第13話 愛友弁当の美味しい美少女は、僕のジャンパーにマーキングする
「いただきます」
「ん、いただきます」
いつものように机を付き合わせて、彩香さんからお弁当をもらう。ご飯を口に入れて……うん、やっぱりおいしい。
おいしさに頬が緩んだ。
顔を上げると、彩香さんと目が合う。彩香さんはお箸を持った手で頬杖を突いて、こちらを見つめていた。少し、目が細い。口角が上がっているのをみると、笑っているのだろうか。
頬を触りながら首をかしげてみる。
「なんか付いてる?」
「ううん、付いてない」
「……なんかそんなに見られると恥ずかしくなるんだけど」
「柚、誰かにご飯作ったことある?」
なんの脈絡もなく、彩香さんは話をぶった切ってそう聞いてきた。今までの話題もそこまで重要でもないので、記憶を探りつつ答える。
「具なし茶碗蒸しなら。食べたくなって自分で作ったけど……僕しか食べてないな、うん」
「そっか。一回家族のために作ってみたら分かると思う。自分のご飯で笑顔になってくれるのを見るのって、すごい嬉しいから」
「……僕、そんなに笑ってた?」
「笑ってた」
真顔でそう答えた後、彩香さんはお弁当にお箸をつける。つられて、僕もお弁当をつつくのを再開する。
最近、彩香さんの味にハマった。
料理の味には基本五味と更に二味ある。塩味、甘味、酸味、苦味、旨味、そして渋味と辛味だ。
でも、実はもう一つ味がある。それが、人それぞれが持つ味だ。
アホくさいと鼻で笑うならどうぞご勝手に、と脳みその冷めた部分に皮肉を投げつけて、お弁当をつつく。
なんとも言い表せないこの味は、作る人と食べる人、それぞれの状況や雰囲気、気分や性格によって変わる。どの人の料理でも美味しいものはだいたい、食べた時に気持ちがふんわりと落ち着く。
僕はその『彩香さんの味』に病み付きになった。具体的に言うと、『ココロが満たされる味』だ。『落ち着く味』の最上級だと思ってほしい。
誰にかもわからない説明をしつつ、水を飲むためにお弁当から目を上げると、彩香さんがお箸を持つ手で口元を隠し、そっぽを向いていた。
目の下が少し赤い。彩香さんは僕と目があうと、再び目をそらして少し冷たく言った。
水筒を傾けながらそれを聞く。
「私、髪の毛とか入れてないけど」
「ぶっ——ちょっと!?」
思わず飲んだ水を水筒の中に逆流させてしまった。そのことへの責任追従も込めて彩香さんを睨む。
彩香さんはお弁当に視線を逃し、言い訳するように言った。
「私の味とかいうからっ、そういうことしか浮かばなくて!」
「違う! 絶対的に違う!」
「そのっ……人の味って、なに?」
「ココロ読んでたんだからわかるでしょ」
あ〜あ、あとで水筒の水かえなきゃな、とココロの中でつぶやいて、僕の唾液で汚染された水を飲む。気分的な問題だけど、変な味がした。
これぞ、人の味です。……なんか違う気もするけど。
まぁ説明しようか、と水筒から口を話そうとした瞬間、彩香さんが言った。
「それって、いわゆる愛情?」
「ぶっ——」
本日二度目の逆流。彩香さんをジト目で睨みながら濡れた口元をYシャツの袖で拭い、口に微妙に残ったご飯のかけらを飲み込む。
『人の味』を『愛情の味』と脳内で変換させ、チラッと考える。愛を込めてお弁当を作る、なんてワードをよく耳にする。それを基盤にして思考を組み立てて——
愛を込めて……愛を込めて……はっ!?
つまり僕は彩香さんの愛情を美味しいと感じてるってこと? じゃあ愛妻弁当? いや、僕らは結婚してない。少なくとも友達レベルだと信じれば、愛友弁当かな?
ってそこはどうでもいい!
