第15話 寂しがりやの美少女は、僕とキスをできない




「あうあうあう~……」

「大丈夫……?」

「あう~たんたん、あう~とんてん、あう~こんこん……」

「……脳にウジ虫沸いたら脳外科だっけ……? それとも内科で殺虫剤吸わせるっけ……?」


 彩香さんの困惑が言葉の全面に出てて――つまりは悪気のない酷い言葉を無視して、口を動かし続ける。

 家庭科、編み物の授業。


 反復運動の習得は得意だ。

 マフラーみたいな均一なものを編むのはまさに反復運動なので、とても簡単。特別なことといえば柄を入れるために定期的に毛糸を変えるだけで、それすらも規則的な動かし方を習得してしまえばこっちのもんだ。

 ただ、僕が反復運動をしようとすると……。


「あう~わんわんの一回転。ここで色変えて、あい~ろんろん……」

「集中できない……」


 ヘンな声が出てくる。いや、僕的にはリズムを掴むために必要なのだ。

 ちなみに、マフラーは二重構造にして暖房性を高めるつもりだ。反復運動が得意な分、早くに完成すると踏んでの設計だ。

 毛糸の色は淡い桃色。同じく淡い水色でときどき模様をつける。


 普通は家庭科とか美術の授業はここまで頑張らないんだけど――


 彩香さんを横目で見つつ、ココロに零す。


 ――人にあげるものだから、使い勝手がいいものにしたいし。


 最近わかったこと。

 彩香さんの読むココロの声はかなり断片的のようで、その言葉の切れ間を推測で埋めている……のだとおもう。あんまり自信ないけど。

 僕のココロの声への反応がときどき曖昧だったり的外れだったりするから、そう予測しただけだ。


「ココロもぐちゃぐちゃだし……」


 ブツブツとそう呟いた彩香さんを見て、僕の予測は正しいと確信した。


 リズムを刻んでいるときはココロが読まれない。これからはココロを読まれたくなかったらリズムを刻もう。


 少し椅子を引いて、後ろから彩香さんを眺めつつ、反復運動を続ける。彩香さんを眺める理由は目の保養だ。


「柚木……アンタきもい……」


 あれ? 柚木? あぁ、僕の本名か。いっつも柚って呼ばれてたせいで……って僕が話しかけられてる!?

 振り向くと彩香さんの隣の席の友達のギャルっぽい女子が机に身を乗り出して僕に話しかけてきていたのだった。

 脳内に思考を並べる。


 1.柚木って人、僕以外にいたっけ。

 2.この女子の名前なんだろ。

 3.って、何で僕に話しかけてくるの?

 4.友達の友達、みたいな感じで接すればいいのかな?

 5.って、彩香さんと僕って友達!?


「柚木はアンタだけ。アタシは咲。リズム刻んでる声がキモいから話し掛けた。直接的な友達でいいんだけど。彩香ちゃんとアンタ友達じゃないの?」

「なんでっ……っ、咲さんもココロが……」

「全部口に出てたんだけど。アタシってなに?」

「あ、いやなんでもない」


 超能力の話は言いふらさない方がいいに決まっている。

 彩香さんが超能力のことを咲さんに教えているなら、今の僕の言葉で理解しているはずだ。

 適当にごまかして、話をそらす。咲さんは簡単にのってくれた。


「えと~……何のよう?」

「そうそう、本題本題。声でリズム取るのキモいからやめてくんない? 集中できないんだけど」

「……努力はする」

「努力はいらないから、黙るっていう事実をくれない?」

「柚、なに喋って――」


 会話に加わってきたのは彩香さんだった。

 彩香さんは編み物を中断して顔をあげ、僕を見、咲さんを見、口ごもる。何かを躊躇っているのか、それでいてモヤッとした表情だ。

 どうしたんだろ、と首をかしげると、咲さんが耳打ちしてくれた。別にドキドキなんてしなかった。

 彩香さんだとドキドキするんだけどなぁ……呼吸のしかたとか匂いの違いなのかな?


