第20話 ペンを挟む美少女は、僕にパプリカを食べさせない
朝。
教室入ると、すでに彩香さんがいた。
窓の外を見ているので顔は見えない。今日は彩香さんの方が早かったか……と、謎の敗北を感じつつ彩香さんに向かって手を上げる。
「おはよ」
彩香さんは振り返って、器用に喋った。
頬杖を突き、上唇と鼻でペンを挟んだ状態で。
「おはよ、柚」
「ぶっ――」
一瞬にしてこみ上げてきた笑いが、口で渋滞して吹き出してしまう。そんな僕を見て、彩香さんは首をかしげた。
その動作が可笑しくて、更に笑ってしまう。
「くくくっ……なっ、なんでそんなことしてるのっ!? あはははっ!」
お腹が痛くなって、教卓に手をついて息を整える。
彩香さんは首を傾げたまま数秒、僕のココロを読んだのか、ぽろっとペンを落として、僕をジト目で睨んだ。
こみ上げる笑いをそのままに、机の横のフックにリュックを掛けて、彩香さんの前に座る。
ちょっと息切れして苦しい。彩香さんのあの顔を思い出して、再び笑いがこみ上げてきた。瞬間、首根っこを掴まれる。危機感に笑いが止まる。
そのくせ、後ろから耳に掛かる彩香さんの息に、相変わらずドキリとした。
彩香さんが出す低い声は、かなりイケボだった。
「見た?」
「み、見てないわけがないよ……」
「忘れて」
「え、ヤダ」
自分が置かれている状況を鑑みず、僕は即答した。
忘れるもんか。あんな彩香さんのお茶目な顔。彩香さんもあんなことするんだ~って思ったら忘れられるわけがない。
彩香さんは言い淀んだ後、微妙に張りの欠ける声を出した。
「ゆず? わたしがほんきでにらめば、ゆずはしぬけど?」
「や、やれるもんならどうぞ。僕のこと、こ、殺せる?」
僕の声が震えているのは彩香さんが怖いからじゃない。むしろ、こみ上げてきた笑いを抑えようとしているからだ。
変顔を見られたごときでムキになる彩香さんが悪い。
確かにおちょぼ口になってて不細工だったけど、あれこそブサカワだ。
数秒の沈黙のあと、彩香さんはぽつりと言った。
「……私だけ不公平」
「え?」
「いいから、柚もやって!」
聞き返すと、いきなり語気が強くなって返ってくる。
「いやっ、そっちに話が進む!?」
「じゃあっ……他にドコに行くって言うわけ?」
大きな声を上げかけた彩香さんは口をつぐみ、一転して淡々とそう言った。言いながら僕の体を180度反転させようと僕の肩を掴む。
抵抗するだけ痛い思いをしそうだったので、押されるががまま彩香さんに向き直った。彩香さんは僕に無理矢理頬杖を突かせ、顔の傾きまで細かく微調整してくる。
納得がいくポーズになったのか、彩香さんは大きく頷いて、机のペンを僕に突き出した。
「で、これ、挟んで」
彩香さんが渡してきた紫色のペンを渋りながらも、鼻と唇で挟む。同時、彩香さんがお腹を抱えて笑い出したが、無視だ無視。
この変顔の何が面白いんだ、とココロに愚痴っていると、ふと気がついた。
このペンはさっき彩香さんが唇と鼻で挟んでいたものだ。ってことはコレって間接キス……か、間接キス!? いや、正確には間接
彩香さんは僕ココロを読んでないのか、なんの反応もしない。
バカみたいなことでドキドキしはじめた心臓を落ち着かせるため、ココロでリズムを刻もうとする。
うぁぁぁ! 変な間接キスでドキドキしてる僕ってすごい恥ずかしいぃぃぃ!
