第42話 合計1000点の最強美少女は、僕にお米を食べさせない
「12月~♪ じゅっうにっがつ〜♪」
登校中。
スキップしながら歩いていると、彩香さんが呆れた目を僕に向けた。そして顔を前に戻してぽつりと言う。
「そっか。もうそんな時期か……」
「あと24回寝ればクリスマス~♪」
「……柚って結構子供っぽいね」
「あと576時間でクリスマス~つまり34560分~つまり2073600秒でクリスマス~つまり心臓が2764800回鼓動したとき~♪」
「撤回、気持ち悪いガキ」
「酷い! クリスマスが楽しみなとぉっても純粋な子供なのに!」
僕から距離を取った彩香さんに抗議する。
彩香さんはふんわりと笑ったあとにさっきよりも僕と距離を詰めた。そして僕の指を手のひらで握る。
「なっ――」
「嬉しいな~って。私のあげた手袋、ちゃんと付けてくれてるから」
「あ、うん……。でもそんなこと言ったら彩香さんだってそうじゃん」
「……だってこれは使い勝手がいいだもん」
だから私は柚と違う。みたいな物言いで彩香さんは首から下がるマフラーをひらひらさせた。
ちなみに長さは広げたら僕の身長を余裕で超える。
実用性がある、と言われたことに喜びを感じつつも、僕が作ったからってわけじゃないんだ、と悲しみを感じた。
うむ……この二つの感情は相反するんですなぁ。
考察をしていると、彩香さんが思考をぶった切って言った。
「柚はクリスマスプレゼントってあるの?」
「うん、サンタさんが――」
「ブーッ……しゃ、しゃんた?」
彩香さんが下品に吹き出した後、カミカミで言う。汚いなぁと思ってるだけで、別に彩香さんの飛沫を受けた道路がうらやましくなんてない。うらやましくなんて……ない、はず。
そんな思考を殴り捨てる意味も込めて、声を大きくして言う。
「うるさいなぁ! サンタはいるんだよ!」
「あぁ~……ね。そっか、サンタいるんでちゅね~」
「馬鹿にするな! 子供の夢を壊すな!」
「まぁ……正味、柚は信じてるの?」
声音を小馬鹿にするものからいつものに変えて彩香さんが聞く。一応、聞き方に僕の意見を尊重する意思が見られたので彩香さんに加点10点だ。ちなみにいままでの合計が1000点の上限なので大差ない。
ちなみに……サンタが親だなんてことはない。サンタは実際に存在するのだ。信じれば、サンタはいる。そういうことだ。
そう強くココロに念じる一方で、弱く言う。
「疑うと今年から二度と来なくなりそうだから……」
「思ってた以上にメンヘル」
「うるさいッ! メンヘラの彩香さんに言われたくないっ!」
「……後で監禁して調教の刑ね」
彩香さんはそう宣言して、一旦息を吐いた。
「で、今年は何が欲しいの? あと去年はなんだったの?」
「去年は……受験生だったから鉛筆のシャーペン的な? なんか鉛筆の太さなんだけどシャーペンってやつ」
「あぁ、アレね。今年は?」
「今年は……なんだろ。ん~……彩香さんとおそろいでナニカ欲しいな。ずっと残るヤツ」
瞬後、彩香さんがボッと音を立てて顔を真っ赤にした。
え……いまのに照れる要素あった? と自分の言葉をリピートして——
「っ――! い、今のナシ! 口からぽろっと出ちゃっただけでっ……き、キモいと思ったら忘れてくださいっ!」
「絶対忘れない……。私とおそろいの物ね……分かった」
彩香さんはマフラーで赤い顔を隠しながら小さく言った。
「おもいでにするから……わすれない」
ぷしゅぅ、と湯気が立った。
僕らどっちのからかはわからないけど、多分正解はどっちも。
*
「あ、柚」
「何?」
お昼休み、お弁当。
名前を呼ばれると首をかしげると、彩香さんが僕の顔に手を伸ばしてくる。いたずらを危惧して思わず顔を引くと、彩香さんが困ったように笑った。
「大丈夫、悪いことはしないから」
「……その母性溢れる笑みに賭けるよ?」
念を押しつつ顔を戻すと、彩香さんは笑みを解いて僕の顔に手を伸ばす。優しくて細い指が唇に触れた。そしてナニカを取っていく。