「彩香ちゃんは柚木がアタシと喋ってて嫉妬してるんだけど、柚木に嫉妬深い女だって思われるのが怖くて上手く言えないっぽいね」

「天才!? なるほど納得!」

「そう、アタシは天才」


 自慢げに胸を張った咲さんは、僕の肩を掴んで押し出した。彩香さんの方向へ強制的に体が向けられる。


「じゃ、後は頑張ってね~」

「……咲ちゃんのバカ」

「え? 聞こえないな~」


 咲さんはそう嘯きつつ、編み物を再開した。

 彩香さんに目を戻すと、いつの間にか無表情になっていた。椅子をつかんで、彩香さんの横に戻る。無意識にか、さっきよりもかなり近い位置にきてしまった。

 今から離れるのも誤解を生みそうなので、その場で編み物を再開する。


 かなりの間があった後、ぽつりと彩香さんが呟いた言葉は、グッと胸にきた。ドキリとも、グサリとも。


「柚が隣にいないの、怖い」


 ごめん、とココロで念じると、小声で彩香さんが返してきた。


「いてくれるなら、それでいい」


 リズムが乱れて、手順を間違えた。



 *



「んじゃ、よろぴく~」


 家庭科が終わった後、咲さんと素早くラインを交換した。


 おぉ、女子のラインが二つも……ぐへへ、このアカウントどれぐらいの価値だろ……と、妄想していたら彩香さんに睨まれた。

 一応校内スマホは禁止なので素早くリュックに入れて、席に座る。彩香さんが僕の後ろから聞いてきた。


「ライン交換したの?」

「うん」

「……そ」


 一瞬、彩香さんが寂しそうな顔をしたのが見えたけど、それは気付かないことにする。

 僕がラインを誰かと交換する度に、彩香さんが寂しそうな顔するなんて、そんなことには気付きたくない。

 そしたら、僕は誰ともラインが交換できなくなるし、常に彩香さんのことを考えてドキドキするようになりそうだったから。



 *



「ふむふむ……」


 六限が終わってからの終礼までの時間。


「柚、何してるの?」

「くすぐったいから後ろから覗き込まないでっ!」

「……ごめん」

「あ、僕も大声出してごめん。びっくりしただけだから」


 しょんぼりした彩香さんに謝りつつ、内心焦る。

 肩越しに顔を出されると、息が耳に掛かったりとかしてドキドキしてしまう。咲さんの場合はなんともないのに……。

 そんなことを考えつつ、彩香さんの方に向き直って生徒手帳を振った。


「これ。不純異性交遊を禁ずるって書いてあるからさ。定義が知りたいなぁって」

「……思考が不健全」

「いや、弁論的な話でっ、定義を知りたくなっただけ!」

「柚には無縁の話」


 ドストレートな童貞を文字通り殺す言葉に、睨まれてもないのに心臓がキリキリと痛んだ。

 無縁とか、言ってほしくない。

 彩香さんは苦しむ僕を気にせずに続ける。


「性行為……せっ……」


 彩香さんがそこで固まり、顔を赤くする。

 言えない辺りがウブでかわいらしい、とココロに感想を零すと、睨まれた。さっきよりも心臓が痛くなった。

 彩香さんの言葉を待つこと数秒、言葉を思いついたのか、無表情の彩香さんは口を開き直した。


「人前で出来ないことはアウト」

「おぉ〜確かに。的を射てて納得しちゃったよ。人前でおっぱじめる人っていないだろうしね」

「そう」


 無表情の彩香さんは頷く。そして、自分の顔をペタペタと触って深呼吸した後、悪戯っぽい笑みを作った。

 机にその華奢な体を乗り上げた。

 僕の耳に口を近づけて、言った。


「だから柚は私にキスできるね。する?」


 暖かい声が僕の脳を溶かしかける。


 絶対に僕をからかってるだけの言葉だろうけど、不覚にもドキドキしてしまった。

 うなずきかけた首を慌てて横に振ると、つまらなさそうに息を吐いて、彩香さんは体を椅子に戻した。






 赤い柚の耳を見て、私も妄想してみる。

 ふと、人前でキスなんて恥ずかしくてできないことに気がついた。でも、柚が強引に奪ってくれれば問題ない。

 私をとろとろに溶かすくらい熱くて、柚以外考えられないほど愛でいっぱいのキスをしてくれればいいのだ。


 そう結論付けた。








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