第34話 更衣室が僕の後ろな美少女は、僕の肩を枕にする




「うへぇ……だね」

「ん……女子更衣室混み混み……」


 そろそろ帰ろうって話になって、パラソルとかレンタルしてたものを返して片付けをしたはいいものの……女子更衣室前には長蛇の列が出来ていた。

 一旦、男子更衣室は空いていたので僕はそこで着替えてきたけれど……僕が戻ってきたときにもまだ、数人分しか列は進んでいなかった。


 彩香さんの顔はゲッソリしている。

 このままだと帰宅時間がバス数本分遅れそうだけど『彩香さんに野外で着替えさせる』なんて案は考えるだけで罪だ。

 それに僕自身、誰かに彩香さんの体が見られるというリスクは犯したくなかった。見られて欲しくない。

 彩香さんが僕のものって自己中でキモい独占欲も否定できないが、それ以上に彩香さんに傷付いてほしくない。


 ということで、あり得ない選択肢を切り捨てて横の彩香さんを見る……と、彩香さんは久しぶりに無表情になっていた。

 でもそれが照れ隠しの無表情であることは既に知っている。

 でも何に照れるのか、首を傾げていると突然、彩香さんが僕の手を取った。


「え?」

「柚、こっち来て」

「えっ、どこいくのっ!?」


 無言で彩香さんが僕の手を引いて歩いて行く。一直線に進むその先には……ビーチの端っこにある岩。

 転ばないように足下に目を向けていたところから顔を上げると、彩香さんの耳が真っ赤に染まっていた。

 少し砂で汚れた、だけど白いガウンが綺麗に風になびく。


 潮が引いたことで岩を迂回することができる。その裏には波で削られたであろう洞窟があった。

 直感が彩香さんの思考を読み取る。


「ふぅ……人はいないっぽい」


 彩香さんの息混じりの声が岩肌に反響して聞こえる。


「なんで分か――そっか、超能力か……。……ねぇ彩香さん」

「なに?」

「まさかだけどここで着替える気?」

「そう。じゃあ後ろ向いてて。私着替えるから」

「僕がここにいる意味はっ!?」

「人が来るかもだから見張っといて。あと柚の居場所は私の近くだけだから。仕方ない」

「……見るかもよ?」


 八割方、彩香さんへの確認。残りの二割は自分に自信がないからだ。着替えるということは裸になるということ。彩香さんの裸をのぞき見してしまう自分は簡単に想像できた。

 魔が差してしまう可能性はある。

 彩香さんは逡巡のあと、冷たく言う。


「見られたら柚のこと嫌いになる。

 どう? 私の裸、覗きたい欲はまだある?」

「っ……超能力使った?」

「一切? 言葉で脅しただけ」


 『彩香さんに嫌われる』って脅しが僕の視姦欲を抑止しているようだ。ちなみに僕の性壁はご存知の通り視姦だ。恥ずかしい場所を見られて恥ずかしがる女子は素晴らしくシコリティが高いのである。

 こほん……彩香さんの僕への影響力、恐るべし。

 一瞬、彩香さんの顔が朱に染まった。


「じゃ、後ろ向いてて」

「わかった……」


 海の方に体を向けてあぐらをかく。少しあかね色に染まりかけた空を見上げて、無心を心がけることにした。

 この時点で無心ではないけれど、彩香さんの裸体を妄想するよりは――くっ、彩香さんの裸体とか言うから頭から離れなくなっちまった!


