第80話 ホストに甘える美少女は、僕にリハビリをさせたい
*次回予告:柚が甘やかされる。
彩香さんは言った。唐突に。
「柚。ホストみたいなことして」
「ぁ?」
「ん~……甘えたくなった」
「はぁ?」
「柚、私に甘い言葉いっぱい言って? ね?」
昼食後。
今日はなんとなく机を横に並べてお弁当を食べたその後、彩香さんは椅子にまっすぐに、お行儀良く座って、可愛らしく首を傾げてお願いしてきた。
それにつられてサイドテールに結わえられた髪の毛が跳ねる。
それに合わせて、僕のココロが跳ねる。
僕の脳内の社長が革張りのソファーに腰掛けて大声で叫んだ。
お~い、
へい! ただ今一丁!
江戸っ子の屋台寿司の握りが出てきた気がしたので慌ててそいつを控え室に押し込み、ちゃんとしたホストくんを連れ出した。
「彩香さん、今日は甘えたがりなんだね。かわいいよ」
なんともまぁ、キザな言葉をやすやすと吐けたもんだ。
自分のホストモードに呆れを通り越して地球を一周して感心する。そして、今後の展開に不安を巡らせる。
まさか前みたいに倒れてきて僕のおなかに顔を押し付けたりしてこないだろうな。
あのあと胸焼けした顔のクラスメイトがこっちをすごい睨んできたんだからな? ――あ、今もだ。
でも僕は彩香さんしか興味がないので、そいつを視界から外し、彩香さんの肩に手を乗せる。すると、彩香さんは甘えるようにコテン、と僕の身体に体重を預けてきた。
これはヤバいムーヴだ。このまま行けば彩香さんに膝枕をするハメになり、最終的におなかの匂いを嗅がれることになる。
同じネタはいけないぞ、と僕の脳内のオカシナやつが喋った。
なぜネタを繰り返し使ってはいけないのかわからないが、僕は本能的にそれがダメだとわかったので、それを回避すべく、彩香さんの肩をそれなりに強く掴んでおく。
そして僕は、彩香さんが動き出す前に、行動を始めた。
「ひゃぁっ」
「ふふっ、かわいいね彩香さん」
「きゃ…………恥ずか死にそ……」
彩香さんの髪の毛に顔を寄せ、彩香さんの肩に顎を軽く乗せる。彩香さんが恥ずかしげな息を漏らすのを、僕はドキドキしながら聞いていた。
彩香さんの髪の毛から香るいい匂いは僕の胸をいっぱいにして、鼓動を早めさせる。
この感覚はいつも僕に思い知らしめる。僕は彩香さんのことが――
ココロを読まれていることを危惧して思考を消し、彩香さんの耳元に唇を寄せてささやく。
「彩香さん、いい匂いがするよ」
「そ、そう? シャンプーの匂いだと思うけど……」
「そう? でもこの匂い、彩香さんだけのものだと思う」
「なんで?」
「だって、僕がメロメロになる匂い、彩香さん以外出せないもん」
「ばか……。どうせデタラメなくせに」
「別に? まぁ、いい匂いだね、好きだよ、僕」
するすると歯が浮くような台詞が出てくる、自分の才能が怖い。もしかしたら僕の天職はホストなのかもしれない。
彩香さんは恥ずかしそうに顔を手で隠してぶんぶんと首を振っている。
なんだこのカワイイ生物は。
答え:彩香さん。
「彩香さん、甘えたがり屋の彩香さん」
「ばかっ、恥ずかしいでしょっ……」
彩香さんはぽかぽかと僕の肩を叩く。
全然痛くない、むしろ幸福感があふれ出てきて最高だ。
だけど、僕は次の言葉選びを間違えてしまった。
ホストは客をもてなし、甘美な時間を提供する仕事だ。
甘く、蕩けるような言葉を囁かなければいけない。だから決して、客をからかってはいけない。
それは確かに、幸福な時間をもたらすかもしれない。だがその時間は『甘美』と称せなくなってしまうからだ。
と、僕のホスト論を述べてみる。
だが、時すでに遅し。
僕は彩香さんをからかおうとしてしまった。
