第24話 二番煎じの美少女は、僕に輪ゴムで負けたくない




「柚、気付かない?」


 お弁当を食べていると、彩香さんにそう聞かれた。

 水餃子がおかずで、お弁当仕様なのか醤油がなくても食べられるようしっかり味付けがされている。口のなかで水餃子が弾ける度に鼻の奥がツン、とするのがたまらなくいい。


 彩香さんは首をかしげる僕を見て、にししと笑った。


 お箸を持った手で頬杖を突いている彩香さんが行儀悪いってコト? とココロの中で聞くと、彩香さんの顔から笑みが消えた。

 ぶすっとした顔でお箸を置いて、頬杖を突き直した彩香さん。

 不正解か……。じゃあなんだろ。


「ヒント、お弁当」

「いつもより愛を込めて作った!」

「いつも込めてっ――ヘンなこと言わないで」


 叫び掛けた彩香さんが数秒の沈黙の後、クールを装ってそう言う。でも隠せてない。耳は赤いし……あ、無表情になった。

 もしかして無表情って恥ずかしいときのポーカーフェイスなのかな? ココロの中でそう考えると、彩香さんの顔が、しまった! と叫んだ気がした。


 閑話休題まぁそれはさておき

 お弁当の愛の量でもないようだ。いつもこめてるそうだし……。っ——いま心臓が潰されるレベルで強く睨まれた気がしたけど気にしない。


 首を捻る。お弁当を回していろんな角度から見てみたけど、分からなかった。


「投了かなぁ……」

「……教えるほどでもないくだらない質問だったからもういい」


 拗ねた彩香さんはそう言ってご飯を口に詰め込んだ。今日の彩香さんは子供っぽいなぁ。

 対し、僕のココロの口もガバガバだった。彩香さんは僕をジト目で睨んで、ため息を吐いた。

 その所作だけで、彩香さんが一気に大人びて見える。


「くだらないこと。その水餃子のお肉に柚胡椒入れてるから」

「……つまり、共食いってこと?」


 彩香さんがこくりと頷いた。

 しかしながらそのネタは二番煎じである。どんまい、彩香さん。ココロの中でそう煽って、記憶を探る。


 柚胡椒が好きな柚木、と中学時代は隣の女子にからかわれ続けたものだ。共食いだ共食い、とバカにされた記憶は消えない。

 そのほかでも彼女は僕をからかい続けてきて……。


 ふと回想から戻ると彩香さんが表情を消していた。

 目からハイライトが消えてる。怖い。

 無機質な声で彩香さんが言った。


「その女と今は?」

「こ、この前スマホ変えたときにつながりが切れました。もう何ヵ月も喋な音沙汰ないのでわかりません」

「そっか、柚。柚を共食いネタでからかったのは私が一番最初。把握した?」

「は、はい……」


 本能的に記憶を書き換えながら、これってほぼ洗脳みたいなもんじゃないか、とココロに呟いた。

 彩香さんはココロを読んでいるのだろうか、ハイライトの抜けた目でニコニコと笑い、口を開いた。


「柚? 柚の記憶は私と一緒にいることだけでいいから。

 わかった?」

「はひぃっ!」


 恐怖で声がうわずった。



 *



「ねぇ彩香さん、コレ出来る?」


 お弁当を食べ終わった後。

 気付けば僕のズボンの上に輪ゴムがあった。ふと手に取ると、手が勝手に動き出す。

 中指と親指に輪ゴムを掛け、指が滑らかに動き、最後に輪ゴムを弾くように中指がわっかから抜けて、輪ゴムが人差し指を軸にクルクルと回る。


「なにそれ」

「ふふん、一つ彩香さんに勝ったな」


 バカなことでマウントを取りたがるのが僕で、マウントを取られると負けず嫌いになるのが彩香さんだ。

 彩香さんはじーっと僕のココロを読もうとしているのか、僕を見つめてくる。ちょっと恥ずかしい。


「別にこれから私が勝つようになるから。ほら、もう一回それやって?」


 言われた瞬間、彩香さんのしようとしていることが分かった。

 僕のココロを読んで手順を覚え、自分も出来るようになろう、って魂胆だ。

 自然と僕の口角は上がる。なぜなら、僕のこの技は……。


「はい、どう?」


