第78話 文字をかかれる美少女は、僕にすりより甘えたい




「で、長かった夏が過ぎ……」

「ん~……カット。もう一回」

「そうして、僕らの長かった夏は過ぎ……」

「カット。柚、なんで長かったのかの説明を入れて?」

「彩香さんと会えないことによるこの空虚感をラインでの雑談のみで埋めることがきるわけもなく、僕らの長い長い夏は過ぎていった。

 そうして、織り姫と彦星が出会うように、九月一日、僕らは再会しっ、今日、九月二日から僕らの日常が始まる――!」

「時期が七夕と大外れだし長いけど……まぁいっか」


 言いつつ、私はカメラを止め、録画を確認する。

 柚は私の後ろに回り込んでその録画再生を覗きながら聞いた。


「なにこれ?」

「ん~思い出の記録? と、言いつつ、柚のデートの記録写真は全然撮ってないんだけど」

「で、デートって! 僕らまだ付き合ってないし……。

 そっ、それにっ、『思い出』とか言い出す以前の頻度で僕ら交流してない!? 思い出が多すぎるとなんか逆にその価値がさっ、ほらっ!」

「ってことはにはデートでしょ?」


(一言目を口に出した直後、僕は気がついた。気がついてしまった。無意識のうちに『まだ』と言ってたことに。

 慌てた僕は言葉をかき消すために矢継ぎ早に言葉を重ねる。


 そしてまくしたてた後、気恥ずかしさに目をそらすと、彩香さんはきょとんとした顔で首をかしげて、理論が破綻したことを言う。——少なくとも、僕には破綻したように思えた。

 by.柚のココロの声)


 柚はココロの中でそう言っていたが、私の発言になんら破綻はなかった。

 あと、『まだ』発言には私もどきっとしてしまった。

 それを隠すため、私は言う。


「それに、私たちが昔を振り返って一緒にこの時を懐かしむのって楽しそうなことだと思わない?」

「っ…………彩香さん、狙って言ってる?」

「もちろん。だって勉強会の時は柚が『ずっと一緒にいよう』って熱烈なプロポーズを――」

「もうやめて! あれ別にプロポーズじゃないから!」


 柚は耳を押さえてしゃがみ込み、真っ赤な顔で叫ぶ。

 だから柚はダメなのだ。目を瞑るから私の顔が赤いことに気づけないのだ。私もあの告白を思い返しただけで頬が火照るのだということに気づけないのだ。


 私はバカな柚を見下ろしつつ、窓からくる朝のぬるい風でなんとかこの赤くなった顔が冷めないかと、そんなことを考えていた。



 *



 授業中。彩香さんはガサゴソと何かをやっていた。

 そして突然、僕を振り向く。


「柚、にゃぁ」


 彩香さんの頭には白い狼のケモ耳がついていた。

 授業中にすべきことではないと思う。いくらその授業が現代文で、題材が中期ヨーロッパの社交界が舞台となったワルツの小説だったとしても。

 第一の感想をココロの中で彩香さんに投げる。


 あと、狼のケモ耳で『にゃぁ』は違うと思う。

 第二の感想もココロの中で投げた後、僕は言った。


「――ハロウィンには気が早すぎるけど?」

「別にそういう意味じゃないし。ただ、最近はケモ耳の人気が上がってるって聞いたから……それだけ。

 っていうかこれ狼なの!? 猫と一緒でしょ!?」


 いや、ちょっと猫とは違うから。——なんで区別がつくかは察して? 別にケモ耳にはまっていろいろ調べた時期があったんだとか、そんな黒歴史を僕に語らせないで。


 と、ココロの中で彩香さんに言い、口では、彩香さんの言葉でどきっとした胸をあまり隠さず、こう言う。


「……僕を彩香さんに惚れさせようとしてる?」

「…………さぁ?」


 少し長めの間を取った後、彩香さんは手の平を宙に放って言う。

 そうしてから、ケモ耳可愛い? とあざとさ満面に、下唇に人差し指を当てて上目遣いで聞いてきた。


 ぶりっこ系女子ってあんまり好きじゃないけど、彩香さんなら何でも可愛い。


 そうやって本心をそのまま口に出して答えると、彩香さんは頬を染めて、バカ、と呟いた。その後、赤い頬を元に戻し、ため息をつきながら言う。


「柚ってさ、ホント変だよね」

「突然の風評被害で感傷に溺れた」

「そ。でも柚が悪いんだから。清い乙女心を揺さぶるのが悪いの。それと、私以外の乙女心くすぐっちゃダメだからね?」

「――……よくわかんないけど、はい。ごめんなさい」

「ん、それでいい」


 彩香さんは満足げに頷いて猫耳カチューシャをそのままに、前を向いた。

 なんだ、もうお喋りは終わりなのか、と残念に思った僕はふと思い出した。僕らが話すようになって一番最初、彩香さんが僕をからかい始めたときのことを。

 目の前に写るは、彩香さんの白いYシャツ。キャンバスだ。


 僕は彩香さんの背中に指を伸ばした。書く文字は決めていない。


 指が背中に触れると、彩香さんはピクリと体を跳ねさせた。


「っ――」


 い ま い い ?


