第27話 無精者の美少女は、僕の言葉にいちいち照れる
「驚くほど速く時は過ぎ……」
「驚くほどワードが足りない。やり直し」
「……驚くほど速く濃密な時間は過ぎていき……」
「誰と過ごしたの? ナレーション感が足りてない」
「驚くほどっ! 柚木の彩香さんとの濃密な時は過ぎていき! 暦は文月、7月ッ!」
「合格」
言いつつ私はスイッチを切り、柚からマイクを遠ざける。
まぁ、ちょっとうるさい気もするけどこれぐらいでいいか。
と批評をしていると、柚が首をかしげた。
「これなに?」
「ぐっ……なんでもない」
「いや、なんかあるでしょっ!」
「……さぁ?」
わざとらしいとは自分でも分かっているけど、目を逸らして首をかしげた。
だって、言えるわけがない。
柚との日常を日記にして自分で楽しんでて、この1,2週間ネタがなかったせいで時間を飛ばすしかなかっただなんて。そしてその説明するならいっそのこと柚にやらせようなんて思っただなんて。
ましてや、柚の声を録音して寝る前に何度も再生しようなんて……言えるわけがない。
*
時は過ぎ、7月。
試験が終わったその後、席を立たずにぼーっと時間を過ごす。
教室にはまばらに人がいた。終礼後だけど、5日連続試験の疲労がかなり溜まっていたので、すぐに立ち上がる気にはなれなかった。
彩香さんも同じくで、ぼーっとしていた。彩香さんが席を立ったら僕も帰るようにしよう、と彩香さんにも聞こえるようにココロを中で呟く。
ココロを読んでいないのか、無反応だった。
教室の人数が減って、ようやくクーラーが効いてきて額に浮かんでいた汗が引く。
彩香さんが気だるげに、少し甘えるような声をだした。
「柚~……購買でアイス買ってきて」
「……」
ここはじゃんけんを申し出るべきか、それとも男らしく黙って買いに行くべきか……そんな逡巡をした。
「あ~柚、黙って買いに行く男ってカッコいいなぁ〜」
反射的に椅子を引いて立ち上がってしまう。しまった! と思ったけどもう遅い、彩香さんは小悪魔ちっくな笑みを浮かべた。
財布にはお金がたんまりあるはずだからまぁいいか。
「きゃ〜柚カッコいい~」
棒読みな彩香さんの言葉を聞き流して、オーダーをとる。
ちょっとキザっぽく言ってみた。
「彩香さん、何がいい?」
「ん~私マンゴー」
「分かった、そこで待ってろよ、ベイビー」
指でピストルを作って彩香さんの平た——彩香さんの胸をいとめる。彩香さんはキュンキュ〜ン♡ とか棒読みな効果音をつけてわざとらしく胸を抑えてうずくまった。
指の先から出てる煙(妄想)を口で吹き飛ばし、教室から出る。
単純な男? 何とでも言え。僕は彩香さんに認められたカッコいい男だ。
ちなみに、先ほどまでの現代文の試験の小説は中世のカウボーイとかのダンディ小説だ。
我が現文教師よ、いささか自由すぎやしないか?
*
「柚って単純で扱いやすくてすごくいい」
「バカにされてる気しかしませんけど!?」
「実際そう。だってカッコいいって言葉だけで行動するし」
「……マンゴーアイス返せ」
「え? ヤダ」
彩香さんはチロッと舌を見せてアイスをなめた。彩香さんの小さい舌がマンゴーの色に染まる。
それでも……いや、なおさら返して欲しくなったけど、その欲を押し殺した。だれか僕を褒めて欲しい。
ため息を一つはいて、僕もアイスにかぶりついた。
「うぉぉぉ! 映画見に行くぞぉぉぉ!」
「あ、じゃあ俺付き合うぜ?」
「俺も俺も! 行っていい!?」
……こんな奇声を発しているのは僕ではなく、クラスの陽キャ達だ。いや、全く別に僕が陰キャだってことを認めているわけじゃない。
心なし乱暴にアイスを嚙み砕く。
柚は陰キャでしょ、という彩香さんの呟きは完全スルーする。
「えっ……お前来んの?」と、A。
「っ――」ひきつった顔のB。
「え? 駄目か?」首をかしげるC。
「あ、いやそういう訳じゃねぇけど……。あっ、て、てか俺金ねぇからまた今度だなぁ~」わざとらしくポケットをひっくり返すA。
「――」沈黙を守るB。
「そっか、そりゃしかたねぇな! じゃあ機会があったら!」元気よく言うC。
「おう! じゃあな!」教室から出ていくCに手を振るA。
「――俺知らねぇからな?」釘を刺すB。
「いや、俺アイツのことあんま好きじゃねぇから……」顔をしかめたAである。
なんか誰かがハブられてるみたいだけど……うっ、古傷が痛む……。
偽りの友情の悲しい結末を見て胸が痛んだ。
いまだに名前知らないの? と彩香さんが呆れ顔をしたが、無視する。
