第45話 恋人になった美少女は、僕の思いを絆創膏で……




「ねぇ柚」

「なに?」


 デパートを出て駅まで歩く。その間に彩香さんが口を開いた。

 街はどこもかしこもカラフルな光を出していて、星空を隠す。かすかにオリオン座の三つ星が見えた気がした。


 彩香さんがドン、と僕に体当たりして僕と腕を絡める。

 突然のことに足が止まると、彩香さんが前につんのめった。その肩を支えてやると、彩香さんの頬が朱に染まる。

 数秒の間の後、何事もなかったかのように彩香さんが続けた。


「今の私たち、恋人に見えると思う?」

「っ――さ、さぁ? ど、どうだろ?」

「クリスマスイヴに二人きりで腕組んであるいてて、これって恋人みたいじゃない?」

「け、結論は?」


 僕はぎこちないながらも、平静を装って足を出す。

 彩香さんは息を溜めた後、ややかすれてうわずった声を出す。


「今日だけ、私たちは恋人なんだよ?」

「はっ……」


 小馬鹿にするわけでも、一蹴するわけでも、聞き返すわけでもなく、息がヘンなところで詰まった。

 思わず首が伸びてマフラーから口が出る。直接に冬の冷たい空気を吸ったせいで肺が悲鳴をあげた。

 彩香さんはウィンクをしたあと、唇に指を添えて顎を引き、小悪魔みたく言った。


「ゆ~ずっ、今日は楽しかった。ありがとねっ、私のカ・レ・シ♡」


 口から漏れた白い声が、湯気みたく僕の頭の上に立った。

 ただ、頭に浮かんだ言葉のまま言い返す。


「ぼ……ぼ、僕も楽しかったよ……あ、りがと。ぼ、僕のか……かの……じょ……」


 聞こえないだとかなんだとか、ワザとらしく聞き返してきたので、耳を塞いで逃げることにした。

 が、その腕を絡め取られ、ただいじり続けられるだけだった。



 *



「ねぇ柚」


 話し掛けるけど反応がない。

 山手線に乗って、数分後のことだった。運良く席に座れた私たちは少し疲れでぼーっとしていた。するとその間に……。


 肩に柚の重みを感じた。ちなみに、今日は柚の座席指定を失敗してしまい、私がドアの真横の席に座っている。

 だけど、それまでの『私だけの柚なのに』って不満は消え去った。だって柚が私に乗りかかってくれているのだから、私を頼ってくれているんだから……。


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。気付けば渋谷に着いていた。下りなきゃ、起こさなきゃ、と思っている内にドアが閉まって……電車が進み出す。とっさに起こせなかったのは、すこし名残惜しさがあったからだった。


 門限に遅れることへの焦りと共に、優越感を感じた。柚が私の肩で寝ていること。柚が私を頼っていること。すーすーと寝息を立てている柚は、今、私だけのものだということ。

 ……私が好きなようにできる。

 そう思うと、少し暗めな笑みが浮かんできてしまった。


 まずは柚の指を握ってみる。(電車内では手袋を外している)

 ひんやりと冷たくて、心地いい。


 柚の首元に、周りの視線を気にしながらゆっくりと、顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

 やはり、匂いも地産地消制度を取り入れるべきだと思う。

 新鮮で濃縮されていて、おいしぃ……。


 そんなことがあって30分が過ぎ……。


「はっ……!?」

「おはよう柚」

『次は~西日暮里~西日暮里~……』


 柚が起きた頃には渋谷の反対側を超えていた。

 このまま一週するまでの残りの30分、柚とお喋りする時間が増えたと思えば門限を過ぎたことなんて、先ほどからうるさくバイブする父親からの電話なんて、どうでもよかった。

