第23話 ガスバーナが怖い美少女は、僕にハンカチを持たせない
「どう、柚?」
化学実験室。
実験は40人クラスを二分割した20人づつで別々の分野を交互にする。僕と彩香さんは今回は化学実験、つまり来週の実験の授業は生物実験になる。
実験授業が週一で確約されていることがウリのこの学校。
それはつまり学校から実験用白衣を買わせられるわけで……。
「に、似合ってるよ……」
彩香さんはくるりと回って、腕を組んで仁王立ちする。白衣の裾が翻って、隙間から白い足が覗く。
子供っぽさと、白衣補正の大人っぽさが混ざったギャップに、僕の心臓はドキドキしていた。
彩香さんは満足げに頷いた後、急に僕に体を寄せて、言った。
「柚もカッコいいよ」
「っ――」
「さて。実験プリント埋めよっか、柚」
ちなみにこの化学実験の教師もぼっちの敵で、好きな2人組で実験をしろとのことだった。
彩香さんの策謀で遅れてやってきた僕らは当然ペアになるほか無い。
まぁ、遅れた理由は彩香さんが僕とペアを組もうとして妙な策を講じたからだ。僕とペアを組もうとしてくれたことが嬉しいので、キツくは責めないでおいた。
それにしても……。
ガリガリと
こんな美少女とペアを組めて幸せすぎるけど大丈夫なのか――
「柚」
「なっ、なに!?」
脳内の思考をとっさに消して、足でココロが落ち着く4拍リズムを刻む。彩香さんは一瞬不可解そうな顔をして、指で3拍のリズムを刻み出した。
彩香さんは元ピアニストなのかと思うほど小指だけでかなり大きい音を出す。ちなみに爪じゃなくて指の腹で音を立てている。
僕から目を逸らさずに彩香さんはリズムを刻み続ける。見られてドキドキしたのと、彩香さんのリズムが混ざってきたせいで、僕のリズムが乱れる。
同時、彩香さんが表情を消した。だけど、耳が赤い。
「柚、そういうこと考えるくせに本心見せないのずるい」
「はぁ?」
「なんでもない、バカ」
意味不明な暴言を吐いた彩香さんは実験プリントに目を落とし、まだ実験は終わってないのに結果と考察の欄にも何やら書き込み始めた。
ちなみに内容はえらく優等生だけど、字は完全な劣等生である。斜めだし続け字だし字の粒も揃ってない。あと、やってることも劣等生だ。
彩香さんの意外な一面を楽しみつつ、僕も彩香さんに習って考察の欄を埋めた。
*
「やっぱりマッチ怖いっ!」
僕はマッチ箱とマッチを机に投げ捨てて彩香さんの後ろに逃げる。いつもは小さい彩香さんの背中が大きく見えた。
彩香さんは投げ捨てられたマッチ箱を取って、僕を振り返りつつ言った。
「ガキ……」
「危機管理能力が高いだけ!」
まさか、むかし母方の実家に行ったときに仏間のマッチで火遊びして火災を起こしかけたなんてことは言えない。
しかもそのときにマッチを自分の足に落としてしまって今でも足の甲にやけどの跡が残ってるなんて……ってもう言ってるようなもんじゃん!