「彩香さん、いっつも僕にしてること、やりかえされててどう? ドキドキする?」
「ん……なんかムカついてきた」
一瞬で彩香さんのあまあまモードが解けた。
同時、僕の身体の細胞全てが戦慄を感じる。彩香さんの一挙手一投足に怯え、言葉を発するその唇の動きに怖れ、そしてほんの少しだけ、期待してしまう。
一年を通して僕のココロに打ち込まれた彩香さんという楔は、僕が想像していたよりもかなり、深く、そして強く刺さっていた。
彩香さんはまず、僕の膝の上に座った。
次に僕の手に手を重ね、指を絡めてくる。指が互いの指の谷間に収まると、にぎにぎと握ってくる。
骨が挟まれる僅かな痛みと、どうしようもなく湧き上がる幸福感が混ざって、しゅわしゅわと頭の中ではじける。
たった一瞬で、僕の『ホスト』は控室へと押し込まれてしまった。
「柚。いつもされてること、改めてされてどう思う?」
「――い、いつも通りだけど!? そんな、恥ずかしく、ないし!?」
「……刺激が足りない?」
ここで、僕の素直じゃない返事が仇となったことに気がつく。
だがそこに気がついたところで、僕になにか出来るわけでもない。もういつも通りの展開へと、線路は僕らを導いているのだから。
彩香さんはうんうんと頷きながら話を続ける。
「そうだね、最近スキンシップ多かったもん。いったんリハビリしよっか」
「い、いいよ別に……。てかリハビリってなに?」
「恥ずかしいって感じるレベルを変えるの。柚が小さなことで……ん、例えば、柚が私を見たらそれだけでドキドキしちゃうとか?
まぁ、目標は手を繋いだら。最低限、こうやって見つめ合って恋人つなぎしてたら、とても恥ずかしがるって感じにね」
「……それ、催眠じゃないの? それにリハビリなんかいいよやらなくて――」
「んん、リハビリは大事。でしょ?」
彩香さんは僕の言葉にかぶせるようにして言い、僕の膝から降りて、僕の机に腰掛ける。
相対的な僕の目線の高さの変化と、少しはだけたスカートのおかげで、その中が見えそうになる。本能的に身体を傾ぐと、彩香さんが僕の頭をはたいた。
「いぎゃっ!」
そのおかげで頭が下がり、チラリとスカートの中が見えかける。
瞬間、脳天に星が舞った。クラクラする視界の中、彩香さんの持ち上がった膝から、額に膝蹴りされたのだと分かる。
酷い、と僕が叫ぶ前に彩香さんがドスの効いた声で言った。
「リハビリっつってんだろ。中覗くんじゃねぇよ」
「ご、ごごごめんなさい! 殺さないでッ」
「……亜希奈の真似しただけなんだけど。柚、過去に亜希奈になにされたの?」
「い、いや……あの目は恐怖でしょ」
なんだ、怒ってるのは演技だったのか。と、生命の危機的状況から脱したことに安堵する。
彩香さんは首を傾げてそうかな、と呟き、まぁいいや、と呟いた。結局、膝蹴りされたことは謝られなかった。
そして思い出したように僕の両手を取り、先ほどと違って普通に僕の手を握った。
ニコニコと笑いながら手を繋ぐ彩香さんを見て、思う。
僕が素直になれてないことをココロを読んで知っているのか、否か。僕は手を繋ぐだけでとてもドキドキしてしまうことを彩香さんは知っているのか、否か。
後者であれば一方的ではあるにしろ、ただの善意、つまり【無罪】だ。黙って受け入れよう。
前者であるならば、これはからかいだ。僕に対する虐めだ。青春とトキメキの搾取だ。つまり【有罪】だ。許せない。
気恥ずかしさと、さっきから僕を睨んでくるクラスメイトに耐えきれず、効果がないとは知りつつも僕は言う。
「別にいいから、リハビリとかやらなくたって――」
「ん? もしかして柚、実は手を繋いだだけでドキドキしてるの? さっきの『ドキドキしてない』は嘘なの?」
