第12話 ブサカワ好きの美少女は、僕と念話で喋りたい



「お、おはよ……」

「おはよ」


 GW明け。彩香さんは動画の件を忘れているのか、平常運転だった。

 スマホはあのあと、駅員さんにお願いして回収してもらったものの、完全にぶっ壊れていたので新品のスマホを買い換えることになった。

 おかげで、誕生日プレゼントはナシになる。いつか彩香さんにナシになった僕の誕プレの埋め合わせを要求しよう。


 更に、ラインのデータの引き継ぎをしようとしたらパスワードが分からなくてパニクって、最終的に新しいアカウントを作ることになった。

 そして――写真データはSDカードに保存していたから問題ないものの、彩香さんがくれたハワイの動画は消えてしまったのだった。

 データ引継ぎの時に泣き叫んだ声は、店外まで聞こえていたらしい。あんなに号泣したのは久しぶりだ。


 ということで、スマホを取り出して、彩香さんに見せる。

 ちなみに校内スマホは禁止だ。


「バカ」


 ココロを読んでいたのだろう、彩香さんは気怠げにラインの交換に応じてくれた。二回目のラインの交換なのに、ドキドキしないといえば嘘になるのが、僕のウブなところだ。

 つい数日前と同じように確認のメッセージを送りながら、聞く。


「動画さ、もう一回送ってくれる?」

「ヤダ」

「え? ダメ?」

「そう、ダメ」


 彩香さんは小さい女の子みたいにこくりとうなずいて、確認用のメッセに返事をしてきた。NO! と叫ぶ不細工な鳥のスタンプだ。

 そんな僕のココロの声を聞いてか、彩香さんはむくれたように言い返してきた。


「不細工じゃない」

「え、いや不細工でしょ」

「ブサカワを知らない?」

「あ、ごめんなさい」


 キッと睨まれたのでおとなしく引き下がることにしたけど、やっぱりブサカワでもなくコレは完全に不細工でしょ……。

 彩香さんの美的感覚に首をひねりつつスマホをリュックに投げ入れ、席に座る。


 彩香さんの優しい声、寝る前に聞きたかったんだけどなぁ……。あと、動画の最後の言葉をリピートして聞きたい。

 絶対に快眠が取れる、確信があった。


「そんなことだろうって思ったから、送りたくない。

 ダーツの時に記憶をあげたのは、動画をホントは送らない予定だったから。でもお土産が嬉しかったから送った。

 ということで自業自得ざまぁみろ」


 ココロを透かされていた。かなりの悪口におののきつつ、ちょっと躊躇っていたことを聞いてみることにする。

 あの言葉を、に受け取ってもいいのか、否か。


「あのさ。あの動画の最後のあ~……アレってなに?」

「アレってなに? ってなに?」

「えと~……す、好きってヤツ」

「言葉通り、私は柚のコトが好き。それだけ」


 その言葉に少なからず嬉しくなったものの、彩香さんが無表情だったので少し悲しくなった。どうせ人間として、なんて常套句が着くんだろうと察したからだ。

 あ〜、これ脈ナシだ、と察したからだ。


 ハワイで撮った動画で愛の告白かよ! かわいすぎかよ! と勘違いした過去の自分を恨む。つい数秒前まで、恋愛的な告白かもとほのかに期待していた自分を恨む。


 そんなコトを考えながら体を前に戻しかけると……彩香さんが机に身を乗り出してきて、甘ったるい声で僕の耳元でささやいた。


「柚、恋愛的にも、だいすき♡」


 たとえ嘘と分かっていても、心臓は跳ねて止まらなくなった。

 僕もだよ、なんて機転の利いた返しは思いつかなかった。



 *



「ヘンな回転かけないで。止めるの面倒」


 体育、校庭。

 サッカーの授業で、2人組を作ってパスの練習をしろとのこと。ぼっちを殺すクソ教師にめげず、僕は彩香さんと組んでいた。

 ちなみに僕から誘った。


 彩香さんはボールを蹴りつつ面倒くさそうにそういう。でも苦手なものは苦手なのだ。なぜかボールを蹴ると変な回転がかかってしまうのだ。


「じゃあこう?」


 見よう見まねでボールを空中に蹴り上げ、タイミングを合わせて前蹴り。

 だが渾身の前蹴りはスカって変なところに当たり、ボールは横に転がっていった。

 知らないクラスメイトがパスで返してくれたので会釈してお礼し、今度は彩香さんに普通に蹴る。


「なにバカなことしてるの?」

「いや、まっすぐ蹴ればいいのかなぁって」


 パスを繰り返す度に距離を開けろとの指示だったので、どんどん声を張り上げる必要が出てくる。

 無精な僕はそれが面倒で、だんだん喋ることをやめた。

 すると……。


『柚、聞こえてる?』


 突然、頭の中に声が聞こえた。少しノイズがかった彩香さんの声だ。

 びっくりして彩香さんを見るけど、彩香さんの口は開いていない。そのまま、説明するような口調で彩香さんが続けた。


『テレパシー。柚も念じれば使える』


 いや、ほとんど説明になってないんですけど。超能力が当たり前の前提で話してません? まぁ、別に驚かないけど。

 ツッコミつつ、適当に強く念じてみる。


『あ~テストテスト。キャンユーヒアーミー? Can you hear me ?

『聞こえた。違和感は? ある?』

『ないけど……?』


 そう思いつつ、首をかしげる。彩香さんはココロが読めるから僕が念じる必要ないんじゃないのかな?

 僕の疑問を察したのだろう。彩香さんはボールを蹴りながら答えた。


『距離があるとココロ読むの疲れるから。テレパシーの方が楽。これでお喋りしよ?』


 心臓がドキリと跳ねてしまう。お喋りするために超能力を使うって……かわいすぎやしないか?

 朝にからかわれたお返しにと、僕もからかうことにした。

 ボールを蹴りつつ、少し嘲るような口調を思い浮かべながら念じる。


『僕とお喋りがしたいの?』

『そう』

『へぇ~僕とお喋りがしたいんだぁ~。へぇ~』

『私は柚とお喋りがしたい。柚はイヤ? これも面倒?』


 念話を始める前、パスを続けるにつれ僕の口数が少なくなっていった理由を完全に見抜いていたようだ。

 念話では返さず、首を横に振って否定する。


 全然彩香さんは動揺してないじゃないか……くそっ……。

 そう、悪態をつきつつ彩香さんにボールを蹴り返す。

 すると、彩香さんがカウンター攻撃を放ってきた。


『柚は私とお喋りしたい?』

『っ――し、したい』

『ホント?』

『ホントホント。……そうじゃなかったら念話も返さないし』


 前言撤回。これはカウンター攻撃じゃない気がする。

 僕をからかう目的があるなら、お喋りしたい? みたいなヌルい質問じゃなくて、もっと踏み込んだ質問をしてくるはずだ。

 彩香さんは何を確かめたいんだろう?

 脳内で思考を組み立てて、彩香さんの真意を探る。


 彩香さんのボールを受け止めて、返す。ふと顔を上げて彩香さんを見ると、彩香さんはうつむいて不安げに揺れていた。

 そしてボールを力弱くボールをとめ、蹴り返してくる。

 ふと、気付く。


『彩香さん、僕はお喋りするの楽しくて好きだよ』

『え?』


 ココロを読める人は傷つきやすい。人の本心が見えてしまう分、普通より多くの悪口をその身に受けるからだ。当然、裏切られたと感じる経験も多いだろう。彩香さんはそのせいで、人の本心を見ないと人を信用できなくなっているのかもしれない。


 だったら、僕が精一杯の言葉を使って、彩香さんに僕を信用させるまでだ。彩香さんを安心させるまでの話だ。

 困惑する彩香さんをよそに、言葉を続ける。


『彩香さん、僕を信用して。僕はくだらないコト以外で彩香さんに嘘はつかないから』

『っ――! ね、狙ってそれ言ってる?』

『なんのこと? わかんないけど……まぁとにかく好きだよ?』

『っ……て、天然バカっ!』


 意味不明な悪態をつかれた瞬間、集合の笛が鳴った。ボールを拾って、教師の方にやや駆け足で向かう。

 彩香さんが口元をジャージの袖で押さえて早歩きしていた。あの袖になりたい、と思ったのは男の性だ。

 そんな変態的なココロを読まれそうな距離に入る前に、たっぷり妄想を楽しんだ。






 アタシの横に座る彩香ちゃんは、顔を真っ赤にして私の腕にすがりついて、額を押しつけてきた。

 アイツに好きとでも言われたのか、それともアイツの言葉が彩香ちゃんの琴線に触れたのか、今の彩香ちゃんは完全に恋する乙女だった。

 すごくかわいいから頭を撫でておいた。








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