第22話 お喋り好きの美少女は、僕に頭を拭かれたい




「ねぇ柚」

「なに?」

「問題、今日の授業は何?」

「え~っと……」


 朝礼前。

 彩香さんにそう聞かれて、壁に貼られているであろう時間割表を探す。と、後ろから彩香さんの匂いが漂ってきて、視界が塞がった。

 ひんやりと心地よい冷たい手、すべすべで柔らかい手……彩香さんの手ッ!?


「目隠し。ずるはダメ」

「ずるはダメじゃないよっ、な、なにこれっ」

「目隠し。ずるはダメ。10,9,8,7……」


 彩香さんは同じことを繰り返して、カウントダウンを始めた。

 きっと0までに答えなきゃダメってことだろう。――何でダメなのかよく分かんないけど。

 まっくらな視界の中、時間割表を思い出す。


「一限から順に英語,体育,理科,数学,社会,国語!」

「ぶぶー、英語R,女子水泳,化学実験,数学B,世界史,古典、が正解」

「科目の分類的にはあってるじゃん!」

「でも間違い」


 そう言って、僕の目を隠していた手をどける。

 なんとなくお喋りが続きそうだったので、彩香さんの方に体を向けた。でもどうやらお喋りを続ける気は無かったようだ。


 ちょうど彩香さんは退屈そうにあくびを噛み殺しているところだった。僕と目が合って、慌てて口に手をそえて口元を隠す。

 あくびが終わると『なんでもないふう』を装って窓の外に顔を逃がし、だけどチラチラとこちらを見た。


 あくまでも無言で彩香さんを観察していると、根負けしたのかむにょむにょと口を動かしてから喋りだす。


「な、なに?」

「あくび、隠すんだなぁって」

「はしたない……訳じゃないけどマナーだから」

「へぇ。別にムリして隠さなくていいけど? 僕は別にマナーとか気にしないし」


 そう言うと、彩香さんは伏し目になった。耳が赤い。

 そして、ぽつりと言う。


「大事な人の前ではマナーは守りたい」

「ッ――そ、そう。そりゃどうも」


 一瞬、『大事な人』に恋愛的な意味を期待した脳みそを叱り、当たり障りのない返答をする。

 そのとき、彩香さんの恨めしげな視線を感じた。

 恋愛的な意味で言ったの? 僕のことが好きなの? とココロで問うと、きつく睨まれた。心臓が痛めつけられる。


 このままだとヘンな空気が続きそうだったので、脳内に話題検索を掛ける。

 そして、出てきたワードをすぐに口に出した。


「退屈?」

「なんで?」

「あくびしたから」


 逡巡の後、彩香さんが思い出した顔つきをする。

 たった数秒前のことでそんな顔つきをされても困る。短期記憶大丈夫? 頭のHDD交換する?