 目をつむって指を動かし、先ほどよりも速く輪ゴムを回す。僕のこの技は、小4の頃に習得した。それからもう6年だ。

 いやり方なんていちいちココロに念じる必要もない。

 片目だけを開けると、彩香さんの顔が悔しさで歪んでいくのが見えた。SSRレベルに珍しい表情だ。


 パチンコの残弾がなくなり精も根も金も尽き果てたオヤジのような顔をした彩香さんが、紙屑になった馬券を握りしめるオヤジのような声を喉の奥から出した。


「っ……、もう一回ッ!」

「いいよぉ~? 出来るかなぁ?」


 ここぞとばかりに煽っていくのが僕だ。ガキとでもお子ちゃまとでも、好きに言いやがれ。

 何回も連続で輪ゴムを回す。そのたびに彩香さんは悔しそうな顔をした。

 そろそろ可哀想なので、教えることにする。


 なぜか僕の周りに散らばっている輪ゴムを一つ取って、彩香さんに渡す。埃まみれでもないし、彩香さんは潔癖症じゃないから大丈夫……なはず。

 彩香さんは一瞬顔をしかめてから受け取った。

 潔癖性なのかな? まぁ、技を伝授してやるのに道具を選ぶ素人は上達しない。おとなしく受け取るが良い。


 偉そうにココロの中で言うと、彩香さんが呆れた目をした。


「親指と中指に輪ゴムを掛けて? できる?」

「こう?」

「そうそう。それで人差し指をわっかにこう通して……」

「こう?」

「違う違う。こっちから、こっち」

「分からない」


 彩香さんの横に回り、彩香さんの右手に手を添える。

 彩香さんのしなやか人差し指を掴んで、動かす。今日の彩香さんの手はヒンヤリとしていて、とても気持ちよかった。

 ドキドキと鼓動を速めながら、手順を教えていく。


「ここで、親指を輪ゴムに引っかけて……中指を抜く」

「っ……出来ない……」

「最初はね。何回もやってる内に出来るよ」


 出来なくて悲しんでる彩香さんの顔が、子供っぽくて可愛かった。

 彩香さんは輪ゴムに集中しているので、ココロは読まれてないだろう。そう考えて、いつもは厳重に閉じ込めてある彩香さんへの感情をちょっとだけ吐き出す。


 可愛いとか愛しいとかヤンデレとかちょっと監禁されてみたいとかイジメられてみた——っ、違う違う。イジメたいとか……。

 胸の中で言葉を転がしていると、彩香さんが口を開いた。慌てて感情をかき消して、感情の蓋を閉める。


 彩香さんの表情は見えないけど、態度からココロは読まれていないと判断した。

 彩香さんは僕に確認しながら手順を進める。


「ここでこう?」

「そうそう、そこで一旦親指を抜いて、親指で引っかけて……」


 数分ぐらい教えると、彩香さんは1人で頑張るようになった。席に戻って、正面から彩香さんを眺める。

 何回かの失敗のあと、勢いが弱いながらも、成功する。


「できたっ!」


 顔をバッと上げて僕を見て、嬉しそうに人差し指に掛かる輪ゴムを見せつけてくる。

 無邪気にはにかむ彩香さんは拙いながら僕に見せつけるように指を動かし、人差し指を軸にクルクルと輪ゴムを回した。


「おめでと。それを何回もやってる内に眠ってても出来るようになるよ」

「うん、ありがと柚っ」

「う、うん……」


 嬉しそうに笑う彩香さんにドキドキしていると……頬にペシッとなにかが当たった。見ると、輪ゴムだった。

 先ほどからの輪ゴムは、これが原因だったらしい。


「あっ、ごめん! 輪ゴム鉄砲してた! えと~……うん、ごめんな! 気をつける!」


 教室の奥からにそう言われて、僕は頷いた。

 頷きながら『おい、名前呼びかけて知らないからって誤魔化すんじゃねぇよ』と小さく呟いた。

 ブーメラン、という彩香さんの呟きは無視する。








【おまけ】練習をしながら横に立つ柚のココロを読む彩香


 ……ゆ、柚!? わ、私が可愛いって……。照れる……ばか。

 監禁されたい……? じゃあ、考えとかなきゃ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る