよ」
仕方ないなぁ、と思いつつ。どうせ次はゴムぱっちんだろう、と思いつつ。本を片手に持ち替えて、空いた左手を彩香さんに向けて机の上に置く。
するとその上にそっと、暖かで柔らかい、よく知っている感触が乗った。見ると、彩香さんの手が僕の手の上にあった。
指相撲とか? と首をかしげて彩香さんを見るが、彩香さんは本を読んだままだった。
――どうやら僕をこれで恥ずかしがらせようという思惑らしい。
経験則からそう読み取った僕は、静かに深呼吸して本に目を戻し、彩香さんの指が乗った指先に、少し、ほんの少しだけ力を込める。
彩香さんを返り討ちにしてやろうという策略だった。
すると、彩香さんもほんの少し指先を曲げた。
彩香さんの指を更に握ると、彩香さんに握り返される。
力を抜くと、彩香さんも力を抜く。
いつの間にか僕は目的を忘れて、小説を読むことなんてとうの昔に忘れて、ドキドキしていた。
彩香さんと手を握ることはあっても、こんな指先だけが触れ合うだけの接触経験はあまりない。
感覚が鋭利な指先で触れ合うせいで、いつも以上に彩香さんの手を感じる。彩香さんと触れ合っているのだと感じる。
握りすぎたら手を引っ込められてしまうかもしれない。それはイヤだ。でも、握りたい。もっと彩香さんを手で感じていたい。
チキンレースをやっている気分でじわじわと指先に込める力を大きくしていく。そうすればするほど、彩香さんの手の感じ、心臓は早鐘を打つ。
そうやって、体感は一時間、実際は十数分ほど、時間が過ぎた。
授業5分前のチャイムが鳴って、そのときに彩香さんはパタリと本を閉じる。
本なんて机の上に置き捨ててしまった僕。彩香さんの手の感触にぽーっとして、ずっと彩香さんを見つめてしまっていた僕。
目があって、数秒見つめ合う。
ん? と彩香さんは首を傾げて見せたのち、きゅっと僕の指先を軽く握り、手を離す。
離れていく指先に名残惜しさを感じて少し、その後を追ってしまった。そのとき、僕は我に返る。慌てて手を引っ込め、微妙な空気をかき消すために、彩香さんが首を傾げた理由を問う。
「え、な、なに?」
「いや、なんか柚の顔赤いし。こっち見てたから。どうたのかな~って。どうかしたの?」
「な、なんでもないよっ!」
「そっか。じゃあいいけど……っと」
言いながら彩香さんは机を向きを戻し、引き出しから次の授業の教科書を取り出して机の上に投げる。
あ〜あ、おしゃべり終わっちゃった。
そんなふうに、ココロの中の寂しがりやの僕がつぶやいたタイミングで、彩香さんが椅子ごと僕に向き直った。
びっくりしてしまった僕になにを勘違いしたのか、ちょっと照れた口調で『なんか喋り足りなくて……』と言い訳する。
すると彩香さんは、僕の手に手を伸ばし、指と指を重ねるようにしてぎゅっと握り、笑う。
いつの間にか僕の腕は、彩香さんが僕の手を握りやすいように前に出されていた。
彩香さんが言う。
「柚、ありがと」
「なっ、なんで?」
「昼休みの間、なんか嬉しかった。柚の指が動くたんびに繋がってる、って分かったから」
「っ――か、からかおうたって無駄だからなっ!」
「ん? からかう気なんてなかったけど……」
「じゃあなんで手なんて――」
「柚と繋がってたかっただけだよ?」
言って、彩香さんはもう一度、僕の指を握る。
そこで先生が教室に入ってきて、彩香さんは肩甲骨の下辺りまで伸びた髪の毛に手櫛を入れながら前を向いた。
手が離れてしまった。
ドキドキと跳ねる心臓を押さえる。
とっくの昔から落ちていたが、そこから更に深いところまで落ちたのだと悟る。僕は彩香さんが好きだ。
ドキドキしてたせいで、彩香さんが発した言葉を僕は聞き取っていなかった。
「だからいっつも言ってるじゃん。私もだ、って」
「え?」
「なんでもない」
不機嫌そうに言った彩香さんはファサッと髪を払い、号令係の気だるげな声とともに席を立った。
*
「柚、頭痛い」
