第60話 最強すぎる美少女は、僕に手加減してくれない




「せっかくだから男女交えて乱取りしようぜ!」


 クラスの陽キャが叫んだ。

 武道の授業。今日は柔道の先生が休みで、柔道場内で適当に時間を潰せ、って言われた。正直、自習してたかった。――まぁ、彩香さんに邪魔されるだろうけど。


 そんなことを考えつつ、乱取りを始める人たちのために壁際に逃げると、彩香さんが僕の隣に座った。


 柔道着は学校から買わされるので、みんな真っ白で硬さが残る柔道着に、白い帯をしている。

 が、彩香さんは別だ。少し縒れている、若干色のついた柔道着に真っ黒な帯。聞けば、合気道の道着らしい。

 ――合気道初段であることには何も言うまい。


「乱取りってエロ目的な気がする」

「それはそうかも。柚はやらなくていいの?」

「いいよ。あんな陽キャ集団に入れる気しないし、別にそこまで興味あるわけじゃないし」

「そう? いつも私が変態って言うほどなのに?」

「――それは対象が彩香さんだからであっ――! い、今のナシ」

「んん。バッチリ聞こえてた」


 彩香さんはニマニマ笑って、乱取りを始める集団を眺めた。

 大抵、男子がラッキースケベを狙い、その隙に女子が技を決めて女子が勝つ。予想通りの試合運びだ。


 ぼーっと時間を過ごしていると、本気を出し始めた男子に女子がバタバタと倒されていく。まぁ体格差的に当たり前の結果と言えた。

 だが、それでも悔しいのか、女子がこちらを向く。

 正確には、彩香さんを。


「彩香ちゃん! お願い!」

「――えぇ……?」

「彩香ちゃんしかいないの!」

「彩ちゃん黒帯だし! こいつぶっ倒しちゃって!」


 彩香さんは面倒くさそうな顔をしたが、大きくため息を一つ、緩慢な動作で立ち上がった。

 ちょっと胸に風穴が空いたみたいに悲しくなる。まるで彩香さんが自分の手の届かないところに行くみたいで――


「柚、一分……いや、三十秒で帰ってくる」

「え?」

「見てて。指一本触れさせないから」


 ぐいっと乱暴に髪の毛を後ろに束ねた彩香さんは、突然に踏み込んで、一瞬の間にコート内に侵入した。

 間合いの詰め方がガチ勢すぎる。

 あと、密かにかっこいい、とも思った。


 男子側は相手が黒帯ということでか、ラッキースケベではなく勝ちを狙っているようで、一番強い男子を相手に持ってきた。

 彩香さんは怖じ気もせず、静かに息を吐く。


「よっしゃ! 黒帯に勝って黒帯奪ってやる!」

「……一本勝負でいい?」

「おう!」


 彩香さんが大きく深呼吸をして、自然体の構えをした。

 直後、彩香さんの髪の毛が揺れ、残像だけが残る。気づけば、彩香さんは相手の後ろ側に回っていて、丁寧な足払いをしていた。

 結果は言わずもがな。相手は反応できるわけもなく、こける。

 鮮やかな膝かっくんで、一瞬で決着がついた。やはり黒帯、恐るべし。


 彩香さんはおざなりに相手に一礼、誇らしげな顔で僕の横に戻ってきて、座った。


「どうだった、柚?」

「かっちょいい」

「馬鹿にしてる?」

「いや、本気でかっこよかった」

「……そ。バカ」

「いやなんで?」


 聞きつつ、彩香さんの顔がぽっと赤くなっているのが見えた。照れているみたいだ。カワイイ。

 黒帯の格闘女子が照れてるのって、萌える。


 こんな女子にラッキースケベを求めるなんてけしからん。監獄に行くべきだ。クズ共め。


 彩香さんは不安そうに、意味もなく、結果を示す接続助詞を文頭にして言ってきた。


「――じゃあ、やる?」

「え? なにを?」

「一応、免許皆伝はされなかったけど人に教えたことはあるし。だから、その……手合い、してあげよっか?」

「っ――ご指南いただきたく。よろしくお願いします」


 僕は丁寧に三つ指をついた頭を下げた。

 ラッキースケベを求めるのは男子高校生の健全な欲求。それを監獄にぶちこむだなんてけしからん。クズ共め。

 思春期とは、スケベである。



 *



「柚、キて」


 意味深な発言にしか聞こえないのは、僕の耳が穢れているからだろう。今すぐ彩香さんに飛び込みたいのを我慢して、じっと構える。


 ラッキースケベが欲しいわけではあるが、公開プレイは趣味じゃない。好きな人のあられもない姿を見るのは自分一人で十分だ。


 そこでふと、気がついた。

 技をかけるためには彩香さんの襟を掴まなきゃいけないわけで……それって、結構エロい展開が待ち受けてる!?


