第17話 朝ちゅん後の美少女は、僕のためなら水着を着る




 時は過ぎ、試験最終日。


「うへぇ……全部終わったぁ……」


 机に寝そべり、ペンを転がす。じんじんと頭が熱かった。頭の中には、さっきまでの国語の試験の問題がぐるぐるしている。


 ふと背中に、彩香さんのしなやかな指を感じた。彩香さんも机に寝そべっているのだろう。彩香さんは僕の背中を鍵盤にして、リズムを刻む。

 テンポが良くて、うっとりとした。

 脈絡もなく、口を開く。


「彩香さぁん……」

「なに?」

「……勉強会、断ってごめん」


 彩香さんと勉強をするのがイヤなわけじゃなくて、いやむしろ誘われて嬉しかったけど、集中できる気がしなくて……と、うじうじした言い訳はココロの中で付け足す。


 すると、彩香さんの指の動きがゆっくりになり、優しくなった。窓から吹いてくるそよ風と、遠くに聞こえるみんなの叫び声が心地いい。


「別に。勉強会って建前で実際は柚のことからかって遊ぶつもりだったから」

「……謝って損した」

「ううん、柚は得した」

「謝罪の文言分のカロリーが消費されただけじゃない?」

「私の柚への好感度、すっごく上がったから」


 なにそれ、最高じゃん。

 ショートした脳みそはそんなことをココロに零す。

 好感度かぁ……。どんどん上げてって最高値まで達したらどうなるんだろ……。結婚とか?

 狂った脳みそは大事な過程を抜かしていた。かつ、ヘンなことを考えていた。

 彩香さんのリズムが途切れる。


「っ――け、結婚って! そんなっ……」

「そっかぁ……ごめんごめん」


 試験後のまどろみと、ぎこちなくも再開された彩香さんの心地いいリズムが混ざって、僕はそのまま眠りに落ち……た。



 *



 目が覚めると、目の前に美少女がいた。

 美少女は、机に右腕を伸ばし、その上に頭を乗せて、こちらを見ていた。机の中心を点対称に、僕と同じ姿勢だ。

 美少女とバッチリと目が合う。美少女は、言った。


「おはよ、柚♡」


 朝ちゅんだ。

 未だ童貞なのに、そう思った。

 美少女の声はとても可憐で綺麗でかわいくて、胸がドキドキと鼓動を速め――


「ぉぉぉおお!? うぎゃっ!」


 思わず椅子から立ち上がり、後じさりする。自分で引いた椅子に足を絡めて、そのままコケてしまった。床に尻餅をついた状態で、美少女……いや、彩香さんを見上げる。

 まずは状況確認から入るべきだ。

 異世界転生した主人公みたいに冷静になってみた。


 彩香さんは僕の前に机を持ってきて、突き合わせていたようだ。そして僕と顔が向き合うように寝そべって、僕の寝顔を見ていた。

 今は13時。試験が終わって約一時間半が経つ。教室には僕ら以外にだれもない。

 窓を吹き抜ける風が括られていないカーテンを煽った。


 状況確認をしていると、彩香さんがゆっくりと体を起こして繰り返す。


「おはよ、柚」

「おおお、おはよう……。これ、なに?」

「柚、寝ちゃったから。ゆすっても起きないし、気持ちよさそうに寝てるから邪魔したら悪いなって思っただけ」

「あ、さ、先に帰ってくれて良かったのに……」

「柚は私の隣しかいちゃいけないのに。私が先に帰ったら柚、帰れないでしょ?」


 さも当たり前のことのように言われて納得しかける。

 そして言葉の意味を理解して目を剥きかけて、僕をからかってるだけだと気づく。

 彩香さんは僕のコトが好きなんじゃないか、って思ってしまっている心臓をひっしに落ち着かせた。


 彩香さんが立ち上がって何かを言いかけた。これ以上からかわれるのは勘弁なので、思いついたことをいう。

 だけど、考えていたことはラブコメの常套句だった。つまり、今の僕にとっての禁句。


「えと……寝顔見た?」

「見てた。柚の寝顔すごいかわいかった」


 絶対からかってるだけだ。そう分かっていても顔が赤くなるのが自分でも分かった。

 羞恥心で燃えたココロは、イタチの最後っ屁とばかりに、僕の口を開かせる。今度こそ、禁句ではなかったけども、発言はサイテーだった。


「彩香さん。一緒に寝てくれて、ありがとう」


 あれ? なんかマジで朝ちゅんのあとの台詞みたいじゃないか?

