第33話 砂遊びをする美少女は、僕の特殊性癖を許さない
「お砂あそびたのちーねっ!」
「うわキモ……」
「っ――彩香さんが提案してきた砂遊びじゃん! それに乗ってあげただけなのに!」
「キッモ……」
彩香さんはガチ引きの顔をして僕から距離を取る。
悲しみで染まった僕の顔を見たのか、彩香さんがため息を一つ、再び僕と距離を寄せた。
砂遊びで何をやっているかというと……。
「彩香さん。もう体が動かせなくなってきたんですけど……」
「そっか、じゃああと少し」
彩香さんは更に僕に砂をかける。身動き一つ、出来なかった。眼前に波が迫る。そしてギリギリで波が退いていく。結構なスリリングだ。
僕は砂に埋められていた。しかもかなり深めに。
掘った砂の中で三角座りをして首元まで埋める。そんな彩香さんの計画にノリノリで賛成した過去の自分を恨む。
ノリノリで僕に砂をかける彩香さんに聞いた。
「あの~さ、彩香さん。このまま僕どうなるの?」
「ん~……一生、そのまま。私の、オ・モ・チャ♡」
何言ってるんだよ。そうココロの中で呟くと、突然彩香さんが視界から消えた。
声もしなくなったし、足音もしなくなる。気配が感じられなくなる。どうせ脅かすつもりなだけだ、と楽観的に構えることにした。
しかしそのまま1分が経つ。砂に埋もれてるので周りを見渡せないせい。首を振ってみたけれど、彩香さんの影すらも見えなかった。もしや僕をおいてどこかに行ったんじゃないか。
いや、彩香さんがそんなことするわけない……よね? そもそもこの周りにいるの……?
「彩香さん?」
読んでみるけど反応はない。
ココロの中に不安が芽生える。
芽生えた不安はどんどん大きくなる。
あとトイレに行きたくなってきた。漏れそう。
「彩香さん? ねぇ、彩香さん?」
ココロの中でカウントを始める。あと十秒以内に出てこなかったら、本気で抜け出す。本気で叫ぶ。
そう彩香さんに警告する。
カウントが、ゼロになる寸前、ため息が聞こえた。
ココロの隙間にできていた不安が一気に消え去っていく。
と同時に両耳に柔らかいナニかを感じた。
ボクノシラナイカタチダ。……マサカアシジャナイダロウナ。
ココロが片言につぶやいた。
そして僕が口を開くより前に、彩香さんが言う。
「ねぇ柚? ルール違反」
「なんでッ!」
「不安がる柚で遊ぼうって思ってたのに……」
不満げに彩香さんが僕の頭を両側から強く挟んだ。視界の端に映った白い指を見て、僕の耳を挟んでいるのはそのまさかの足だとわかる。
うん、別に臭くない。むしろいい匂いかもしれない。
心なしか彩香さんが安堵の息を零した気がした。
その安堵の息の意味を確かめる前に彩香さんが声を出す。
「今さ、柚が求めたのは誰だった?」
「え?」
「名前、誰の名前呼んでた? 誰の名前を口に出してた?」
「あ、彩香さん……だけど?」
彩香さんの顔は見えないのに、彩香さんが口角を上げたのがわかる。ココロがヒヤッと底冷えして、太陽で暖められた砂に包まれているのに鳥肌が立った。
彩香さんが僕の髪の毛をいじりながら言った。
「そ、柚は私しか頼れる相手がいないってこと」
「い、イヤ別に……周りの人とか頼れるし……」
「ホントにそう?柚、私がいなくなって不安だった?」
「そ、そりゃ……」
「それは、柚は私に依存してるってこと」
謎理論を押し付けられるがまま、彩香さんは僕の頭から足をはなす。そして僕の目の前で足を組んだ。
耳をむっちりとした太ももが覆う。彩香さんの太ももに頭を挟まれる。
後頭部に濡れたナニカを感じる。彩香さんの水着だ、とすぐに分かった。間接的であるにせよ彩香さんのソコと接触しているということにドキドキと心臓が跳ねる。
彩香さんは気にするどころか、むしろ僕の頭によりソコを押し付けてきた。
彩香さんの手が僕の顔にまとわりついて、頬をなで上げる。
「柚は、私がず~っっっと、面倒見てあげるからね♡」
