第10話 悟り早い美少女は、僕に好きだと言われたい




「ん~、これからどうする?」


 ワックを出て、渋谷をぶらつく。

 旅行のお土産は催促されるまで出さなくていいか、とバッグの上からお土産を撫でて考えた。というのも、お土産を渡せばそこで解散になる気がしたからだ。

 それは少しイヤだ。


 そんなことを考えていると、彩香さんが唐突に言った。


「お土産は最後でいいから」

「っ——! い、いいの?」


 このタイミングでお土産の話を出すってことは、彩香さんは僕のココロを読んでいたということ。

 そして、彩香さんはお土産を渡すのは最後でいい、と言ってくれたということはつまり、最後まで遊ぼう、と言ってくれている訳だ。

 あれ? 最後っていつだ? いつまでこうやって遊んでられるんだ? いや、そんなことはどうでもいい。


 とにかく、少し舞い上がっていた。


「別に、それいい」

「っ——ちょっ、ちょっとタンマ」


 奇声が溢れかけた口を抑えて、通行人の邪魔にならないよう道の端に寄る。嬉しすぎて、にやけが止まりそうにない。

 口元を隠しながら彩香さんをみると、彩香さんは不機嫌そうな顔をそらした。と言っても、目の下が赤いのでホントに不機嫌な訳ではなさそうだ。


「あ、ありがとう」

「……本心だから」

「これ以上舞い上がらせないで。結構照れる」


 ニヤニヤを嚙み殺すのに数分かかった。

 その間、彩香さんは顔を背けていたけれど、彩香さん自身も照れてることは丸わかりだった。だって耳が真っ赤だもの。

 ふぅ、と舞い上がる心臓を落ち着かせ、もう一度聞く。


「どうする? どこにいく?」


 彩香さんはこちらに体を向けて、顎に手を当てて考え始めた。

 時々、チラチラと向かい側に立つ大きなビルに目をやる。ついこの前に新しくできたビルだ。

 お買い物……がしたいのかな?


「分かった。じゃあ行こっか」

「えっ……でも柚ってお買い物とか……」

「いいよいいよ。興味ない? って聞かれたらイェスだけど一度もお買い物なんてしたことないからさ。物は試しよう、結構ハマるかもだし」


 遠慮がちに足を進める彩香さんを抜いて前を歩く。まるで、彩香さんを先導するように。

 実際は、彩香さんが僕のジャンパーを羽織っている、ということが興奮材料すぎて困っただけだ。


 変態、とせなかを追ってかけられた言葉は聞こえなかったことにする。



 *



「あ……」


 ビルのなか。

 彩香さんが一瞬、服屋の前で立ち止まった。

 やっぱり女の子なんだなぁって感想をココロの中に零すと、彩香さんに睨まれた。そこから弁明を始めるまでにコンマ0.1秒。


「やめてよ睨まないでって。別に彩香さんが普段女らしくないってわけじゃないよ? その……なんだろ?

 いつも彩香さんクールだからさ。今の彩香さんから女の子らしい、って感じがしてさ、ギャップが……うん。

 か、かわいいなって思っただけだから」


 かなりどもりつつ、なんとか本心を伝えようとする。

 かわいい、って単語は実際口に出すとかなり恥ずかしくて、ショーウィンドウの中の服に目を逃した。


 彩香さんに似合いそうな服だけど、値札を確認してみるとかなり高かった。諭吉さん一人分だった。


 彩香さんは口をむにょむにょと動かして頬を染め、そっぽを向いた。そのまま、つっけんどんに言う。


「ここの店、いい?」

「いいよ」


 言いつつ、そして店に入りつつ、ココロの中に愚痴をこぼした。できれば女性の服の専門店はやめて欲しかったなぁ、と。

 店内にいる男性客は数名。そしてその全てがカップルだ。

 僕の立つ瀬は? と誰にでもなく問いかける。


 すると、彩香さんが僕の腕にしがみついてきた。

 しがみついて――!? えっ、何やってんの!?

 ココロの中で彩香さんに問いかけると、無表情の彩香さんがさらに僕に体を寄せて、言った。


「こうすれば柚の面目も立つ。それに、柚は私の横か前にしか、いちゃいけないから」


 そんなルールいつ決めた、と冷静にツッコミつつ……ドキドキして自分の頬が真っ赤に染まっていくのを感じつつ……彩香さんの体を腕で堪能していた。

 ぐへへな妄想が頭をよぎ――ぐっ……蹴らないで彩香さん!