『突然何!?』


 背中に文字を書くと、彩香さんはびっくりした様子で念話で文句を言ってきた。それに念話で返すのは味気ない気がして、僕は背中に文字を書く。


 お し ゃ べ り し た い


『……話のネタがないから仕方ないし。あと念話で返したらどうなの?』


 味 気 な い


『そ。好きにしたら?』


 これはどうやら、お喋りをしようという意思があるようだ。

 僕は喜び勇んでを取り、白のキャンバスYシャツの上を走らせる。

 しかし少々、僕は調子に乗って巫山戯ていた。

 速く指を動かせばどうせ彩香さんは分からないだろうと、タカをくくっていた。相手は彩香さん――いや、他に類を見ない人知を超えた領域に住む超能力者だというのに。


 書いた文言はこう。


 彩香さんのすべすべの手とか切れ長だけど優しい目とか甘えたがりのくせにちょっと天の邪鬼なところとか、数えだしたら切りがないぐらい彩香さんが好き。めちゃめちゃ大好き。


「っ…………」


 彩香さんは念話では何も言わず、舌打ちのような音を出した。

 首を傾げて念話で問うも、彩香さんは何も返さない。


 速すぎていじけちゃったかな? と思った僕は授業に意識を戻した。だから知れないし、気付かない。


「私も好き……」


 誰かさんの小さな呟きなんて。



 *



「ゆ~ずっ!」

「うわぁっ!」


 体育の授業の為、体育館に向かう途中のこと。僕の足音だけが響く廊下で突然、彩香さんの声とその手が僕にかかる。

 ビックリして声を上げて振り返ると、彩香さんは僕の肩に手を置いたままニコッと笑った。


「柚って一人ぼっちなんだね」

「っ――怒るよ!?」

「ごめんごめん。ひとりぼっちじゃなかった。私たちが二人ぼっちだったね」

「っ……照れるよ?」

「勝手に照れてれば?」


 言いつつ、彩香さんは僕の肩に体重を預けるようにして歩く。

 ちょうど、じゃんけん列車をするぐらいの近さだろうか。でも相変わらず、彩香さんと接触しているという事実だけで僕の心臓はドキドキする。


 その一方、重りを引っ張るような気分で歩くぐらいなら、彩香さんをおんぶした方が歩きやすそうだと思ったりもしていた。


 ちょうど、後者の方を彩香さんは読んでいたのか、からかうような口調で言う。


「じゃあおんぶしてくれる?」

「しない。階段降りるときに危ない」

「ちぇ。ケチ……。でも、それ以上に恥ずかしいんでしょ?」

「っ……まぁ、そうだけどさ」

「柚、前見てみな」


 唐突にそう言われて顔を上げると、目の前に壁が広がっていて、したたかに額を打ち付けた。

 なんだか、昔のオチを踏襲している気がする。


「今日、授業ドッチボールな気がする……」


 彩香さんは、額を押さえて蹲る僕の呟きにきょとんと首を傾げた。



 *



「わ、ホントにドッチボールだ……。柚すごい。なんで分かったの? もしかして超能力?」

「彩香さんが『超能力』って言うと煽りになるよね。なんとなく、勘だよ勘」


 彩香さんとコートのセンターライン……つまり、自陣と敵陣を分ける白線を挟んで体育座りし、目の前で繰り広げられる戦いを眺める。


 そう、僕らは敵同士だ。だが、そんなことが僕らの間を裂くような障壁になんてなるわけがないのだ。


 ココロの中で強くつぶやき、彩香さんを見ると、彩香さんの顔は少し赤い。と、思っているとすぐに無表情になった。

 昔は無表情の意味がわからなかったが、今はもう知っている。

 昔は不機嫌になったのかと不安になったりもしたが、今なら無機質なその表情ですら愛おしく、愛らしく見える。

 なんてことはない、ただの照れ隠しなんだから。


 ふと、彩香さんの頭を無性に撫でたくなった。

 今までは無意識のうちに体が動いていたが、なぜだか今は意思として、その衝動があった。


 だから、聞いてみる。


「彩香さん、頭撫でていい?」

「なっ!? いきなりなんでっ!?」

「いつも彩香さんがする突拍子もないことよりはマシでしょ? だめ?」

「う、あ……す、好きにしたら?」


 彩香さんは真っ赤になった顔をピクピクさせながら、平静を装ってそう答える。

 ってことはいいのかな? とココロの中で聞き、さぁ? と惚けたような口調、僕は彩香さんに腕を伸ばして——


 ふと、視界の隅から迫ってくる影に気がついた。彩香さんの拳かと思った。

 その直後、その影は僕の顔すれすれで急カーブし、僕の前でボヨンボヨンとバウンドする。それはボールであった。

 投げた人のそのフォームは、なんだか僕を狙って投げたかのようなものだった。事実、彼は僕を睨んでいた。——が。


 隣の彩香さんは亜希奈を彷彿させるような低い、しかしよく通る声を出した。


「殺すぞテメェ……」


 その怖さはもう、怒りの対象でない僕ですらチビってしまうほどだった。ボールを投げた彼は青ざめた顔で後退した。


 その数秒後、彩香さんは一転して僕に体を預け、頭を僕の肩にすり寄せて甘えてくる。さながら、白狼に懐かれた気分だった。


「ん〜柚……頭、撫でて? 撫でてくれるんでしょ?」


 彩香さんはそう言って僕を見上げた。

 どうやら、甘え屋モードに変異してしまったようだった。


 ——数分後、僕は正座して彩香さんに膝枕を提供し、彩香さんが甘えるままにその髪の毛を手ぐしで梳いていた。

 周りの視線が怖くて顔を上げるなんてこと、できるわけなかった。——そもそも、僕だって彩香さんに夢中で周りのことなんて忘れてしまっていたが……。








PS:二人で勝手に異世界いっちゃうけいカップル——……失礼、カップルではなかった。

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