 いや、やめよう。血生臭い展開へ即座に変身しそうだ。

 彩香さんにココロを読まれるよりも先に思考を消し、半身に構える。


 僕は運動は苦手だ。だけどセンスはある、と自負している。

 敏捷性だけは自信があるし、ネットで武術を少し勉強したらそれなりに身につく。筋肉はあまりないけど体重が軽いからか懸垂もいくらかできる。


 是非とも、ここは彩香さんに勝って――できれば寝技で、そのままベッド上での寝技も披露して――


「柚、蹴り技ありにしていい?」

「どうして?」

「多分この間合いでもっ――」


 間合い。一般的にそれは相手と対峙する距離のことを指す。他にも、攻撃の届く範囲のことや、タイミングのことでもあるが、この場合は最初に述べたものであろう。


 そして今、僕と彩香さんの距離は大股二歩分だ。

 そのはずなのに彩香さんは一瞬で距離を詰めてきて――


 シュパッ、と風切り音がした。と同時に、彩香さんの白い、ヒンヤリした、スベスベの足が僕の頬に当たっていた。

 衝撃はない。寸止めだ。


 正直、嗅ぎたい舐めたい扱かれたい。

 そんなことを考えていると、ぺちん、と足で頬をはたかれた。

 我に返ると、彩香さんが笑って言う。


「届くから」


 彩香さんはニコニコと笑って僕と間合いを取り、構え直す。目の奥は笑ってなかった。


 なんで彩香さんがこんなことをしたのか、その理由は分かる。

 僕の思考が変態的すぎたからだろう。

 素直に謝っておく。


「ごめん」

「変態なのは知ってる。だけど人が読んでることも知らずにそういうこと考えるのはマナー違反」


 読心がマナー違反では? とは返さず、もう一度謝っておいた。

 落ち着いて深呼吸。


 次の瞬間、僕は彩香さんと間合いを詰め、襟を掴もうとする。が、その手首を彩香さんに捕まれた。ヤバい、と思った直後、彩香さんが呆気なく後ろに倒れた。

 勝てるかも! と、一瞬調子に乗った後、気づいた。


 彩香さんとすごく顔が寄っていた。そのまま、額が合わさるほど近く、焦点が合わず彩香さんの顔がぼやけるようになる。

 ドキッと心臓が跳ねて、苦しくなる。


 彩香さんにはニマリと笑って、倒れてる最中、遅くなった時間の中で言う。


「勝ったと思ってる?」

「っ――」

「ドキドキしてる?」

「っ……」

「ふふっ」


 次の瞬間、時間が元に戻って、彩香さんが早口に言った。


「巴投げ」

「へ?」


 気づいたときには、視界が反転して、床に背中をたたきつけられていた。

 巴投げ。それは、自分が後ろに倒れる周り力モーメントを使って、相手を後ろに投げる技。中途半端に投げると頭から着地してしまって危険なので、学校では教えてくれない技だ。

 うん、チートだ。


 こんな思考に0.01秒。


「ぐぁっ!」

「腐っても、初段。伊達に亜希奈に悔しい思いばっかさせられてないから。舐めないで」


 決め台詞なのか、彩香さんは身軽に起き上がってそう言う。

 舐めてもないし、彩香さんが腐っているとは思えない。

 それに、僕を亜希奈と比較しないでくれ。ミドリムシをゼウスと比べるぐらいに格が違うから。


「っ――はぁっ、あぐっ……」


 受け身はとれたものの、肺が痛い。呼吸をするたびに苦しくなる。そんな僕を見てか、彩香さんが目の色を変えた。


「っ、ごめんっ……」


 そしていきなり僕の手を取り、握りしめる。

 文字通り『痛みの共有』というやつだろう。身体の痛みが少しだけ和らぐ。だけど、心臓は痛いぐらいに激しく動悸していた。


 彩香さんの大技のせいで注目が集まってる中、白昼堂々、思い人に手を握られるというのはかなり恥ずかしい。


 彩香さんのポニーテールが、恥ずかしげに揺れた。








PS:お久しぶりですっ。遅れてごめんなさいっ。

 10万PV,500星,4000ハート、ありがとうございます♪

 これからも宜しくお願いします!

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