第9話 ブームをけなす美少女は、僕のジュースを奪わない
「彩香さん! 空中で甲羅はナシでしょ!」
「せ……くの……つ」
「あぁん!? セックス!? なんて言った!?」
ゲームセンターで某人気カーレースゲームをしていた。
周りのゲームの効果音うるさすぎて、彩香さんの小さめの声は聞き取れない。大声で聞き返すと、彩香さんが体ごとハンドルを切って怒鳴った。
「戦略のひとつ! この変態!」
「待ちやがれぇぇぇ! てめぇのスカート剥いでやらぁ!」
文脈無視で隣の彩香さんに怒鳴り返し、アクセルペダルに全体重をかける。だけど、差をどんどん引き離されて、彩香さんがゴールした。
そのあともう一回やって結局、一勝一敗で終わった。
「いやぁ、楽しかった」
「ん、楽しかった。柚、また来よ」
「そうだね。って、お昼以降にもっかい行くのもありだけど」
いや、レース中との温度差よ。和やかすぎん?
延々と楽しかったと呟きつつ建物を出て、昼ご飯を求めて渋谷を彷徨う。するとと、彩香さんが向かい側のビルから突き出た看板を指差した。
赤い背景に黄色いWの文字がよく目立つ、みんな大好きワックである。
「うわ~めっちゃ久しぶり」
「そう? 駅前にあるけど。学校の」
「あぁね、確かにあるけど。あんまりおなか膨れないし、家族があんまり好みじゃないからさ」
というのは言い訳で、僕がそれとなくワックを避けて生きているだけ。生まれてこのかた一回もハンバーガーを食べたことの無い僕には、ハンバーガーを買う勇気がないのだ。
ちょっと恥ずかしいので彩香さんには秘密にしておこう。
「へぇ、じゃあ折角だし勇気出したら? 私といるんだし」
「僕もしかして口に出て――くっ、彩香さんに隠し事はできないんだった……」
彩香さんはココロが読める。そのことを忘れてのんきに回想していた数秒前の自分を恨んだ。
まぁでも……確かに彩香さんといるんだし、買ってみるか。
理由になってない理由でハンバーガーを買うことを決定して、お店に入る。
二時過ぎなこともあって、店内はそれなりに空いていた。
カウンター席を陣取って、彩香さんのオーダーを聞く。飲み物は僕と同じコーラ。承った。
彩香さんの奥の壁にある広告を眺めるフリをして彩香さんを眺めつつ、列に並ぶこと数十秒。
自分の番が来たのでレジに向かい、注文しつつ値段を計算する。レジ打ちさんより早く総額を出すことが最近のマイブームだ。
「以上で合計――」
「1450円、ですよね?」
言いつつお金をジャストで出す。
2*5*5*29、と素因数分解まで口に出すとドン引きされるので(経験済み)ココロの中に呟くだけで済ませた。
しかしアレだな。29が因数に入ってるから評価高いけど、2倍したらすぐに因数分解できちゃうからおもしろみのない数字だな。と勝手に数を批評する。
顔を引きつらせたように笑ったレジ打ちさんは、オーダーを裏方に伝えて次の人を呼んだ。
ハンバーガー達の乗ったプレートを受け取るときに会釈すると、引きつった笑みを返された。
彩香さんのいる席へと戻り、彼女に向かい合う。
「柚……」
彩香さんが呆れたような笑みを浮かべて僕を待っていた。
「なに? あ、これで手、拭いて」
ポケットに常備している超強力なアルコールのウエットティッシュを彩香さんに渡し、自分も手を拭く。
う~っ、スーってしてきもちぃ~……。
「いろいろと言葉がごった返してるから重要度低い順に言うね」
「ん? そんなに僕なんかした?」
「した」
即答された。なんだろ。思い当たる節が列に並んでたときの――
「それ最重要事項。まず最初に、彼女に体拭くためのアルコールティッシュを渡すのはどうなの? なんでギャツピーなの? 普通のウェットティッシュないの?」
首裏とか額とかを拭いていた手が止まる。
『彼女』というワードに反応しかけるも、追撃にココロを折られた。
「反論は受け付けないし、反論聞いてたら日が暮れるから次。数字を勝手に評価するのはかなり変人」
ダメージはかなり大きかった。
ココロを常に読まれていて嬉しいっ♡ なんて発想はない。
「次。マイブームがキモい。店員さんも私もドン引き」
