第40話 メイドさんの美少女は、僕にコンタクトをつけさせる
「……ねぇ柚」
朝。彩香さんの机の上にはメイド服が置いてある。彩香さんはそれを眺めてつぶやいた。
文化祭前々日。今日から学校の授業はないので、内装班は既に教室の飾り付けを始めていた。
「なに?」
「なんで使い古されたメイドカフェなんてネタが未だに使われるの?」
「文化祭は真面目な美少女達が唯一コスプレをする機会なんだ。
んで、メイド服の美少女が流行りだしたのは某青髪美少女メイドがヒロインの某死に戻りアニメのせいかな?」
「そう……」
彩香さんは興味なさそうな返事をした後、メイド服に目を戻し、顎に手を当ててぼそりとつぶやいた。
「このメイド服……エロい……今更だけど、エロい……」
「彩香さんっ!?」
「これを着る人は乳の上半分をさらけ出すことに――っ! な、なんてこと言ってるの柚! 変態!」
彩香さんは途中で言葉を切って、僕に責任を押しつけた。クラスの視線が一斉に僕に集まる。彩香さんはそれを察知してか、オーバーに僕から離れた。
……が。とある事実が発覚してしまった。取り繕ってももう遅いのだよ、彩香さん。
「へぇ~彩香さんって結構むっつりスケベだね」
「う、うるさいっ! 柚がヘンなこと言うから!」
「僕言ってないけど? まぁ~……彩香さんのスケベ」
「殺ッ!」
赤い顔で僕をにらみつけてそう叫ぶ。
瞬後、心臓が破裂するような痛みを感じて、教室の床をのたうちまわってしまった。
彩香さんはそんな僕を、蔑むような目で睨んでいた。
*
「メイド的なことをしようと思います」
「どうしたの彩香さん? 一発芸?」
「違う……けどそんな感じ」
その日の放課後。彩香さんが僕を呼んで教室の外に立たせる。そしてここで待ってて、と言われて彩香さんが先に入った。
かすかに聞こえる衣擦れの音に変態的な妄想を繰り広げること数分、入っていいよ、と彩香さんがドア越しに言った。
少しの期待も混ぜて扉を引くと――
「お帰りなさいませ、ご主人様♡ お夕飯とお風呂、どちらになさいますか?」
メイド服に着替えた彩香さんが、そう言った。ご丁寧にカチューシャもつけている。
そこは『それともワ・タ・シ?』が付いてもいいんじゃないかと思う。彩香さんはココロを読んだのか目を細めて僕を睨んだ。
「キモ」
「……ひどくない? 僕も健全な男子なんだしさ、R18に引っかかるほどのことでもないでしょ?」
「はぁ……お帰りなさいませご主人様お夕飯とお風呂どちらになさいますかそれともワタシ」
圧 倒 的棒読みである。
シラけた気分になってしまった。
そう文句を言おうと僕が口を開き掛けた瞬間、目の前に彩香さんが接近する。教室の中に引き込まれたと同時、壁に体をたたきつけられる。
肺が圧迫されて息がつまり、頭を打って一時的に視界が霞む。
亜希奈ちゃんに胸ぐらを掴まれたときのことを思い出した。
彩香さんが僕の顔の横に手を突く。
おもわず特殊性癖その2、《
そんなふうな、心を落ち着かせるための面白くもない冗談を無視して、彩香さんが僕の目を覗き込んで、目を細める。
その細い喉にどんな声帯が仕込まれているのか、低く、妖美な声を出した。
「ご主人様、好き好き好き好きすきすきすきすき大好き大好き大好き大好き大好き……だぁい、好き❤」
肩を上から押さえつけられて、ずるずると腰が落ちる。彩香さんは僕の足を割ってその間に入り、彼女は舌なめずりをした。
「ふふ、好きぃ……ご主人様❤ ……いいえ、旦那様? 大好きぃ……❤」
「なっ……何をっ……」
「ご主人様が言ったんですよ? 三番目の選択肢、選んだのは旦那様ですよ?」
そして僕の太ももに太ももを乗せ、背中の後ろで足を組んでがっちりとホールドする。しなやかな手が優しく肩に添えられる。
彩香さんの瞳にハートマークが映り込む。
「だ、か、ら、ご主人様が望むこと、してあげます❤ 苛めて苛めて苛めて……やめてって言ってもやめてあげなくて❤ ご主人様がトロトロに蕩けちゃうまで❤ 私たちがドロドロに溶けて一つに混ざり合うまで……❤ やめてあげない。ふふ♪」
思わず、こくりと頷くと彩香さんが僕の耳に口をつけた。
濃くなった匂いと、耳の中を濡らす彼女の湿った息が脳みそを溶かす。
首の後ろを、細い指が這った。
「ふふ、ご主人様。目、とろとろぉ、ってなっちゃってますよ? あは♪ もしかして❤ もう溶けちゃったんですかァ?
