第44話 壁ドン上手な美少女は、僕を5年は放さない
新宿のデパートに行くのに、待ち合わせは何故か渋谷駅。決めたのは彩香さんだ。
僕の居場所(彩香さんのとなり)のことを考えてくれてるのかな? とか少々イタいことを考えながら走る。
約五分の遅刻だ。
彩香さんは先に待ち合わせ場所で立っていた。
「彩香さっ……んお待たせっ。はぁはぁはぁはぁ……ごめんっ! はぁはぁ……」
「別に走らなくてもいいのに、そこまで待ってないから」
「でもっ、イヴのお出かけなのに……」
膝に手をついて肩で息をしていると突然に彩香さんの手が額に当たり、体が軽くなる。走ったことによるおなかの痛みが半減する。ふと顔を上げると、何故か彩香さんまで深呼吸していた。
瞬後、超能力と察する。痛みの共有とか超次元的な超能力だけど、驚くだけ時間の無駄になりそうなので黙ることにした。
ココロを読んだのか、彩香さんが頷いて言う。
「痛いこと、分け合ったらすぐ収まるから」
後光が差したかのように彩香さんがニカリと笑う。
クサい台詞なはずなのに、とても格好よく思えてしまった。
*
「で、柚?」
突然、彩香さんが冷たい声を出した。
満員電車の中。
僕がドア側に立って彩香さんは僕の前に立つ。
なんか逆の立ち位置の方が良かったんだけどなぁ。少女漫画とかでもヒロインはドア側だしさ。
なんてその冷たい声に応えながら思った。
「ん? なに?」
「昨日は亜希奈と出かけてたでしょ?」
「ぐっ……は、はぃ……」
「へぇ、そっか」
彩香さんの目からハイライトが消える。
同時、彩香さんが僕の背中のドアに手を突く。電車内ドアドン。
顔が急接近する。心臓がすくみ上がる。けど少しだけ、ドキッともした。
彩香さんが首をねじって、僕を睨め上げる。徐々に近づいてくる顔に、思わず目を閉じた。
「なに? キス待ち?」
「違っ……」
目を開くと、もう彩香さんに焦点が合わなくなるほど近くなっていた。そのまま、コツンと額に彩香さんの額を感じる。二重にぼやける彩香さんの目の中には、ちらちらと炎が燃えていた。
怒りの炎ではなく、少し情欲的な炎に近かった気がした。
「柚、今日は休ませないから。覚悟しといて」
彩香さんはチロリ、と小さく舌なめずりをする。
それは捕食者の蛇のようで、
*
「えと~昨日は彩香さんと一緒に買う物を探してたんだ」
「そっか。もう買ってるの?」
「いや、一旦家に持ち帰ると包装とかくしゃくしゃになりそうだからまだ買ってない。昨日はホントに探すだけだったんだ」
「そう。じゃあさ柚、帰る前に一旦別れてそれぞれで買いに行こっか。私も買うもの決めてるから」
「分かった」
デパートの外にて。
彩香さんは僕があげたマフラーに顔を埋めて喋る。ちなみに僕も、彩香さんが編んでくれた手袋を付けている。
まぁそんな余談は置いておいて。
デパートの中に入って、当てもなくただ歩く。
オモチャの階に行ってお試し用の知恵の輪をやってみたり、電化製品の階でお試し用のゲームをやってみたり……。
そんなことをしている間に時間は過ぎ、デパート内にあったファミレスでお昼ご飯を取ることにした。
悪戯に彩香さんの口に付いていたソースを拭ってあげると、もちろん倍返しされる。だけどその彩香さんの顔は赤かった。
会計はもちろん割り勘して、再びデパートを練り歩く。
「明日終業式だけど、柚はなにか予定あるの?」
「あぁ、家族が旅行に行く。正月ぐらい家でのんびりしたいのにって文句言ったらいつの間にか僕だけお留守番とかになってた」
「なにそれ。柚ちょっと可哀想……」
「だよね! やっぱ僕間違ってないよねっ!」
家の中ではほぼ常に少数派だったので味方がいるとテンションが上がる。それをとがめるかのように、彩香さんが僕の唇に人差し指を当てた。
