第76話 ゲームがしたい美少女は、僕の攻めに攻め返す(物理)
「で、命令ってこれ?」
「そ、これ。だめ?」
「いや、ダメじゃないけど……」
さて、ババ抜きが彩香さんの勝ちで終わった。
チートを使おうがなにしようが、勝ちは勝ちなので、最初の規定通り罰ゲームとして彩香さんの命令を一つ、僕は聞くことになった。
と、いうことで僕の部屋にきた。
クーラーの風量を『強』に切り替えると、そいつは平べったい口を開いて大きな音とともに冷風を吐き出す。
彩香さんが僕にした可愛らしいお願い——もとい、命令は、僕の部屋でゲームをさせてくれ、だった。
上目遣いが可愛かったので即座に僕はOKした。
テレビの電源をつけ、そのままゲームの主電源を入れて、彩香さんにコントローラーを渡そうと振り返る――と、彩香さんは僕のベッドにもたれるようにして座り、膝の上の僕の枕に顔を埋めていた。
ベッドの下にはいろいろ見られたくないものがあるから、あまりベッドには近づいて欲しくない。
そう思ったが、言うと逆に勘ぐられてココロを読まれ、最終的に恥ずかしいものを暴かれるので何も言わず、ただ状況の把握のために彼女の名前を呼ぶ。
「彩香さん?」
「っ――」
「彩香さん、どうしたの?」
「――……い、いや、なんでも……」
一度目の呼びかけに、ピクリと肩を跳ねさせるも枕から顔を上げようとしない彩香さんは、二度目の呼びかけにちょうどマヌケな泥棒がするみたいに目だけを枕から覗かせ、僕を見た。
そしてバツが悪そうに目を逸らしてはぐらかす。
なにか枕に仕掛けられたのかな? と首を傾げつつ、彩香さんの反応を見て他意はないと知る。
ただ、僕の匂いが好きだから嗅いでいた、それだけのようだ。
「え……『それだけ』で片付けられるの?」
「ん? 彩香さん匂いフェチでしょ?」
「うっ――で、でもっ、わ、私は柚の匂いでしか反応しないからっ、勘違いしないでね!? 私は誰の匂いでも感じちゃ――い、いい匂いだと思っちゃうような匂いビッチじゃないからね!?」
「……お、おう」
「信じて! ホントだから!」
「うん、そこは理解したから落ち着こっか」
言いつつ彩香さんに、冷えた美味しい東京の水道水を注いだコップをあげると、彼女はそれを一気に飲み干して僕に突き返して、ふて腐れたように言った。
「なんで柚はそんなに平然としてるわけ? ……自分で言うのも何だけど、それなりの美少女が、枕に顔、埋めてるんだよ?」
彩香さんは口元を拭い、それからようやく僕からゲームのコントローラーを受け取る。
「平然と……ね。いや、実際は結構恥ずかしいんだよね。彩香さんが僕の匂いフェチってのはつまり人の性癖の対象に自分が入ってて、それが彩香さんってのは……」
「――性癖って言わないで。さっきの失言が現実味帯びるから」
「失言? どれのこと?」
「感じちゃ――いや、なんでもないっ。もういいっ」
彩香さんは拗ねたようにぷくっと頬を膨らませて、僕が敷こうとしていたクッションを奪い、自分の横に置く。
どうやら隣に座れ、ということらしい。
遠いと画面小さいから見えにくいんだけどな、と思いつつ、彩香さんの要望ならと僕は彩香さんの横に座る。
その間に目とココロの会話でどのゲームをするか相談し、数秒の後、カーレースゲームをすることにした。
「柚はさ、ゲーム上手い方?」
「いや、テレビゲームやるの、多分今日が半年ぶり……かな?」
「え? なら私が欲しいぐらいなんだけど」
「さすがに親の誕プレだから、断る。僕が家で一人ぼっちだからゲームくれたんだろうけど……小説とか数字遊びとかの方が好きでさ。まったくやってないんだ」
数字遊びとは!? と彩香さんにココロの中でツッコまれたのに、去年のGWに彩香さんキモい呼ばわりされた素因数分解が趣味である記憶を送ってやると、彩香さんは顔を苦らせつつ頷いていた。
会話をしながらゲームの設定を進めていく。
僕が小さくて可愛いキャラを選ぶと、彩香さんがその色違いのキャラを選んだ。お揃いがいいのかな? と思って彩香さんを可愛く思っていた。
が、しかし、可愛さで選んだ僕の車を彩香さんは睨んだ後、一つ一つ性能のグラフを見てカスタムした。
どうやらそこはキチッとしたいらしい。
彼女の設定が終わるのを待っていると、彩香さんはカスタムを続けながら僕に聞いた。
「柚の性癖は?」
「え?」
