第6話 絵を描かれた美少女が、僕にささやき惑わせる
「編み物かぁ……」
家庭科の授業で配られたプリントを眺め、呟く。家庭科の一学期の課題である編み物製作の設計図を描けというお題だった。
お昼休み。お弁当を彩香さんからいただいて、いつものごとく机を突き合わせて食べた、その後だった。
前に座る彩香さんの手には、僕が貸した本がある。読書する美少女、とかなんとか絵を描いたらお金が取れそうだ。
彩香さんが本から顔をあげたので、設計図に目を戻して逃げる。
なんとなく、設計図に線を入れてみる。手が動くままに鉛筆を滑らせていく……と、いつの間にか読書をする美少女を描いていた。
チラリと彩香さんを盗み見て、設計図の中の美少女を見る。
絵の中の美少女はかなり彩香さんに近かった。
消さなきゃ、と消しゴムを探す——瞬間、彩香さんがするりと僕のプリントを取り上げた。
「ちょっ!」
叫びかけて、止まる。叫んだらクラスメイトの注目が集まってしまう。そしたら最悪の場合には僕が女子の絵を描いたって変態呼ばわりされる。
その間に、彩香さんは僕の描いた絵を眺めて、ニヤリと口角を上げた。
「柚、これって私?」
「っ――さぁ、どうだろうね」
彩香さんを見てるうちに描いてたから彩香さんじゃない?
直接言うのは恥ずかしいので、ココロの中で呟いて教える。
すると、上機嫌に笑った彩香さんは鞄からファイルを取り出し、そこに僕のプリントを入れた。
「ちょっと、それ僕の……」
無言でニコニコしながら、彩香さんはお財布を取り出して……中から100円玉を出した。
「買う。この絵、買いたい」
「えっ……!」
「貴重な100円なんだけど……足りない?」
言いつつ、今度はお財布から500円玉を出す。
なんで僕のヌボーッと描いた絵が買われることになってるの!? しかも彩香さん曰く貴重なお小遣いで!
「上手いから。だめ? 非売品?」
「えと……なんか面倒だからいろいろすっ飛ばして聞くけど、キモくないの?」
自分の絵を描かれて、と続ける勇気はなかった。
ココロを読んだであろう彩香さんはかぶりを振る。
「嬉しい。とっても、嬉しい。柚が描いてくれたから」
「え~あ~……そっか。そっか」
ふんわりした笑みで言われると、本心なんだなって分かって僕まで嬉しくなる。そして照れてしまう。
中学の頃、僕にヤケにつっかかってくるギャルっぽい女子の絵を描いて、キモいとその女子に言われてできた心の傷は浅くない。ちょっとその子のこと好きになりかけていたのに。
瞬間、彩香さんが無表情になった。
「その女の子とは? 今どういう関係?」
「えと……音沙汰、なしです」
「そっか」
確か絵はそのまま持ち帰られた気がするけど……。
ってそうだ、僕の課題プリント! 取り返さなきゃ!