わたしに、——❤」
そこで息が継がれる。耳の中を湿っぽい空気が満たす。
「溶かされて❤ わたしのモノになっちゃいましたぁ?」
「ぁ……」
「ねぇ、やらしぃこと、して欲しいんでしょ❤」
思わず首を縦にふる。と、突然に僕から顔を離して、メイドは僕の頬をつねって、笑った。
「柚の変態。ムッツリスケベ」
このメイドは今朝の意趣返しをしようとしていたんだと、後になってから気付いた。
でも既に脳を溶かされていた僕は、それすらも彼女の『責め』だと信じて疑わず、彼女の次の言葉を待っていた。
そうすると、彼女は少しキョトンとしてから何かに気付いた顔をして頬を赤く染め、好機を逃さぬとばかりに口角を上げた。
僕の心の中に踏み込むように、僕の瞳を覗き込んだ彼女の瞳が、赤く光った。それからの記憶はない。
気付いたら、首もとがやけに熱っぽくて、僕の体の中でだらんと弛緩した彩香さんが、溶けた目でふにゃふにゃに僕を見上げていた。
*
「じゃあ~カラコン付けちゃって~!」
文化祭当日。前もって渡されていたコンタクトを取り出す。
さて、ため息を一つ。
隣の彩香さんを眺める。そして言う。
「ねぇ今更なんだけどそれ著作権的に大丈夫なの?」
もちろん垂れ下がった前髪で隠れてるのは右目だ。
完全に某アニメの某キャラクターだった。
こんなんじゃメイド喫茶ではなくコスプレ喫茶だとツッコみたい。
ちなみに文化祭期間中は服装に関しては完全に自由だ。髪染めもカラコンも何でもオッケー。たぶん全裸はダメだろうけど、それこそプリキュアとか仮面ライダーとか、コスプレ関係はなんでもありなんだろう。
しかし著作権の話は別である。
彩香さんは自信なさげに頷いた。
「たぶん……大丈夫。ねぇ、それよりいま何時?」
「えっと八時半だよ。もしかして時計見えないの?」
「うん、視力悪いから」
「え? でもいつもメガネ付けてないじゃん」
「いつもはコンタクト。メガネは寝る前だけ」
「あ、そうなんだ……ってじゃあどうするの?」
「どうするもこうするも……」
彩香さんは首をかしげながら後ろのポケットからメガネを取り出した。赤縁の落ち着いた四角形のメガネだ。
それを掛けた青目青髪美少女。結構可愛い。
前髪を整え直した彩香さんは、未だ僕の手の中にあるカラコンを見て口を開いた。
「まだ付けないの?」
「あ、いや付ける付ける。ぼーっとしてただけ」
まさかコンタクトが怖いだなんていえない。未だに目薬を差せないだなんて言えるわけがない。
……ってしまったぁぁぁ! ココロが読まれてるんだったぁぁぁ!
ココロの中で叫ぶと、彩香さんはふっと笑みを浮かべた。
「柚くん。彩香がいます、大丈夫です」
「一人称までもアニメに似せんでよろしい!」
「昨日アニメ見て勉強してきたんだけど……。まぁいっか。柚、付けてあげよっか?」
「自分のタイミングで付けるから十分!」
「……ホントに?」
からかうような彩香さんの青い目が僕を覗き込む。
見惚れたその一瞬のうちに、コンタクトを奪われた。
「ちょっ彩香さんッ!」
「いいから。付けてあげる」
「いや自分でやるから――」
気付いたら、押し倒されていた。小外刈りだ、と気づくまでに時間がかかる。手を抜いてくれたのだろう、衝撃は一切なかった。
おなかの上に馬乗りになった彩香さんは気分よさげに口角を上げる。
口が勝手に、悪魔、と呟いていた。
悪魔は唇の端を歪めて言う。
「はい、付けてあげるから」
「うぅ……」
注射は目を瞑れば我慢できる。だけどコンタクトとか目薬は……自分の目の中に指が入ってくる恐怖をその寸前まで味わわなければならない。
とんだ拷問だ。
「じゃ、目、開けて~」
「うぅぅぅ……」
怖くて目が開かない。彩香さんの指が僕のまぶたをこじ開けようとしてくると、意思とは反対に強く目をつむってしまった。
彩香さんが僕から手を放す。
その瞬後、頬に柔らかいナニカを感じた。思わず目を見開くと……。
「装着完了ッ」
「ッ――い、今何をっ!」
「え? コンタクト付けただけだけど?」
彩香さんは小悪魔チックに笑い、もう片目分のコンタクトを僕に見せつける。
「まだもう一個、コンタクトはありますから。柚くん」
心臓がすくみ上がった。
【おまけ】彩香を眺める柚
「彩香さん人気過ぎ……」
彩香さん狙いのオーダーが多発する。何せ美少女メイド、何せアニメキャラのコスプレだ。
少し妬いたのは秘密だ。
PS:試験的な❤多様。流し読みではエロさがぐっとくるけど、じっくり読むと少しキツいというのが筆者の感想。
なにか思うところがあればコメントで教えてください。
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