 すぐ後ろで彩香さんが着替えてるんだって思うとドキドキする。同時に、男として認識されてない気もして悔しかった。


 衣擦れの音がする。水を吸って重くなった水着が岩に落ちる音がした。洞窟の中でその音は反響して、僕の胸の鳴りをより高める。


「ね、ねぇ彩香さん」

「何?」

「気ィ紛らわせるためにお喋りしない?」

「……いいけど。何話す?」


 お喋りっていうのは難しいもので、『なにかお喋りをしよう』と思った途端に話題が見当たらなくなる。

 話題を探している間に沈黙が生まれてしまう。

 彩香さんが先に口を開いた。


「ねぇ柚、私はいま裸でしょうか、それとも服を着ているでしょうか」

「……ひっどい問題だね……。気ィ紛らわせたくてお喋りしたいのに……」

「柚、答えてよ」


 一瞬の深い思考。僕は着替え終わってると読んだ。

 裸のままでこんなおしゃべりをしてるんだったらとんだ変態だ。


「着てるんじゃない?」

「不正解。私は何も着てない」

「っ――あ、彩香さん、嘘は良くないよ?」

「嘘じゃない。不正解かつ疑った罰を与えます」


 彩香さんノリノリだな、とココロに感想を零すと突然、首に細い腕が絡まってきた。

 喉仏を撫でられて、一瞬吐き気を覚える。

 覚えると同時に喉仏を触るのはやめてくれた。


「ごめん柚」

「うん、妙な気遣いありがと……じゃなくてっ、なら離れてッ!」

「ヤダ」


 即答されて、叫ぶ言葉をかき消される。

 背中に柔らかい感触を覚えた。布ごしなのはわかるけど、その布が僕のTシャツだけなのか彩香さんの服もあるのかは区別がつかない。

 背中の感触は、果実というほどでもないけれど、普通に柔らか――


「ぐっ……」

「サイテー」

「ごめん……」


 肩を強く殴られる。だけど、彩香さんは離れてくれなかった。むしろ、僕に強く抱きつく。後ろから伸びてきた腕が僕の首元でクロスして、それぞれ僕の肩をがっちりとつかんだ。

 彩香さんは僕の耳にささやいた。


「柚、ぜんぜん私のこと見てくれない……そんなに私の体、興味ない? 魅力ない?」

「見たら嫌われるのに誰が見るってんだッ! 見て欲しいの!? ならいくらでも見てあげるけどッ?」

「……やっぱダメ」


 そう言って彩香さんがようやく離れてくれる。

 ドキドキする心臓を服の上から押さえて、深呼吸する。

 彩香さんが衣擦れの音を立てながらぽつりと言った。

 本当に着替え終わっていなかったという事実には気づかないフリをする。


「私ってわがまま?」

「わがまま? ……うん、かなりわがままだと思うよ」

「イヤ? わがままは面倒?」

「……嫌いじゃない」

「そっか」


 この会話になんの意味があったのか、僕には分からなかった。

 かといって、もし僕がここで『彩香さんのわがままが好きだ』って言ったとしたらなにかが変わっていただろうか。



 *



「柚、起きてる?」


 帰り。バスの中。

 反応がない。柚の顔にかかったタオルを持ち上げる。

 規則的にタオルが上下しているから寝ているだろうと思っていたけど、正解だった。


 寝顔を眺めていると悪戯ゴコロが沸いてしまう。それを止められないのが私の悪いクセだ。

 また、そんな私を最終的には受け入れて、楽しませてくれるのが柚の悪い所だ。


 柚の肩に頭を乗せてみる。堅くて寝心地は最悪そうだけれど心臓は高鳴った。柚との距離をつめて、ぴとりと密着してみる。

 柚の腕はいい感じの抱き枕になりそうだった。


「ちょっとぐらい……いいよね?」


 スマホを取り出して、カメラを構え……構え掛けて、やめた。

 シャッター音で柚が起きてしまうかもしれない。


 ツーショットは後からでも撮れる。

 ちなみにそのツーショットは柚をからかうための材料であって私の思い出作りのためじゃないということをここに明言しておく。

 そんな建前をつらつら並べて、柚の肩に頭を預け直す。


 いまはもう少しだけ……こうやっていたい。

 柚の腕にすがりつくと、寝心地はサイアクでもココロはスゴく気分がよかった。








【おまけ】送られてきた写真を見て首をかしげる柚木


 彩香さんの頭が僕の肩にあるってことは彩香さんが先に頭を乗せたってことで……。

 あれ? これ彩香さんが僕の肩に頭を乗せたかっただけじゃないのか?

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