「とにかくお金はいらないからさ。ちゃんと描いた方の絵でもいい? それ持って帰られると僕の課題が提出できなくなるし」
「ヤダ。新しいプリントはもらえばいいし。この絵はもらう」
「えぇ……彩香さんが家庭科室まで行って課題プリントもらってくるならいいけど……」
動くのがめんどくさいというクソ男の発言を8割本気、2割拒否する建前として放った。これで諦めてくれるかな? と。
だけど僕が言った瞬間、彩香さんが立ち上がる。椅子を引く音がよく教室に響いて、一瞬クラスのざわめきが止んだ。
「今からもらってくるから動かないで。私が帰ってきたときに私の前にいなかったらヤだから」
「え、あ、はい」
早口でまくし立てた彩香さんが教室から走り出ていく。
そのあとトイレに行きたくなって葛藤したのは、また別の話。
*
絵を描いてもらった翌日。
柚がご飯を食べ終わった後に、柚を眠らせる。目をじーっと合わせて、眠れと念じれば簡単に眠りに落ちた。つまり超能力だ。
いまや机の上に寝そべって、すーすーと寝息を立てている。
柚のせなか側に立ち、多少なりとも征服欲と独占欲が満たされていくのを感じる。はっきり言って、快感だった。
ポケットからメジャーを取り出し、そっと柚の手に当てる。手首、指の長さと径、手の幅、厚み……その全てを測ってメモを取る。
手が柚の手に触れる度に、胸がドキリと跳ねた。
少し骨張った暖かい柚の手は、やっぱりオトコノコの手だった。
触れるとドキドキするのに、なぜかココロは安まる。安心できた。
耳に口を寄せて、ささやいてみる。
洗脳の超能力は法的にも主義的にも、使いたくはない。
でも、寝ている人にささやいて思い込ませることぐらいは、罪にはならないだろう。というか、単なるおふざけだ。他意は全くもってない。
「柚、柚の居場所は私の前だから。1人でどこにも行かないで」
重い女を意識して、そんなことを言い聞かせる。正直変態の極みでしかないし、思い返せば気持ち悪い限りだが……この発言が柚の深層心理に刻まれるなら安いもの。
ん、違う。これはおふざけだ。
さらに柚は寝ているのだから、聞かれる心配もない。いわゆる言い得というやつだ。
うん。本心なんかじゃない。心の片隅でそんなこと思ってる、なんてそんな事実は存在しない。うん、存在しないのだ。これはおふざけだ。
——そんなことをたらたら。その目的は、恥ずかしくなって柚から離れたいと叫ぶ自分をとどめて、もっと柚の顔に顔を近づけることである。その方便の言い訳である。
端的に言おう。私は柚に頬ずりがしたかったのである。
恥ずかしくてできなかったけど。
*
「ん~……いい」
家。私は机のナイロンの下に入れた、柚が描いてくれた絵を眺めて呟く。
少しアニメ風に描かれたこのかわいらしい少女が、柚にとっての私なんだと思うとドキドキする。
柚は私がこんなに可愛いと思ってくれているんだろう。すごくドキドキした。
「およよ? 彩香な~に乙女になってんの?」
「っ――
「あっ、久しぶりに
いきなり、お姉ちゃんが後ろからやってきて、私の机を覗き込んだ。隠そうと手で押さえても、その手を力ずくで剥がされる。そして、言い当てられた。
顔が真っ赤に染まっていくのが自分でも分かる。
「もしかしてこの絵を描いた男が好きなの? ふんふん、いいんじゃない?」
「っ――そ、そう?」
「そう思うよ。頼りないけど優しい系の一人称僕の男でしょ」
「なんでっ――!」
「彩香が好きなタイプってそんな感じじゃない? 超能力が使えたことはもう話した? 子供生まれたら継承されるかもしれないんだし」
「っ——気が早いっ! ばか! もうっ……」
まだ誰にも超能力が復活したことを明かしていない。一度失った超能力が復活した。こんなこと親族に知られたらどうなるかわからない。悪意がないとしても原因究明と称して質問攻めに合うのも困る。私だって原因は分からないのだ。
……心当たりはあるんだけど。たぶん柚なんだけど。
茜ねぇの言葉に恥ずかしくなって怒った声を出して、それからあやふやに頷く。
「超能力って聞いてもその男、ぽわわぁ〜んってしてたでしょ?」
確かに、柚は私が超能力を使ってもぽわわ〜んとしている。私の超能力をそこまで重要なことだと思ってないみたいだ。
それはそれで腹が立つ。私をもっと大切にしろ。
「って、なんでそこまでっ分かって——!?」
「ふふん、おねーちゃんも元超能力者だからねぇ〜?
ま、彩香の恋が実ることを祈ってるよ~っと、後で
そして、一瞬にして私のコイゴコロが家族に知れ渡ってしまったのは大きな誤算だった。
これも全部、柚のせいだ。
私はこの場にいない男に全責任を押し付けた。
PS:茜……彩香の姉
亜希奈……彩香の妹
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