「さっきの話の続き。私だけ知られてるのズルいじゃん」
「――教えるもんじゃないと思うし、恥ずかしいんだけど」
「それは私も同じなんだから。柚、教えて?」
「分かったよ……。性癖って言っていいのか分かんないけど、まず視姦でしょ? あいや、彩香さんのダボっとしたジャージとか、性的なエロさのないものが好きなんだけど……」
「――……人の特定するの、ずるい」
「っ――いやっ、別に今のは単なる言い違えでっ……つ、次の性癖言うねっ!?」
ぽろっと言ってしまった言葉をかき消すため、話を変えようと僕は続けようとする。そんな僕を見て、彩香さんは少し赤くなった顔で、ようやく車を選び終え、次にタイヤを選び出した。
だが、僕はふとそこで思う。彩香さんの匂いフェチだって僕特定なのだ。別に人を特定した性癖だってオカシクはないだろう。
そんな僕の思考を読んでか、彩香さんは僕の顔を見て愕然とした表情をしたが、その表情の意味はよく分からなかったので僕は無視して続けることにした。
「あと声フェチ。彩香さんの声が好きかな。あの、耳元で囁かれるの。ドキってする。
彩香さんほどじゃないけど匂いフェチだし、髪の毛も好き。あぁ、もちろん彩香さんのがね」
「っ――ゆ、柚のバカ! あ、あとで覚悟しといて!」
彩香さんはそう叫び、僕を少し強めに叩いた。
そしてやけくそにグライダーを選び、僕のコントローラーを奪ってテキトウにコースを選択してしまう。
痛い頭をさすりながらゲームを始めた。
一体何を覚悟すればいいのだろうか。
ゲームはあまり楽しくなかった。
というのも、ゲームに熱中しすぎたせいで会話がなくなってしまい、なんだか彩香さんといる、という特別感を感じられなかったからだ。
この気持ちは彩香さんも同じだったのか、一コース目が終わった後、彩香さんは複雑そうな顔をしていた。
そして僕のココロを読んだのか僕を見て、いつも僕に勉強の解説をしてくれる時みたく、ゆっくり言う。
「ねぇ柚。私、テレビゲーム家にないからしたいの。でも、柚と一緒にいるってのが感じられないのはイヤ。
だから考えて、結果、こんな案が出たの」
それから、彩香さんの行動は稲妻のように速かった。
*
「ねぇ柚、どう? これで私のこと、ずっと感じられる?」
彩香さんは僕を振り返り、にししと笑いながら悪戯っぽく言う。そのせいで、広くあぐらをかいた足にかかる彼女の体重が変化し、彼女の存在を身をもって感じる。
彩香さんの柔らかい四肢が、彩香さんのいい匂いが、彩香さんの暖かい体が、僕の体に密着してその存在を僕に知らせる。
彩香さんは僕を見上げて笑っている。
「ちょっ――なっ……」
「私は柚のこと、感じられるからこの体勢好きだけど」
「や、は、離れてっ!」
「柚が動けばいいじゃん。私のこと、力尽くで動かしたら?」
そうか、そうすればいいのか。と頭の中で彩香さんの言葉を反芻して実行に移そうとすると、彩香さんは悲しそうな顔をした。
その表情に、彩香さんを退けようとした僕の体が固まる。
迷いが生まれたココロに、彩香さんからのぼる髪のいい匂いがツンと鼻の奥を刺し、思考が酩酊してしまう。
これは無意識、僕の意思じゃない、ただの物理法則に従った腕の動き。そう自分に、そして僕のココロを読んでいるかもしれない彩香さんに言い訳し、僕は僕の膝の上に座る彩香さんの体に腕を回した。
バックハグ、の表現が正しいのだろうか。
彩香さんを膝に乗せた状態で、その小さな体に腕を回し、彼女の体の前でコントローラーを持つ。
少し腕を締めると、彩香さんのお腹に腕が触れた。
高まる密着感にドキッとする一方、このドキドキを楽しんでいる自分がいる。
彩香さんは僕を見上げてビックリした顔をした後、不思議そうな表情に変えてから僕に聞いた。
「どうしたの? 柚が急にこんな、積極的になるなんて」
「――わ、わるい? 別にっ、これぐらい許してあげないと彩香さんが拗ねると思って、やってあげてるだけだし。これはサービスだから。ほ、ほらっ、次のレース始めるよっ」
「――んっ、そっか。分かった」
彩香さんはもぞもぞと僕の膝の上で動いて、座り心地のいい場所を見つけたのか、そこにおしりを埋めてから、僕のコントローラーのAボタン、つまり次のレースを始めるボタンを押した。
どうやら、この体勢がお気に召したようだ。
*