と、そんな僕の思考を、無機質なシャッター音が切った。
目を上げると、彩香さんがスマホを構えていた。
「ッ――! な、何やってる!?」
「何って、撮影?」
彩香さんは悪びれず小首をかしげて更にもう一枚。そして、ぺろっとわざとらしく舌を出した。
スマホを奪おうとペンを捨てて机に膝を乗せ、彩香さんに飛びかかる……けど、ひょいと彩香さんはスマホを僕から遠ざけ、僕を睨んだ。
心臓が痛めつけられて、体の力が抜ける。
そのまま彩香さんにしなだれかかってしまう。
あやされるようなリズムで、背中に彩香さんの手を感じた。
不本意だけど落ち着いてしまう僕がいる。
そこでもう一度、無機質なシャッター音がした。
圧倒的、理不尽の極みだった。
*
「いただきま~…………す……」
「いただきます。柚、どうしたの?」
昼休み。
お弁当の蓋を開けて、僕は固まった。
お弁当の右端に居座る、赤や黄色やオレンジの——
思わず、口から歌が漏れ出た。
「曲がり、くねり、はしゃいだ道~」
「パプリカがどうかした?」
「い、いや……なんでもない」
首を振って、彩香さんに嘘を吐く。
僕はパプリカが苦手だ。
ハッキリとココロの中で申し上げた後、気がついた。彩香さんはココロが読めるんだった。
実際、読んでいたんだろう。彩香さんは首をかしげて聞いた。
「苦手? パプリカ」
「ぐっ……に、苦手……」
「そっか。ホントにムリだったら残してもいいから」
「……いや、食べるよ」
作ってもらったのに、美味しそうに食べられないどころか、おなかいっぱいでもないのに残すのは申し訳ない。
それに……好きな人に作ってもらったお弁当、残してたまるもんか。炭焦げ料理と昆虫食以外なら全部食べてやる。
ちなみに炭焦げ料理を作ったヒロインは、その時点で弁当箱に詰めるべきでないと思うのだが、そこのところ彼女達の倫理観はどうなっているのだろうか。あと味見をしないヒロインも退場願いたい。
目をつむってパプリカを口に放り込み、水で流し込んだ。
舌に残るパプリカ特有の味を更に唾液で流して目を開ける。
と、彩香さんは僕を見て目を丸くしていた。ぽとり、と彩香さんのお箸からパプリカが滑り落ちる。そのままお弁当箱の中に引き返していった。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
彩香さんは頬を朱色に染め、お箸を持った手で口元を隠し、かぶりを振った。何故かその日は僕が話しかけるたびに彩香さんが顔を赤くした。
「好きな人の料理……ね」
彩香さんが何かを呟いた気がしたが、空耳だろう。
そしてその翌日の昼休み、お弁当を食べ終わった後のことである。ここからが本題だ。
「柚、ピーマンは好き?」
「ピーマンは好きだよ? 苦手なモノはパプリカとパセリぐらいだから」
「そう。よかった」
言いつつ、彩香さんが取り出したのは……赤と緑と黄色とオレンジのスティックと言えるほど堅そうではない細長のナニかが入った、プラスチックのカップ。
一瞬の思考のあと、答えにたどり着いた。
「ぱ、パプリカとピーマン!?」
「そう。じゃあ柚、目、つむって?」
「えぇ……。水、置いといていい?」
「だめ。必ず10回咀嚼すること」
渋々水筒を片付け、容器に手を伸ばす。と、彩香さんは首をかしげた。首をかしげた彩香さんに、僕も首をかしげる。
先に口を開いたのは彩香さんだった。
「私が食べさせてあげるから。柚は口、開いてて」
「っ!?」
「はい。目、つむって」
彩香さんは気付いていないのか、淡々とそういった。
僕だけドキドキしてるのは不公平だと思いつつ、目を閉じて口を開く。視覚が消えたせいか、彩香さんの衣擦れの音や、息づかいがいつもより大きく聞こえた。
口に差し込まれた少し冷たい野菜スティックをポリポリと噛む。ピーマン、とすぐに分かる。ピーマン特有の苦味……所謂『ビールに合う』苦味が美味しかった。
そんなコトを考えて、彩香さんにあ~んされているという事実を忘れようと努力する。
けど……。
「ねぇ柚」
「な、なに?」
目をつむっていても、彩香さんが僕の顔の前にいるのが感じられた。だって、彩香さんの息が顔にかかっているから。
今日のお弁当にレモンはなかったのに、レモンの爽やかな匂いがした。
彩香さんが僕の耳元でささやく。声が直接に脳を震わせた。
脳内に音量マックスで例の曲を流した。でも、無意味だった。
「これ、あ~ん、ってやってるみたい」
「っ……」
同時、唇に押しつけられたスティックを無言で囓り、飲み込む。彩香さんは僕から離れず、続けた。
「あ~ん……」
そして口に突っ込まれる三本目のスティック。そろそろパプリカだろう。うん、パプリカ特有のヘンな味がする。パプリカの味って彩香さんの手の味かな?
別のことを考えようとしても、文脈や脈絡を完全に無視して、全てが彩香さんに回帰した。ココロを読まれやしないかドキドキした。いや、すでに読まれているのかもしれない。
数分後。
「これ、最後」
彩香さんは完全にふざけていた。
僕の唇に野菜を当てつつ、言う。
「あ~……んっ♡」
正直、ドン引きだ。
甘々な声でやってる彩香さんにも、この彩香さんの声にドギマギして、興奮している自分にも。
パプリカは甘ったるかった。
とてもじゃないけど、甘すぎてパプリカとは思えなかった。
PS:彩香、初のツーショット。写真はきっとブレブレ。
ハートとお星様をぽちぽちっとおねがいします!
コメントは彩香が責任を持って返信させていただきます。
【おまけ】種明かしでカミカミの彩香
「これ全部パプリカだから。
赤パプリカ黄パプリカオレンジパプリカみどっ……みどりゅ……みど、みどぃパプリカっ! 緑パプリカっ!」
「……かわいい……ボソッ」
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