第19話 傘を差さない美少女は、僕の腕で昼寝する




「柚、傘差したくない」

「はい?」


 雨降り。下校。

 彩香さんは目の前の土砂降りを見て、そう言った。傘を開き掛けた指が固まる。

 そうは言っても、傘を差すか、レインコートを着るかタクシーでも呼ぶかしないと濡れることは確定だ。それとも濡れたいのかな?


「面倒くさい。どうせ濡れるし。傘差してると平安京にタイムスリップした気になる……」


 言わんとすることはわからんでもない。

 人様が月に行くって時代なのに、傘は平安時代からちっとも進化してやいない。畳みやすいだとか、撥水性完璧だとか、毛が生えたような進歩しかない。

 結局足下は濡れる。


 しかし、だからといって——


「原始時代にタイムスリップするのもどうかと思うけど?」

「巫女は雨の中でも踊る」

「おぉ、弥生時代に文明が進んだね」


 言いつつ、僕に続いて彩香さんも結局傘を差し、土砂降りの雨の中に足を進める。

 僕の傘に入り込むのかと予想していたので、ほっとしたような、でもどこか悲しいような……。


 傘を差している分、距離が出来てしまうので会話が弾まない。土砂降りの雨で音がかき消されたりして、会話が成り立たない。そして沈黙が生まれてしまう。

 そんなことで悶々としていると、彩香さんが僕の横にすっ、と並んで傘をたたんだ。


 とても自然すぎて、10歩あるくまで違和感に気づけなかった。

 気づいて、立ち止まって、彩香さんを見て、彩香さんの腕に掛かってる傘を見て、目を見開いた。

 狭い歩道に立ち止まると迷惑なのでぎこちなくも足を出しながら小声で叫ぶ。


「何やってんの!? 相合い傘とかやめてよマジで! 恥ずかしくないの!?」

「……それ以上にお喋りしたい」


 ちょっと目を逸らして、赤い耳を僕に見せながらそういう。

 かわいすぎでしょというツッコミをギリギリで飲み込んで、地面の規則的なタイル模様のことを考えて本心を隠す。

 彩香さんはココロを読んでるのか読んでいないのか、言葉をヤケに区切りつつ、聞いてきた。


「柚の傘、大きいし。ダメ? 柚はお喋りするの、イヤ?」

「っ――い、いやじゃない」

「じゃあ、隣にいてもいい?」

「う、うん……」


 ホントは違う。うん、なんて同意をしたいんじゃない。

 僕もお喋りしたかった、とかそういうことを言いたい。彩香さんを恥ずかしがらせるためではなく、それが僕の本心だから。

 だけど恥ずかしくて、言えない。


 彩香さんは、そんな僕のココロの声に応えた。

 そう、彩香さんはココロが読めるんだった。


「言えなくても聞こえてる。ちゃんと、私には届いてるから」


 彩香さんは胸に手をそえて、少し赤面しながらそう言った。

 言われて、顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。

 ドキドキと心臓が高鳴りだして、傘をもつ手が震え出す。


「柚の言えないこと、全部私には分かるから」


 彩香さんはそう続けて、そっと傘を持つ僕の手に、手を添えた。

 そして小首をかしげ、聞いてくる。


「寒い?」


 僕の手が震えていたからだろうか。ドキドキのせいで何も返せないでいると彩香さんが僕の手を包む。

 小さくてきめ細やかでなめらかな手が、僕の手を温める。

 うわずってかすれた声しか出せなかった。


「あ、ありがとう……」

「私は傘に入れてもらってる人。柚は入れてくれてる人」


 そう言って、にっこりとはにかんだ彩香さん。

 だから当然のことだ、とでも言いたいのだろうか。

 でも……この世の中に、傘を持つ人間の手は冷えやすいことを知っていて、気付いて、何とかしようとしてくれる人間など、いるのだろうか。


 それはともかく、ずっと駅に着かなきゃいいのに、と思いつつ、見えてきた駅舎を睨んだ。



 *



「柚、眠い」

「はぁ、そうですか」


 昼休み。

 お弁当を食べ終わった後、彩香さんが唐突にそういった。

 僕の返答をなにに勘違いしたのか、彩香さんは続ける。


「枕、欲しい」

「……ジャンパーを脱げと?」

「高さが足りない」

「小学生が使う筆箱は持ってないよ?」


 冗談でジャンパーを枕にする案を出したのに、彩香さんは真面目に批評した。高さに文句を言われたので、こっちも真面目に考えて、小学生が使う四角い筆箱を思い返す。

 あの筆箱をジャンパーで包むとちょうどいいんだよなぁ……。

 すると、彩香さんは突拍子もないことを言った。


「柚の腕がある」

「はぁ?」


 そして、なんやかんやありまして。


 彩香さんは僕からジャンパーを剥ぎ、丁寧にボディ部分を畳み、それをフードに入れ、枕を作成。

 その間に僕は突き合わせていた机を元に戻し、体を九十度右に回して廊下側に体を向け、彩香さんの机に右腕を伸ばす。

 彩香さんはその腕の上に僕のジャンパーの枕を設置して……。


「おやすみ柚」

「なぜ……?」

「お、や、す、み、柚ッ」


 僕が返事をしないことに怒ったのか、彩香さんが言葉を強く区切って言う。戸惑いながら返した。


「お、おやすみ……」

「んん……」


 なぜか、僕は腕枕をすることになっていた。

 彩香さんは不満げに僕の腕にしがみつき、頬を僕のジャンパーにすり当てて、目をつむる。

 Yシャツが半袖なだけに、僕の腕を掴む彩香さんの手がしっかりと感じられ、ヘンな気分になる。

 ジャンパー越しに感じられる彩香さんの頭の重みにドキドキした。


「んん……」


 寝心地が悪いのか、不満げな声を漏らして僕の腕に顔を更に擦り付ける。彩香さんは僕の手に手を添えてようやく落ち着いたのか、健やかな寝息を立て始めた。

 ジャンパー越しの寝息は少しくすぐったい。


 窓から吹き抜けてきた風が彩香さんの髪の毛にいたずらをして去っていく。

 少し乱れて目にかかった前髪を見て、彩香さんの紙に手を伸ばしかける。

 瞬間。


「柚……」


 名前を呼ばれて、手が硬直した。

 でも、ジャンパー越しに感じる暖かい寝息は途切れていないので今のはただの寝言なんだろう。

 夢に自分が出てくるということにいちいちドキドキした。


 数秒の確認を取ってから腕を再び伸ばし、彩香さんの乱れた髪の毛を整える。さらさらしていて、いい匂いがした。

 陽に暖められた髪の毛は暖かくて、ココロが満たされるような気がする。


 人は、信用していない相手の前で寝ない。逆に言えば、信用した相手の前では寝る。

 ふと、言葉が口をついて出てきた。


「彩香さん、ありがとう」


 僕のことを信用してくれて、と続けるのは、独り言でも恥ずかしかった。

 ぎゅっ、と僕の腕が抱きしめられた。

 風が再び彩香さんの髪の毛をなぜた。


 彩香さんが起きたときに、腕がしびれて授業を受けられなかったのはまた別の話だ。









【おまけ1】寝る前の彩香


 おやすみの後に名前読んだらそっちも名前もつけて返すのが常識なのにっ。呼んで欲しいのにっ。



【おまけ2】昼寝中(ガチ寝)の彩香


 わぁ……このおふとん柚の匂いがする……。

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