白くて小さい――
「お米、付いてた」
「あ、あぁ……ありがと……」
「うん、大丈夫」
そして彩香さんがお米を……口の中に入れる。
頬をほころばせる。
思考がストップした。
「うん、美味しい。柚の味がする♪」
「っ――ぁ、ぁゃか……さん……」
「なに?」
「そ、それって……」
「うん、間接キス。もしかして普通のキスがしたかった?」
そう言って彩香さんはニッコリ笑う。
恥ずかしさと、悔しさが混ざって……悔しさが勝った。
恥ずかしさが負けた理由は、彩香さんがいつになく母性をふりまいていたからだ。
腰を浮かせて、やり返すことにした。
「彩香さんにも付いてる」
そう言いつつ彩香さんの顔に手を伸ばす。
もちろん彩香さんの顔には何も付いていない。ただ、取って食べるフリをするだけだ。
だけど、彩香さんは目をつむってこちらに顔を寄せた。
「あ、そう? じゃあ取って」
そしてそう言う。逆にドキッとしてしまう。
キス待ち顔だ、と思ってしまう自分の脳みそを殺して彩香さんに手を伸ばす。これぞまさに脳殺。いや、違うな。
フリではあるが、一応彩香さんの唇周辺に指を触れさせる。
そのとき、彩香さんが首を振ったせいで指が唇に当たってしまった。ふにふにで柔らかい。映画館でのポップコーン以来の感触だった。
元から手の中に隠し持っていた米粒を指先に持ち変える。
目を開けた彩香さんにからかうように言ってみる。
「取れたよ、食べようか?」
「いい、それより食べさせて?」
そして彩香さんが口を開いた。ドキリと心臓が跳ねる。
固まっていると、彩香さんが僕の手首を掴んで、僕の指を口の中に入れた。そして指に歯を立てて……甘噛みする。
にゅるり、と指先を舌がなぞった。
わざとらしく首をかしげた彩香さんは、顔を引いて僕の指を解放して言う。
「あ、ごめんね」
「ぅ……ぁ……」
「柚の指、食べちゃった♡ でも大丈夫、美味しかったから、柚の指」
「っ……」
「あは♪ ドキドキ、しちゃってるの? 顔赤いよ、柚」
頭から湯気が立ってるのが分かる。そこで彩香さんが、それまでのメンヘラじみた狂気の混じった声音から一転、いつも通りの調子でとどめの一言を放った。
「柚、私ココロ読めるからね? 柚のやろうとすること、全部わかってたから。バーカ、ふふっ」
脳内で、彩香さんの嬉しそうな笑い声がエコーした。
これぞまさに脳殺。
たぶんこっちの使い方が正解だ、とわかった。
*
「彩香さん、セーター。ほつれてるよ」
「あぁ、ホントだありがと」
彩香さんがセーターのほつれたヒモを直して、口ごもった後、息を細かく挟みながら言う。昼休み、お弁当を食べた後。
「柚は……さ、さ来週の水曜日は空いてる? 出来れば夕食も……」
「えと~試験休みの水曜日でしょ? うん、空いてるよ?」
「じゃ、じゃあさ、その日……お出かけしない?」
もじもじと不安げに上目遣いをして彼女は言った。
爆弾発言とはこのことだと思い知った今日この頃。
口の中で爆ぜた液体が血だと分かるまでに数秒かかる。血の変な味が口の中に広がった。
口の端から血が垂れたのだろうか、彩香さんが文字通り血相を変えて机に乗り出す。
「柚ッ!?」
「だいじょうぶだいじょ……ッ!?」
口元を拭われる感覚。遅れてやってくる彩香さんの匂い。
ドキリと心臓が跳ねる。
彩香さんは僕の口を拭いたティッシュを何故か大切そうにジップロックにしまってカバンに入れた。
「え、えと~……いいよ。で、出かけよっか……」
「いいのっ!?」
「うん、別に問題ないけど……」
「そっか……やった、ありがと……」
彩香さんは小さくガッツポーズしながら頬を染めた。そして僕を見て、嬉しそうにはにかむ。首をかしげつつスマホのカレンダーに日付を打ち込んで……ふと気がつく。
さ来週の水曜日って……クリスマイヴじゃねぇか!
叫ぶと、彩香さんが小悪魔チックに笑った。
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