第41話 マフラーをもらった美少女は、僕のスポンジまでもを欲しがる
「はい、展示期間が過ぎたので返却しますね」
放課後。家庭科の授業で僕が作ったマフラーが紙袋に入れられた状態で返される。
僕の知らないところでいつのまにか優秀作を取ってしまっていたのだ。本当は夏休み明けにすぐ返されるのだが、優秀作品は文化祭期間中に飾られることになる。
だから、こんな中途半端な時期に返されることになったのだ。ちなみに、彩香さんも優秀作に選ばれていたはずだ。
受け取って、彩香さんの待つ校門に向かう。
一足先に校門についていた彩香さんが、僕を見つけて小さく手を上げる。先に帰っててもいいのに、とココロに呟きながら手を上げ返すと、彩香さんが首を横に振った。
彩香さんは空気を蹴るように、膝を曲げずに足を繰り出す。
「柚の居場所、なくなっちゃうでしょ? 柚が帰れなくなる」
「当たり前のことのように言わないで? まぁ、待っててくれてありがと」
明るい曇り空が広がっていて、今にも雪が降りそうな天気だった。吐く息が、目を凝らせば白く見える。
寒いのか、彩香さんが首をすくめて襟の中に顎を隠す。
絶好のタイミングだった。
僕が立ち止まると、彩香さんは首をかしげつつも立ち止まる。自然と、紙袋を握る手が強くなった。
「彩香さん、寒い?」
「ん~まぁ、寒い」
「そっか……その~さ」
受け取ってもらえるか不安で声が震えてしまう。彩香さんがニッコリと微笑んだのに勇気をもらって、紙袋からマフラーを取り出して彩香さんに突き出した。
照れくさくなって声が小さくなる。
「これ、作ったから……あげるよ」
赤を基調にしたマフラーで端っこのに、Ayakaと名前を縫い込んである。
自画自賛だけど、実用性に問題はないクオリティだ。
彩香さんは微笑んだまま、静かに言った。
「柚が巻いてくれる?」
「え?」
「柚が作ってくれたんだから。柚にまいてほしい。すっごいそのマフラー長そうだし」
「……わ、分かった」
彩香さんは道を塞がないように端に下がる。そして目を閉じた。マフラーを彩香さんの首に掛けつつ、思ってしまう。
キス、するべきなのかな、と。
女子が男子の前で目をつむるときはキスを求めてる合図だ、と聞いたことがある。
ココロを読んだのか読んでないのか、彩香さんが目をつむったまま悪戯っぽく言った。
「キスする? いま絶好のタイミングだけど?」
「っ……し、しないよっ。こ、これでいい?」
図星、という言葉が脳内に浮かんだ。急いで彩香さんの首にマフラーを巻きおえて彩香さんから距離を取る。
目を開けた彩香さんはなぜか不満げに頬を膨らませたけど、気づかないふりをする。
どうせ僕をからかっているだけだ。
一歩引いて彩香さん全体を眺める。マフラーの両端が彩香さんの腰のあたりまで下がっていた。
マフラーを作るのが意外と楽しくて、気づけばかなり長くなっていたのだ。
「うれしい、ありがと」
「う、うん……」
「これ、作り始めたのいつだっけ?」
「えと……五月ぐらい?」
「そっか、ありがと」
彩香さんは柔らかい笑みを浮かべて僕に寄り添った。袖が大きく擦れる。
ふわりと濃くなった彩香さんの匂いに胸が跳ねる。
生まれた沈黙が、この沈黙すらもが、心地よかった。
「長いね」
「え?」
「このマフラー。柚の思いがいーっっっぱい、詰まってる」
素直にそう言われて恥ずかしくなった。彩香さんがにしし、と悪魔チックな笑みを浮かべて僕の腕に腕を絡ませる。
そして背伸びして、僕の耳元で言った。
「ねぇ、こんなに長いのって、マフラー、一緒に巻くため?」
「違っ――!」
同時、彩香さんが僕の首にマフラーを掛けた。横を見れば、彩香さんも同じマフラーを巻いている。
所謂、二人マフラー、恋人マフラーというやつだ。
「っ——」
「恥ずかしい?」
「っ——い、いや別に?」
意地を張ったのが間違いだった。
絡めた腕を下ろしていき、僕の手に触れる。
するりと彩香さんの指が僕の指の隙間に入り込んできた。所謂、恋人繋ぎというヤツだ。
「ねぇ柚、今の私たち、他の人が見たらどうおもうかな?」
「さ、さぁ? 別にそんなの関係ないし?」
照れ隠しでそう言ったのが間違いだった。
彩香さんが不満げに僕の手を握って言葉を区切りつつ言う。
「柚、もしかしてソレって、私たちは誰になんと言われようとずっと一緒、ってイミ?」
「っ――そ、そうじゃなくて」
「へぇ違うんだ。あは♪ じゃあナマイキなこと言う柚にはオシオキが必要だね♡」
光の失った瞳をする彩香さん。
メンヘラ属性が付いたことを悲しく思います、とココロの中に零すと彩香さんは僕から少しだけ離れた。
もちろん、繋いだ手も解く。
彩香さんが僕に何かを突き出す。彩香さんの優秀作の手袋だ。少し照れながら彩香さんが言った。
「こ、これ……よ、よければもらって……。靴下と手袋を間違えたドジな柚のタメに作っただけだから。
い、いらないならすぐ言って欲し――」
「いらないなんて言うわけないよ。ありがと。
あと別にツンデレを要求してるわけじゃないからね? まぁ、可愛いからいいけど」
「……ばかっ」
言いつつニッコリ微笑むと彩香さんは顔を真っ赤にした後、無表情に切り替えた。
それが照れ隠しだと分かっているからか、その無表情がとてつもなく愛らしく見えた。
*
「スピーキングテストかぁ、やりたくないなぁ」
「柚、これってタブレットで答えるものだったよね?」
「確かそうだったはすだよ?」
どこかの英語の試験の協会主催のスピーキングテスト。
マイク付きヘッドホンとタブレットが配られるので、タブレットのアプリの問題通りに音声を吹き込むだけのテストだ。
配られたマイクとヘッドホンに付けるスポンジを装着する。
そしてテストが始まり……うん、面白いこともなく長い時間が経ってようやく終わり……。
今週あったことを話せと言われたので、UFOに連れ去られてエロいご奉仕をシてもらった、と吹き込んでやった。
せいぜい僕を羨ましがるといい。ふんっ!
バカなことを言っていると、彩香さんが僕の肩をつつく。振り返ると、手を伸ばしてきて言った。
「柚、ヘッドホン貸して?」
「え? いいけど……なにか付いてる?」
「えと~そう。貸して」
彩香さんは僕の答えも待たず、半ばもぎ取るようにヘッドホンを奪う。そして冷たく『前向いてて』と言った。
仕方なく前を向いておく。彩香さんは小悪魔的な笑い声を出してごそごそとナニカをしはじめた。
悪戯でもしてるのかな? と首をかしげているうちに返される。調べてみると、ただ、スポンジが左右入れ替わっているだけだった。
「何がしたかったの?」
「え? あ……いや、何も?」
「……? まぁいいけど」
訝しげな視線を送りつつも、スポンジを外して、先生にヘッドホンを返す。
彩香さんはなぜか満足げな笑みを浮かべていた。
今日の戦利品:柚が使ったヘッドホンとマイクのスポンジ。
レア度:★★★☆☆
手の中のスポンジに目を落として、私はほくそ笑む。
宝箱がそろそろいっぱいになってきた。
けどやっぱり、柚『本体』がほしい……。家に帰って抱きしめたい……。
【おまけ】指を絡める彩香
恋人繋ぎしてるっ、恋人繋ぎしちゃってるっ!
もうこれ……今日はもう手が洗えなくなっちゃったっ!
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