第16話 ねだり上手の美少女は、僕と勉強会が開けない




「それで――」


 下校中。

 僕は話を続けかけて、やめる。

 左腕を見下ろすと、白くて細い指が遠慮がちに僕の袖をつまんでいた。くいくい、と袖を引っ張られて彩香さんに目を移す。

 動きが萌える、という感想は必死で飲み込んだ。


「柚」

「なに?」

「あれ、ほしい」


 彩香さんが指を差した方へ目を向ける。人差し指の延長線はコンビニの広告の垂れ幕をしっかりと捉えていた。

 せがむような顔の彩香さんに目を戻し、再び広告を見る。彩香さんのココロを理解する。

 若干の沈黙の後、聞いた。


「……奢れってこと?」

「……」


 バツが悪そうに目を伏せた彩香さん。それでも尚、彩香さんは垂れ幕を指差していた。

 その広告にはこう書いてある。

『辛さ10倍! 鶏からクンスペシャルレッド! 数量限定! なくなり次第終了!』

 もう一度、垂れ幕を見て続けた。


「鶏からクンのレギュラーは200円だよね? 辛さ10倍の分の値上がりを考えても300円は超えないはず。つまりそれほど高くない。

 ねぇ彩香さん、自分で買おうとは?」


 彩香さんはぽつりと返した。


「この前のハワイ旅行でたくさん使ったから。お小遣いが危機」

「……自業自得とまでは言わないけど自分のせいじゃない?」

「こんなキャンペーンやってるって知ってたら使わなかった」


 本気で悔しそうに唇をかんだ彩香さんが顔をあげる。恨めしそうに垂れ幕を睨むその動きが子供っぽくて可愛かった。

 まぁ、お弁当をいつももらってるし奢ってもいいか。と結論をつけて、その結論は隠して少し気になったことを聞く。


「超能力を使ってタダでゲットしようとは?」

「そういうのは絶対しない。超能力でも違法行為は違法行為」

「そっか。彩香さんらしいね。でも折角の超能力が勿体ない気もするなぁ」

「……だって柚の周りでしか――っ」


 そこで彩香さんは口を抑えて言葉を切り、目を白黒させた。

 僕の周りでしか……なんだろう。『僕の周りでしか超能力が発動できない』とかかな?

 推測が少々ナルシスト。という冷めた脳みその言葉に傷つきつつ、彩香さんの続きの言葉を待った。


 なが〜い沈黙の後、彩香さんが小さくいう。


「……今のナシ」

「えぇ〜ナシ?」

「ナシ。しつこく聞くようなら洗脳するから」

「さっき法律違反しないって言ったのは誰っ!?」

「超能力を使っても違法行為は違法行為だって言っただけ。だれも違法行為をしない、とは言ってない」


 ぐっ……。数秒前の記憶をたどってみると、確かに彩香さんの言ってることが正しい。(正しくない、短期記憶が皆無)

 洗脳して彩香さんが犯罪者になるのも困るので、追求しないことにした。それに、彩香さんになら洗脳されてもいいかな? とか考えてる自分の脳みそが怖いので。


 深呼吸を一つして、脱線した話を戻す。


「ふぅ……えと〜、なんの話だけ」

「鶏からクン……。だめ?」


 小首をかしげてもう一度おねだりしてくる彩香さん。

 あざといおねだりだったけど、可愛いので許す。


「いいよ。買ってあげる」

「ありがと。じゃあこれ、よろしく」


 破顔してそう言った彩香さんが僕に突きつけてきたのは——ポイントカードだった。イラストのタヌキは主人彩香さんと同じく憎めない笑みを浮かべていて、少し腹が立った。



 *



「あっがとーござっしぇー」


 てめぇはどこのエセ江戸っ子だ。いや、もはやエセですらない?

