第26話 監禁犯罪者の美少女は、僕の話を聞こうとしない

※本文バランス的にカットせざるを得ない、しかしフルver.を載せたい……ゆえに、おまけあり。




「柚、もうどこにも逃がさないから……」


 気がつけば、視界は真っ暗だった。目隠しをされている。

 手は後ろに縛られ、足は椅子に固定されてる。

 彩香さんの息の多めの声が僕の鼓膜を揺らす。

 僕の左膝の上に彩香さんが乗っている。首に細い腕を絡めて、僕を抱きしめていた。


 混乱した脳みそは、状況確認を遅らせる。

 喉から絞り出した声は、引きつっていた。


「あ、あやかさ……?」


 僕の言葉を遮るように、狂気的な声がゼロ距離で鼓膜を揺らしていく。


「なぁに? 柚? 私は柚のこと好き。すきすきすきすき」

「は、はなして……」


 目隠しをされているのに、彩香さんを包む空気が変わったのが分かった。鋭く、尖る。

 喉の奥から悲鳴が漏れた。


「柚、私と一緒にいるのはイヤなわけ? 柚の居場所は私の前だけなのに? 何考えてるの?」


 答えられない。いや、なにかが口を塞いで、しゃべれなかった。

 彩香さんの唇だ、とわかったときにはすでに離れていた。


「ぷはぁ……私のファーストキス、柚にあげちゃった♡ せきにん、とってくれるよね?」

「っ……」


 答える前に、もう一度。口を塞がれる。

 きゅっ、と首に絡んでいた腕がきつくしまった。

 二回目は長かった。ようやく離れたとき、息が荒くなる。

 不安とは別にドクドクと心臓が跳ねていた。


「はぁはぁはぁはぁ……ん~っ……すぅぅぅ……はぁぁぁ……」


 彩香さんが僕の肩のくぼみに顔を埋めて、息をする。

 背筋をゾクゾクとなにかが走った。悪寒だけじゃない、別のなにかが。快感だとは認めたくなくて、体をねじる。

 だけど、彩香さんは僕の肩を掴んで、僕の逃げを許してくれなかった。


「柚のにおい、すっごくいい……。落ち着く……」


 彩香さんは顔を上げてそう言って、僕の太ももに座り直した。


「こ、ここどこ……」

「え? の部屋、だけど?」


 同時、耳が、しっとりとした空気に包まれる。

 耳の裏に、チリッと痛みが走った。歯を立てられているんだと分かる。じっとりと湿る彩香さんの舌が、僕の耳をねぶる。

 声が、直接に脳を揺らした。


「みみ、食べるから。私以外のことを考えたバツだから」

「うぁ……っ」

「柚、大好き♡」


 耳の中に舌が入り込んでくる。

 水音が、はっきりと聞こえた。


「もう、逃がさないから」


 ぎゅっと、抱きしめられた。



 *



「はぁ……サイテーだ……」


 彩香さんで僕はどんな夢をみてるんだ……。

 頭を抱えて、教室の扉を開ける。彩香さんに監禁される夢を見た。だけど断じて僕はマゾではない。


 教室には、僕より先に彩香さんがいた。心理的にはサイアクだ。

 教室に入ってきた僕を見て、こちらに手を振ってくる。力なく振り返すと、彩香さんが怪訝そうな顔をした。


「おはよ、柚」

「おはよ……彩香さん……」

「柚、元気ない?」

「ない」


 そう返すと、彩香さんはその理由を言い当てた。


「もしかして夢のせい?」

「そう……だけど。はっ、ココロ読んだ!?」

「ううん、読んでない。どんな夢見たの?」


 ココロを読まれてないのは本当だろう。読まれてたら絶対ドン引きされてる。確信が持てた。

 素知らぬ顔で逃げ切ったとしてもココロを読まれそうだ。

 嘘を吐くのは下手くそだから……真実をちょこちょこ隠して言おう。どこまで隠すか逡巡したあと、口を開く。


「えと~彩香さんが出てきて……」

「そっか、どんな感じ?」


 彩香さんがそわそわしていることに気付く。

 彩香さんは嬉しそうにはにかんでいた。

 首をかしげつつ、言葉を続ける。


「彩香さんに僕が監禁されてさ……」


 あれ? おかしいな? と思った。けど口は動き続ける。


「手も足も縛られた状態ですっごいエロいことされる夢。彩香さんに申し訳なくてそれでこんなに元気が……ぁぁぁああ!?」

「……ドン引き……」

「待って! どこまで真実を言うのか決めてなかった!」


 彩香さんは顔を引きつらせて僕を見ていた。

 自分の間抜けさに頭を抱える。

 ココロの中で、嫌いになった? と聞いた。直接聞く勇気はない。だけど彩香さんはかぶりをふった。


「別に嫌いにはならない。夢の中の私どんなことした?」

「……聞きたい?」

「そんなに夢の中の私ひどいことしたの!?」

「うん。まず僕の手足を縛って目隠しをして……僕の膝の上に座ってとにかく、柚は私の隣だ~隣だ~って言われ続けた。で、耳舐められたり……き、キスされたり……」

「……それ私は悪くないからっ!」

「別に誰も彩香さんを責めてないから!」


 逆ギレされた気がしたので叫び返すが、彩香さんを見るとその頬は赤かった。

 その顔のまま僕を睨み、彩香さんは言う。


「柚にとっての私って……そんなに酷い?」

「いや……わかんない。あっ、朗報。エロいコトって言っても生殖行為はなかったから、安心して?」

「安心するわけないからっ! バカ!」