 ココロに煽り文句を零すと、彩香さんに睨まれた。


「バカ」

「え? 照れる要素あった?」

「違う、普通にバカ。HDDハードディスクドライブは長期記憶装置。短期記憶はRAMランダムアクセスメモリのほう。

 へんなところでカッコつけて失敗するとかダサ」

「っ——!」


 『知ったか』したことに気づき、恥ずかしくなって何も言い返せなくなる。そんな僕を見て彩香さんはふっと笑うと話を戻した。


「話題が途切れて退屈になっただけ」

「ん? どゆこと?」

「……だから……柚と喋ってるから今は退屈じゃない」


 恥ずかしくて、目を伏せてしまう。でも、彩香さんは容赦してくれなかった。

 甘い声で彩香さんは言う。


「私は、柚とお喋りするのが好き」


 恥ずかしくて口をつぐむ。それから朝礼までずっと無言で会話は無かったのに、彩香さんは全然退屈そうじゃなかった。

 むしろ、彩香さんは頬杖を突いて楽しげに僕を見つめていた。

 おちおち目も上げられやしない。

 彩香さんを盗み見しようとして目があったときには……恥ずかしさで爆死だ。



 *



「柚、髪の毛濡れた」

「……うぉう」

「この前、柚の髪の毛を拭いてあげたの誰だったっけ?」

「……うぉぅ」


 二限終わり。

 さっきの水泳の授業でしっぽりぬっぽりそっぽりと髪の毛を濡らした彩香さん。

 ちなみに男子は座学で性教育だった。ついさっきまで無言で授業を受けつつ、内心エロいことしか考えてなかった。


 彩香さんは僕の机に腕を重ね、その上に顎を置いて僕を見上げてくる。


 最近の彩香さんのポーズが僕の好きなポーズに似ている。

 つまり、ヤヴァイ。

 すると彩香さんが可愛く首をかしげた。

 うん、結構ときめく。


「へぇ、こういうポーズが好みなんだ。分かった」

「っ――! こ、ココロを読んだな!?」

「いつものこと。それで? 拭いて?」


 一瞬のフリーズ。


 Now Rebooting...Loading...


 ……オーケー、状況は把握した。

 僕は無精者かつ変態。拒否するという行為事態に面倒に感じ、更に彩香さんの髪の毛を合法的に触れるということに興奮を覚える故に僕は彩香さんの髪の毛を――


「顔赤いから無駄。柚ってウブ?」


 ココロを読んだ彩香さんが純粋な顔でそういった。

 ……彩香さんの言うとおり、先の面倒や興奮がココロの中に存在はするけど、ココロの大半は羞恥で埋め尽くされていた。

 恥ずかしさで頭が一杯になって、頷くことしか出来ない。


 ウブです。去年の今頃とかは女子とおしゃべりするだけでドキドキするウブでした。

 そうココロの中で付け足したけど無視された。


「じゃ、よろしく柚」


 僕の頷きを勘違いしたのか、彩香さんは僕の机の上に寝そべって僕に頭を突き出した。

 グチャグチャになった思考は、物事を単純化して理解しようとする。だけど、グチャグチャな思考が多すぎると、単純化されすぎると――こうなる。


「分かった」


 彩香さんの肩に掛かったタオルを取り上げ、濡れた髪の毛に被せる。前に拭いてもらった時の感覚を思い出しつつマッサージする。


「うぅ……ふぁぁ……」

「気持ちいい?」

「うん、気持ちいぃ……」


 彩香さんが背を伸ばし、猫みたいにあくびをした。

 頭頂部の少し横が気持ちいようだ。水気は完全に取れてるけど、もう少し指圧を続けた。


 前髪や横の髪の毛の水気を取った後は、後ろの髪。立ち上がって彩香さんの後ろに回る。

 そこまで長くはないけど、僕に比べたらとても長い髪の毛。艶やかでしっとりしている。


 髪の毛をタオルで包んで、『柔らかく』を意識して拭く。

 必然なのか、僕が下手なのか、拭いたあとの髪の毛が絡まってしまうので手ぐしで梳かす。

 しっとりした髪の毛はとても気持ちがよかった。


「はい。拭けたよ」

「……ありがと」

「うん。ちゃんと拭けてる? 自信ないけど」


 言いつつ、立ち上がって教室を見渡すと……誰もいなかった。


「あへ?」


 口から間抜けな声が漏れる。

 だけど、机に突っ伏したまま小刻みに震えている彩香さんは気付いていないのか、深呼吸を始めた。


 教室の雑音が消えていることに気付かなかった僕は、一体どれぐらい自分の世界にのめり込んでいたのだろう。

 そんな文学的なことを考えて焦る脳みそを落ち着かせ、授業時間割に目をやる。


「柚」


 目をやりかけたとき、呼ばれて、彩香さんの方を見た。

 彩香さんはそのままの姿勢で言った。


「柚、私たち、二人っきりだね」

「っ――! このッ策士めッ!」

「次の授業、化学の実験だよ?」


 彩香さんはタオルを首に掛けたまま立ち上がって、小脇に隠し抱えていた化学の教科書を僕に見せつけた。

 同時、チャイムが鳴った。


「柚、これで実験ペアは私以外に組む相手いないね」


 別にそんなことしなくても彩香さんとペア組む気だったけど……とは返せなかった。

 だって、明るく振る舞う彩香さんが少し頬を赤く染めていたから。








【おまけ】髪を拭かれる彩香


 ゆ、柚のテク……すごい……気持ちいぃ……。ビクッ……はぁぁぁ……。

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