 気付いたときにはもう遅い。彩香さんは僕を呆れた目で見下ろして、僕と目が合うと、鼻で笑った。


「変態」


 喉の奥で息が渦巻いた。



 *



 朝礼前。

 やってきた彩香さんが席に座ってから、僕は椅子を90度回して、片肘を彩香さんの机に突く。そして聞いた。


「彩香さん、今日は何の日だか知ってる?」


 僕は、今日という日を待ち望んでいた。

 この学校は体育が男女合同で行われる。そのせいか、男子の倍率は異様に高い。

 だって……体育が男女合同だなんてそれは――。


 彩香さんはため息を一つ。そして肩をすくめながら答えた。


「男子は水泳でしょ?」

「ふっふっふ……お見事、せいか――え?」


 彩香さんの言葉に引っかかりを覚えて、聞き直す。

 男子は水泳? 男子は? は?

 限定法を用いるということはつまり。

 僕が気付いたと同時に、彩香さんが首をかしげた。


「知らない? 水泳と保健は男女別」

「はぁぁぁああ!?」

「声が大きい。静かにして」


 僕の叫び声を彩香さんがたしなめる。クラス中の視線が僕に集まったけど、それどころじゃない。

 この学校の売り文句は男女合同体育にあるはずなのに、どういうこと!?

 ココロの中で叫ぶと、彩香さんはため息を一つ。鞄から僕が貸した本を数冊取り出して、その内の一冊を抜き取り、他を僕に突き出す。


「性獣の前に女子を晒すわけがない。これ返す。ありがと。こっちまだ読み終わってないから」

「あ、うん……」


 少し落ち着いて考えてみると、確かにそうかもしれない。

 うす布一枚しか体に纏わない男女が同じ空間にいるって、問題になりかねない。学校には不満たらたらだったけど、納得した。

 彩香さんから本を受け取って机の上に置いておく。

 後でリュックに戻そうと思いつつ、聞いた。


「性獣って男子のこと?」

「違う。柚のこと」

「失礼な。僕はボディタッチなんてしないし盗撮もしない完璧な紳士だけど?」

「視姦。4月の頃にジャージ、視姦してきたの忘れてないから」


 その話を持ち出されると、なにも返せなくなる。

 紛れもない事実だし、実際水泳の授業で女子の水着を視姦するつもりだったし。

 彩香さんは僕のココロの声を聞いたのか、僕の椅子を下から蹴り上げて、顔を顰めた。僕のお尻へのダメージはゼロだ。


 痛いならやめておけばいいのに。

 そうココロで呟くと、彩香さんは本で顔を隠した。

 黒板の方に首だけ回し、返された本の背表紙を眺めて、気になった一冊を引き抜く。

 そして彩香さんに向き直った時、彩香さんが小さく言った。

 だけど、何故か動揺していて、彼女の発する言葉は、日本語の文法をまるっきり無視していた。


「水着が私見せるぐらい」


 意味不明な言葉のはずなのに、理解してしまった。言葉がぐちゃぐちゃなはずなのに、理解してしまう。

 水着ぐらい私が見せる。そう言ってる気がして、心臓が高鳴る。


 まるでその言葉が、夏休みにプールに行こうと僕を誘っているような気がして、他の女子の水着を見るぐらいなら私のを見て、といっているような気がして……ドキドキした。


 ドキドキして彩香さんを盗み見ていると、椅子を蹴り上げられた。ついでに、本の淵からジト目で睨まれた。

 そして、こんなことを言われる。


「他の女子が柚に襲われるのを守るため」


 ツンデレかよ、とココロに零すとその後、二限が終わるまでずっと口を聞いてもらえなくなった。








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