魔法みたいに息が詰まり、声が出なくなる。そうすると、彩香さんはニッコリ笑ってジェスチャーで『落ち着け』と言った。
頷くと指が唇から離れる。
彩香さんはまじまじとその指を見つめた後、僕を見上げて……悪戯っぽく笑いながら、指の、僕に押し当てていたのと反対側の面に軽く、唇を触れさせた。
間接キスでもなんでもないのに、その行為にどうしようもなく心臓が跳ねる。
「しーっ、ここ、みんなの場所だから。おっきな声出しちゃだめ。分かった?」
「う、うん……」
彩香さんが歩き出す。さっきよりも、僕との距離が近くて……さっき以上に、袖が触れ合った。
*
「じゃあ、プレゼント交換しよっか」
「ん、分かった……」
少し早めの夕食を取った後、亜希奈にアドバイスされたとおり抹茶の鯛焼きを渡すと彩香さんは大喜びした。
それを締めに一旦別れて、それぞれプレゼントを買いに行って、今度はデパートの外のベンチ。
いざ、プレゼント交換の時間だ。
「どっちから渡す?」
「ん~……じゃあ私から。私からはこれ」
彩香さんが渡してきたのは、腕時計サイズの箱。目だけで開けてもいい? と聞くともちろん、と頷いた。
ひらくと……革製のアミアミになったリング——なんだこれ?
「ブレスレット。私と色違いでおそろい」
そう言って、彩香さんが僕に手首を見せる。そこには既に茶色のブレスレットがあった。
「派手な色だと学校で没収されるって思ったから茶色と黒にした。色違いのお揃いだったけどいい?」
「もちろんありがと。嬉しいよ。つけてもいい?」
「ダメだと思う?」
その答えが来るのは分かっていたので、彩香さんが答える前にブレスレットをつける。意外と丈夫そうで、柔らかかった。
手首にいつもとは違う違和感を覚える。それが逆に嬉しかった。
「ありがと彩香さん」
「うんん、どういたしまして。これでおそろいだねっ、柚」
楽しげに、茶色いブレスレットを振った彩香さんは、次はお前の番だと言わんばかりにこちらを見つめてきた。
見つめられていることに恥ずかしさを覚えながら口を開く。
「えと~……すっごい季節外れだしセンス無いかもだし安くて申し訳ないんだけど……」
長い前置きをしてから、紙袋から一応クリスマス包装してもらったソレを出す。
彩香さんは受け取ってすぐ、丁寧に包装を剥がして、目を輝かせた。半袖のゆるめのTシャツだ。
「えと〜……意味的には来年の夏も一緒に出かけたいな〜って思いを込めて、買いました。キモくてごめんなさい……」
この季節になぜ半Tが売っていたのかはしらないけれど、見つけた瞬間に渡すときのセリフが浮かんできたのだ。
クサイとかダサいとか、そう文句を言われる覚悟で続ける。
「一応、お揃いだから……また来年も勉強会とか? 今度は僕の家で? とか? そういうのを——」
「ありがと柚」
「あ、うん」
「ありがとっ、柚っ」
感極まったようにTシャツを眺めて、抱きしめて、嬉しそうに体をブンブンと横に振った。
動きを止めて、こちらをチラッと見上げて、そして言う。
「来年も、再来年の夏も、冬も、一緒にいようね。いや、私この服100年着るから。100年は一緒にいようね」
「さ、さすがに5年で買い換えようよ……」
「じゃあ、5年後も買ってね、柚」
まるでプロポーズしたみたいになってしまって、顔が赤くなった。どうやら、少なくても5年は離してくれなさそうだ。
【おまけ】痛みを共有する彩香
別におでこに手、当てる必要ないけど。ボディタッチのチャンスを逃してなるものかっ。
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