 レジのバイトのかったるそうな言葉を背に受けて、外に出る。


 戻ってきた僕を見て、彩香さんが餌を前にした猫のようにそわそわしはじめた。

 ポイントカードとレシートを先に渡し、ポケットに常備しているスーッとするアルコールティッシュを渡す。

 彩香さんは呆れた顔をして、渋々ティッシュを受け取った。


「ちなみにお値段は240円。綺麗だけど面白みのない数字だね」

「……マイブームまだ変わってなかったの?」

「いやぁ、なかなか見つけられなくてさ。見た数をルーンアルゴリズムにかけるのはおもしろそうだなぁって思ったけど……」

「それもドン引き。ねぇ、マイブームってヘンなことしか出来ないの?」


 彩香さんは呆れた顔で僕を見て、ティッシュをコンビニのゴミ箱に投げた。そして僕からレジ袋を奪って目を輝かせる。

 感情の変化が急激だなぁ。という感想は飲み込んだ。


「ありがと柚。いただきます」

「どういたしまして。召し上がれ」


 律儀に手を合わせた彩香さんは、爪楊枝で刺した鶏からクンを口に放り込み、頬に手をあてがって、幸せそうに目を細めた。

 なるほど、自分のモノで人が喜ぶのを見ると嬉しくなる。

 彩香さんが僕とお弁当を食べたがる意味が分かった気がした。


「んん……おいしぃ……はぁ……」


 これまた幸せそうなため息を吐いた彩香さんは、ゆっくりと咀嚼しながら、ゆっくりと歩き始めた。

 歩幅と歩調を合わせて、僕もゆっくり歩く。


 辛さ10倍なんだけどなぁ、というつぶやきは、彩香さんには聞こえなかったみたいだ。

 食べ終わらないうちに駅舎についてしまう。ホームのベンチに隣り合わせで座って電車を待つ。

 食べるのが速くなった彩香さんを見て、言った。


「ゆっくり食べていいからね?」

「……いいの?」

「もちろん」


 同時、電車がホームに滑り込んできて、僕の言葉を遮る。

 彩香さんは慌ただしく僕と鶏からクンと電車を見比べた。

 動きが可愛くて笑みが漏れてしまう。そのうちに電車が人を吐き出し、吸い込み、ホームから出て行った。


「いいの……?」

「今の電車の管理番号、素数じゃなかったからね。不吉な気がしたんだ」


 可愛い彩香さんをもっと見ていたい、なんて本音は照れ臭くて言えないので、おどけてみせる。

 彩香さんはくすりと笑った。


 数分後、彩香さんが鶏からクンを返してきた。箱を覗くと、まだ2個残っている。

 首をかしげて彩香さんに目で問うと、彩香さんは何度か咀嚼して口の中の唐揚げを飲み込んだ後、もういい、と言った。

 お腹がいっぱい、じゃなくて『僕にもくれる』という意味かな? とアタリをつけて首を振る。もちろん横に。


「別にいいよ。彩香さんに買ったものだから。彩香さんもっと食べなよ。ほら」


 爪楊枝でとりからクンを刺し、彩香さんに突き出す。

 彩香さんは顔をしかめて躊躇して……結局、とりからクンに歯を立てた。爪楊枝を引き抜いてやると、彩香さんは器用に口の中にとりからクンを収める。

 少し、彩香さんの顔に赤味がかった。


 彩香さんが飲み込むのを待って、最後の一つを突き出す。すると彩香さんは、大きくかぶりを振った。


「一緒のもの、一緒に食べる方が美味しいから」


 いいつつ、彩香さんは僕の手首を素早くかつ優しく掴んでひねり、鶏からクンを僕の口に入れた。

 辛すぎて、赤い顔の彩香さんなんて見れるわけがなかった。



 *



「うぎょぉ……」

「柚? 大丈夫?」

「だいじょばなぁい……中間試験まで一週間じゃん」


 朝礼前。

 僕はスマホのカレンダーをスクロールして、項垂れていた。

 教室にやってきた彩香さんが鞄を机にかけた後、僕の前——正確には、僕の机に座った。


 つまり彩香さんの体が、彩香さんのお尻が目の前にある。

 見てるとシモな妄想が膨らんできた。目をそらすけど、目に焼きついたスカート越しのお尻のラインに、妄想は膨れ続ける。

 彩香さんは僕のココロを読んでのか、そのまま話を続けた。


「得意教科は?」

「なし。好きな分野だったら歴史と図形と整数問題かな?」

「……聞いた私がバカだった」

「彩香さんはカンニングし放題だからいいよね~」


 皮肉を込めてそう言い返すと、彩香さんは僕を見下ろしてキッと睨んできた。

 恐怖でちょっとだけ身がすくむ。


「私は超能力は不正に使わない」

「ごめんごめん。そんな怒んないでよ」

「信用されないのが一番イヤだから。やめて」


 結構な逆鱗なんですね。以後気をつけることにします。ごめんなさい。

 そうココロの中で謝ると、意外にも快く許してくれた。日頃の行いが素晴らしいからだろう。

 話が途切れかけたところを、彩香さんが繋ぐ。


「苦手教科とかあるの?」

「自学自習の暗記系全部。中学までは全部下ネタに直結させて覚えてたけど許容量に限界が来たんだよ……」

「……キモ」


 穢いものを見るかのような目で僕を見た彩香さんは、僕の机から体を下ろして僕の頭をはたく。

 叩かれつつ、さりげないボディタッチにドキリとした。


「マゾヒスト?」

「最近ツンデレ属性大きくない?」

「そもそもデレてないから。ねぇ柚」


 顔を上げて、彩香さんと目を合わせる……と、彩香さんは突然に僕に顔を寄せて、小さく言った。

 甘く、ぬくい声で。


「勉強デート、する?」

「しない」


 即答だ。

 彩香さんを前にして勉強に集中できるわけがない。それにからかわれるだろうし。そうココロの中で付け足と、彩香さんはふいっと顔を背けた。

 きっぱり断ったせいか、彩香さんは午前中ずっと不機嫌だった。









PS:柚のポケットは四次元ポケット並みにいろいろ入ってる。

 ハートコメントお星様にレビュー、宜しくお願いします!


※誤字報告、ありがとうございます(12/25)






【おまけ】柚が突き出す鶏からクンを食べる彩香さんのココロ


 あ、あ〜ん……。辛いのに……あまい……。

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