焦った脳みそは思考を放棄し、脊髄に発言権を与えた。脊髄は『思考する』ということを知らないので、反射で答えた。
当然ドモる。
「ど、どうだろう? そ、そうとも言うかな?」
「柚は私がそのお弁当、愛情を込めて作ってるって思う?」
突然にそんなことを聞かれて焦る。焦って、発言権が脊髄にあるせいで、反射で頷いた。
すると彩香さんはふぅん、と軽く頷いて、ニヤニヤしはじめる。それを見て、自分の回答が間違いだったと悟る。
恥ずかしくなって、僕はお弁当に目を逃した。
そのあと彩香さんは何も言わず、黙々とお箸を動かした。
これ以上からかわれなくて良かったとホッとしている僕に、彩香さんの耳が赤いことぐらい気付け、と言うのは無理があると思う。
*
「ジャンパー、借りたままだったから。返す」
お弁当を食べ終わった後、鞄から柚が貸してくれていたジャンパーを取り出して渡す。
柚は今更、ジャンパーを貸していたことを思い出したのか、少し記憶を探るような目をした。
たった2日前のことで遠い目をされても困る。
ジャンパーを受け取った柚は、その手触りでわかったのか、首をかしげて言った。
「別に洗わなくても良かったのに」
「いや、貸してもらったから……」
言えない、言えるわけがない。
柚のジャンパーを着ていると柚に包まれている気がして、しあわせになる。抱きしめながらジャンパーの袖で口元を覆うと、柚と一緒に寝ている気がして、しあわせになる。
あぁっ……思い出しただけでドキドキしてきた……っ。
と、とにかく。柚のジャンパーを羽織ったり顔を押し当てたりして寝てたから。
気づいたら私の匂いがしみ込んでいて、これはまずいと今朝に洗濯した。
……まさかそんなこと、口が裂けても言えるわけない。
なんて言い訳しよう……。いや、単純にもう一つの洗濯した理由を言えばいいのかも。
『おととい昨日、そんな寝方をしたせいで柚のジャンパーはスゴくよれよれになってしまっていた。
そんな状態で借りたモノを返すのは私のプライドが許さない。
だから、洗濯した』
頭の中にその文を巡らせて、慌てて消去した。
結局、柚と一緒に寝たことを暴露している。ダメだ。
柚をいっそのこと洗脳してしまおうか……いや、それは私のポリシーに反する。
言い訳の作成を諦めて、今朝の私の中の選択肢を思い返すことにした。現実逃避して何が悪い。
私の匂いがしみこんだジャンパーを柚が着るというのも、もうそ……想像するだけで興奮――イヤ違う、
朝はそれで十数分以上迷ったことを思い出す。
……と、いう思考で0.01秒。
言い訳を考えていた私の努力は必要なかったようだ。
「まぁ、洗ってくれてありがと」
柚は訝しそうにすらせず、むしろ残念そうにそう言った。柚のしょんぼりした顔が気になって、ココロを読んでみる。
『洗わな……もいいん……どなぁ。とい……、洗……て……くなかっ……たかも。うん、変……的だけど抱きし……寝た……ぁ』
断続的にしか聞こえないが、十分理解できる。きっとこうだ。
『洗わなくてもいいんだけどなぁ。というか、洗って欲しくなかったかも。うん、変態的だけど抱きしめて寝たかったなぁ』
恥ずかしくなって、私は無表情のスイッチを入れた。
「変態」
「っ、ごめんっ。男の性だから許して?」
「(人のこと言えないので)……許す」
「ありがとう。……ってあれ?」
柚がジャンパーに鼻を押し当てて匂いをかぐ。そして首をかしげた。
まさか洗濯しても落ちないほど私の臭いきつかった!?
無表情スイッチが強制的にオフになり、目を見開く。そんな私を見てか、少し戸惑いつつ柚が言った。
「別に臭いってわけじゃないよ? なんかこのジャンパー、彩香さんの匂いがする」
そう言われて、ふと思い出す。
実は今日の登校中、柚のジャンパーが名残惜しくなってしまい、抱きしめながら登校した。多分その時に私の匂いが移ったのだろう。
でもそんなこと、言えるわけがない。
「そう? 貸して?」
放つ言葉を探す時間稼ぎのため、立ち上がって柚の横に立ち、匂いをかぐフリでジャンパーに顔を突っ込む。顔を突っ込んだことに他意はない。
柚がこれから着るものに顔を突っ込みたくなった、というわけじゃない。
決して、決して……ない。多分、ない。
言い訳を思いついて、ジャンパーから顔をあげ、即座に放った。
「洗剤が同じだからかも」
「そ、そっか……」
何故かうわずった声を出す柚。不審に思いココロを覗いてみると……。
『近い近い彩香さん近すぎ! 匂いがっ、匂いがっ!』
そう叫んでいた。叫び声は聞き取りやすくてありがたい。
私の悪魔心が働いて、もう少し柚に体を寄せてみる。髪の毛が柚に触れる。柚のココロの叫びが大きくなった。
私にドキドキしてる柚を見て、嬉しくなって笑みがこぼれる。だけど……。
柚の匂いが濃くなって私までドキドキしてしまったのは誤算だった。
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