第4話 お料理係の美少女は、僕の隣を独占したい
「お弁当、作ってきたけど食べる?」
「っ……彩香さん僕のこと好きなの?」
口からぽろっと出てしまったその言葉に一瞬のタイムラグの後、彩香さんの顔が無表情になった。
昼休み。最初にお弁当をもらった日から数日後。再び僕は、彩香さんからお弁当をもらった。
*
「今日は誰が忘れたの? お弁当、持って行くの」
机の上のものを片付けながら、からかうように聞く。
僕のためにお弁当を作ってくれたのは丸わかりだったので、嬉しさで口が軽くなっていた。
彩香さんは目を逸らして、わざとらしく言う。
「誰も忘れてない。お弁当作りすぎただけだから勘違いしないで」
「ツンデレの常套句だね。やっぱり僕のこと好きなの?」
「そう」
おふざけで聞いた質問に、予想していなかった答えが返ってきて、心臓がドクッと跳ねる。抑えようもなく顔が赤くなるのが分かる。
人として、の常套句が後付けされたとしても心臓は鳴り止まない。そんな、ヘンな自信があった。
彩香さんの顔を窺う……と、彼女はふっと笑みを零して肩をすくめる。
「柚の食べるときの笑顔が好き。幸せそうに笑ってる」
「恋愛としてじゃないんだろうとは思ってたけど……やっぱ照れる。そう? そんなに笑ってる?」
確かにホントに美味しいご飯にありつけると涙出ちゃうけど……僕ってそんなにご飯に対して表情豊かなの?
自分の顔を触りつつ首をかしげてると、彩香さんは悪戯っぽく口角を上げた。
「じゃあいつか、柚のこと泣かせるようなご飯作ってもいい?」
「あ、うん。てか泣けるほど美味しいご飯ならこちらから作ってくださいってお願いするよ」
「わかった。じゃあいつか」
「うん、いつか」
喋ってて、止まる。『いつか』って……じゃあその『いつか』まではこの関係も確約されたってことだよね? そう思っていいんだよね?
脳内に組み込まれていた乙女回路が起動し始める。
彩香さんには当然、筒抜けだった。
「バカ」
「えっ、酷くない? コイゴコロというモノは僕にだってあるんだし」
「違う。当たり前のことでいちいちドキドキされても困る。こっちに筒抜けだから痒くなる」
言いつつ、彩香さんは首の後ろを掻く。渋谷のスクランブル交差点の中心で叫ぶ厨二病を見て、するような仕草だった。
つまり、僕はそこまでイタい奴に見えたということか。
「ちがう。ニュアンスは間違ってないけど恥ずかしくて痒くなるだけ」
「あ、うん、ごめん、そっか。いただきます」
痒さのニュアンスを否定されなかったことに自尊心が傷つく。矢継ぎ早に言葉をなげて謝り、お弁当を開く。
お弁当の雰囲気は前回と変わらず、佃煮やら枝豆やら……デフォルトだった。
お弁当作りを張り切った結果、僕が好きそうなオカズを沢山詰め込みました……とか、そういうコイゴコロの表れはないんものなのかな? ——と、お弁当を頂戴する身でありながら不満に感じる。
すると彩香さんは無表情で、栄養バランス、と短く呟いた。
ココロを読まれたことで後ろめたさを感じ、別の話題を振る。
「あのさ、前回も思ったんだけどこれって自分で作ってるの?」
「お母さんが忙しいから。平日の朝ご飯とお弁当は私の仕事。洗濯はお姉ちゃん、掃除は妹の仕事」
「へぇ、三人姉妹なんだ。いっつも早起きでしょ?」
「六時起き。その代わり十時に寝てる」
「健康的だね。ん、この佃煮美味しい」
「ありがと」
他愛もない会話を繰り広げてお弁当を食べていると、あっという間にご飯が消えた。
食べ終わってしまうと会話が途切れてしまいそうだから、お弁当の隅に枝豆を一粒だけ残しておく。
すると彩香さんは嬉しそうにはにかんだ。
っ、そうだった。考えてることは全部バレバレだったんだ。
彩香さんは柔らかい笑みを悪戯っぽい笑みに変えて、口を開いた。
「そういう細かい気遣いができるところ、大好き」
「っ――ヘンに期待するからやめて?」
「でも好きだから。いいよ、食べきっても」
「……じゃあ。ごちそうさまでした。美味しかった」
最後の枝豆を口に放り込み、お弁当に蓋をする……と、手を突き出された。弁当箱を洗うぐらいは僕がする、と言いかけるとそれを先制するように彩香さんが言った。
「明日も作る。それって迷惑?」
「……いや、めっちゃ照れるけど嬉しい。でもなんかお返ししたいし、なんかお返しできるようなモノない?」
「じゃあ私の前で食べて。食べてるときの笑顔、すごく嬉しくなる」
「いや、それって当たり前だし……。食費とかあるだろうしさ、えと……」
僕の
そんな僕のココロを読んでくれたのか、彩香さんは諦めたように言った。
「分かった。じゃあ本貸して」
「え?」
「三姉妹だからお小遣い少なくて本買えないから。おすすめの本、貸して。小説だったらどんなものでも好きだから」
「……わかった。じゃあそれで」
本を貸すときに
僕は純文学の小説ばっかり読んでるから貸した本のせいで気まずくなることもないだろう。
「私、
「え、そうなの?」
「むしろライトノベルの方が興味はある」
「そっか。じゃあ適当に目測つけて買ってみるよ。ジャンルはどれがおすすめとかある?」
お弁当を食べ終わって机の上が片付いても、机を突き合わせてお喋りに興じていた。
*
「おんなじ方面なのに今まで一緒に帰ったことなかったね。彩香さんと帰宅時間、違ったのかな?」
「柚、いっつも私の前にいた」
「あ、そうなの? 声かけてくれれば良かったのに」
「スマホしてたから。声かけにくかった」
顔を顰めて言い返した彩香さんと並んで改札をくぐり、階段をのぼる。目の前でひらひらと揺れるスカートが目の毒だった。
後ろ向きでもココロを読まれたのか、彩香さんは振り返ってキッと睨み、僕に前を譲った。
ちょうどホームに滑り込んできた電車に乗り込む。
ドアのすぐそばの席が一つ空いていた。その隣に1人、そしてさらにその隣は空席だった。彩香さんをその席に誘導する、と座っていた人が横に一個ずれてくれた。
会釈して、そのまま角の席に彩香さんを促す……が、僕の腕を掴んだ彩香さんは僕を角の席に座らせて、その僕の隣に座った。
腕を掴まれてドキリとするのは男の性だ。
彩香さんはムッとした顔をしつつも、頬をほんのり赤く染めていた。
「ど、どうかした?」
「柚は私の隣だけど、他の人の隣じゃないから。柚の居場所は私だけの隣だから、私だけの横だから」
文脈を知らないと理解しようのない、限定法の間違った使い方をしたその言葉に、脳の起動が遅れて数秒フリーズする。
そして気付いて、心臓がドキドキしはじめた。
「……なんてね」
とってつけたような副助詞と終助詞が本当に冗談めかす分詞だったとしても、僕の心臓は鼓動を鎮めそうにもなかった。
自分の膝の上で丸めた拳を無言で見ることしかできなかった。
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