彼らの名前はABCトリオで確定なのだ。ハブられるCも含めてのトリオなのだ。
それにしても映画かぁ。もう何年も見ていな……。
小四の頃、ホラー映画を3Dで見て画面酔いしたとき以来、一度も映画館に行ったことがない。
「小四でホラー?」
「ホラ吹いた。ごめん」
「……ギャグセンス70点」
「平均点は?」
「……68点」
それは褒められているのかよく分からないけど……。
とココロで返すと『偉い偉い、柚はいい子』と慈しむように念話で言われた。
振り向くと彩香さんは満足げにアイスをなめている途中だった。わざわざ念話じゃなくて舐め終わってから喋ればいいのに。
不精だなぁ〜とココロの中で煽ると、彩香さんが口パクでブーメランと言かえしてきた。
そのまま彩香さんが一息ついて、続ける。
「柚、映画見に行かない?」
「えいが?」
「そう、映画」
「ん~……ちょっとトイレ行ってくる」
映画に誘われている自分の境遇に少し驚き、と同時に膀胱がサイレンを鳴らし始めたので席を立ち……まだ半分以上残っているアイスを見て、彩香さんを見た。
持っててくれる? という意味を込めて首をかしげると、彩香さんは逡巡した後にこくりと頷いた。
いつものように時間制限はもうけられなかったけど、急いでトイレを済ませ、念入りに手を洗って、ガラガラに空いた廊下をクルクル回りながら歩く
クルクル回る意味はない。ただ楽しいから回ってるだけだ。
くっ、先ほどの現代文のワルツの恋愛小説が頭をよぎってやがる……。
教室に戻ると、彩香さんが少し慌てたように見えた。
席について赤い顔の彩香さんからアイスを受け取る。
「彩香さんありがと」
「ど、どういたしまして」
ドモった彩香さんを不審に思い、アイスをまじまじと眺める。
何も小細工はされてなさそうだし、そもそも彩香さんが危険だったり不潔だったりするような悪戯はしないだろう。
彩香さんを信じてアイスにかぶりつく。
ほのかに、マンゴーの味がした気がした。
*
「えっいが~えっいが~♪」
「……2メートル離れて」
「え? なんで?」
「同族に思われたくない」
新宿、試験休み期間。
彩香さんの服装はボーイッシュ系統。
半袖Tに短パン、薄いカーディガンを腰に巻き、ウェストポーチを肩に掛けている。靴はスニーカーで帽子はベースボールキャップ。
うん、新鮮味が素晴らしい。
で? 離れろって言った?
彩香さんから異常なほどに距離をとりながらココロで聞くと、僕を恨めしげに睨んで、首を振った。方向は横。
「なんでもない……柚の意地悪……」
「そっか。じゃあいいけど」
店前に並べられた電化製品に目が行きそうになるのを押さえて、彩香さんの横に戻る。
彩香さんは脈絡もなく言った。
「茜ねぇがいっつもコーデしてくれる」
「あぁ、その服ね。に……似合ってるよ、新鮮味がエモい」
「……まんじ、じゃなくて?」
「古ッ、って言いかけたけどエモいも十分古いか」
日本の言葉は次々変わってくから困る。僕が新しい言葉を知ったときには数世代の時代遅れなんてこともある。
会話が途切れちゃったな、と少し後悔しつつ他の話題を探していると、彩香さんがぽつりと言った。
「ありがと」
「ん?」
「コーデ、褒めてくれて」
「いちいち言わないでよ。僕が照れるだけだから。
それに、に、似合ってるのは事実だし」
そう返すと、彩香さんが再び言った。
顔を片面、手で隠しながら。もう片方の手で、僕に手のひらを突き出しながら。
「ありがと、もういい……。おなかいっぱいだから……」
隠されていないほうの片面の顔は、真っ赤に染まっていた。
【おまけ】茜にコーデしてもらう彩香
「オンナノコの部分をリボンで隠して……どう? すっごい彼氏を興奮させられると思うよ~? 今は服の上からだから扇情的じゃないけどさぁ」
「これはダメッ! 私は痴女じゃないから! それに彼氏じゃないッ!」
「え~」
「茜ねぇは未来が見えるんだから私が望んでるコーデも分かってるでしょっ!?」
「未来は変えられないし、そもそももう使えないし~だっ。あっ、でも――ッ」
「なに?」
「いや、なんでもないよ?」
体のリボンを解く彩香を見て、ほっと息を吐く。
大学の少し気になってるアイツの近くだけでは、なぜか今も超能力が使える、なんて言ったら彩香にからかわれるに決まってる。
アイツが茜ねぇにとって特別なんだよ? みたいな感じで。
その事実はココロを奥底に閉じ込めることにした。
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