 僕のココロを読んだのか、膝裏に強烈な下段蹴りが刺さり、体がくの字に曲がる。目で抗議すると、彩香さんは拗ねたように呟いた。


「妄想もいいけど、今私はここにいるから」


 だから、今は私のことを考えろ。とか、後に続きそうな言葉を考えて勝手に鼓動が速くなった。


 彩香さんに連れられるまま高校生向けのコーナーに入る。

 と、すぐに腕を解かれた。離れちゃった、と名残惜しんだ直後、僕の指にハンガーが掛けられていく。


「ん~……これとこれとこれと……」


 彩香さんは流動的に服を手に取っていく。

 あっという間に僕の手はハンガーでいっぱいになった。指が痛みを訴え出すけど、商品なので床に落とすことはできない。


 まって、女子の買い物ってこんなにヤバいものなの!?

 叫びつつ彩香さんを見ると、彩香さんは棚を眺めて一息つく。


「ふぅ……ハンガー掛けがあると便利」


 もう僕は人として認識されていないようだった。

 彩香さんはようやく服を取る手をとめ、今度は僕の手にある服を取り、一瞬だけ目を通して、元あった位置にハンガーを返していく。


 時々、僕の手に戻すのもある。たぶん気に入ったやつなんだろうけど……。それなら最初から気に入ったやつだけを僕にもたせろよ!

 そんな思いを込めて、さっきまでの僕の疲労を返せとココロで叫ぶと、彩香さんはやれやれと首を振りつつ正確にハンガーを戻して、言った。


「柚、わかってない。服選びは勘が大事なの。気になった物を集めて、やっぱりいらない物を返していく。これ、基本のき」


 彩香さんは僕をあざけるような笑みを浮かべ、最終的に大半の服をもとに戻した。僕の手には数着しか残っていない。

 まぁでも一難去ったかと一息ついた。

 でも……ここからが本当の地獄だった。



 *



「どう、似合う?」

「似合う似合う」

「これは?」

「うん、似合う似合う」


 彩香さんが服を体に当て、聞いてくる。

 似合ってるという言葉は本心だ。ちょっぴりウンザリしてるけど、大抵の服は彩香さんには似合うのだ。

 もちろん――


「これは?」

「う~ん、似合わない。それはない」


 もちろん、似合わない物もある。

 先ほど、トイレに行くという名目で指を休めに行った。その時に『女子、服、買い物』と調べて出てきたブログ曰く、似合わない服は似合わないと言ってあげるが吉と書いてあった。

 実際、彩香さんの反応を見ると、正解なようだ。


「否定意見も出す辺り真面目に考えてるようにも見えるからムカつく……」


 彩香さんは膨れて、僕の手に残った服を眺めた。

 そんな彩香さんを眺めて、九割がた彩香さんに聞かせる目的でココロの中にぼやく。

 服にこだわりがあるのは分かるけどさ、別にどれだって似合うからいいんじゃないの? と。


 彩香さんがムキになったように言いかえしてきた。


「似合ってたらいいんじゃなくて、好きだって言ってもらえる服がいいの」


 なにやら乙女なことを言い出し――ぐおぅっ……睨んで心臓を痛めつけないで! びっくりするから!

 怒った顔をした彩香さんは僕の抗議を完全無視して、僕の手に残った数着を交互に見回し、首を捻る。


 僕も目を落とし、彩香さんの言葉を反芻した。

 好き、って言ってもらえる服ね。なんかココロがモヤッとしたけど気にしないことにしよう。


「う~ん、僕的には彩香さんが今着てるワンピースが一番好きかな。渋谷には似合わないけど。どちらかというと湘南の海とかに着てく服? って感じだけどさ。

 彩香さんらしい? というか……」


 すると彩香さんは、ぽっと頬を染めた。

 麦わら帽のつばを下げて顔を隠そうとしているけど隠せていない。彩香さんはぽつりとつぶやいた。


「バカ。言えばいいってわけじゃない」


 じゃあなんだ、と言いかけてやめた。彩香さんが僕の手にあったハンガーを全て棚に戻したからだ。

 そしてツカツカと店の外へ足を向ける。

 追いかけつつ、何か不機嫌にさせるようなこと言ったかな? と自分の言葉を思い返す。


「ねぇ彩香さん、服買わなくていいの?」

「いい。だって……」


 彩香さんは少しタメを作り、僕を振り返ってニッコリ笑った。


「柚はこれが好きなんでしょ?」


 彩香さんはワンピースの裾を持ち上げてそれを差す。僕はその笑顔に恥ずかしくなって後じさりしつつ頷く。


 すると、彩香さんが僕の腕を取り、そのまま腕を絡めた。

 そして、彩香さんは上機嫌に歩き出しながら僕を見上げ、嬉しそうに言った。


「じゃあ、この服のままでいい」


 自分の顔が真っ赤になっているのが分かって、目を合わせられなくなった。








PS:ワックのゴミを捨てたのは彩香。

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