そのことが不満だったのか、彩香さんは僕の頭をはたいて僕を解放した。
*
「あのさぁ……漏らしたらどうしてくれるつもりだった?」
トイレから帰ってきて、パラソルの下でくつろいでいた彩香さんにアイスを渡しながら聞く。
彩香さんは肩をすくめながらアイスを囓り海に目をやった。彩香さんの横に座って同じく僕も海を眺める。
数秒の沈黙の後で彩香さんが言った。
「砂の中だから?」
「っ、プライドの問題! ハハキトクの電報が来たら糞尿漏らしながらでも実家に帰るのッ? 先にトイレ行くよね!?」
「……なるほど。柚頭いい」
そう言われるほどのことでもない気がしたけど、褒められて嬉しかったので深くは考えないことにした。
例えば『バカにされているんじゃないか』とか。
「ココロの声に対して言うね。正解」
「怒るよっ!?」
「ごめんごめん」
彩香さんは適当にそう言いつつ顎に手を添えて足下を睨んだ。彩香さんが脳内で思考を組み立てるときのクセだ。
数秒待っていると、彩香さんがぽつりと口を開く。
「……エロ同人とかだと排泄行為が性行為と直結している――」
耳を疑って、反応が遅れる。
彩香さんの口から出てきたワードに唖然とした。
でもって……なんでそんなマニアックなエロ同人を知っている!?
「ちょっ! 彩香さん何言ってるの!? そんな情報ドコで仕入れたっ!?」
「茜ねぇに読まされた」
「あ……そう」
静かに、いたって冷静に彩香さんが答える。
まだ名前しか知らない茜さん。ごめんなさい。納得しちゃった。
「って、ソレが今なんの関係があるわけっ!?」
ちょっと叫びすぎたかな? とココロで反省して首をすくめてアイスをかみ砕く。
僕のココロの声にだろう、彩香さんは首を振って否定しつつ言った。
「だから、もし柚が漏らしたらそれは生命存続のときか性行為の時だけってこと? って聞いてるの」
「ヘンな方向に話広げすぎ!」
「……もしかして柚にそういう趣味はない?」
「……専門用語でスカトロジーといいますが、そういう趣味はありません。むしろそういう趣味があると疑われる理由を教えてください」
すると、彩香さんは安心したようにほっとため息を吐いた。
そして柔らかく笑う。
「柚ってトイレネタ多いし。
まぁよかった。私そういう嗜好に慣れなきゃいけないのかなって怖くなったから。
性癖合わせるのって大変だから、コロコロ変えないでね?」
言っている意味が理解できなくて聞き返すと、彩香さんはなんでもない、とはにかみながら首を振った。
*
「彩香さん宿題終わった?」
「まだ全然残ってる」
「あらら、意外。彩香さんって七月に全部済ませるタイプだと思ってた」
「柚は?」
「僕はレポート関係は終わらせた。中学までは後回しにしてて痛い目なんども見たから」
アイスを食べた後、砂浜に寝転んでお喋りをする。
蒸し暑い空気にパラソルの影で冷たくなった砂が心地いい。彩香さんはガウンが砂まみれになることは気にしていないようで、ガウンを羽織ったまま寝転んでいた。
少しはだけたガウンから覗く水着がエロい。とてつもなくエロい。
「じゃあさ、柚」
「ん?」
「勉強会、しない?」
その言葉に少し罪悪感を覚える。
中間試験の時、わざわざ勉強会に誘ってくれたのに断った時の申し訳なさがまだココロに残っているのだ。
彩香さんが律儀すぎ、と僕のココロにツッコんだ。
どうせ僕をからかう目的で勉強会を開こうとしているんだろうけど……折角の夏休みだ。
宿題するって建前で彩香さんと遊ぶのも悪くない。
そう結論づけて、恥ずかしがるココロを納得させた。
「やろっか。いつがいい? あとどこがいい?」
「……私の家?」
「え?」
「私の家でやる?」
「はぁっ!?」
僕の叫び声に彩香さんがにぃっと笑う。
かくして、勉強会フラグが立った。
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