 すでに遅れるとメールは送ってるのだから。すでに……柚ともっとずっと一緒にいることなんて、決まっているのだから。



 *



 彩香さんの最寄り駅で一緒に改札を出る。


「送るよ。僕のせいでこんなに暗くなっちゃったんだし」


 彩香さんの家は既に知ってるので、ストーカーにはならないはずだ。ただ心配で彩香さんを送るだけなんだ。

 そうココロに念じると彩香さんはこくりと頷く。

 そして何故か突然、腕を宙にぶんぶんと振り始めた。


「寒い……手が寒い」

「……意図は分かった。でもさ……僕のこと好きなの? だから手、繋ぎたいの?」

「さぁ? 柚のことは大好きだけど?」


 後に続く、『人として』という言葉は聞きたくなかった。

 だから、彩香さんが何かを言う前に手を捕まえて握る。もちろん手袋は外して、だ。素肌が触れ合うと、どうしようもなく胸が弾んだ。

 ひんやりと冷たくて、でもどこか暖かくも感じるその手は、握っていて落ち着いた。


 握る角度を変えて彩香さんの手の甲に指を伸ばすと、手の甲がかなり冷たくなっていることに気がつく。そこで、少しキザな行動にでることにした。

 手を繋いだまま彩香さんの手を僕のポケットの中に引き入れる。その分、僕らの距離が縮まる。


 ふと横を見ると、彩香さんの顔が真っ赤になっていた。

 擬音語を使うならコレで決まりだ。


 かぁぁぁ……


「う、うるさいっ!」

「しーっ、夜だよ?」


 暗い夜道を歩いているうちに、彩香さんの家の前に道にきてしまう。もう遅い時間帯で、彩香さんの門限も過ぎているのに、『しまう』だった。

 自然と、家の少しの手前で足が止まる。彩香さんの手を解放する。

 僕らは向かい合う。

 普通なら、いつもなら、『じゃあまた明日、今日は楽しかったありがとう』でおわる。なのに、僕の口はそうは動かない。


 突然に、我慢に限界が来てしまった。

 クリスマスイヴ、聖夜、そのことが理性というなの壁を打ち壊し、できた穴から欲望が吹き出る。


 僕は、彼女の名前を呼ぶ。


「彩香さん」

「っ――」


 肩を掴む。ビクリと彩香さんの体が跳ねた。


「今日のことは忘れて」


 そう言って、往生際の悪い理性を解いた。

 解いて、その柔らかな頬に顔を近づけて……。



 *



 今日は別々に登校しよう。

 朝、彩香さんがラインでそう言った。教室に入ると彩香さんがすでにいた。軽い足取り、自然な声のかけ方、昨日練習した通りを意識して席につく。


「おはよ彩香さん、メリークリスマスっ」

「お、ぉぉぉおお、お、おはよっ……柚ッ……と、トイレ……」


 席に座ると同時、彩香さんは叫びながら、教室から脱兎のごとく飛び出ていく。柚はトイレじゃありませんっ、と場違いだけどツッコんだ。

 ポニーテールに結わえられた、艶っぽい黒髪が揺れていた。

 ため息を一つ吐いて、机に肘をつき、頭を抱える。

 昨日の自分の失態を悔やむ。


 なにが『今日のことは忘れて』だよ。キモいんだよっ! 性に合ってねぇんだよっ! このカッコ付けの僕め!

 あぁ〜……でも、ほっぺ柔らかかったなぁ〜……ふにふにだった。やばい、忘れられない……。

 思わず唇を触る。昨日の感触が生々しいぐらい蘇った。

 

 って、違う。そんなことにうつつを抜かしている場合じゃ無い。

 これからの関係はどういう風に捉えればいいんだろう。

 片思い? 両思い? それとも今まで通り? それとも……絶交?


 ココロの中に不安が渦巻いてココロを乱す。

 頭を抱えていると、つんつん、と突かれた。顔を上げると額を指で押さえられる。指の先にある茶色いブレスレットが揺れる。

 視界の端に、僕の腕に、黒いブレスレットが映った。


 見上げると、彩香さんが僕を見下ろして、にかぁっと笑う。


「メリークリスマス柚。昨日の夜はいいことあった?」


 更に目を三日月にした彩香さんは、頬をほころばせて言う。


「私はいいことあったよ。すっごい嬉しいプレゼント、もらったから。お返し、しよっかな〜って思ってるの♪」

「そ、そっか……」


 一抹の不安が胸をよぎった。

 彩香さんは続ける。


「それはさておき、ブレスレット、付けてくれてありがとね♪」


 そんな彼女のほっぺたには、僕がその感触を知っているほっぺたのところには、絆創膏が貼ってあった。

 まるで、何かが薄れるのを防ぐかのように。









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