淡々と、彩香さんは僕を斬っていく。
車のナンバープレートで小町算をするのが僕の前ブームだった。数少ない友人の忠告により、そのブームは過ぎたのだけれど……。
「その友人の恩を仇で返している。キモいから」
「そこまで言う?」
「そう、そこまで酷い。小町算ブームよりはマシかもだけど」
ちなみに更にその前のマイブームは、一日二回、思い立ったときにそのときの年月日時(24時間制)分秒を順に並べてできる14桁の数字を因数分解することだった。
僕が13歳の頃に開かれた第一回家族会議で諭されてこのブームも過ぎたのだった。
「ご家族がかわいそう……絶対にその悪趣味のせいで家族会議なんかが生まれたんじゃん」
「結構傷つくからやめて……てか悪趣味言うな」
「でも事実だから。で、最後……これはお礼なんだけど」
彩香さんはチューっとかわいらしくストローを吸い、蓋のでこぼこを凹ませながら、躊躇いつつ言った。
ちょっと、もじもじしていた。
「並んでるとき、私のことみててくれて、ありがと」
「っ――!」
のんきに彩香さんを眺めていた数分前の自分を恨む。
なんとなく意識してただけで全然覚えてなかった。彩香さんは心が読めるんだった……。
そういえばどのお店か決める時にもそんなことを考えた気がする。僕ってもしかして短期記憶力皆無?
「えと……ご、ごめん」
「いや、ぜんぜん。むしろ嬉しいから」
「え? そういうのって気持ち悪くないの?」
「なんで?」
「なんでって……見られてるんだよ?」
そこで、彩香さんは首をかしげた。
「むしろその方が嬉しい。私のこと、考えてくれてるって思えるし。私に興味あるんだって思えるし。私は柚に見られてると嬉しい。
注目を集めたい人っているでしょ? それと同じだよ。それってヘン?」
彩香さんは珍しく長く喋った。
いろいろと聞き直したいことはあったけど、それってヘン? で二項対立化された議論には、首を横に振るしかなかった。
すると彩香さんは体を前に戻して話を切った。
「じゃあそれで終わり。食べよ」
「あ、うん。そうだね、いただきます」
「いただきます」
彩香さんの分と僕の分とをプレートの半分の境界で別けてから食べ始める。
ジュースの蓋の凹みのない3つの出っ張りを眺めつつ、ストローを刺して吸う。彩香さんのと混ざらないように向かって右側に置いておく。
ポテトをかじってハンバーガーから逃げていると、彩香さんが僕のハンバーガーの包み紙を剥いて突き出してきた。
おそるおそるハンバーガーにかぶりついて、咀嚼、そして飲み込む。
優しげな目で僕を見ていた彩香さんが、僕のハンバーガーをプレートに戻した。
……美味しい。
「美味しいでしょ?」
「うん。彩香さんも僕と同じハンバーガー?」
「そう。同じ」
「じゃあシェアとかできないね」
「っ——!?」
彩香さんが目をくわぁっと見開いて、それで僕もワンテンポ遅れて自分の発言を理解する。
ハンバーガーはかぶりつく食べ物だから『シェアする』というのはつまり、間接キスをするということだ。
別にそんなつもりで言ったわけではないけど、そう捉えられてもオカシクない発言だった。
キモがられるという恐怖から、早口で言い訳する。
「ごめんっ、うそ。ジョーク、冗談だからゆるして?」
「そ、そう。別に……冗談じゃなくてもいいけど」
真っ赤な顔の彩香さんの言葉を理解するまでに数秒。
心臓がドキドキし始める。それを隠すために左手でコーラを引き寄せてストローを吸うと、彩香さんはビクリと体を跳ねさせて、ハンバーガーをおいた。
そして焦ったようにもう一つのジュースに口をつけた。
その行動の異様さに、ドキドキずる心臓をよそに口を開く。
「だ、大丈夫? むせた?」
「そ、そうっ! むせただけっ、ありがと!」
「じゃあいいけど……」
目を前に戻す。
ジュースの蓋についてる凹凸が目に映り、それに思考を巡らせるのに気を取られた。
ちょうど、手前の出っ張りの一つが凹んでいた。凹ませた記憶なはい。
PS:オチ、分かった?
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