2-4 信頼

 壬生みぶしるし。【輪歌衆】幹部の十六にして【撰者】の一人。

 受け持った計画は『全ての神を習合した【完全な唯一神】を宿し、その権能で世界を白紙に戻す』……強いて名を付けるなら【荒覇吐アラハバキ計画】とでも言おうか。

 だがこの計画は頓挫した。識が世界の白紙化を拒否し、組織から逃亡したからだ。

 無論上層部は追っ手を遣わせたが、神社の境内に入った事で一時的に撒く事が出来た。

 しかしな。識はそのまま隠れ続ける事を良しとせず、神社から出てしまったのだ。

 ────あの子は、戦う事を決意した。実際、あの子は戦って組織の人間を何人か仕留めた。今組織は36人全員が揃っている訳では無いはずだ。幾ら補填出来ても、秘密結社だから大々的に人を募る事は出来ない。


「……つまり、36人揃う前に【輪歌衆】を壊滅させるっていうのが神様の目的?」

『その通り。私は識を護る事が役目だ。その障害となる【輪歌衆】は、私にとって敵以外の何者でもない故────』

 神様は目線を横に流して、怒りを顔全面に出して唸った。

『────彼奴きゃつらはこの世に居てはならぬのだ。たといお主らの恩を踏みにじったとしても、な』




「……」

 一方その日の午後、櫻宮書店では店長・櫻宮おうみや杜若とわが、職務をサボって読書に耽っていた。顔立ちは男女双方からプロポーズされる程の中性的な美形。本人もラフな服装を好むからか性別不詳に拍車をかけている。ちなみに杜若は女性である。しかも一児のママだ。とてもそうは見えない。

「……只のお客じゃないね?貴方は」

 ベルが鳴るや否や、開口一番に杜若はそう言った。彼女が知る事では無いが、その『お客』は三六六こよみの元を訪れたあの男である。

「おぉ……解るんですか。心の眼、とでも言う奴ですかな」

いや、私はそんなもの使えない。ただこの店、物好きしか来ないからね」

「面白いお店ですな。……そろそろこちらの要件をお話しましょう。ですからどうか手元の《危なげなもの》は置いて下さい」

 杜若は警戒から、書店制服のポケットに常備したカラーボールを握っていた。上手く感付かれない様に動いたつもりだったのだが、やはりこの男、ただの中年では無い。

「私は言うなれば、しがない【物書き】。この書店に、ちょっとした『売り込み』をしに来たのです」

「────ふぅん?」

 警戒は緩まない。男の口元は緩んだままだ。

「言っとくけど私、読み物には煩いよ」

「いやはや、お手柔らかに」




 翌朝。私達は北海道を離れる事にした。

 帰宅し次第準備をして、掛矢が『急ぎだから』と急かして友人に造らせたレーダーを受け取りに行き、同じく掛矢がチャーターしたセスナに乗って朝一で徒利継島に行く為だ。チャーターした飛行機はどうも人気らしく、この時間以外でのフライトは厳しいとの事だった。無理を言って乗せてもらうのだから、私からはあまり文句を言えない。


 昨晩の神様の話を聞いて、私の決心はここに来て揺らいでいた。識くんを信用して本当に良いのだろうか……と。

「乃恋」

 掛矢が私を呼ぶ。振り返ると、掛矢は私の顔を見て何を察したのか、こちらに来て肩をポンポンと叩いた。

「安心しろ乃恋。きっとお前は善悪を越えたある地点で、正しい道を歩いている」

 ……やはり兄は、昔から言う事が変わっている。

「今度はゆっくり来るといい。秋なんかだと祭りもあるからな。……気を付けろよ」

「ありがとう兄ちゃん。それじゃあ」


 私は兄に手を振る。兄もまた私に手を振る。

 朝焼けと共に残りの夏が、今日と言う日が、また少し剥ぎ取られていった。

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