第3話 トイレ管理者の美少女が、僕とペアを組みたがる




「柚、どこ行くの?」

「……トイレ、です」

「2分」


 僕の言葉に間髪入れず、彩香さんはそう呟いた。一限の後の休み時間。

 2分? 2分って……2分でトイレを済ませてこいってこと?

 ココロを読んだのか、彩香さんはこくりと頷いた。そして鞄のなかからストップウォッチを取り出してピッ、ピッと操作する。


「2分、スタート」

「えっ、ちょっ、待って!」


 叫びながら教室の外へと猛ダッシュ。男子トイレに駆け込み慌てて用を足し、外に出かけて――戻って手を洗う。もちろん石けんで綺麗に洗う。危うく手を洗わずに彩香さんの前に立つところだった。不潔にもほどがある。

 手をズボンで拭きつつ教室に駆け戻り彩香さんの前に座る……寸前、タイマーが鳴った。


「はぁはぁはぁ……ってなんでトイレの管理までされてるの?」


 息切れした喉を潤すべくリュックから水筒を出して傾けつつ、片目で彩香さんを見て聞く。

 彩香さんはさも当たり前、といったふうに肩をすくめ、タイマーを鞄に投げ入れる。

 そして小さな口を開いた。


「それ以上長いと辛い。暇」

「……僕と2分以上離れていると辛いってこと?」

「……」


 すると目を逸らして、指で机を叩いてリズムを取った。

 図星か。僕と離れると辛いのか、そうか。今度からはなるべく速く用を足そう。


 そう思った瞬間、お尻に衝撃を感じる。彩香さんにズカッと椅子の下を蹴り上げられたようだ……。結構今の音、大きかったけど大丈夫なの?

 つま先とかけっこう痛そ——あ、痛いんだ。

 そっぽを向いた彩香さんの顔は、少ししかめっ面だった。やっぱり痛かったようだ。


「柚がヘンなこと考えるのが悪い」

「いや、僕は彩香さんのご要望に添えるように——」

「うるさい」


 この一言が出たら退散するが吉だ。この言葉が出ても尚からかうようだと、数日前のジャージを視姦したときみたいに睨まれて心臓を痛めることになる。

 彩香さんはあの超能力を使うのにハマったようだ。

 超能力って怖い。しかも彩香さん、僕が知らないだけで他にも超能力持ってそうだし……。

 というか彩香さんならどんな超能力でも使えそうな気がして怖い。


「私、怖い?」

「あ、ごめん」

「いい。それより、怖い? 私……」


 不安げなその顔を見て申し訳なくなる。彩香さんは中途半端にココロが読めてしまう分、人一倍傷つきやすいオンナノコなのだ。そこが愛らしいとも言える。

 僕の単なる推測でしかないが、彩香さんは自分の超能力がコンプレックスなのかもしれない。


「いや、僕の『怖い』はネタとしての? なんて言うんだろ、あぁ~うまい言い方が見つかんないけど、少なくても彩香さん自身は怖くないから。それだけは絶対に安心して。あと……なんだろ」


 こういうコンプレックス持ちの人への的確なフォローの仕方が僕には分からない。陽キャの人々は軽く流して相手を安心させることができるのだろうが、口下手な僕にはソレができない。

 だからとにかく思ったことを全部喋ることにした。


「とにかく彩香さんは怖くないから、大丈夫。十分かわいいから。

 えと~、あと~、他には……」

「もう十分。おなかいっぱい」


 いつの間にか無表情だった彩香さんの声に、思考が停止する。無表情な割に、目の下が少し赤い気もした。

 なんだよ、不安がってたと思ったらすぐに照れるんだ。それならもうちょっと不安げな彩香さんを見とけばよかったかも。

 結構不安がってる彩香さんって目が潤んでてかわいいし。


 すると再びズカッと椅子を蹴り上げられ、話がループしかけたのは余談だ。



 *



「じゃあ2人組作ってくださ~い。その2人組が一学期間のペアになりま~す」


 快活に話すその家庭科の教師は、明らかにぼっちの敵だった。

 接点のない生徒同士をくっつけるために出席番号順で自動的にペアを作るべきだ。という建前のもと、中学の頃は仲間はずれなんてことはなかった。

 もっと言えば、友達だっていた。名ばかりの友達とか、そういう冷たい言葉は聞こえないことにする。


 家庭科室の椅子は冷たくて座り心地が悪かった。


「……どうしよ……」


 まず最初に探したのは彩香さん。彼女だけが唯一の頼みの綱だった。教室を見回し、彩香さんを探す。

 見つけたけど、彼女は他の人と喋っていた。


 そう、彩香さんはいつの間にか女子友達を持っていたのだ。彩香さんの隣の席のギャルっぽい女子が、そのしゃべり相手のようだ。

 見た感じ仲が良さそうなので、きっとその人と組むだろう。

 僕はぼっちのたまり場に入って適当に済まそうか……。


 そう考えて彩香さんにせなかを向け、そこだけ照明の光が届かなくて暗いように見えるぼっちのたまり場に足を向けたとき、声を掛けられた。


「どこ行くの?」

「え? あぁ、彩香さんか」

「私だったらなにかダメ?」

「いやえぇっと……僕をペアに誘ってくれる人かな? って思ったけど……彩香さんはさっき喋ってた女子と組むでしょ? だからちょっとがっかし、って思っただけ」


 言った瞬間、首にヘンな力が掛かった。強制的に彩香さんと目が合う。

 彩香さんはめちゃくちゃ、怒った顔をしていた。刹那、心臓に強烈な痛みを感じる。息をするのも辛くなる。

 超能力を使っていることはすぐに察せた。


「柚。柚の居場所は私の前か横か後ろだけ。柚の居場所を私が消すわけがないことぐらい気付いて」


 彩香さんはクールに、淡々とそう告げて超能力を解除する。

 全身からどっと疲れが抜けて、ちょうどあった椅子に座る。と、隣の席に彩香さんが座った。

 彩香さんを包むオーラは怒りの色に染まっている。声をかけるのもはばかられた。


「ご、ごめん……」

「柚、勝手にどっか行かないで」

「……あ、うん」


 そんなことを言われると、彩香さんは僕のことが好きなんじゃないかって思ってしまう。

 思ってしまって、少し粋がった僕は、粋がった思いつきをした。

 でも口に出してリクエストする度胸はないので、ココロの中で強く念じる。


 今日、一緒に帰りませんか。


 すると、横でこくりと頷くのが見えた。

 さっきまでの仏頂面はどこへか、とても嬉しそうな満面の笑みで。彩香さんは頷いた。











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