第43話 イヴイヴに出かける美少女の妹は、僕のお守りで姉を発狂させる




 で……イヴの前日。つまりクリスマスイヴイヴ。

 彼女はぞんざいな口調で僕の服のセンスを誉めた。


「へぇ、意外とセンスあんじゃねぇか」

「あ、うん……ありがと……。……あの~さ、聞きたかったんだけどなんで僕の連絡先知ってたの?」


 今日は赤いヘアバンドを巻いた彼女——亜希奈ちゃんは僕を睨め上げた。ちなみにヘアバンドでオールバックにしているのがサマになっている。

 結構こわい。


「言いふらされたら面倒だから言わねぇ」

「ってことは……違法ハッキングとかってこと?」

「るっせぇ黙れ。んなたいしたもんじゃねぇし。家族のスマホのパスコード知ってるだけだし」

「ひぃっ……」


 ドスの効いた声に喉の奥で息が渦巻く。

 新宿の大型デパート。明日彩香さんと来る予定のところだ。


 いろんなところからクリスマスのテーマソングが流れてきていて、そこら辺にリア充がたくさんいた。そして今、僕はなぜか亜希奈ちゃんと来ていたのである。


 事の発端は本日、突然に亜希奈ちゃんからの呼び出しがあったのだ。続いて彩香さんと喋ったり、手をつないでる写真が送られてきた。夏休みの勉強会の時のものだ。

 盗撮だとかそういうことはこの際気にしない。


 そして次に送られてきた文章は淡々としていた。

dead社会的死 or alive下僕

 もちろんaliveを選択した。例えばに見せられたら、聞くところによるお義父さん像から鑑みるに、間違いなく僕は殺される。


「受験勉強はいいの?」

「たまには息抜きが必要だっての。で、プレゼントは決めたのか?」

「うん、一応ね。持ち帰ってくしゃくしゃにしたら悪いから明日買って明日渡す予定だけど。亜希奈ちゃんは何買うの?」


 一瞬、亜希奈ちゃんが目を丸くして僕を見上げる。そして若干の引き顔をした。

 首をかしげると、亜希奈ちゃんがマジトーンで言う。


「ちゃん付けとかキモ……」

「……ごめん。なんて呼べばいいかな?」

「普通に呼び捨てにしろ。亜希奈で十分だ」


 でも耳が赤いのを見ると少し照れているよ――ぐふっ……。

 みぞおちに強烈な一撃を食らって、思わずその場に倒れる。なんとか近くのベンチに這いつくばって座り、亜希奈ちゃん、もとい亜希奈を見上げると……人をさげすむ目をしていた。

 亜希奈が低い声を出す。


「お前次言ったらどうなるか分かってんだろうな? 両手の指の骨ブチ折るからな?」


 現実的な脅迫に指が縮こまる。息も絶え絶えにうなづくと、亜希奈は少し照れたようにそっぽを向いて言った。


「じゃあ今度は私が買いに行くから……付いてこい。その……男はどういうのがいいのかわかんねぇし」


 一瞬、亜希奈が僕へプレゼントをしようとしているのかと勘違いして……真意に気付いた。気付いて、固まる。

 差別的表現だけど、亜希奈もフツーのオンナノ恋する乙女——


「お前刺すぞ」


 瞳の奥が赤く光った。



 *



「ふぅ、お待たせ」

「あぁ……ってなんだソレ」


 ベンチに座って僕を待っててくれた亜希奈が、僕の手の中の物を見て首をかしげる。両手に花、ならぬ両手に鯛焼きだ。ちょっと先のところにたい焼き屋があったので、買ってきたのだ。


 ちなみに僕はこしあん派だけど、万が一亜希奈が粒あん派だった場合、派閥争いで殺される未来が見えたので、中身はカスタードにした。


 そう話しながら渡すと、亜希奈が感謝の意を表したのか、首をすくめるような動きをする。そして熱い鯛焼きをお手玉したあと、隣に座った僕を睨む。


「命拾いしたな、パチモンのこしあん派め。ちなみに姉貴もこしあん派。でもそれ以上に抹茶クリームの方が好きなはず」

「えと~……裏情報ありがと。明日彩香さんときたときは抹茶にしとくよ。あとこれ、あげる」

「……なんだこれ」


 鯛焼きをかじりつつ、財布の中からお守りを取り出して渡す。

 かなりボロボロで古びているけど、もう何十年も継がれたものだから仕方がないし、古びてる方が味があっていい。

 そんな言い訳をしながら亜希奈に渡す。


 一応、合格祈願と書かれたお守りだ。


「これが人に渡すお守りか?」

「それね、去年……というか僕の高校受験の日に知らない人からもらったヤツなんだ。ちなみにその人も受験日に知らない人からもらったらしい。

 ということでこれをあげるよ。また来年、誰かに渡してくれると嬉しいな」

「……おぅ……感謝する」


 受け取った亜希奈はごそごそと財布にお守りをしまったあと、今度は僕に何かを突き出してきた。

 それは同じくお守りだ。だけどこっちは新品でかなり綺麗だ。

 で、書かれている文字は……。


「この前修学旅行で買ってきた。姉貴に渡すつもりが……タイミングが分からなかった。もらっとけ」


 安! 産! 祈! 願!

 安産祈願!


 続いて渡されたのは黒い、硬いプラスチックのカードケースのようなものだった。シックな黒に金色の線が控えめに二本入ったケース。


「その……アレだ。アレ的なゴム的ななにかのためのケースだ。財布に入れるなって……授業で、習った。から。そんで……お守りはもし失敗した時のために渡しとく……」


 耳が真っ赤なのを見るとどうやら、本気で恥ずかしがりながらも勇気を出して言ってるようだ。ウブなんだな、と可愛く思ってしまうが、しゃべってる内容がいろいろとひどすぎる。

 もう、何も言うまい。


 未だに何かブツブツつぶやいていた亜希菜の口に、自分の分の鯛焼きを押し込んで黙らせた。



 *



「ただいま」

「亜希奈お帰り~! んふふ~っ♪」


 えらくハイテンションな姉貴が階段を駆け下りて玄関まで迎えに来る。どうやら明日のお出かけが楽しみなようだ。


「お風呂にする? ご飯にする? それともワ・タ・シ? きゃぁっ!」


 自分で言って、自分で恥ずかしがって口を押さえてその場で飛び跳ねる。我が姉ながら、バカだと思ってしまった。いや、実際バカか。

 いそいそと私の服を脱がせる姉貴は、その途中で顔を顰めた。

 そして私の服に顔を埋めて鼻息を荒くする。そして服から目を出して恨めしげに私を睨んだ。


「……柚と出かけてた?」

「……驚きよりも最初に引いた。ドン引き」

「うるさいっ、出かけたんでしょっ! じゃなきゃ柚成分をドコで手に入れたの! ずるい! その方法を教えなさい!」

「ったく……ギャンギャンるっせぇ。そうだよ、諸事情でいろいろあったんだよ。聞かれる前に言うと、もらったのはカスタードの鯛焼きと……これ」


 そう言ってボロボロのお守りを見せると……突然姉貴が震えだした。そして一言、言う。


「柚からもらったの?」

「あぁ」

「運命だ……きゃぁぁぁっ、運命! 運命! イヴイヴにこんなのなんて運命っ! 結ばれてるっ!」


 突然、狂いだした。

 ちなみに、私のお気に入りのコートは没収されて、代わりに姉貴のコートを渡された。その理由がわかってしまって、かなり気持ち悪く感じた。









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