第21話 こずるい金欠美少女は、僕とイヤホンで繋がれない




「柚、チェッカー、しない?」

「……そこオセロじゃないんだ。まぁいいけど」


 昼休み、お弁当を食べ終わった後。

 いつもは鞄から本を取り出す彩香さんだけど、今日は違った。


 タブレットを取り出したのだ。

 それも数年前に発売された、ただボードゲームしかできないタブレット。災害時の緊急避難先での暇つぶしにと開発されたらしく、一回の充電で一年持つ……らしい。

 CMを見てて買うバカが――バカとか言っちゃいけない、買う人がいるのか、と思っていたけど、目の前にいた。びっくり仰天だ。


 ちなみに『校内に学業および部活動に関係の無い電子機器の持ち込みは禁止』されている。生徒手帳の十三番目の素数ページ(P41)に書かれてあった。

 見つかったらすぐ没収だ。そこのところ、どう考えているのか教えていただきたい。


 ココロの中でそう問うと、彩香さんは悪賢そうな笑みを浮かべた。小悪魔な笑みはよく見るが、悪ガキの顔は珍しい表情なので目に焼き付けておく。


 彩香さんは張りの少ない胸ポケットから自慢げに紙を取り出した。——幸い、この瞬間はココロを読まれていなかった。


「ボードゲーム部、入部届」

「っ――にゅ、入部するんだ。へ、へ~」

「バカ、柚と一緒に帰る」


 少し悲しくなって、声が震える。頭の片隅ではボードゲーム部ってどこにあるんだろ、と考え始めていた。


 だけど彩香さんが少し照れくさそうにそういった。

 そこで彩香さんの策が読めるてくる。

 もしこのタブレットが教師に見つかったらボードゲーム部の入部届を見せて、今日入部しようと思って持ってきている、と言い訳するのか。

 僕のココロを読んだ彩香さんは頷いた。


「そう、そういうこと」

「なるほどね。じゃあチェッカーだっけ? やろっか」


 ルールを知らないわけじゃない。というかこの前のGWの旅行の時にフライト中にやった。ほら、あの座席の裏についてるモニターのゲーム。

 そのあとでゲーム酔いしてゲロ袋に胃液をぶちまけたのはまた別の話。


「よくこんなの家にあったね」


 ゲームを始めつつ聞く。

 数秒の沈黙のあと、彩香さんが小さく言った。


「……買った」

「え?」

「柚とボードゲームしたくて買った。この前鶏からクン奢ってもらったの、実はハワイ旅行じゃなくてコレのせい。

 ほら、お小遣いの危機っていったやつ」


 ちなみに、鶏からクンはもう二週間前の話である。

 彩香さんは目線をタブレットに逃がし、素早いタップで駒を動かす。


「なんで今日まで言ってくれたなかったの?」

「ネットで買ったから届いたのは一週間前。バッテリーがすごくあるせいで充電に一日。初期設定とかに一日。そこで休日に入って……持ってくるの忘れたりしただけ」

「あぁなるほど。ありがとね、彩香さん」

「え?」


 彩香さんは顔を上げて首をかしげた。

 時々思う、彩香さんは自分のしたことに鈍感だったりする。


「買ってくれてって話。あと僕とこうやって遊ぼうって思ってくれてって話。結構高かったでしょ?