「あっ! 柚酷い! 私が取ろうと思ってたのに!」
「へへん! 戦略の一つだ!」
事件は、僕が、彩香さんが取ろうとしていたラッキーアイテムを横取りした時、起こった。
彩香さんの非難の声に、僕は煽るように返す。
そしてそこで、彩香さんはコントローラーを動かす手を止め、床においてしまう。萎え落ちの放置プレイかな? と首をかしげると、彩香さんが僕の方を振り返り、突然に抱きついてきた。
「ちょっ! 何するの!」
「柚がいじわるしたから、拗ねた」
彩香さんは不満げにそう言い、身をひねる。そして僕の体をよじ登るようにして僕の首に腕を回して、僕の肩に顎を乗せた。
さすがにこの体勢はダメだと思う。なぜなら、股間のマイサンが太陽のごとく日ノ出したが最後、彩香さんに絶対にバレるのだ。
そうしたら、変態扱いされるで済むどころか、彩香さんは怒って帰ってしまうかもしれない。そんなの、嫌だ。
「これ洒落にならないから! やめて!」
「いいよ、別に洒落じゃなくて。柚って声フェチだったよね。やったげる……。ふーっ……柚、耳食べられたい?」
「うぁっ——や、やめて! げ、ゲームしたいんでしょ!?」
「いいもん、ゲームなんて。ゲームより柚の方が好き」
耳に吹き込まれた息が、頭の中をかき回していくような感覚がする。彩香さんの声が心地よくて、胸がばくばくして、このまま意識が飛んでしまいそうだった。
最後の理性で叫ぶように言うも、彩香さんは甘え声で返す。
この瞬間、僕の思考回路や理性や、欲求は脱線して別のベクトルへと進んでいった。例えば、三次元空間を走っていた車が、突然四次元空間を走り出すみたいな。
「——……彩香さん、前向いて」
「むぅ……やだ」
「ほら、コントローラー、これ。渡すから」
「——柚のばーかっ」
冷たく彩香さんを制して、彼女が床に置いたコントローラーを拾って渡すと、彩香さんは怒ったような顔をして、でも僕に抱きつくのを止めた。
前を向いて、車を走らせ始める。
そこで僕は深呼吸を二つ。ぶつぶつと、なにやら『柚のいくじなし』などとつぶやく彩香さんの体に腕を回し、抱きしめた。
「ひやぁっ——!?」
「その声、かわいい」
彩香さんの悲鳴に感想を述べつつ。小さな背中を包み込むようにして体を密着させ、彩香さんの体の前で手を組む。
彩香さんの肩に顎を乗せ、髪の毛の中に顔を埋める。そうすると、彩香さんの匂いに包まれた。幸せ、とはこのことを指すんだろう。
彩香さんの早鐘を打つ心音が僕に伝わって聞こえてくる。いや、僕のものかもしれない。
だけど彩香さんの耳が真っ赤になっているのを見ると、彩香さんだってドキドキしてるんだろう。
「ど、どうしたの?」
「別に、いつものお返し。どう? 彩香さん、すっごい耳真っ赤だけど?」
肩に顎を乗せたまま、耳元で囁くと、彩香さんの体がピクって跳ねた。愛おしさと同時に、もっとからかいたいと思ってしまう。
なるほど、彩香さんが僕をからかうときはいつもこんな気分なのか。とても気分がいい。
彩香さんは恥ずかしそうな声で叫んだ。
「やぁっ——み、見るな! い、今すぐ放して!」
「後者はダメだけど、前者はいいよ。見ないであげるよ。——かぷ」
効果音とともに彩香さんの耳を噛んでみる。舐めこそしないけど、息を吹きかけるだけで彩香さんはビクビクした。
「ゆっ! 柚! それはだめ!」
「どうして? ふーっ……」
「ひゃぁっ——だ、ダメだから! だ、ダメなの! きゃっ! ゆ、柚のばかぁぁぁっ!」
ダメダメと言うだけでなにも具体的な指示をくれない彩香さんに僕は不満を覚え、彩香さんの耳に再び息を吹きかける。
すると、テンプレートのように、いつもどおり、視界の隅から影のような何かが僕に向かって迫ってくる。
それが拳だというのは、直感でわかっていた。
だからといってそれを避けることは僕にはできない。ただ、その最後の瞬間まで、僕はより強く彩香さんの体を抱きしめて、幸せに浸っていた。
PS:ワンパターン。これが彩香だ。(開き直り)
PIXIVでシュチュボのフリー台本作成も始めました。ペンネームは同じです。よければ探してみてください。
追記(2021/11/14):台本がめっちゃ使われててワロス。学校でみんなにイジられてます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます