第11話 ロマンチストな美少女は、僕とチャットを繋ぎたい

※おまけにフルver.があります。お楽しみください。(読めば分かる)






「えと……渡すの遅くなったけど、お土産……です」


 あかね色の空。ハチ公前。

 さすがにそろそろ帰らねばいけない時間だ。

 名残惜しいと思いつつ、彩香さんに本日の目的であるお土産を渡した。僕の握りこぶしより一回り大きい瓶だ。


「わぁ……ありがと柚……」


 彩香さんが嬉しそうなため息を漏らす。

 瓶の中にはカンボジアの露店で買った親指の爪サイズのアンコールワットを模した石けんが入っている。

 色は青と黄と桃のカラフルだ。


 露店ではビニール袋に詰められて無造作に売られていたので、帰国してから瓶に詰め替えた。家族には女子力が高いと気味悪がられたが……。


 彩香さんは目を輝かせて、まるで神器でも賜るかのように僕から瓶を押し頂く。そして石けんを夕日の光に透かして、嬉しそうにはにかむ。


「センスいい。ありがと」

「そこまで言われると照れる。どういたしまして」


 実際照れてしまい、首後ろが痒くなって掻いた。

 彩香さんはいろんな角度から瓶を眺めたあと、それをポーチにしまい……固まって数秒後、おずおずと何かを取り出した。


「スマホ?」

「そ、そのっ……なにも思いつかなくてっ、キーホルダー選んじゃったけど絶対邪魔になると思ってやめて……。

 思いつかなくて結局……これ撮って。でも恥ずかしいから記憶上げるのにしたんだけど……。違う……そうじゃない……」


 何が違うのか教えてくれ。ってどうみてもこれ彩香さんのスマホでしょ。スマホがハワイのお土産なの?

 ココロの中でツッコムけど、聞こえてないようだった。

 顔を真っ赤に染めた彩香さんは、ブツブツと何かを呟いた後、スマホのロックを解除する。そしてなにやら操作した後、QRコードを見せてきた。

 日本人にとってなくてはならない、RINEの友達登録用のQRコードだ。


「そういえば繋いでなかったね。……って繋いでいいの!?」


 ラインの友達の数は小・中学校の同級生が数多くいて、総勢500人超えの僕。しかしながらその大半に、ゲームの紹介先として使われている。

 悔しいのでゲームの紹介先として使い返してやったらブロックされた挙げ句、小学校中学校ともにグループチャットで公開処刑された。

 と、いうことでその友達のほとんどは互いにブロックしあっている関係。たまにブロックしていない女子から不幸の手紙メッセが送られてきたりする。

 そうしたら即ブロックだ。


 まぁとにかく、それ以降僕は誰ともラインを交換していない。


「つ、繋ぎたい……し、そうしないと送れないから……」


 顔を真っ赤に染めた彩香さんは、ぷるぷると震える手でスマホを差し出してきた。

 珍しすぎて、何かを企んでいるんじゃないかと疑うぐらいだ。


 とりあえず、何を送る気なんだと訝しみつつも彩香さんのQRコードを読み取り、彩香さんとのチャットルームに試しに適当な文字列を送ってみる。

 1145141919810っと……。


 アイコンはデフォルトの設定なところが彩香さんらしい。ちなみに僕のアイコンは猫に擦り寄られている足元の写真。


「届いた?」

「う、うん……その……やっぱやめてもいい?」

「えぇ? 気になるんだけど」

「じゃ、じゃあ……お、送ります……」


 彩香さんは夕日のせいもあって真っ赤な顔をしていた。でも、夕日がなくてもたぶん真っ赤だ。ラインの交換がそこまで恥ずかしかったのかな? と予測をつける。

 数秒後、動画ファイルが送られてくる。


「き、来た?」

「あ、うん。来たけど、これなに?」


 数秒待つと、読み込みが終わって再生できるようになる。それをタップしかけると、その手が動かなくなった。彩香さんが僕の手をじっと睨んでいたのだ。

 なに? と聞く前に彩香さんが途切れ途切れに言う。


「今は見ないでっ。あと、絶対イヤホンしてっ。それじゃあっ……!」


 言い終わると同時に彩香さんは僕に背中を向け、地下鉄への階段を駆け下りていった。その背中を眺めて首をかしげつつ、言われた通りイヤホンを取り出す……と、彩香さんが立ち止まった。