彩香さんが呆れた目をして、僕のココロの声に大きく頷いた。
「未だに私の超能力のこと忘れるんだ」
「ココロの中の独り言が昔から多かったんだよ。
なんでかは聞かないで。ぼっちだったから、って答えが返ってきて僕の傷をえぐるだけになるから」
「自分で自分を傷つけてるの分かってる?」
呆れた声でそういった彩香さんはマッチに火をつけて……ガスバーナに手を伸ばしかけてやめた。
引き返す手は、震えている。
マッチの火が芯に燃え移ったことにギリギリで気づいた彩香さんはマッチを机に投げた。可燃性のものは机から異常なほど遠ざけているので、今の行動は最適解だ。
「どうしたの?」
「……わ、私ガスバーナ……触れないっ……」
彩香さんは震えながら僕の後ろに回り込んで、僕の肩からガスバーナを覗き見る。さっきとあべこべの位置関係だ。
背中に感じる彩香さんの小さな手が、僕の鼓動を速めた。
あと、僕の背中に隠れてくれて『頼ってもらえてる感』を感じて嬉しかった。
ふるえ声の彩香さん曰く、ガスバーナーで大やけどを負ったクラスメイトを間近に見たことがあって、それがトラウマらしい。
なんかそれって……。
「ガキ」
「うるさいっ、柚のこと監禁して調教してもいいのっ!?」
実は彩香さん、馬鹿にされると性格が凶暴的かつ短絡的になる。彩香さんに監禁されて調教されることを想像する。
ゾクゾクと背筋を快感……違う、悪寒が走った。
「わかった。考えとく」
「やめてっ!?」
「いや、だめ。考えとく」
閑話休題。結局、僕がガスバーナを触り、彩香さんがマッチで火をつけることになった。
最初からそうすればよかった。
ガスバーナにマッチを近づける寸前まで及び腰だったのが可愛かった。着火した瞬間に高く登る火が怖いらしい。分からなくもない。
ガスバーナの火が付いている間、彩香さんはずっと僕にひっついて離れなかった。
弱点を知れて嬉しいような、怖がってるのを見てなんとかしてあげたいような……モヤモヤがココロに溜まった。
でもココロの大半は、ガスバーナに感謝している。
一見崖っぷちでも実は柔らかい、なんて女の子のところがいろいろと当たってて結構エロい妄想がはかど——ガッ……。
それから約10分間の記憶がない。
いつのまにか寝ていたようだ。
*
「じゃん! 見てこれ!」
昼休み。
ポケットから取り出した布を見せて彩香さんに自慢する。白の無地のハンカチだ。
女子力高いでしょ! とココロの中で威張る。
なぜココロの中で威張るのかというと、ハンカチを見せるときの効果音を出すのでちょっと疲れたから。
貧弱、という彩香さんのつぶやきは聞こえないふりをする。
「柚。ハンカチは毎日洗う?」
「当然!」
「まぁ、まだマシ」
興味なさそうに窓の外の鳥を目で追いながら彩香さんは言った。
『マシ』って何!? 何様!? と反論しかけてふと気付く。
彩香さんはハンカチを持ってなくて僕より女子力が低いから僕を妬んでるんだなっ、と分かる。
そんなコトを考えて卵焼きを頬張って顔を上げると、彩香さんは僕を丸く見開いた目で見つめて、固まった。
彩香さんのお箸に串刺しにされた玉こんにゃくがにゅるりと落ちた。
こんにゃくはお弁当箱の中でぼよよんとバウンドして、煮物ゾーンへと帰っていく。
数秒遅れてそれに気づいた彩香さんは、ようやく口を開いた。
「その想像力に一周回って感動する……」
「それって褒めてる?」
「さぁ?」
肩をすくめて、彩香さんは続けた。
「柚、ハンカチは雑菌まみれの布だって知らない?」
「え……?」
「朝使ったらお昼には石けんで落としきれてなかった手の雑菌がハンカチで増殖してるんだけど」
「……そうなの?」
「だから毎回綺麗なタオルで拭くべき。それが出来ないならズボンとか服の裏とかの方がマシ」
言いつつ、彩香さんは玉こんにゃくを口に放り込んだ。
目を細めて美味しそうに食べたあと、僕のココロの疑問に答えてくれる。
「私は手を振って水を切って、あとはアルコールで自然乾燥を促進させる」
「それは……綺麗なようで汚いようで……」
「一番清潔。それが嫌ならハンカチに毎回アルコールでもかけておいたら?」
そう言って彩香さんは机に身を乗り出し、僕の手のハンカチを奪った。そして自然に鞄にしまう。
自然すぎて、一分程フリーズしたぐらいだ。
「返してっ!」
「ダメ、没収」
「なんでっ!?」
「……柚を危険にさらすわけにはいけない。これは私が預かっておくから」
そんな理由で納得してしまう僕はちょっとビョーキだ。
嬉しそうな笑みを浮かべる彩香さんをみて、まぁ百均のだし安かったからいいかと、お弁当にお箸をつけた。
「柚の安全は私が守るっ」
ちょっと張り切ってそう言った彩香さんが可愛かった。
子供っぽく言ったのは演技のようで、そのあとにすぐ照れたように表情筋を緩めた。
一言で彩香さんの表情を言い表すなら……。
デレデレだった。
今日の戦利品:柚のハンカチ(私にとっての高級品)
PS:いつか彩香が暴走しそう。
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