第61話 ツインテールの美少女は、僕のお腹に顔を埋める
「彩香さん」
「なに?」
朝、僕は髪留めのゴムで遊んでいた彩香さんを呼び、言った。
「僕、ツインテールにはまった」
「え?」
「照れる女子の見慣れないツインテールって萌えるなって思った」
「はぁ、で?」
「見たいなぁ~って」
彩香さんを流し目で見つつ、そう言う。
僕のココロを読んで、他意はないと分かったのだろう。彩香さんはため息を一つ、乱雑に両側の髪の毛を持ち上げ、全然纏まってないツインテールを作って見せた。
違う、そうじゃない。僕はゴムで留められたツインテが見たいんだ。
ココロの中で熱く語ると、彩香さんは静かに言った。
「やだ。柚、なんでツインテが好きになったの?」
「え、あぁ、それはラノベの挿絵でクールヒロインのツインテしてるのが――ぐぁぁぁっ!」
罪の自覚などない。思い当たる節などない。
だが心臓が締め付けられる。
彩香さんは怒った顔をして、若干『拗ね』の色をにじませた声で言った。
「私がやったら、そのヒロインと私が比べられるし。そんなのヤダ。私は常に柚のbestでonly oneでeverythingになりたいの」
「……っ――あ、あぅ……。そ、そりゃどうも……」
発音が良すぎて最初、何を言われたのか分からなかった。
顔から火が吹き出るような恥ずかしさを覚えて、声が尻すぼみになる。事実、僕の顔は真っ赤だった。
きょとんとした後、彩香さんは一瞬頬を紅潮させ、すぐに無表情になる。そして彼女は大きく深呼吸、ニマニマと笑いながらねだるような声で言う。
「私は柚のベストでオンリーワンでエブリシングになりたいなぁ~」
「ちょっ、やめっ――それ凄い恥ずかしいからっ――」
「え~、私、柚の絶対的な全き唯一になりたいんだけどなぁ」
言葉責めとは
不本意ながら、痛いぐらいに早鐘を打つ心臓が、時々甘ったるく収縮し、喜ぶように跳ねる。その原因は全て彩香さんにある。
こんなにドキドキしてしまう悔しさと、若干の『お返ししたい』とかいう謎の感情が、僕の口を動かす。
「ぼ、僕はっ、彩香さんのツインテが見たくてっ、別にラノベの挿絵と比べるつもりはなくてっ――そのっ――だから……」
「うんうん、だから? 柚、どうしたの?」
「あの……好きだから。彩香さんの方が断然――好き、だから」
ボンッ、という効果音だと表現しきれないぐらい一瞬で、彩香さんの顔が真っ赤に染まった。
そして僕に変わって今度は彩香さんが、あうあう言い出す。
そんな状況を冷静に眺める冷えた脳みそとは別に、ヒートアップした僕の脳みそは無限に言葉の列車を繋いでいた。
これぞ無限列車か。いや、違う。
「挿絵のヒロインがこんだけ可愛いんだから彩香さんがやったらもっと可愛いだろうなって思ってっ。そのっ、だからお願いしたしっ――」
そんな言葉の数珠を何メートルか続けた頃、ガラガラガラ、と大きな音が教室の扉の方からして、僕は我に返った。
そちらの方を見ると、波賀崎君が気まずそうに顔をしかめて、僕の顔と彩香さんの顔を見比べていた。その後ろには真白さんもいる。と思ったら、真白さんが波賀崎君の手を掴んで、波賀崎君をどこかへ連れて行った。
なんとなく、イチャイチャしていたカップルを邪魔してしまった僕を
彩香さんに目を戻すと、彼女は無表情でツインテールを作っていた。最近、彩香さんの無表情スキルが復活した気がする。いつ封印されたのかは知らないけど、久しぶりにしっかりと彩香さんの無表情を見た気がした。
僕のココロを読んだのか、もう片方のテールを作りながら彩香さんが答えてくれる。
「別に……柚に攻撃されすぎて使えなくなってただけ。最近ようやく慣れてきて、無表情作れるようになっただけだから」
「え? 攻撃? なんのこと?」