「ん? どうかしたの?」
「わかんない。でもなんか頭痛い」
6限が終わってから終礼までのあいだ。彩香さんは僕を振り返り、しかめっ面をして側頭部を抑えながら言った。
胸の底からムカムカが沸き上り、僕のドライな性格がふっと表に出てくる。
「水が足りないんじゃない? もしくは保健室行けば?」
頭が痛いと僕に伝えたからといって何になるというんだ。僕は頭痛薬なんて持ってないんだぞ。一体僕に何を求めているというのか。
ココロの中でそう続けると、彩香さんはしかめっ面を消し、唇を尖らせた。
「私だって柚のそういうドライな性格知ってるけどさ……。もうちょっと優しく接してくれてもいいんじゃない?」
「なんでさ。僕には何もできないんだから仕方ないじゃんか」
彩香さんのために何かしたくても何もできない。
そんな自分が不甲斐ないから——、そんな自分に怒りを覚えてしまうから——、なんて、そんな思想がココロの底にあって、それがムカムカの原因であるとは、僕は思いもよらない。
だが、彩香さんはそれに気づいたみたいだった。
彩香さんは僕に体ごと向き直り、素早く僕の頭に手を伸ばして、わしゃわしゃと僕の髪の毛をかき混ぜる。
「柚ってば、かわいいなぁっ、もうっ」
「ちょっ、なにすんだよっ!」
「柚はなぁんにも悪くないのに。優しいなぁっ、かわいいなぁっ、もうっ……。ホント、そんなかわいいの他の人に見せちゃダメだからね?」
「何の話!? てかやめてよ! 恥ずかしいから!」
「うんうん。柚、自分を責めなくても大丈夫。私の頭痛は柚の協力で治せるからね」
頭が痛いんじゃないのか。
乱れた髪の毛を整えながら、人差し指を立てて片目をつむり、快活に話す彩香さんにツッコむ。
だが完全にスルーされた。
頭が痛いのは嘘か。
いったい彩香さんは僕に何をさせる気なんだ。
「柚がチューしてくれたらすぐ治る」
「はぁ?」
「どこでもいいよ。手でも、ほっぺでも……唇でも、ね」
「するかっ! んなもんするかっ! てか嘘じゃん! 頭痛いの嘘じゃん!」
「あ〜頭痛いなぁ〜。柚がキスでもしてくれたらなぁ〜」
「——…………はぁぁぁ……」
ヘイシリ。何で僕はこの小悪魔に振り回されているのだろう。
答え:好きだから。
——シャラップ。
ため息の間に、ココロのシリに理不尽な怒りをぶつけつつ。
やってることがバカップルみたいでアホくさい。それと照れくさい。何で僕らはこんな面倒な関係になってしまったんだろう。その理由を知りたい。
答え:両者臆病ゆえ。
——反応すんな。
くだらないコントでまとまらない思考をデリートし、次の思考が浮かばないうちに体を動かしてしまう。
「えっ——」
彩香さんが驚きの声をあげるが無視。僕は彩香さんの手を取り、腕を引っ張るようにして彩香さんを僕に引き寄せ、その頭に手を置く。
まだ高い陽光で温められた黒髪に手を流し、全体的に頭を撫でる。
「痛いの痛いのとんでけ〜。痛いの痛いのとんでけ〜。
…………これでいいい?」
「っ——……」
言ってて恥ずかしくなって、ぶっきらぼうにそう聞くと、彩香さんはコクコクと頷いて、そのくせ僕の手首を握って頭を撫でるのをやめさせてくれない。
僕は諦めてその状態でため息を吐く。
「はぁ……。結局僕が恥ずかしい思いするだけじゃんか……」
「柚のことだから、どうせ恥ずかしがって何もしてくれないと思ってたから。嬉しい。ありがと」
「はいはい。じゃあ僕の手、解放してくれる? 頭痛いの治るんでしょ?」
「やだ。このままがいい」
「——……はぁ……」
彩香さんがそう言えば、僕に拒否権はないわけで——まぁ拒否するつもりもないのだが、そんなわけで終礼が始まるまでの数分間、僕は彩香さんの頭を撫で続けていた。
PS:頭が痛くなるのはこの光景を見てるクラスメイトたちの方。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます