第2話 巨きな島の片隅

2−1 帰郷

 それから数日後。店長から直々に『お盆休みOK!』のお達しを頂き、私は晴れて(?)地元・北海道に帰省する運びとなった。識くんも一緒に連れて来た訳だが、親子というと流石に年齢が近すぎ(そもそも私は未婚)、姉弟では親に疑われる(年齢的にも識くんを産んだ訳が無い)ので、『バツのついた仕事仲間が傷心旅行している間、彼に顔の似た息子を見ていると思い出して嗚咽が止まらなくなってしまうので、お盆休み帰省する私に息子くんを預かってもらい、一緒に北海道へ行ってきてもらう事になった』とかいう方便を立てた。が、無論そんな仕事仲間はいない。ゴースト社員である。

 空港からJRで駅に訪れた。8月中旬だと、世間は恐らく夏休みだと言うのに、やけに駅前東口は静かであった。無理もない、商業施設は反対口だし、粗方は国道沿いにある大型複合スーパーに人が流れるのが常になっている。母が高校生くらいの頃はデパートや個人商店などが立ち並びそれはもう栄えていたという。若干寂しさを覚えながらも、バスに乗り西へ。

 私が高校に通っていた時にはよく利用していたバスだが、しばらく見ないうちに停留所をアナウンスする電光掲示板やら、バス自体の本数も大きく変わっていた。数年という時間の偉大さに恐怖しながら、住宅地へと進んでいく。

「さて……私の両親は子育てが終わったからアパートに越したって聞いたけど……。あぁ、ここだここ。私が学生の頃住んでた家!」

「わぁ広い駐車場。向こうじゃこうはならないですよね」

北海道コッチ本土ないちに比べて物価も給料も安いからねぇ……ま、食べ物は美味しいし、何より空気が馴染むね。海風の混ざった湿っぽいこの空気!暑過ぎず、しかして寒い訳でも無い」

 本州育ちの識くんには気温20度は少し寒く感じたりする様だが、道産子の私にとってはこちらがデフォルトである。

 この辺りには、昼間だから社会人も年寄りもいない。時折車が通るだけだ。

 ……だけのはずなのだが、ただ一人、泥と雑草まみれになりながらオフロード用の自転車をフラフラと漕いで来る人が。黒みがかった青のジーンズに半袖のアロハシャツ、その上から濃いグレーのパーカーという妙ちきりんな服装にメガネと無精髭、頭は寝癖が立ったままという、中途半端にズボラな格好である。

 カゴに入れたリュックサックにはメモ用の方眼紙が何本も突き出ており、本人の醸し出す雰囲気と相まって非常にヲタク然としたものを感じる。その癖してやけに姿勢が良く、しゃんとした背すじに手信号、信号に差し掛かる毎の一時停止と左右確認……クソ几帳面な性格も滲み出ている。なぜ服装も几帳面でないのか。

「なんだか変わった人ですね……僕がお知り合いになるのはハードルが高そうです」

「識くん。……他ならぬアレが私の兄貴」

「えっ……そ、そうですか……」

 やべぇ。ガチで引いてるじゃないか識くん。そりゃそうだよな……あの見た目でお近付きになりたいという人がいるなら見てみたいくらいだ。私が識くんでもお断り願いたいほどである。

「およ、もしかして乃恋か?久し振りだな!」

「あぁ……久し振り兄ちゃん。お盆だから内地から帰って来た」

「……その男の子は?」

「職場の人の息子さんさ。ちょっとだけ預かってんの。兄ちゃんはなしたの」

「朝から球川たまがわ見守台みもりだいの方に行って来た。したっけ結構綺麗な写真撮れたさ。ほら」

 久々の再開にも関わらず調子は変わらないみたいだ。見守台の近くにある尼稗アマビエ沼の写真を撮って喜んでいる様である。

「なんか話す事あるんだべ?外じゃあずましくないっしょ」

 と言い、兄貴────兎波咲とばさ掛矢かけやは元実家へ入っていく。

「えっ兄ちゃんそこ他人ん────」

「ほぇ?ここは俺んだが?」

「……???」

「親から買ったの。一人じゃ広すぎっけども、伸び伸び出来るぞ〜」




 家の中は家具が大方入れ替わっていて雰囲気が少し違って見えた。生まれてから今に至るまで恋愛経験も無い兄は『趣味と結婚したから良いもん』とごねるのが日課になっていて、恐ろしい事に趣味を一つ一つ擬人化して架空のハーレムを築いて悠々自適に暮らしていやがった。何と気持ち悪く虚しい……。

「孤独は人を狂わせるのだ。そして趣味は人を癒す。裏切ることは無い。裏切りにあって狂った友人を何人も見て来たからな。俺はそうはならん」

 とっくにとち狂ってるんだけどな……兄がこんな怪物に育っている事実に心を痛めつつも、ここに来た理由を兄に伝える。

「この設計図……兄ちゃんなら解るかなぁって思ったのさ。どう?読めそう?」

「無論。多趣味故に無職のダメ男になった手前ェの兄貴を、ア、舐めるんじゃァ無ェヨ」

「何故に歌舞伎役者風」

「意味は無い。気にするな」

 気になるわッッ!!兄の奇妙な言動にイライラしてしまうものの、兄以外に心当たりが無い私にはどうする事も出来なかった。




 私の兄、掛矢がなったのは高校最後の秋、地元にある神社で毎年行われる例大祭に行った後だった。

 それまで博学で温厚、将来を期待されていた『私にとっても憧れだった』兄は死に、代わりに剽軽ひょうきんで危なげな男がうちの兄になった。

 あの例大祭で何があったのか────それは私にとって『永遠の課題』の一つであり、祖父から【探求幻想学】を学ぶ事を志したきっかけにもなっている。




「さて乃恋よ。俺は今非常に、この設計図の内容に驚いているのだ。久方振りに軍用機マニアとしての血が嬉々として騒いでいる」

「軍用機……?えっじゃあその設計図って」

「恐らく思った通り。これはそんじょそこらでお目にはかかれないはずのUR(アルティメットレア)な代物だとも!

 ……これは、その名も高き駆逐艦、エルドリッジの設計図だ!!」

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