「無自覚なところがホント、ズルい。なんでもない、忘れて」
そう言われると逆に考えちゃうんだけどなぁ……と、零していると、彩香さんのツインテールが完成した。
彩香さんは無表情のまま、言い訳するように言う。
「えと、柚の希望を叶えるために、顔赤くしてあげるから、その、変に勘違いしないでね?」
「お、おう……ツンデレ?」
「ウルサい。あ、あと、チャット形式の方がリアル感出ていいだろうから――」
ごにょごにょと何かを彩香さんが俯いて言った。
纏めると、僕が彩香さんになにかキザな言葉をかけて、そうしたら彩香さんが照れた表情を作ってくれるということらしい。
少し言葉を考えた後、僕は言った。
営業スマイルを作ろうとして、ちょっとできなかった。
女を落とそうとするホストみたいな声音で言いたかったけど、できなかった。
「彩香さんはいつも、僕のベストでオンリーワンでエブリシングだからね。いつも一緒にいてくれてありがと」
全部、本音で本心で、嘘偽りがなかったから。
作り物じゃない自分の言葉が恥ずかしくて、笑顔はぎこちないし、声は震えを持っていた。
だけど彩香さんは、ぽっと頬を染めて、でも嬉しさを隠せていない笑みで言う。
「ん、ありがと。柚」
もちろん、挿絵のヒロインなんかより何千倍も可愛かった。
*
「彩香さん、今日は少し甘えが大きすぎませんか?」
「え? 何?」
「いえ、なんでもないです」
「丁寧語やめて、遠い」
「あ、うん。ごめん」
昼休み。昼食後。
僕の真横に椅子を持ってきた彩香さんは、僕にもたれかかるようにそこに座って、小説を開いた。
ちなみにこの本はラノベ。職業不定の34歳がトラックにひかれて死ぬ話だ。――いちおう、そこから始まる異世界生活のお話だと付け加えておこう。
肩から腕にかけて感じる彩香さんのさらさらな髪の毛と柔肌が先ほどから僕を誘惑してくる。
風は窓から吹き込むたびに彩香さんの匂いを僕の届け、本がめくられるたびに彩香さんの柔肌の感触を僕に教えてくれる。
彩香さんが何故こんなに今日は甘えてくるのか、その答えは皆目、見当もつかない。
「別に、肘掛けが欲しかっただけ」
本を読みながら、彩香さんが僕のココロに答えた。
なるほど、僕は脊椎動物から単なる有機物に変化したらしい。一生彩香さんの道具だ。
――それはそれで、いいかも。
変なことを考えながら、最近はほとんど使っていないサングラス型のイヤホンを装着し、カフェの音楽を再生する。
教室の雑音と混ざって、目を閉じればまるでカフェにいるかのような気分になった。やや、椅子は硬いけれど。――いや、僕はそもそも肘掛けだった。
そうしていると、僕の
あと、膝先にかかる暖かい吐息がくすぐったい。
「今度は何、彩香さん?」
「枕」
彩香さんは短く答えた。そして続ける。
「柚」
「なに?」
「最近、すごく幸せで、逆に不安になる」
「なんで?」
「消えちゃうんじゃないかって」
その主語は幸せなんだろうか、それとも――僕、なんだろうか。
いや、自惚れはよそう。
「ふふっ、主語、なんだろうね」
彩香さんは笑って、身体の向きを僕のおなか側に変えた。
そして僕のおなかに顔を押し付けると、ぷるぷると震え出す。
そしてピン、と張り詰めたように震えを止め、それから全身を弛緩させた。
「どうしたの?」
「――(柚の匂いで胸をいっぱいにしたら、すごい幸せだから)」
「へ?」
小さくてくぐもった声はうまく聞き取れず、聞き返す。
「ヒミツ。どうしたんでしょうね?」
今度は、彩香さんは顔を上げ、小悪魔な笑みで小さく笑い、再び僕のおなかに顔を押し付けてきた。
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