 彩香さんはぷんすか怒って教室から出て行く。数分後。帰ってきたときには顔から赤味が消え、完璧な無表情だった。

 そして僕に顔を寄せて、にぃっと小悪魔的な笑みを浮かべて、イジワルに言った。


「柚にとっての私って柚のこと監禁するんだ。じゃあ夢の通りのこと、柚にしてもいい?」

「だめッ!」

「分かった。じゃあいつか、してあげる」

「話聞けぇぇぇええ!」


 彩香さんはドコ吹く風で、僕を見つめて笑っていた。


 あとから来た咲さん曰く、僕の叫びは駅まで届いたと聞く。








【おまけ1】夢の話を聞いた彩香


 私が夢に出てくるようにって、を柚に持たせただけだったのに……。まさかそんなに密着してたなんて……っ!

 あ、あとでココロ読んで柚の夢もらっておこ……。




【おまけ2】夢の中の彩香フルver. 妄想してお楽しみください。


 目が覚める。一瞬で覚醒した意識は状況把握を率先した。

 目隠しされていて、視界は真っ暗だった。

 手足は縛られている。動かそうにも、ジャラ、と手錠の音がして、その行動範囲は限られていた。椅子にくくりつけているようで、簡単には抜け出せそうにない。


 唯一塞がれていない口で、名前を呼んだ。

 本能的に、その名前が出てきた。


「あ……やか……さ……」

「柚、おきた?」

「これ……は?」

「学校。もう夜の八時回ったし、今誰もいないから」

「……なん……れ?」


 舌が痺れているのか、ろれつが回らない。それを笑うかのように彩香さんは息を漏らした。

 視界がふさがれている分、その吐息は大人びて聞こえた。


「柚、もうどこにも逃がさないから……。柚は私のと、な、り」


 ひらりとした布地をズボン越しに感じ、そのあとで膝に重みを感じる。彩香さんの手が足下から蛇のように這い上がってきて、首に緩く絡みついた。

 彩香さんの息が頬にかかる。


「あ、あやかさ……」

「なに?」

「なん……で?」


 大きな深呼吸が聞こえた。そして、言い聞かせるようなハッキリした声がする。


「柚、私は柚のこと好き。すきすきすきすき。だぁいすき。もう溶かしたいぐらいに大好き。

 だから……私とずっと一緒にいられるようにこうした。

 でも逃げちゃだめだから。こうやって縛る」


 狂気的で、利己的で、妄信的なその発言に少しだけ、不安が混じっていた。

 ぞわり、と身の毛が立つ。


 彩香さんの手が僕の胸を、甘えるように撫でた。


「は、はなして……」


 空気が鋭く尖り、肌がチクチクと痛みを訴え出す。

 冷たい声が、耳を刺した。


「柚、私と一緒にいるのはイヤ? 柚の居場所は私の前だけなのに?」


 答える前に、柔らかいナニかが僕の口を塞いだ。

 彩香さんの唇だ、とわかったときにはすでに離れていた。


「私のファーストキス、柚にあげちゃった♡ せきにん、とってね?」

「っ……」


 答える前に、もう一度。口を塞がれる。

 きゅっ、と首に絡んでいた腕がきつくしまった。

 体がゾクゾクと震える。

 二回目は長かった。数十秒……。離れたとき、息が荒くなる。

 唇に、湿ったものを感じた。彩香さんの唾液だ、と分かった。

 唇が勝手にそれを飲み込んだ。


 僕に更に体を寄せた彩香さんは、肩のくぼみに顔を埋める。


「はぁはぁはぁはぁ……ん~っ……すぅぅぅ……はぁぁぁ……。

 柚のにおい、すっごくいい……。落ち着く……」


 そう言って、僕の太ももに座り直す。再び、今度は反対側の肩に顔を埋めた。

 くすぐったさに身じろぎしても、肩を掴まれて阻止される。


 胸が密着して、彩香さんの匂いが濃くなった。

 ドクドクと速く感じる鼓動が、僕のものか彩香さんのものなのか分からない。

 彩香さんが僕のココロに答えた。


「どっちも。私と柚の心臓は、一緒だから」


 体中を触られる。触られるたびに、鳥肌が立った。

 不快感ではなく、快感から。


 どこかから物音が聞こえた。階下からのような気がする。

 うわずった声が出た。


「だれか……いる……?」


 同時、耳がじっとりとした空気に包まれる。耳の裏に、チリッと痛みが走った。歯を立てられているとわかる。

 凹凸の感じられる彩香さんの舌が、僕の耳をねぶる。


 ゾワリとした快感が背筋を登る。

 ひそひそ声が、直接に脳を揺らした。


「みみ、食べるから。私以外の音、聞いた罰」

「うぁ……っ」

「柚、だぁいすき♡」


 耳の中に舌が入り込んでくる。水音が、はっきりと聞こえた。

 きつく抱きしめられて、反射的に彩香さんに腕を回しかける。

 手錠が音を鳴らした。


「いいよ、解いたげる」


 カチャカチャと数秒音がして、鎖が床に落ちて音を鳴らす。解放された手で、彩香さんの背中を抱きしめた。

 早く逃げ出せばいいのに、体が勝手に動いてしまう。


「柚、柚の居場所は私の隣だけ。ずっと一緒、ずっとずっと……」


 首が縦に頷いた。


「もう、逃がさないからね」


 きゅっと、軽く抱きしめられた。

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