 欲しいものあったら言って。大盤振る舞いはできないけど、できることはするよ」

「……どうも」


 無愛想にそう答えた彩香さんだけど、目の下が赤いのを見るとどうやら照れているようだ。

 そこをからかうと僕の前で二度と僕の前で照れてくれなさそうだから、黙っておいた。


 ちなみに、チェッカーは僕の大敗だ。

 彩香さんがトイレに立った時にこっそりゲーム履歴をみると、NPC戦の記録が3桁を超えていた。

 コソ練野郎め、とつぶやいた。



 *



「柚ってなんで超能力でびっくりしないの?」

「ん?」


 雨降りの下校中。といってもパラパラ降ってるだけだった。

 彩香さんは傘を差すのを億劫がって、彩香さん曰く撥水効果の高いジャンパーのフードを被る。

 これが美少女ラッパーみたいで意外と似合っていた。


 僕も傘を差すのが面倒で、リュックサックと背中の間に傘をはさみ込んで歩くことにした。意外とコレが安定する。流石登山用のリュックサックだ。

 周りからの視線がちょっと辛かったりした。


「超能力。教えたとき全然私のこと……怖がらなかった」

「ん~」


 言われて、二ヶ月前までの記憶をたどる。

 確かに超能力の話を聞いて、僕が騒いだ記憶は無かった。

 騒いでいたら彩香さんとは仲良くなれてなかっただろうけど。


「僕が騒いでもみんな信じないでしょ? それに騒ぐほどのことでもないし」

「違う、私を避けなかった理由」

「……超能力マニア、って答えじゃダメ?」

「真面目に答えて」


 答えるのが面倒なので逃げてみたけど、彩香さんは許してくれなさそうだ。

 彩香さんをジト目で睨むと、無精と言い返してきた。


 ため息を一つ吐いて、言葉を探り探り、話していく。


「超能力が怖がられるのって絶大な力を持ってるからじゃん? ……絶大な力ってなんか言い方キモいな……まぁいいか。でしょ?」

「……まぁ、そうかも」

「でもさ、ボクシングの金メダリストだって絶大な力を持ってるし。アメリカの核ミサイルの発射権限持ってる人だって絶大な力を持ってる。正確には発射ボタンを押すことができる人、だけど。後者なんてそれこそ人類史上最強の人間だね。

 彩香さんその人たち怖い?」

「……自分と敵対してなければ、別に」

「そういうこと。僕と彩香さんは敵対関係にない。故に僕は彩香さんが怖くない。

 理解? 喋るの疲れたんだけど」


 これだけの単語量を短時間で喋るのは久しぶりだ。英語のスピーキングテスト並みに疲れた気がする。

 ――とココロで呟きつつ、実は気恥ずかしくて冷たい言葉で無理やり話を終わらせただけた。

 彩香さんは言葉をかみ砕くように頷いてリズムを取り、そのあとで小さく言った。


「……不思議」

「そうでもないと思うけど。

 それに、彩香さんは僕が騒がないって信じて超能力の話を打ち明けてくれたんでしょ? 裏切るわけにはいかないよ。仲良くなりたいんだし尚更」


 言いつつ、痒くなった頬を掻く。ちょっと照れくさい。

 彩香さんはフードを深くかぶって、顔を隠して言った。


「柚ってずるい」

「どこが?」

「天然でそういうこと言うところ」

「そういうって?」

「教えない」


 ふいっと顔を背けた彩香さん。いつもなら耳の色で照れてるのか分かるけど、今日はフードのせいで分からなかった。

 少し、彩香さんの歩調が速くなった。



 *



 朝。登校時。

 席に座って電車の発車を待っていると、隣に誰かが座った。他にも席は空いているのに、だ。


「おはよ、柚」


 音楽に混じってそんな声が聞こえる。隣を見ると、彩香さんがいた。サングラスを外して耳部分のスイッチを切る。


「おはよ。彩香さんはいつもこの時間帯?」

「そう。今日は柚、遅めだね」

「うん、ちょっと寝坊した。いつもはこれより1,2本速い電車」


 それを聞いてふぅん、と興味なさそうに頷いた彩香さんが僕のサングラスを指差した。


「それなに?」

「音楽聞くヤツ。サングラス型のイヤホンでさ、装着が結構便利で気に入ってるんだ」


 実は、高校入学祝いに買ってもらったもの。

 体育の授業とかはこれで音楽を聴いて暇つぶししようと目論んでいたのだ。

 まぁ、学校生活の大半が彩香さんと一緒にいるから学校では一切使ったことがないけど。


 彩香さんが僕のサングラスに興味を寄せて、ついでに体も寄せてきた。彩香さんの匂いが濃くなる。


「へぇ、これブルートゥースで繋いでる?」

「うん、本体はポケットのプレイヤー。彩香さんつけてみる?」


 するとこくりと彩香さんは頷いた。

 流石現代っ子と褒めるべきか、彩香さんは使い方を教しえなくても音楽を再生した。そのうち電車が出発する。


 約十数秒間、音楽を聞いた後、彩香さんはサングラスを片耳だけ外して言った。


「柚と一緒に聞きたい」


 言われて、いいよと頷きかけて首をかしげた。

 どうやって? と聞く前に彩香さんがサングラスを取り、僕の耳に耳掛けの部分を押し当ててくる。

 そして彩香さんも反対側の耳掛けの部分を耳に押し当てた。

 つまるところ、僕と彩香さんの間はサングラス1個分の距離。耳掛けの部分を支える手を入れると数センチだ。


 頭の中に浮かんだのは、イヤホンで繋がっている少年少女。イヤホンを共有してドキドキする青春ラブコメ。

 似てるようで全然似てない。今の自分を客観的に想像すると、かなり間抜けな絵が浮かんだ。


 それでも、サングラスを支える指が触れあうとドキリとする。電車に揺られて体が密着すると、ドキドキは最高潮まで達して、息苦しくなった。

 横をみると、彩香さんの顔が真っ赤に染まっていた。


 無理して僕を恥ずかしがらせようとしていたのか、はたまた僕と密着したかったのか……ココロの中でこぼすと、どっちもって声が掻き鳴らされたベースの後ろで聞こえた気がした。








【おまけ】乗る電車を聞き出した彩香。


 ふぅん……普段はもう一本早い電車か……。明日から早めに家を出よっと。ぐへへへ、柚とも

っとお喋りできる。

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