第14話 部活にいかない美少女は、僕を投げてでも引き止める
「柚は部活、いいの?」
帰り道。彩香さんがそう、聞いてきた。
あかね色の空が綺麗で、大きな夕日を背景に首をかしげる彩香さんはとても綺麗だった。
部活いいの? は、いま仮入部期間だけど行かなくていいの? ということだろう。
先ほど、学校の階段を下りいている途中にもらったチラシに目を落とす。そして、もらった瞬間にかけられた言葉を思い出した。
君には素質がある! 見ただけで分かる、君はサイコーの選手になれる! 一度でいいから来てくれよ!
……ふざけるな、一言で一蹴した。いくら先輩といえど失礼が過ぎる。
「これがなぁ……バスケとか、バレーとかだったらいいのに……」
ちなみにバスケとバレー以外に人並みに出来る体育の競技はない。強いて言うなら反復横跳び?
まぁとにかく、僕は体育会系じゃない。ちなみにもちろん、将棋部だったりマジック部だったりの文化系の部活も僕は得意じゃない。
彩香さんが僕のチラシに目をやって、言った。
「でも柚ってそんな感じする」
「酷いこと言ってるって自分で理解してる?」
「事実を言ってるだけ」
彩香さんの辛らつな言葉にガックシと肩を落とし、もう一度、複数枚のチラシを眺める。
そのすべてのチラシの真ん中に、ケバい髪の毛の色をした美少女達のイラストがたくさんあった。
髪の毛が蛍光色すぎて目に悪い。いや……蛍光色なだけまだマシなのかな? 最近のこういうイラストって髪の毛に
とにかく、イラストの美少女たちは、少なくとも現実では絶対にお目にかかりたくない髪色をしていた。文字通り目に毒だ。
そんなチラシたちの上部に目を移した。
アニオタ部とかドルオタ部とか、オタ芸部とか……数えだしたら切りがないほどの『オタ』の付く部活。
『オタ』のつく部活同士で統一されないということは、それぞれの部活にそれなりの部員がいると言うことで……かなりドン引きだ。
この学校に入ったの、失敗だったかもなぁ……。
喉の奥で呟き、ちょうど通りすがったコンビニのゴミ箱にチラシを捨てた。
そして、彩香さんの最初の質問に答える。
「僕は帰宅部でいいかな? こうやって彩香さんと帰るのが楽しいんだし」
「……狙って言ってる?」
「ん? 狙うって何を?」
意味不明なことを言い出した彩香さん。僕が首をかしげると数度深呼吸して、なんでもない、とかぶりを振った。
夕焼けのせいだろうけど、顔が赤く見えた。ドキドキしてるのかな? と勘違いしたココロを隠すため、彩香さんに質問を投げる。
「彩香さんは? 部活、入らないの?」
「私は……」
僕に対し、彩香さんの手には演劇部、清歌部……などなど美少女ぴったりの部活動の勧誘のチラシ。
だけど、彩香さんは浮かない表情をした。
「人前で声出すの苦手で……歌も苦手だから」
「あぁ、人それぞれだよね。僕も苦手だし」
「あと……柚とこうやってお喋りしてる方が楽しいから、ね♡」
語尾に♡マークをつけるぐらい、甘ったるい声に変えて、彩香さんは言った。その声にドキッとしてしまう。
彩香さんが早足で僕の前に立ち、手を後ろに組んで僕に顔を寄せる。はにかむその笑顔が、とてもかわいかった。
何かを言いかけた口が固まる。言いたいことを思い出すまでに数秒かかった。
「あ、ありがとう……」
「さぁ? 何が?」
すっとぼけた彩香さんは、改札前のゴミ箱に勧誘のチラシを投げ捨てた。
彩香さんが僕と下校する方を選んでくれて、少しほっとした。それと、嬉しかった。
*
ふとしたある日、人は友達が出来ることがよくある。
そう、今日みたいに……。
「お~い柚木! 組もうぜ!」
「えっ、僕!?」
「あぁ、そうそう」
サッカーのパス練習。なんと、僕に指名が入ったのだ。
僕は新人のホストみたいな感じであたふたしつつも、彼の元へ行こうとする——と、ジャージの袖を掴まれた。
振り向くと、彩香さんだった。
「彩香さん?」
「柚、どこ行くの?」
「え、彼がパス練相手になってくれるらしいから! 友達作ってくる!」
「むぅぅぅ!」
突然彩香さんは僕の手首を掴んで、綱引きするみたく腰を落として、僕を引っ張り始めた。しかたないから、その彩香さんすらも引っ張って歩こうとした。
すると、急に彩香さんが僕から手を放した。今まで彩香さんを引っ張ろうとしていた力が余って、体が前に
瞬間、彩香さんが目の前に背中を向けて現れ、手首を掴まれ——彩香さんの気の入った声が聞こえた。
「はぁぁぁっ」
気付いたら、世界が反転していた。
気がつくと同時に、着地した時の痛みがきて、むせた。
背負い投げをされたのだと気付くまで数秒かかる。
頭の上から、彩香さんが逆さまに顔を出してきた。そして僕が何かを言うより前に言った。
「脳震盪おこしてない?」
「心配するならやらないでよ!」
「お仕置き。勝手に私を置いてかないで。柚がいなかったら私は誰と組めばいいの」
「……でも折角誘ってもらったのに……」
彩香さんを置いてどこかに行こうとしたから、お仕置きに背負い投げをした。という理屈に納得してしまうところをみると、僕はビョーキだ。彩香さんに弱すぎる。
誘ってくれた彼の方へ顔を向けようとすると、彩香さんが揺れた声で言った。
「柚、行かないで」
「え……あ……」
潤んだ目で彩香さんが僕を見つめてきて、固まった。気まずくなって、沈黙が数秒、何も返さずに起き上がろうとする。
その僕の背中を支えてくれたのは、彩香さんの小さい手だった。起き上がった後、ぽつりと僕に言葉を投げかけたのは彩香さんだった。僕の袖を遠慮がちにつまんだのは、彩香さんだった。
「行って欲しくない……」
立ち上がったときに、僕のすぐ側にいたのは彩香さんだけだった。それ以外に、僕を見ている人はいない。
ふと、気がつく。
「彩香さんっていっつも僕から離れないけどさ、僕といて楽しい?」
楽しくなかったら一緒にいないか、と聞いた直後に思い直す。
彩香さんは小さい女の子みたいに大きく頷く。
「そう、楽しいから一緒にいる」
「……照れくさくなるなぁ」
「それにね、柚」
彩香さんは言いつつ、僕を誘った男子の方を指差した。
すでに彼は、他の誰かとパス練習をしていた。その光景を見て、膝ががっくしと折れかける。
傾いだ僕の体を支えてくれたのも彩香さんだった。
「柚には、私しかいないの」
「なんかそれはそれで怖いなぁ。まぁいっか。ごめん彩香さん。
パス練の相手になってもらってもいい?」
すると彩香さんは僕から数歩離れ、大きく破顔した。
「喜んでっ」
そしてボールかごに向かっていった彩香さんを眺めつつ、僕がボールを取りに行くべきだったかと後悔する。
そんなコトを考えるフリをして、彩香さんの『喜んで』がプロポーズの返事みたいだった、なんで考えを隠した。
心臓が、バクバクと跳ねていた。
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