「あ、いや、そうじゃないけど――」
「じゃあリハビリ必要でしょ? そのためにもまずは、柚が今、どれぐらいのことでドキドキするかテストしなきゃね。
じゃあ、やろっか」
僕は悟った。彩香さんの狙いはリハビリではない。この『テスト』をするということだ。『テスト』という建前のもと、僕をトキメキで蹂躙する気だ。彩香さんは【有罪】だ。
だが、悟ったところで僕らの未来が変わることはない。
「『やろっか』じゃなくて『やるよ』……でしょ? どうせ僕が拒否しようが逃げようが、結局やるんだから……」
うまく言いくるめられた僕はせめてもと憎まれ口を叩くが、彩香さんは口笛を吹いてそれを躱す。
そしてにぎにぎ、と手を緩く握りながら彩香さんは言う。
「柚、ドキドキする?」
「し、しないっ!」
「そっか。じゃあ次はこうね。どう?」
「――しないよ、別に」
「ふぅん、しないんだぁ~。じゃあもっと過激なことしないとねぇ〜」
彩香さんはにやにやと笑みを浮かべる。
頭の最高裁が判決を下す。
彩香さん、有罪!
*
数分後。
「どう? 柚?」
「――べ、別に!」
素直じゃない僕のちょっとした嘘は、だんだんと僕のツンデレ属性を高めていき、正直に自分の気持ちを話せなくなっていた。
彩香さんはニマニマと、それはもう地獄の閻魔大王のような汚らしい笑みを浮かべて僕と密着する。
現在、僕は彩香さんと恋人つなぎをしながら校内を散歩していた。すれ違う全員が僕たちに視線を集めるほど、僕たちは目立っていた。
そして今、その視線の重圧に僕は耐えきれなくなった。
「もうやめて……。なんでも正直に答えるからさ……」
「――そう? じゃあ柚、私のこと好き?」
「は?」
「――いや、冗談冗談」
唐突な質問に思考が一瞬止まり、間の抜けた、しかし後から振り返ればとても冷たい声が出る。
すると彩香さんは僕が二の句を注ぐ前に、笑いながら顔の前で手を振る。表情の背面に何かを隠すようにして、ニコリと笑顔を浮かべる。
その『何か』はちらりと一瞬だけ、『不安』とか『怯え』のように僕には見えた。
そして彩香さんは、少し震えた声で、愛想笑いを浮かべながら聞いてきた。
そんな声、彩香さんには似合わない。もっと快活で、意地悪な声の方がいい。
そんな愛想笑い、彩香さんには合ってない。いたずらっ子でキューティクルな笑みの方が好きだ。
「柚、私のこと嫌い? 私と一緒にいてくれるのって、私が超能力者で、私が怖いから?」
「なんでそんなこと聞くわけ?」
「——……ちょっと、怖くなった。ごめん……」
ちょっとだけ、イラッとした。突然意味不明に、不安がる彩香さんにも、そうさせてしまった僕にも。
だから僕は彩香さんと繋いでいた手を乱暴に振りほどき、教室に足を向けて歩く。
早くいつも通りに戻ろう。彩香さんを安心させてあげよう。そのために僕は少しでも早く、教室に戻らなくては、と。
「ぇ……」
彩香さんの絶望したような小さな音を聞く。
そこで、彩香さんが僕の後ろにいることを思い出した。イラッとしすぎて我を忘れていたようだった。
数歩後ろに後退し、絶望と困惑の表情を浮かべる彩香さんと並び、彼女の手を取り、引っ張るようにして歩く。
「――彩香さん。僕はこの一年、好きな人としか一緒にいてない」
言いつつ、僕は歩調を速める。
無意識のうちにこぼれ出た、自分のキザな台詞に赤くなった顔を隠すために――。
PS:お久しぶりですみなさん! お待たせいたしました!
これから春休みの間は毎日更新しようと思ってるので(最低でも二日に一回は投稿します!)、更新チェック、宜しくお願いします!
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