 くるりとこちらを向いて、戻ってくる。


 そして僕の真横に立ち、なんの脈絡もなく言った。


「柚、今日は楽しかった。ありがと。また明後日、学校で」


 今度こそ、彩香さんは階段を駆け下りていった。

 ドキドキと跳ねる心臓を服の上から抑える。

 彩香さんの背中が見えなくなるまで目を離さないで……いや、離せないでいると、最後に振り返った彩香さんと目が合った気がした。


 そしてジャンパーの裾をはためかせた彩香さんが人混みへと消えていく。何か忘れ物をしているような……? まぁ、気のせいか。


 イヤホンをほどきつつ改札をくぐり、イヤホンをジャックに差し込み、動画の夕日のサムネイルをタップする……と、サムネイル通り、海に沈んでいく夕焼けの映像が流れ始めた。

 イヤホンからガサゴソと物音が数秒、聞こえてきた声に心臓がどきりと跳ねる。


『あ~あ、マイク、マイクテスト中』


 なんの変哲もない言葉だけれど、鼓動が速くなり始めた。彩香さんの声だと気づいただけで、こんなにも鼓動が速くなるなんて……。

 ホームに来た電車に乗り込み、ドアに背を預ける。


『ゆ、柚。私はいまハワイにいます……ってなんか変……?

 と、とにかく、ハワイのホテルから見える海……です……。夕焼けが綺麗だったので撮りました』


 なにその動機! かわいすぎでしょ!

 開いた口がふさがらない。

 少しノイズが混じった彩香さんの声はとても可愛らしくて新鮮でドキドキした。

 大きくてオレンジ色の夕焼けは、水平線へと沈んでいく。沈黙が続いて数秒、彩香さんの息を吸う音が大きく聞こえる。


『実を言うと……柚に会えなくて寂しかったので、この動画を撮りました』


 衝撃の事実!

 ツッコまずにはいられない。ツッコまないと、恥ずかしさで死んでしまいそうになる。

 彩香さんが寂しがり屋でかわいい過ぎる、という事実だけが脳内を埋め尽くしていた。

 気がつけば、僕が降りる駅についていた。発車メロディが流れ出し、焦ってドアから飛び出る。その瞬間、だった。


『すぅぅぅ……はぁぁぁ……。柚、好きです』


 固まった。


 手からスマホが滑り落ち、イヤホンが抜けて足下に落ちる。慌てて拾おうとして足が滑ってスマホを蹴る。そしてスマホは……ホームから飛び出て、線路へと落ちていった。


 スマホは、二度と、帰らぬ物となった。







PS:妄想好きの方は、オマケの方でなんどもお楽しみください。







【おまけ】動画フルver.




『あ~あ、マイク、マイクテスト中……おっけー……。っ、すぅぅぅ……はぁぁぁ……。よしっ……』


 かすれた息づかいが、耳をくすぐる。

 彩香さんの声は緊張で震えていた。


『ゆ、柚。私はいまハワイにいます……ってなんか変……?

 と、とにかく、ハワイのホテルから見える海……です……。夕焼けが綺麗だったので撮りました。

 今、ハワイは夜の~……七時? です。夕ご飯はロコモコ丼でした……美味しかったです……』


 そこで一旦、沈黙が生まれる。波が浜を打つ音が、よく聞こえた。

 恥ずかしさで小さくなった彩香さんの声が、沈黙を破る。

 甘い声に、耳が溶けそうになった。


『実を言うと……柚に会えなくて寂しかったので、この動画を撮りました。

 今、カンボジアにいると思います。そっちは……翌日のお昼、かな? 柚の真上にお日様がいると思います。

 同じお日様を見ているのかな、と少しロマンチックなものに酔いしれています』


 少し後ろで物音がした。彩香さんが息をのんだのが感じられる。数秒の沈黙の後、彩香さんの声がささやき声に変わった。

 ぞわっ、と快感が背を走る。


『今、茜ねぇ……私のお姉ちゃんがすぐそこにいます。見られたら恥ずかしいので、小さい声で喋ります……。

 今日は海水浴に行ったり、水族館に行ったりしました。お昼はショッピングモールのファーストフード店で食べました。ラーメンが変な味がしました』


 再び物音がして、足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

 鼓膜を振動するその息遣いが、少し湿っている気がした。

 彩香さんの声が普通に戻った。


『お姉ちゃんが帰ったので、普通に喋ります……。

 すぅぅぅ……はぁぁぁ……。柚、好きです。

 ……? ――っ!? あっ、ちがっ、これはそうじゃなくてっ……! あ、茜ねぇ!? い、いつの間に!? ちょっ!』


 そしてそこで、ぷつん、と動画が終わった。









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